54話 捕縛
「何でこんなことをしたんだ?」
静まり返った街の一角。文字通り生き物以外は跡形もなく消え去った奴隷商館跡地。そこに先程までその原因となった炎を出していたナーバは唇を尖らせて自らの頭を叩いたソウマを不満そうにら見返している。ソウマはそんなナーバに穏やかに問い掛ける。
「と言っても何となく理由は分かるんだがな」
ソウマは頭を搔きながら足元の燃えカスをつま先でつつく。
「今回俺がお前をアイス達に同行させたのは理由があった。本当だったら万が一に備えて孤児院に護衛役を置いておくところだがそれ以上の意味があったんだ。護衛はその気になれば俺等なら一瞬で走って戻れるしな」
再びソウマは視線をナーバに戻す。
「それで、ナーバ。今回、竜族以外の・・・・特に人族の行いをその目で直に見て何を感じた?」
「・・・・・腹が立っタ」
「奴隷商の奴か?」
「それもだガ。牢に居た奴隷達にも腹が立っタ。己よりも立場の弱い者を己の欲望の為に使う奴モ。それを受け入れて人生そのものを諦めている敗北者の奴隷達にも腹が立っタ。・・・・・・最初はこの館の感じが嫌に癇に障っタ。それが館に入ってだんだんと腹に溜まっていく感じがしタ。途中で我慢が出来なくなって全部消してしまいたくなっタ」
ソウマに聞かれたナーバは自らの心を整理する様に淡々と言葉にしていく。ソウマはそれをただ静かに聞いていた。そして聞き終えてから口を開く。
「なるほど。一応燃やし尽くしたのは建物のみ。他の奴隷や奴隷商の奴等は多少の火傷をしちゃあいるが命がどうこうなるような怪我じゃないな。その辺の認識は出来ていたみたいだな」
ソウマは周辺を見まわしながら状況を観察している。
「それで気が晴れたか?」
「・・・・・・・・・」
ソウマの言葉に応答こそしなかったがその不満そうな顔が雄弁に答えを示していた。
「今回のことでお前が人族や他の種族に対して不信感や不満感が生まれたとするならこれからどうする?お前が嫌気が差したなら故郷に帰るのも一つの手だ。まあお前がこのまま人族を滅ぼそうとか考えるなら別だがな。それは無いと俺は思ってるしな」
「・・・・・帰らない」
「・・・・・・」
ナーバの言葉に今度はソウマが応答せずに笑みだけ浮かべている。
「確かに今回の事で少し人族の見る目が変わると思ウ。だがまだ私は全てを見たわけではなイ。それに私はソウマや姉者やシャルやアイスと一緒にいたイ」
「そうか・・・・・」
そう言うとソウマはナーバの頭を優しく撫でる。
「お前が決めたのならそうすればいいさ」
ソウマはそうして毛布に包まって未だに震えているエルフ達を見る。
「さて、野次馬や兵士が集まって面倒になる前に退散するか」
「そうね」
今まで事態を見まもっていたシルヴィアが自らの影から使い魔たちを出す。
「エルフの子達はその子達に乗って移動してちょうだい。噛んだりしないから安心していいわ」
エルフ達は最初シルヴィアの美しさに見とれていたがその彼女に微笑まれると顔を少し赤くしながら恐る恐る獣達に近付いていく。エルフ達が手をかざすとシルヴィアの使い魔である《影獣》達がエルフ達の手を舐め始めた。それに安心したのか一人また一人と《影獣》に跨っていく。
「それじゃあ行くか」
「ええ」
そうして全員で移動を始める。
「ねえ、ソウマ」
移動中、皆よりも若干先に行きながらシルヴィアはソウマにしか聞こえないように話しかける。
「何だ?」
「今回のナーバの反応はソウマは予想していたの?」
「まあ全部が全部じゃねえがな。まああそこまで過剰に反応を示すとは思わなかったがな」
「私も何となくこうなる気はしていたの。だから今回はあまりシャルと同じでこの件に関わらせたくなかったのよね」
「だがそれじゃあナーバは成長できない。あいつはいずれは竜王のおっさんのように世界の守護者として在らなければいけないからな。己が護る世界に存在する者達がどういうものであるのかを自らの眼で肌で感じなければいずれ本当に大事な場面で受け止めきれなくなっちまう。そうしたらあいつは世界の守護者ではないく世界の破壊者になっちまう可能性すらある」
