58話 闘技会
大きな歓声に迎えられながら次なる選手達が入場してくる。その中にアイスの姿もある。その歩みは静かで表情も実に落ち着いており、その様子は今から戦いを行うようには見えない程に落ち着いている。
「(姉上や師匠との手合わせを考えればこの程度では特に何も思わないですね)」
全ての戦士が入場し各々の武器を構え開始を待っている。その中でアイスは武器を構えずに佇んだままである。するとアイスの前に一人が歩み寄る。
「貴女はかの有名なエテルニタ王国の騎士団長殿で間違いないか?」
どうやら男はアイスの身分を確認しようと近付いたようだ。
「はい、私は現在はエテルニタ王国の騎士団長を任されている者です」
「では三十余年前の先代皇帝の時代の闘技会で当時の【十騎聖】を倒したというのも・・・・・」
「私の事ですね」
「!、そうか、では貴女を倒せば【十騎聖】を倒したも同じことだな!」
それを聞いて確信を得た男は戦闘態勢を整える。どうやらアイスを倒して名を上げるつもりのようだ。アイスもそれを見ると静かに眼を閉じると腰に差した剣を抜いて体の横に構える。
「どのような理由であろうと勝負がしたいというのであれば否とは言いません」
「!」
開始の合図と同時に男が自らの武器である大剣を上段に構えて襲い掛かってくる。振り下ろされた大剣の攻撃をアイスは冷静に体を半身にズラすだけで躱す。躱された大剣は地面に衝突する寸前にアイスが躱すと同時に足を振り下ろして大剣を半ばまで地面に埋まらせる。
「な!」
アイスの見た目からは考えられない膂力に男は驚愕の表情になる。
「くっ!」
男は必死に地面に埋まった大剣を引き抜こうと力を籠めている。しかし大剣はビクともしない。ただ地面に埋まっているだけならば自身の怪力で簡単に引き抜ける男だが上から押さえつけているアイスの足がそれを一切許さない。
「動かないと理解した時点で武器を手放して距離を取るべきでしたね」
「!」
アイスがそう言うと同時に大剣から足を退ける。当然、全力で大剣を引き抜こうとしていた男は急に抵抗が無くなったことで抜けた大剣ごと勢い余って仰け反ってしまう。そして完全に体勢の崩れた男の背後に回ったアイスが男の首の急所に正確に手刀を打ち込んで意識を刈り取った。
「一人じゃどうにもならんぞ!」
そう言ってアイスを取り囲むように三人の男が現れる。一番の強敵であるアイスを複数でまず仕留めようとする作戦に出て一時的に手を組んだようだ。
「一人で敵わないのなら複数で臨む。常套手段であり間違っていない判断です」
囲まれたアイスはそれでも一切焦った様子を見せず静かに腰に差した剣に手を掛ける。そして氷の様な眼差しを自身を取り囲む男達に向ける。視線を向けられた男達は一瞬その視線に怯んだ様子を見せるが直ぐに強がるように武器を構えなおす。
「・・・・・・・」
しかしそれ以降は武器を構えたまま動かない。
「来ないのですか?」
アイスも腰の剣に手を添えたまま動かない。しかし痺れを切らしたのか溜息をついて周りの男達にたずねる。それでも男達は黙して動かない。しかしその顔には大量の汗を掻いており男達が動きたくても動けないのを物語っていた。
「ではこちらから行きますよ」
そう言って静かに正面に居る男に向かって歩き出した。アイスが自らに向かって歩いてくるのを見た男は動けない自分を無理やりに奮い立たせて自ら腰の剣を抜いて斬りかかった。
キンッ!
