48話 帝国回想②
バゴンッ!
都合七度目の轟音が闘技場内に響き渡る。
「まだ続けるのかい?」
ソウマが構えを解きながらそう言う。その顔には疲労は微塵も感じられず掠り傷すら負っていない。
「己!」
「だからぁ、止めろって言ってるだろぅ」
「だが親父!」
最初にソウマに挑もうとしたのを止めた老兵が怒り心頭の男を制する。しかし男は納得いかないようだ。男の応対の仕方からどうやらあの二人は親子の様だ。
「無駄だってぇ。教えたはずだぁ。相手の力量を正確に測るのもぉ武人として重要な技能だってなぁ」
「しかし!」
「主君を護る為の戦いならまだわかるがなぁ。今回のように避けることのできる戦いはしないもんだぁ」
ドゴンッ!
会話が続く中、又しても闘技場に轟音が響く。二人が振り返れば更に闘技場の壁に八つ目の飾りが出来上がっていた。
「武の基本は生き残る事こそが最大の目的だぁ。言ったよなぁ?」
「・・・・・・・・勝てぬのなら逃げる。負ける位なら逃げの一手を選択する」
「そうだぁ。心さえ敗北しないのならぁ次に繋がることができるからなぁ」
「その通りだ爺さん」
その会話を聞いていたのかソウマが老兵の言葉に賛同する。
「真の敗北とは心が敗北する事だ。己の矜持を捨てた戦いや行いなどの次に繋がる事のない敗北は文字通りの武人の・・・・戦士としての死と同義だ」
「話が分かるねぇお若いの」
すると老兵が立ち上がり武器を手に取る。その武器は老兵の慎重に届きそうかという程の長刀だった。
「ということでオラァの相手をしてくれるかい?」
「別に構わないけどよ。アンタは俺に勝てないのは最初から分かっているだろ。だったら何故戦う?」
「さっきも言ったけどよぉ武術は生き残ることが前提だぁ。勝てない相手とは闘わないのが武術だぁ。だけどなぁそれでも戦わないといけない時と戦うべき時があるよぉ」
「・・・・・・・・」
老兵は闘技場に降り立ちゆっくりとソウマに歩み寄る。
「オラァも長年武の道を歩んできたがなぁ。ようやく麓を踏んだかと思っていた齢でまさか頂きを見る機会が有るとは思わなかったなぁ」
それにソウマは苦笑を返す。
「俺はまだ頂きに立ったと思ってないけどな」
ソウマの返しに老兵も苦笑する。
「そうかもしれないなぁ・・・・でもなぁ間違いなく頂上の一番近くに居るのはお前さんだぁ」
今迄は生涯を賭けてようやく麓に立ち。その頂上すら霞が掛かる程に果てしなく遙か上空にある。しかしその遥か上に立っている人物を発見したのだ。
「だったら挑まずにはいられないなぁ。道は険しくてもその先が全く見えなくてもそれが止める理由にはならないよぉ」
そう言って老兵が長刀を抜こうと構える。
「どうしたのソウマ?」
すると突如可愛らしい声が聞こえた。見ればシルヴィアに抱かれたシャルロットが目を覚ましていた。
「ソウマ喧嘩してるの?」
ソウマは構えを解いてシルヴィアとシャルロットの元に歩いて行く。
「別に喧嘩はしてねえよ。ちょっとこの国の人と運動していただけさ」
「そうよシャル、ソウマは無闇に暴力を振るわないわ」
「うん、ねえソウマ。今日も私と一緒に街までお出かけして欲しいな。シルヴィア姉様も一緒にご飯食べに行こうよ」
「いいぞ、一緒に行こう」
「じゃあ今から一緒に行こう!」
シャルロットの提案にソウマは苦笑する。そして老兵の方を振り返る。
「あ~そうだな、今からは難しいかな~」
ソウマは頭を搔きながらシャルロットに愛想笑いで答える。それにシャルロットはあからさまに不満顔をする。
「ええ~なんで~?」
「シャル、ソウマはまだ用事が残っているのよ。夜になってから夕食を一緒に美味しいものを食べに行きましょうね」
「う~~」
シルヴィアに諭されてもシャルロットはまだ不満顔で屑る。すると老兵が何時の間にかシャルロットの元に歩み寄っていた。
「ごめんなぁお嬢ちゃん。そこの坊とはこの爺が用事があるんだぁ。まあうちの馬鹿な主が原因なんだがなぁ」
最後の言葉だけはザナスに聞こえないように小声になる。
「まあオラァ自身も坊には用があるんだぁ。だからお嬢ちゃんよぉ済まねえが坊の時間をオラァにくれねえかい?」
「・・・・・・」
シャルロットはしばらく老兵の見つめていた。やがてニコリと微笑んだ。
「うん、良いよ!おじいちゃんもソウマと遊びたいんだね」
「ありがとうなぁお嬢ちゃん」
老兵はそう言ってシャルロットの頭を撫でる。シャルロットはそれを意外と嬉しそうに受け入れる。
「それじゃぁやるかいねぇ」
「そうだな」
二人は闘技場の中央に移動してお互いに武器を構える。
「名を聞かせてくれ」
「オラァの名はガラ。ガラ・コラロだぁ。一応この国【十騎聖】つうものに祭り上げられてるよぉ。【神閃】なんて大仰な二つ名も貰ってるよぉ」
「ソウマ・カムイだ。生憎とそれ以外の粋な称号は持ち合わせちゃあいない」
「お前さんに見合う二つ名があるとは思えないなぁ」
そう言ったきり二人は押し黙る。ソウマは剣を握ったままなんの構えを見せることなく佇んでいる。たいしてガラは深く腰を落として剣を腰だめに構える。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
緊張する空気に押されて周りの者も声を押し殺して見守っている。
ギンッ!