「そう・・・・・なのかしら・・」
「そうなる可能性があるってだけの話だ。それは限りなく小さい可能性だ。それでもナーバは純粋な奴だからな。ともすれば赤ん坊みたいなもんだ(まあシャルも似たようなもんだが)。だから善も悪も全てをそのまま受け止めちまう」
「だから私達が彼女の傍にいないといけないのね」
「そうだな。お前やシャルもアイスもナーバにとってかなり良い影響を与えていると思う。お前等が居ればナーバはまず大丈夫だ」
「私達だけじゃなくソウマもナーバに良い影響を与えているわ」
「そうか?」
「二人で何を話していル?」
すると二人の会話に追いついてきたナーバが参加する。ちなみにこの三人以外は全員がシルヴィアの《影獣》に乗っている。出なければアイスですらがソウマ達の移動速度に着いていけないのだ。
「別に、お前がまだまだ世間知らずだという話題だ」
「何だト!これでも少しは学んできたんだゾ!」
「うふふふふふ」
ソウマの言葉に憤慨するナーバ。そのやりとりを見てシルヴィアは可笑しそうに笑っている。
※※※※
「おかえりなさい♪」
孤児院に帰還したソウマ達をシャルロットが笑顔で出迎える。最初にソウマとシルヴィアが帰って来た時は眠っていた様子でその顔は少し眠気を残している。既に空は明るくなり始めており早い者は活動を始めている時間帯だ。
「ただいま」
シルヴィアは笑顔で出迎えてくれたシャルロットに対して自らも笑顔で応えてそのまま抱きしめる。
「ちゃんと上手くいったよね」
「勿論よ」
シャルロットは作戦が成功すること自体はまるで疑っていない。それよりも皆が無事で帰ったことを喜んでいる。シルヴィアもそれを分かっているので無事を示すように彼女を抱きしめる。
「ソウマ殿、どうやら最初の目的を達成したようですね」
すると孤児院の入り口からオラソが現れる。その姿は鎧を着こんでおり武装している。
「現在王都中の近衛兵達が右へ左への大騒ぎ状態ですよ」
「まあ一晩でこれだけの騒ぎが起きればな」
「それだけではなく帝国貴族の中でも特に権力の強い貴族が二人も賊に襲撃されるという事件が前代未聞ですからな。現在王都には私を含む四名の【十騎聖】が巡回をしております。何より・・・・」
そう言ってオラソが何とも言えない表情でソウマを見る。
「賊の一人の名前はすでに判明しているため現在その人物を全力で捜索中です・・・・・」
「あら早いわね。予定では今日の朝に私達が城に名乗り出る予定だったのに・・・・・?」
そう言って指を顎に当てて疑問符を浮かべるシルヴィアだが次の瞬間には何かに気が付いたようにソウマを見る。そしてオラソは溜息をつきながらシルヴィアの考えに答えを示す。
「賊の一人は大胆にも襲撃した貴族の男を気絶させた上で全裸にした後に広場の中央に逆さ吊りにして晒し者にしました」
それを聞いた面々はシルヴィアが呆れたように首を振り。ナーバとシャルロットは良くわかっていないように首を傾げ。アイスが全裸の部分で顔を少し赤くし他のエルフ達は唖然としている。
「更に大胆にもその貴族の体に張り紙をしてその紙に天罰と書かれてその下にソウマ・カムイと堂々と書かれておりました。それを目撃した住民が大層驚いたそうです」
その言葉を聞いてシルヴィアとアイスは更に強い溜息を吐き。ナーバは何だが嬉しそうに鼻息を荒くしている。
「まあいいじゃないか。どうせばらすことには変りはないんだしな」
ソウマは悪びれもせずに子供のような無邪気な笑顔で笑っている。
「全く・・・・・もう」
シルヴィアはもう一度溜息をついたがソウマの顔を見て何も言わずに苦笑を浮べる。なんだかんだとシルヴィアはソウマにも甘いのだ。
「じゃあもう予定を変更して今から名乗り出るか」
「そうね。特に待つこともないわ。こうなればいつ名乗り出ても一緒だし私達を探す兵士も少し気の毒だしね」
「そういうことだ、オラソ。俺達を発見したと上に伝えろ」
「・・・・・・・・分かりました」
オラソは困惑する表情になるが何を言ったところでと思い了承を示す。