斬りかかられたアイスはそれを剣で難なく受け止める。そのまま返す刀で男を袈裟懸けに斬り捨てる。次いで正面の男が特攻したのを見た右側の男が槍で突いてきたが、その切っ先を切り落とす。武器の穂先が一瞬で切り落とされたのを見て男は呆ける。その隙を逃さずアイスは一瞬で間合いを詰めてそのまま真横に横薙ぎで男を仕留める。最後に一番反応が遅れた左側の男が仲間二人が倒されたのをようやく把握して自分も動き出そうとした。
「遅いです」
しかしそれも遅すぎる動きだった。既に間合いを詰めたアイスが剣を抜こうとした男の柄頭を手で押さえて抜刀をさせなかった。
「徒党を組んで戦うのなら仲間の動きや特徴を把握するのが大切です。連携の伴わない複数は個人と何ら変わりませんよ」
そう言って同時に抜刀して斜めから逆袈裟懸けに斬り捨てる。
「致命傷ではありません。早く手当てを受けることですね」
そうして視線を更に周りに向ける。
「次はどなたですか?どなたからでもどこからでもどうぞ」
周りにはアイス達の戦いを様子見していた男達が冷汗を流す。
「どうやら皆さん何故か動く気が無い様子。それでは私から動きましょう」
アイスは走り出しながら剣を抜刀して特攻する。そして目につく者達を次々に切り伏せていく。四方から囲まれようと相手の位置を巧みに利用して満足に武器を振るえないような配置を作る。そして確実に一人一人切り伏せていく。その様は観戦している観客にはまるで美しく舞っているかのように無駄がなく洗練された動きに見えており。目の前で行われているのが血生臭い戦いであるにも関わらず観客達はその動きに見惚れてしまっていた。
「・・・・・・ふう」
そして溜息すら起こらない会場でアイスの一呼吸響く。観客がアイスの動きに見惚れている間にいつの間にかアイス以外の全ての戦士達は地面に倒れ伏していた。全員倒れてはいるが気を失っていたり呻いたりしているだけで命の別状があるような怪我を負っていない。それはそのままアイスと他の者達との実力差を明確に表していた。
「腕を上げたわね」
シルヴィアは観客席から眺めながら後ろで同じく観戦していたソウマに話しかける。相変わらずソウマは寝ぼけているような顔で眺めている。現在ソウマはシャルロットの膝枕で寝ている。シャルロットは何が楽しいのか笑顔でソウマの前髪を指で弄り続けている。ソウマはそれを特に気にせず好きにさせている。
「それなりにな。動きに大分無駄な部分が無くなってきたな」
「ソウマ的にはもう少しなの?」
「無駄がなさすぎるのもそれはそれで・・・・・・まあ、自分の動きを正確に把握できてさえいれば別にいいんだがな。後はひたすらに基本を鍛え続けて地力を上げていかないとな」
「後、アイスは魔術を使うんダ。だったら魔力を鍛える方も大事だロ。あとは力だ力ダ!誰にも負けない筋力さえあれば大概が上手くいくんダ!」
ナーバが天に向かって腕を掲げるように力説する。それをソウマは呆れた目で見つめる。
「それが出来るのはお前等のような種族だけだっての。それが出来ないから俺達みたいな弱い種族は技を磨くんだからな。足りないからこそ別の方法で補うのが武だ」
「まあ、それは分かル・・・・」
事実その威力をソウマから直に味わったことのあるナーバは口を引き結んで渋そうな顔をする。
「あいつの基本戦術は剣や体術での近接戦で戦況を組み立てながら魔術で距離を図ったりする典型的な魔戦士だからな。近接戦を主にする以上はそれを怠ったら魔術も上手く組み合わねえよ」
しばらくの静寂の後で闘技場を後にしようとするアイスの背に観客から大きな歓声が巻き起こる。
「すごい歓声ね」
シルヴィアはそれをぐるりと眺めながら笑っている。
「そりゃあ今までの試合と比べたら格段に分かりやすく凄い試合内容だからな。理解不能な試合よりも理解可能な試合の方が見てて面白いに決まっている」
「それは私や姉者の試合が面白くなかったということカ?」
ナーバが頬を膨らませて少し怒りを滲ませて不満を口にする。
「しょうがねえだろうよ。お前やシルヴィアの試合内容・・・・というかお前の場合は観客に見えてねえしシルヴィアの場合はほとんど意識消失状態だからな。その点アイスの試合内容は観客の目にもちゃんと見えてこれ以上ないくらい分かりやすく相手を制してるからな」
「だったらソウマはどんな風な試合をするのかしら?確か次の試合はあなたの出番でしょ」
「まあそれなりのもんにするさ」