突如、闘技場に金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。
「え?」
兵士の一人が困惑した声を上げる。
ギギギギギギギギギッギンッ!
「!!!」
またも、今度は連続して音が響き渡る。しかもその音はソウマとガラの方から聞こえてきていた。
「シルヴィア姉様なんの音?」
シャルロットが音の正体に困惑してシルヴィアに訊ねた。
「今の音は御爺ちゃんの振るった剣をソウマが弾いた音よ」
「!」
シルヴィアの答えに驚愕したのはシャルロットではなく周りの兵士達だった。
「流石だなぁ。オラァの居合をここまで完璧に防いだのはオメエが初めてだぁ」
「その技は東で習ったのかい?」
「そうだぁ。若い頃になぁ東の国で修行したんだぁ」
そう言いながらガラは目にも止まらぬ高速の居合を放ち続ける。しかしソウマもそれを全て防いでいく。
「大したものね。ソウマ以外の人族あそこまでの領域に行けた人族を見たのは久しぶりよ」
シルヴィアがそう称賛する。
「どうやらオメエさんは離れた所からの攻撃は意味ねえみたいだなぁ」
そう言うとガラはソウマに接近する。それは音も予備動作も無く一瞬でソウマに肉薄する。
「覇ッ!」
気合いと共に放たれた上段からの攻撃は先程の居合程の速さはなかった。しかし・・・・
ドゴォッ!
ソウマが振り下ろされた長刀を受け止めた瞬間にソウマの足元の地面が放射線状にひび割れる。
「オオオオオオオオオ!」
一撃に止まらずにまさに雨のように豪撃を繰り出し続ける。しかもその速度は数を追うごとに増していく。その光景は剣閃が光を反射して流星のように降り注いでいるようにも見える。
「ガラ爺の神速の居合術と閃光の如き斬撃術は防ぐことは困難を極める。まさに【神閃】の二つ名通りの武技の冴えこそ我等【十騎聖】最強の武人の証だ」
【十騎聖】最後の一人の恐らくはガラの息子と思われる男がそう言う。
「ありゃりゃぁ、これも駄目かぁ」
ガラの剣撃が止んだそこには剣こそボロボロではあるが傷一つ無いソウマがそこに立っていた。
「本当に爺さんやるなぁ。普通の剣とはいえ俺の気を込めた武器をこれだけ破壊するなんてな。それに居合の速度に剣の一撃の重さ、そして縮地まで使えるとはね」
ソウマは武器を破壊されたことをむしろ嬉しそうに語る。
「久しぶりだな。爺さん特別に俺の相棒を見せてやるよ」
ソウマは何もない空間に手をかざす。すると空間が歪みそこからソウマの手に一振りの剣が現れる。柄の部分に竜の頭部の意匠が施された剣はまさに竜が唸りを上げるように剣身を鳴かせている。ソウマは一度剣を鞘から抜き放つ。刀身を晒した《聖王竜剣》は剣身を唸らせて咆哮する。
「そ、その剣は・・・・・・」
ガラはその剣から感じるあまりにも圧倒的な存在感に思わず生唾を飲み込む。
「吼えろ!《聖王竜剣》!久々に歯応えのある相手だぞ!」
ソウマは先程ガラがやったように音も予備動作も無くガラに肉薄する。それにガラは目を剥く。
「(縮地!しかもオラァのよりも遥かに練度が上だぁ!)」
咄嗟に長刀で防ぎそのまま自ら弾き飛ばされ距離を取る。そして再び居合を放つ。
キキキキキキキキンッ!