「名乗り出るのは俺とシルヴィアとナーバと・・・・・・後エルフの三人の内誰か一人か二人でいい。残りは他のエルフ達を里まで連れて行ってやれ。シルヴィアの《影獣》に乗れば誰にも気付かれずに城壁を超えて脱出できる」
「私が残ろう」
するとサーサがそれを聞いて名乗り出る。
「ダガとナルスが彼等に付いて行けば事情を説明するには十分だ。残るには私だけでいい」
「師匠、私は・・・・・・」
アイスがソウマの前に進み出る。その顔は自らも最後まで関わりたいと言っていた。
「お前はここでシャルの護衛だ」
「・・・・・・・」
ソウマの言葉にしかしアイスはまだ少し未練があるようだ。
「別にお前にこれ以上引っ込んでろと言ってるんじゃない」
「貴女は現在のエテルニタ王国の騎士団長を務めていた身よ。それなりに各国の上役たちに顔が知られているでしょうから今出てくるのは少し面倒なことになるのよ。下手をすれば国と国の問題になるわ。まあ別にそれでアウロ王がどうこう言うことはないでしょうけどなるべく私達の個人的に収めたいことだから」
アイスはここ最近ではエテルニタ王国の氷の騎士団長としてそれなりに名が知れている。特にその美しい容姿と卓越した剣技と氷の魔術は大陸中に噂を立てている。
「・・・・・分かりました」
事情を理解したアイスは渋々ながらも了承の意を示す。その頭にソウマが手を乗せる。
「まあ、一応お前がその気があるならやれることがあるからやってみな。この場面は俺達に任せておけ」
「はい」
そう言われたアイスは先程よりも機嫌が直った様子だった。
「それじゃあ悪いが今すぐにエルフ達を連れて王都を出てくれ」
「分かった」
そう言われてダガ達が孤児院の中に入っていく。
「それでは私は兵達を呼びに行きます。場所は出来ればここ以外がいいのですが・・・」
「勿論だ。この街の東の外れの方に俺達が居ることにして兵達をそっちに回せ。しばらくしたら俺達が隠れていた風を装って出てくるからよ」
「分かりました」
そう言うとオラソは再び孤児院を出て行った。すると丁度エルフ達を連れたダガとナルスが出てきた。エルフ達は事前に用意していた衣服を身に着けており未だ心細そうにお互いの手を握り合っているがその瞳には故郷に帰れる喜びが隠しようもなく表れている。そしてその中に顔をうずめながら泣いている少女をあやす様に抱きかかえながら自らも涙を流すシルシの姿があった。
「ごめんね。ごめんね、シルル。もう二度と貴女を手放したりないわ」
「お母さん・・・・・・・」
二人の親子は強くその体を抱きしめ合う。もう二度と話されることがないようにと。
「我々エルフは魔力の感知やその親和性を感じる力が特に強い種族だ。あの子にも初めて出会うシルシが自らの生みの親であることがすぐにわかったのだろう」
その姿をサーサは自身も嬉しそうに眺めている。
「それじゃあ私の使い魔を出すわ。ちゃんと貴方達の指示通りに動く様に言っておくからエルフの里まで明日の朝までには帰れるはずよ」
そう言うとシルヴィアは人数分の《影獣》を影から召喚する。初めて見るエルフ達は怯えているが既に体験しているエルフ達が他のエルフに説明しているために直ぐに落ち着いていた。
「何から何まで世話になる。本当に感謝している」
ダガはソウマに向き直ると頭を下げて感謝の言葉を口にする。
「気にするなってのは無理かもしれないが別にそこまで恩に着ることじゃなよ。俺にも俺の思惑と感情があってやったことだ。何よりうちのお姫様がアンタらを助けたそうだったからな。礼ならむしろ俺やシルヴィアよりもシャルにいう事だ」
「分かった」
そう言うとダガはシャルロットの前に進み出てソウマにするのとは違い地面に膝をついて恭しく頭を垂れた。
「世界に寵愛されしハイエルフの姫君よ。此度の慈悲深き貴女の御心に心より感謝いたします」
それにシャルロットは少し困惑するような顔になる。
「私はソウマや姉様にお願いしただけだよ。それに私はハイエルフの血は流れているけどハイエルフのお姫様じゃないよ?(人族のお姫様だけど)」
「しかし貴女の身に纏う純粋なまでの清廉な魔力、そして常時貴女に寄り添う夥しい数の精霊たちや数々の神々からの祝福を授けられておられる。貴女は間違いなく【世界の寵愛者】に間違いありません」