そう言ってソウマは試合場の入り口に向かって歩いていく。その途中で試合を終えて戻ってくる途中のアイスと出会う。
「お疲れさん」
「有り難うございます。次の試合は師匠の番ですか。要らぬ心配は重々承知ですが頑張ってください」
「応、任せておけって」
そうして擦れ違いざまに軽く手を上げて応える。一見頼もしい様ではあるが涙目で欠伸をしながらでは何とも締まらない様子にしかならない。
「・・・・・・・・」
それでもアイスの視線には心配の色は全く感じられなかった。ソウマの試合の結果だけは絶対に疑っていない様子であった。
「なーんか視線が痛い気がするな・・・・・・・・」
試合場に入場したソウマは対戦相手達から浴びせられる強烈な視線に疑問を浮かべている。
「(試合前の戦意の高揚とかそんな感じじゃないな・・・・・?なんというか恨み辛みって奴だな)」
すると一人の男がソウマの前に歩み出てくる。その瞳にもまた剣呑な感情が宿っている。
「よう、小僧」
「何か用かい、おっさん」
ソウマよりも頭二つ分は大きい男がソウマを威嚇する様に見下ろす。
「お前、随分とまた腕の立つ上玉の女を何人も侍らしてるじゃねえか」
「・・・・・・・ああ」
男の言葉を数瞬かけて飲み込んだソウマはようやく現在の状況を理解して何とも言えない声を出した。
「おおかたエテルニタ王国の貴族の坊ちゃんあたりが冒険者のシルヴィア様や騎士団長の護衛や身の回りの世話をする女を雇ったんだろう」
男は自らの推理をなにを根拠にしているのかは知らないが自信満々に語る。
「それで、何だ?護衛が強いから自分も強い気になってこんな所に出てきたのか?金持ちってだけで苦労も知らないボンボンがよ!」
男が更に脅しをかけるようにソウマに顔を寄せて凄む。しかしソウマの視線は男を全く見ていなかった。
「ソウマ~頑張れ~♪」
ソウマの視線は観客席からソウマに向かって元気一杯に手を振って応援するシャルロットの姿に向けられている。ナーバはシャルロットの横で両手を振り上げて叫んでいる。その後ろにはそれを微笑みながら見守りソウマに向かって小さく手を振るシルヴィアもあった。アイスはいつもの無表情でソウマの試合を観戦している。
「・・・・・・・」
ソウマもそれに小さく笑って手を上げて応える。
「て、手前!」
それに気が付いた男の怒りが更に高まる。ついでに後ろの男達の視線を更に険悪になる。
「女の前で恥を掻かされたいらしいな!」
その言葉にソウマは思わずため息を溢す。
「勘違いも思い込みもそっちの勝手だから俺は特に訂正する気は無い。だがな、目の前の相手の力量位ある程度は予想できないようじゃこの先長生きはできないぞ」
「そりゃあお前のことだろう。手前なんぞ片手で捻ってやるぜ」
「男の嫉妬は醜いぜ」
「うるせえ!」
開始の合図がなされると同時に男は己の武器である鎖をつないだ鉄球を使わずに大きく振りかぶって殴りかかった。ソウマはそれを躱そうともせずに黙って見ている。
「ぐぎゃあ!?」
そして男の拳は当然のように砕け散った。ソウマは前に【十騎聖】の一人であるランザの拳を砕いたのと同じ技を使い殴りかかった男の拳を額で砕いたのだ。
「な、何しやがった・・・!」
「どいつもこいつも不用意に武術を修めた奴に殴りかかるからこうなるってのに・・・・・。学ばない奴ばかりだな・・・・」
「くそーーーーーーー!」
男は残った腕の方で苦し紛れのように己の武器である鉄球を振るう。
「遅い」
しかしソウマは迫りくる鉄球に対して自ら接近して顔面に直撃する寸前で顔を逸らして躱すと同時に腰の剣を抜き放って鉄球をバラバラに切り刻んだ。
「は?」
男の方は一瞬何が起こったのか理解できなかったようで鉄球の鎖を掴んで振り抜いたままの姿勢で固まってしまった。しばらくしてもバラバラに地面に落ちた自らの武器である鉄球を見つめたまま動かない。
「呆けてる場合かよ。今何してるかを思い出せ」
「!」
気が付けばソウマは息がかかるほどの近さまで接近していた。男は反射的に後方に下がって距離を取ろうとした。しかしソウマとの距離は全く開くことは無かった。男が後方に下がるのとまったく同時に全く同じだけの速度と距離をソウマは前に出たのだ。
「じゃあな」
そうしてソウマは男の腹に手を添える。そして呼吸を合わせると同時に軸足である右足から発生させた力をそのまま増幅させるように男の腹に添えた手まで一瞬で伝える。
「ごぼあ!」