「!」
しかし今度はガラの居合に対してソウマは防御では無く全て同じ居合で迎撃してきた。
「(この居合もオラァのより速い!)」
言葉の通りソウマの放つ居合は手数も速度もガラを上回り逆にガラが防御に徹することになった。
「はッ!」
ソウマが放つ上段からの攻撃を受け止めたガラだが受け止め切れずに体ごと吹き飛ばされる。
「くっ!」
それでも体勢を建て直して反撃に転じる。
「・・・・・すげえ」
観戦している兵士の一人が思わず呟く。それはここに居るほとんどの者の心境を代弁していた。
「何にも見えないね~」
シャルロットは場違いな程暢気な声を出す。
「そうね~」
そしてシルヴィアもそれに合わせて顔を緩ませてシャルロットに頬ずりしている。緊張感の無い二人にアウロ王が溜息を吐く。ラルクはそんな二人を余所に感心したように闘技場を見ている。その目線は忙しなく闘技場内を追っている。
「中々の手練れだね。帝国にこれ程の武人がいたとは僕も驚いたよ。よく人族これ程まで研鑽を積んだものだ。あれだけの居合術を使うのはソウマ以外で初めて見たよ。しかも本来は居合には圧倒的に不向きな長刀であそこまでの居合をするとはね」
闘技場ではソウマとガラが縮地と無拍子による高速移動と高速の剣戟を繰り広げており兵士達には二人が剣を交差させた時に出る剣が衝突する音だけを認識できていた。
「まさか・・・・ガラ爺と互角に戦える者が居たとは・・・・・・」
いつの間に観戦席に戻って来ていた他の【十騎聖】の面々が驚愕の表情で闘技場を見ている。彼等でさえ二人の動きを目の端で捉えるのが精一杯である。
「(互角だと・・・・?)」
ガラの息子は険しい表情で闘技場を見ている。すると一旦お互いに距離を取ったのかソウマとガラが闘技場の離れた位置に出現する。ソウマは涼しい顔で佇みガラは肩で息をしてその顔は大量の汗で濡れている。先の攻防でどちらに分が有ったかはその様子から一目瞭然である。
「ガラ爺が押されているのか・・・・・・・・・」
【十騎聖】の面々は闘技場で起こっている状況に信じられないと言ったような表情をしている。それ程に彼等の中でガラの実力は頭二つ分以上は抜きん出ているのだろう。
「しかし爺さんアンタ程の奴が何でこんな国の皇帝に仕えてるんだ?」
再び高速で攻防を繰り広げながらソウマがガラに会話を投げる。高速で動いている為にその声はソウマとガラ以外にはシルヴィアとラルクにしか聞き取れていない。
「うちの姫さんが爺さんを気に入ったってことはこの帝国の常識に馴染むとは思えないんだけどな」
前の会話からもガラが若い頃に修行の為に外の国に出ていたことも分かっているので骨の髄までこの国に染まっているとは考えにくかった。
「お前さんの言う通りオラァ正直この国考えはあまり馴染めねえなぁ。種族に優劣などねえよぉ。人族だろうとエルフだろうと獣人だろうとそれを生かすのは己次第だぁ」
「同意見だな。結局優劣を決めるのは種族では無く己の生き様だ。種族の能力の差は出発地点の違いでしかねえ」
「その通りだなぁ」
言葉を交わしながらも二人は高速の剣戟を繰り広げていく。しかし次第にガラが押されていく。
「限界を決めるのは種族でも能力でもなく自分自身だ。この国の連中はそれを認めるのが怖くて自分達の種族がこの世で一番優れていると安心したいんだろうな」
「強さこそが至上とする考えもなぁ結局は自分達の中だけで一番を競いたい見得なんだろうなぁ」
再び二人は距離を取る。
「それでもなぁ・・・・・・」
そう言ってガラは再びソウマに斬りかかる。既に限界に近いのだろうがそれでも尚その速度は一切減衰することはない。
「この国にはなぁオラァの家族が居るんだぁ背中を預けた戦友が居るんだぁ。だったらオラァがこの国に留まって戦うには十分な理由だぁ」
その言葉にソウマはニヤリと笑う。
「確かにそうだな。戦士が命を賭けて戦うには十分すぎる理由だな」
再度距離を取ったソウマとガラ。ソウマの方は十分に余力を感じられるがガラの方は既に限界を越えている。
「久々に楽しかったぜ爺さん。純粋に技を競え会えたのは正直久しかった。返礼に俺の技を見せてやるよ」
そう言ってソウマは剣を腰だめに構える。先程ソウマやガラが行使した居合抜きの時以上に深く腰を落として剣の柄もやや下がり気味になっている。
「居合かい?」