「ハイエルフの純血種達はハイエルフの混血をあまりよく思わないけれどエルフはあまりその辺は気にしないのね」
「すべてが全てという訳では無い。だが我々エルフは血以上に精霊や自然との調和を重きにおく。この方の精霊や神々からの愛され方は我々が敬意を抱くに値する存在であることは間違いがない」
シャルロットはそれでも困ったような笑みを浮かべながら頬を搔いている。
「はいはい。彼方達の感謝の気持ちは分かったわ。でも今はあまり時間が無いから早めに行動を開始しましょう」
シルヴィアが手を叩いてその場を仕切る。
「そうですね。これ以上時間を徒に浪費してもソウマ殿達にも迷惑が掛かるので我々も今すぐ出発することにします」
そうしてダガ達は全員がシルヴィアの《影獣》に乗っていった。
「それじゃあ俺達も行こうか」
「ソウマ、シルヴィア姉様もナーバ姉様も気を付けてね。サーサさんを守ってあげてね」
「任せておケ!心配せずともどんな奴が来ても私やソウマや姉者がいれば敵ではないゾ!」
「あんまり相手に怪我させても駄目だよ?」
「・・・・・・気を付けル・・・」
「それじゃあ行きましょう。アイス、シャルのことをお願いね」
「お任せください姉上。ナーバが言う様に姉上達ならば万が一もないでしょうがそれでも気を付けて下さい」
「よし、どうやら兵士達も移動し始めてるようだから俺達も急ごうぜ」
シルヴィア達はそうして手だけで挨拶を交わすとそのまま飛び上がって目的の場所まで向かっていった。
「良し、この辺でいいだろう。後はオラソが兵士を連れてここに来るのを待とうか」
移動する兵士達の頭を文字通り飛び越えて追い越したソウマ達は街の東の外れ付近に到着すると身を隠すようにする。そして暫くすると鎧を着た兵士達がソウマ達のいる場所までやってきた。
「報告によれば賊たちはこの周辺に潜伏している。周辺をくまなく捜索して賊を捉えるのだ!」
兵士達の隊長格と思しき男が引き連れてきた兵士達に指示を出して周辺を捜索し始める。
「(さて取りあえず見つかったふりをして兵士達に掴まりますか)」
小声で言葉を交わし身振り手振りで合図をしたソウマ達は兵士達に見つかるように移動する。
「見つけたぞ!」
そうして兵士の一人がまずソウマを見つける。
「はいはい、抵抗しないからさ」
「ここにも居たぞ女が三人だ」
そして直ぐにシルヴィア・ナーバ・サーサも見つかった。
「女性には優しくしてよね」
「・・・・・・・・・・(演技とはいえ掴まることに若干不満顔)」×2
縄に縛られながらシルヴィアはそんな軽口を言うが他二人はこの状況にはやはり少し不満気味だ。
「こいつらが大胆にも貴族の屋敷と奴隷商を襲撃した賊か?」
すると兵士達の間から大柄な体の男が出てくる。鎧は来ていないがその体は鍛え上げられた筋肉の鎧を纏っている。身の丈と同じくらいの戦斧を肩に担いで好戦的な笑みを浮かべている。
「ランザ殿、貴方がこんな時間に出てくるとは珍しいですな」
するとその後ろからオラソも出てくる。
「いつもの貴方ならこの時間は寝ておられるか娼館に出ておられるかでしょうに」
「俺もそのつもりだったんだが兵士の一人を捕まえて話を聞いてな興味が出たんでな。貴族の襲撃なんて随分と生意気な事をする奴だからさぞかし骨のあるやつなんだと思って来たんだが・・・・・・・」
そう言ってランザは捕まって縄で縛られているソウマ達を見る。
「どうやらとんだ期待外れだったようだな。久しぶりに楽しめる相手かと思ったんだがな」
そう言うとランザは今度はシルヴィア達に視線を送る。
「別の意味で楽しめるかもしれねえな」
その顔には先程の好戦的な笑みから好色的な笑みに変わる。その視線はシルヴィア達の体を上から下までじっくりと舐めるように見ていく。
「異種族の雌は人族の女と違って丈夫な奴が多いから多少乱暴に扱っても壊れねえ。しかも・・・・・・」
そしてシルヴィアの顎に手をやって顔を持ち上げる。
「これだけの上玉は今まで御目にかかったことはねえ。こいつは是非とも皇帝陛下に見てもらいてえな。他の雌も極上だな。どいつかは俺に貰えるように頼んでみようかね」