突如腹部に発生した人生最大の衝撃に男は無様な叫び声を上げながら一瞬の抵抗も見せることなく後方に吹き飛んでいく。その次いでとばかりに進行方向で戦闘していた二組を巻き込んでしまう。最初の一組に当たってもあまり減衰する様子を見せず二組目にようやく勢いが大分落ちて落下する。それでもソウマ達が戦っていたのが闘技場の入り口付近の端側であり男が落下したのは反対側の壁際である。文字通り戦闘の場を真っ二つに割る形になる。運よくもしくは位置的に難を逃れた者達は戦闘行為を中断して飛んで行った男の行方を見ている。
「次はどいつだ」
ソウマは周りの者達に挑発する様に手招きをする。
「言いだろう。貴様の挑発に乗ってやるぞ!」
すると全身を重厚な鎧に身を包んだ男がソウマの前に進み出た。両手にはそれぞれ大きな盾と剣が握られている。
「多少は心得があるようだがそれもそう弁えて事に当たればどうという事は無い。俺は先程の奴のように油断はせんぞ」
「頼もしい言葉だ」
男は盾で全身を覆い隠しながらソウマに突進する。
「(さあ、どうする!横に避ければそのまま我が剣の一撃を見舞ってくれる。受け止めようとすれば我が盾の一撃で吹き飛ばしてくれるわ。先程の一撃は十分な溜と間が必要のようだからこの攻撃には使えまい!)」
男は盾の裏で剣を油断なく構える。正面の盾の右から出ても左から出ても即座にソウマに追撃できるように身構える。
「?」
しかし予想したような事は起こらなかった。ソウマは右からも左からも姿を現さず。かといって盾に激突したような手応えも感じ取れなかった。男は突進を止めてソウマが居たであろう位置を振り返るがやはりそこにもソウマの姿は無い。
「(まさか逃げたか?)」
周辺を探るように目を向ける。ソウマがこの中に紛れているのを見つけ出そうとする。
「それも一つの兵法ではあるが基本俺は逃げ隠れは性に合わないからしないよ」
「!」
予想に反してソウマの声が聞こえてきたのは男の直ぐ真横からだった。慌てて声のした方に振り返るがまたもやソウマの姿は見つからなかった。
「相手の視界の外に気配を消して回り込むのは歩行術の基本中の基本だ。当然それを修めた者はその逆の自分の視界の外の気配を感じる能力や補う技術を基本とする。お前のその基本が出来ていない半人前以下だな」
「なにを!!!!!????」
怒りを表そうとした男は突如発生した凄まじい衝撃に一瞬も踏みとどまることも敵わずに吹き飛んだ。
「基本からやり直しな」
ソウマは蹴り上げた足をゆっくり降ろしながら男に言い放つ。男の方は完全に気を失っており持っていた大きな盾は傍に落ちておりその表面はくっきりソウマの足の裏の形に凹んでいる。
「次」
振り返ったソウマは次にこちらを静観していた戦士達に指を曲げながら挑発する。それを見た者達が武器を構えて今にもソウマに襲い掛かりそうになる。
「止めときな」
しかしそんな男達の声を制止する声が上がる。その声の主は闘技場の壁に背を預けて最初から戦いを眺めていた。初老に差し掛かった容貌の武道着を着こんだ男は口元に薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。一見すると気配も雰囲気を弱弱しくとてもこのような舞台に立つようには見えない。
「なんだ、おっさん。何か俺達に文句でもあるのか?」
男の一人が初老の男に近付き見下ろすように威嚇する。威嚇された初老の男はそれでも口元の薄ら笑いを全く崩さない。
「いや・・・・別に、文句があるわけじゃあないんだ。ただ忠告をしようと思って・・・・・」
「あ゛あ゛、忠告だあ!」
「あのお人はアンタらじゃあ逆立ちしても手に負えないよ。悪い事は言わないから大人しく棄権しなよ。勝つ見込みが全くないのに痛い思いするのも損だろうよ」
「テメエが先に逝けやぁ!」
自らの武器を手放して直接初老の男を思い切り殴る為に大きく振りかぶる。それでも初老の男の笑いは崩れない。眼前の鼻先まで迫った拳が初老の男の顔面にめり込む瞬間に男の拳は空を切った。そう周りで見ていた男達が確認した時には初老の男は既に殴りかかった男の脇を通り過ぎていた。そして男は拳を振り切った体勢のまま地面に顔面から崩れ落ちて動かなくなった。
「な、何が起こったんだ!?」
「アンタらじゃあ一生分からんよ」
そう言って初老の男が男達の脇を通り過ぎる度に男達は地面に倒れ伏していく。そのまま初老の男はソウマに肉薄する。
「・・・・・・」
ソウマはそれをなんの構えも見せないまま待ち構える。そして初老の男がソウマの脇を通り過ぎようとした瞬間にソウマが右手を動かす。
ガッ!
初老の男は今までの男達とは違い脇を通り過ぎることは出来ずにソウマの前で動きを止める。
「じいさん。名前を教えてもらえるかい。俺の名前はソウマ・カムイだ」
「これはご丁寧にありがとうさん。儂の名前はスカブだ」
「大したもんだな。スカブ爺さん。見事な歩法と当て身だ」
「それを簡単に止められちゃああんまり喜べないね。儂の見た通りやっぱりお前さんは儂の遥か上だね」
「それが理解できる爺さんも中々だぜ」
そう言ってお互いに手を放して十歩分程の距離を取る。
「見た所お前さん人族だろ?何をどう修行すればその若さでその領域に至れるんだい?」
「まあ・・・・・・言う程普通の人族じゃあないが・・・・・・そうだな、自分で言うのもあれだが普通の奴だったら・・・数千回は死んでる位の経験を積めばいいじゃないか?」
「その体験談、是非聞いてみたいね」
するとスカブの姿が一瞬ブレたように見えた瞬間にスカブはソウマの目の前に来て既に拳を引いていた。
「!」
しかしそれにまるで予め分かっていたかのようにソウマがスカブの踏み込んだ右足の下に自分の足を滑り込ませていた。踏み込みの間合いを潰されたスカブは拳での一撃を諦めてそのままソウマの足を踏み砕こうとする。
「ふっ!」
しかしそれよりも一瞬早くソウマがスカブの脇腹に肘打ちを繰り出す。
「ぐう!」
何とか直撃を避けて腕で防いだが当然威力まで殺しきれずにスカブは強制的にソウマから離される。だが離れた間合いをソウマがそのままスカブと同じ歩法で接近して再びお互いの間合いが無くなる。
「ほっ」
ソウマはスカブとは違い踏み込むことはせずに摺り足で接近してスカブの胸に手をそっと添える。
「!」
ソウマの行動の意図を瞬時に察したスカブは咄嗟に外そうとする。しかしスカブが外そうとして体を捻ってもその体の動きを完全に読んでいるソウマはそれを許さない。そして呼吸を大きく吸い込んだソウマは体中に溜めた頸を一気に開放する。
「発ッ!」
ソウマの手の平から発した衝撃はどこにも貫通することなく余すことなくスカブの体全体に浸透する。
「ごはっ!」
スカブは大量の血吐いてその場に膝をつく。
「容赦・・・・・・無い・・・・・ねえ」
息も切れ切れながらもスカブは薄ら笑いを浮かべる。しかしその笑顔を今までと違い明らかな無理が伺えた。
「そう言う爺さんは中々タフだな。正直即死してもおかしくない威力は出したつもりだったがな。あの一瞬で頸を何割か流しただろ」
「それでも・・・・ごふっ。死なないのが精一杯・・・・・まで・・流すのがやっと・・・・だよ」
気が付けば周りには既に意識があるのはソウマとスカブだけとなっている。
「立てるか?」
「無理を言わんでくれ。正直・・・・内臓がめちゃめちゃだ・・・。下手に動くと本当に死にかねないね」
「それじゃあ俺の勝ちだな」
「そうだな。儂はここまでだ」
それを確認した時に審判役の兵がソウマの勝利を宣言した。
「予選にしては意外と面白かったな」
ソウマは少し満足そうな顔をしていた。
「なかなか面白い死合いだったわね」
「はい、野に埋もれた者達はまだまだいるのだと実感しました。師匠の相手をしたご老人は間違いなく達人級の使い手でした」
ソウマとスカブの試合を観戦していたアイスとシルヴィアは先の試合を振り返っている。
「そうね。ソウマや私達のいる予選でなければ【十騎聖】を降していたかもしれないわ。佇まいからも分かるけれど彼は本物の武人だった。だからこそソウマも全力では無かったけれど手は抜かなかった」
「一見すれば弱弱しくさえみえそうなあの姿に騙されては手痛いことになりますね。普段の師匠のように隙がありそうでそれがただの誘いであるのでしょう」
「体移動と歩法に関しちゃああの爺さんはアイスよりは上だな」
いつの間にか帰ってきたソウマが二人の会話に混ざる。
「お疲れさま」
「お疲れ様です、師匠。やはりそうですか?」
「まあな。純粋な戦闘力だけならアイスの方が上だろうが武の練度と言う意味では分が悪いな。この大会の予選で当たってれば下手すりゃお前負けてたかもな」