「ランザ殿、彼等の処遇はまだ決まっていない。それに彼女達は異種族とはいえ女性だ。それなりの扱いをしてやらねば・・・・・・」
「捕まった以上こいつらの未来は奴隷か処刑位しか行先はねえだろうよ。だったらどう扱ってもたいして変わらねえよ。それに最近手応えの無い奴ばかりで退屈なんだ。だったら女を使って気を紛らわすしかないってもんだ」
そう言ってランザは再びシルヴィア達の肢体を舐めまわすように見る。その視線にサーサは縄に縛られながらも嫌そうに身を捩って躱そうとする。それを見てランザはますます笑みを強める。
「おいおい、エルフの姉ちゃんよ。そんなに嫌がることねえじゃねえかよ。ちゃんとじっくりと可愛がってやるぜ?」
「貴様にこの身を抱かせる位ならば死罪の方が遥かにましだ!」
「威勢がいいね。俺はそんな女が俺に組み敷かれて無様に鳴くのが大好きでねえ」
ランザは好色さを隠しもしない笑みと共にイヤらしい笑い声を出す。すると横からそれを鼻で笑う声が一つ聞こえてくる。
「あ゛!」
「おっさん只でさえオーガみたいな面してるのに女にそんなことしてるなんてまさにオーガそのものだなっと」
「なんだ小僧、この女共の誰かがオメエの女なのか?俺を帝国の【十騎聖】の一人と知ってもそんな口をきくのか?」
「まあね。おっさんがどこの誰だろうが関係ないね。というかおっさんが【十騎聖】だったことに逆の意味で驚いたぜ。最近の【十騎聖】は随分質が落ちたんだなあ」
ソウマの言葉にランザの額に青筋が浮かび上がる。しかし何とか怒りを堪えて不敵な笑顔を浮かべる。
「だったら残念だったな。オメエらが何を思ってこんな馬鹿な真似をしでかしたかは知らねえがこれでオメエの女は一生誰かの慰みもんになるんだよ。いや・・・・・俺様の、かもしれねえな」
そう言って挑発するようにソウマに向かって笑いかける。
「どっちにしてもおっさんじゃあ無理だね。まず顔が駄目だね。その顔じゃあ女は絶対寄り付かない。精々が商売女位だろうさ。それにおっさん体臭がきついな。ちゃんと風呂入ってるか?それじゃあ商売女でも可哀想だぜ。口臭も臭すぎる。鼻が曲がりそうだ。あんまり口を開かないで・・・・・」
そこまで言った所でソウマの顔にランザの拳が命中した。ソウマの言葉が続くごとに額に青筋を浮かべていき遂には我慢の限界が来たのかソウマに向かって拳をふるったランザの顔は怒りに染まっている。
「ランザ殿!」
それを見てオラソはランザを止めようとその肩に手を伸ばす。
「うぎゃああああああああああ!」
しかし聞こえてきたのはソウマの苦痛の声ではなくランザの叫び声だった。
「な!?」
オラソは何が起こったのか分からなかった。見ればランザは殴った右手を抱えて蹲っている。その右手は全ての指があらぬ方向に曲がっており所々で骨が見えている所もある。
「おいおい、いきなり危ないじゃないかおっさん。いくら本当の事を言われたからっていきなり人の顔を殴ってくるのは感心しないぜ?」
ソウマはまるで痛痒を感じていないのは明白でありながらワザとランザを非難するような仕草をする。横ではシルヴィアが小さな声で「ワザとらしい」と呆れている。
「おや?どうしたおっさん、何をそんなところで腕を抱えて蹲っているんだ?まさか今更人の顔を殴ったことを後悔して懺悔でもしてんのかい?」
「こ、こ、こ・・・・・・」
そこでオラソは理解する。先程ランザがソウマの顔を殴った瞬間、ソウマは額に拳が接触する瞬間に逆に交差法気味に拳を迎撃したのだ。一瞬だった為にシルヴィアとナーバ以外は気付いていなかったがソウマの頭は迫るランザの拳の速度を遥かに凌ぐ速度で拳が伸びきった瞬間にぶつけたのだ。頭を振った距離は数センチ程度だがその速度と合わせる感覚は神業であった。ランザの拳が砕かれたの半ば必然であった。
「この野郎がーーーーーーーーーー!!!」
すると逆上したランザが武器を片手に持ってソウマに向かって振りかぶった。
「相対した相手の実力も見抜けないような阿呆が【十騎聖】なんて名乗るんじゃねえよ」