「・・・・・精進します」
ソウマの率直な意見にアイスが顔を引き締めて更なる決意を新たにする。
「頑張りなさいな」
そんなアイスの頭をシルヴィアがシャルロットにやるように優しく撫でた。
※※※※
その後、順調に予選が行われ最初の【十騎聖】が負けたこと以外は殆どが順当に他の【十騎聖】が勝ち上がった。そして本戦では勝ち上がった【十騎聖】とソウマ達と他の予選を勝ち上がった選手十六名で本戦を行うことになった。本戦は三日後に行われることになりその日はそのまま皇帝の言葉で解散となった。
「我が帝国の【十騎聖】も七名が勝ち上がり本戦が行われます」
「例の奴等も仲間が全員勝ち上がっているな」
「はい、皇帝陛下もご覧になったとおり四名とも圧倒的強さで予選を突破いたしました」
「残りの五名の素性は知れたのか?一人はハイルを破ったことからその実力は分かったが他の四名は予選を何とか突破したという感じだったがな」
「はい、それについても現在調査を続けています。なにぶん今回は異例な大会ですので我々も把握していない野にある強者がいないとも言えませんので・・・・・」
「そうだな。現にハイルはやられているからな。出来ればハイルを倒した男に新たに十騎聖となって欲しいところだがな・・・・・・」
そうして皇帝はグラスの中にある酒を一気に煽る。そして不敵に笑う。
「さて、この先まだまだ面白いものを見せてくれるのか、なあ?」
そう言って酒を注いだグラスを虚空に掲げて誰に言うともなく呟いた。
※※※※
「♪~~~♪~~~~」
帝国の宿の一室でソウマはベッドにもたれ掛かるようにして自分の靴を磨いている。鼻歌を歌いながらその顔には笑顔が浮かんでいる。その様子は誰が見ても機嫌が良い事が伺えた。
「何だがすごく機嫌が良さそうね、ソウマ」
シルヴィアがソウマのもたれ掛かるベッドの上で仰向けになりながら過ごしている。普段の黒いドレスではなく黒いネグリジェのようなものを着ている。風呂上りなのかその白い肌にはほんのりと赤みが差して普段以上の色香を醸し出している。ソウマ以外の男がこの部屋に居れば即座にシルヴィアに襲い掛かったかもしれない。それが成功するかどうかは別にして。
「ああ、予選では思ったより手応えのある相手と戦えたからな。退屈だと思っていたところに突然の楽しみが出来たんだ。機嫌も良くなるさ」
「・・・・・・・・」
「♪~~♪~~~~」
ソウマの上機嫌の鼻歌とそれをしばらく無言で見つめるシルヴィアという光景が続く。するとシルヴィアが仰向けからうつ伏せになりソウマの首に両手を回す。
「・・・・・・ひどいわ。私達と一緒にいる普段は退屈だといいたいの?」
その言葉にソウマは途端に困った顔になる。
「いや・・・・別にそう言う訳じゃねえけどよ・・・・」
「・・・・・・・・」
慌てて取り繕うとするソウマ。その横顔を面白そうに眺めていたシルヴィアはしばらくしてソウマから離れる。
「うふふふふふ。ごめんなさい。別にそんなこと思ってないわ」
「・・・・・・」
再びベッドに仰向けに寝たシルヴィア。今度はソウマがそれを無言で見つめる。
「!」
ソウマはそのまま立ち上がりベッドの上のシルヴィアの上に覆いかぶさる。突然の事にシルヴィアは目を見開いて驚きを露わにする。
「な、何?」
平静を装おうとするシルヴィアだが声が裏返りかけている。
「まあ、俺も男だっていう話だ。自分の惚れた相手とずっと同じ部屋に居てなんにも思わない程・・・落ちぶれちゃいないつもりだ」
「あ・・・・・・・」
そう言った瞬間にシルヴィアの顔が誰の目で見ても真っ赤に染まる。その後空中に視線を彷徨わせた後に再びソウマに視線を戻す。その顔にはある種の覚悟が宿っていた。
「や・・・・」
「?」
そして蚊の鳴くような声で。
「優しくしてください・・・・・・」
そう言って顔を枕で覆ってしまった。
「分かった」
しかしその枕はソウマによって奪われた。そのまま二人の影は朝まで離れることは無かった。