しかしソウマは振り下ろされる戦斧を冷静に横に半身で避ける。そして後ろ手に縛られている状態で器用に振り下ろされて地面に刺さった戦斧を掴む。
「な、離しやがれ!」
掴まれた手を振りほどこうと戦斧を持ち上げようとしたランザの足をソウマは素早い足払いで宙に浮かせる。足を払われたランザから戦斧を奪い取ったソウマは後ろ手に戦斧を掴んだままその戦斧の側面でランザの体を打ちすえた。
「------!!」
声も無く吹き飛んだランザはそのまま建物の壁に激突する。崩れた壁の瓦礫に下敷きになったランザは動く気配がない。どうやら完全に気を失っているようだ。
「今度からは相手をよく観察してから挑発ないし喧嘩を売ることだ。それと【十騎聖】の称号を返上して鍛錬をやり直しな」
その光景を見て周りの兵士は完全に茫然としている。帝国最高戦力である【十騎聖】が縄で両手を後ろに縛られた男に斃されたのだ。兵士達は現実を飲み込むのに時間を要していた。シルヴィアとナーバは当然の結果とばかりにもはやランザの方を見てもいない。それどころかシルヴィアはシャルロットの事を考えておりナーバは眠いのか大きな欠伸をしている。
「・・・・・・・・」
オラソも他の兵士と同じく固まっていたがソウマ達の実力を理解しているがゆえに正気に戻るのが早かった。慌ててランザの方に駆け寄る。
「ラ、ランザ殿!」
それに誘発されるように他の兵士達も正気に戻り急いで瓦礫の下敷きになったランザを助け出そうとする。
「余計な事してないでとっとと俺達を皇帝の野郎に合わせろ。こんなへぼを【十騎聖】に選ぶような当代のボンクラ皇帝の顔を拝んでやるよ」
「き、貴様ぁ!皇帝陛下に対して何と言う不遜な言葉を!」
隊長がソウマの言葉に激高して叫ぶ。それを横から出てきたオラソが手で制する。
「これ以上無駄口を叩かせるな。早々に牢に連行しろ。この者達の処遇はそこで決める。一応このことは皇帝陛下にもご報告しなければならないゆえに無駄な時間の浪費はあってはならないぞ」
「はっ!」
そう言われて隊長は敬礼をして動き出す。迅速な動きで部下の兵士達に指示を出す。瓦礫に埋もれたランザも救けだされ担がれて運ばれていく。
「お前達も行くぞ」
ソウマ達も縛られた紐を引かれて連れて行かれる。未だに兵士達の何人かはシルヴィアを見て顔を赤くして喉を鳴らしている。縄で縛られることでシルヴィアの豊かな双丘が更に強調されているのもその一因だった。
「うぉっほん!」
オラソがワザとらしく咳をすると兵士達は赤くした顔を伏せて慌てて持ち場に戻る。そして最後にソウマ達に向けて意味深な視線を投げかける。その目の中にある言葉は「頼むから大人しくしてください!」である。
「・・・・・・・・」
その視線の意味を正確に察してソウマも同じく視線だ「分かった」と返して笑う。そして視線をこの帝都でもっとも高くそびえ立つ建造物に向ける。
「さて、今の代の皇帝陛下はどんな奴なのかな?」
不敵な笑みを浮かべながら王城を見つめる。
「百年前みたいに虐めたら可哀想よソウマ」
「二度と逆らえないようにしてしまエ」
シルヴィアが可笑しそうに笑いナーバが獰猛な笑いで城を見ている。
「おいおい、人聞きの悪いことをいうんじゃないよ。俺達はこれから丁寧にお願いしにいくだけだぜ?」
「お皿の上に乗せられた食材にナイフとフォークを向けながら美味しくなれとお願いしてるようなものね」
「食べるなら美味しものがいいに決まってル」
シルヴィアは更に笑みを深め、ナーバは分かってるんだか分かってないんだかの返事をしている。
「・・・・・・・こいつらは・・・・・」
サーサがじと~とした目で呆れたようにソウマ達を見ている。最初は緊張していたサーサもソウマ達に当てられたのかすっかり緊張感を無くして脱力してしまった。
「はあ」
オラソは連れていかれるソウマ達を見送って額に手をやって溜息をついた。
「どうか何事もなく終わってくれれば・・・・・・・」
そう言ったオラソの願いは夜の闇に空しく溶けて言った。そしてオラソ自身もこの願いは叶わないだろうと心のどこかで思っていたのだった。