「ああ、だがさっきみたいな爺さんに合わせた合いの手とは全く違うぜ。これが俺の居合だ」
そう言った瞬間にソウマの体から今迄は全くなかった圧倒的な闘気が現出する。それは直接向けられたガラだけでなく観戦している【十騎聖】達すら圧倒されてしまう程に凄まじい闘気だった。
「《絶影》」
そう言った瞬間ソウマから放たれた居合をガラが刀で防ぐことが出来たのは幸運と言うほかない。ソウマとしては勿論全力で放った訳では無い。しかしそれでも殺してしまうかもしれないと思う程度の威力で放った一撃である。全力ではないとはいえソウマの放つ《絶影》は文字通り音どころか映し出す影すら置き去りにする超々高速の居合である。全力で放った場合はまさに光すら置き去りにする。勿論今回の《絶影》はそれ程では無い、しかし十分にガラにとっては認識できない速度である。
「ぐあああああ!」
ソウマの放った《絶影》はガラの首に向かって放たれた。ガラはそれを辛うじて剣を盾にして防ぐことができた。防ぐことが出来た理由の大半は運であるがそれ以外に理由が有るとすればガラが長年培ってきた戦闘の勘と言われるものだろう。ソウマが技を放つ刹那にガラは自らの首に凄まじい悪寒が走り咄嗟に剣を首の位置に引き上げたのだ。その結果ガラは愛剣を真っ二つに折られながらもソウマの一撃を受け止めることに成功したのだ。
「ぐはっ!」
しかし衝撃までは殺しきれなかった為に壁まで吹き飛ばされて激突する。
「どうやらここまでだな、爺さん」
ソウマは剣を肩に担いでガラの前に立つ。その顔には久しぶりに楽しい遊びが出来た子供さながらの無邪気な笑顔が浮かんでいた。ガラはその表情に力を抜かれたのか未だ何とか戦闘態勢を整えようとしていた体の緊張を解いた。
「そうだなぁ。オラァの相棒もこんなになっちまったからなぁ。悔しいけど完敗だぁ」
「爺さんも中々のもんだったぜ。あそこまで見事な縮地と無拍子を体得してるなんて大したもんだ」
「良く言うよぉ。オラァの技に合わせて故意に技の精度を下げてたやつがなぁ」
ガラはソウマの称賛にムスッとした顔で返す。ソウマはそうしてザナス皇帝の方に振り返る。
「さてと、賭けは俺の勝だな」
「あ、ああ・・・・」
皇帝は言葉に詰まってしまう。どうやらまだ自分の前で起こった出来事に理解が追い付いていないようだ。
「貴様・・・・・それ程の力をどうやって得たのだ?」
「そんなもん決まってんだろ。修行だよ修行」
「それだけの力が有って何故貴様はあの国に仕えている?何か特別な褒賞があるのか?ならばそれを用意すれば俺に仕えるか?」
皇帝はソウマに疑問をぶつけると同時に自国に勧誘を試みる。やはり力が全ての帝国の皇帝としてやはりソウマの実力は畏怖を感じると同時にかなりの魅力を感じるようだ。するとそれに答えたのはソウマでは無くアウロ王だった。
「ザナス皇帝よ、勘違いしているようだがソウマは別に我が国に仕えている訳では無い。彼に何か特別な褒賞も与えた事も無いよ」
「だがこの男は貴様の国の騎士団を率いていると今部下からの情報で聞いたぞ。ならば貴様に仕えているという事だろうが」
「それも違う。確かにソウマは現在我が国の騎士団の長を努めてはいるがそれは正直只の肩書に過ぎぬよ。なんの肩書も無いソウマが王城を自由に出入りするのは流石に体裁が悪いので仮の役職を与えておる。実際に騎士団を纏めているのは副団長だ」
実際ソウマ自身仕方なくこの役職を受け入れており騎士団の者に敬称で呼ばせようとしたことは一度も無い。それでもソウマの強さに尊敬の念を抱く騎士たちはソウマを敬称で呼ぶ。
「ソウマもシルヴィアもそうだが彼等は飽く迄も儂や王妃や子供達の友人として我が国に滞在しているのだ」
「そんな話を信じろと言うのか、人がなんの見返りも無しに従うと言うのか?」
ザナスの言葉にアウロは溜息を吐く。
「何度も言うがソウマは王国に・・・・・儂に従っている訳では無い。ソウマは只単に儂の頼みを聞いているのに過ぎんよ。まあ偶に断られるがね」
実際にソウマはアウロやラルクの頼みの内容によってはめんどくさいと言って断る場合もあった。その場合はラルクかシルヴィアがその仕事をこなすことになる。
「そんな・・・・・そんな不確かなモノでこれ程の力を持つ男を野放しも同然の状態にしているのか!?それで貴様の国が乗っ取られたらどうするのだ!ソウマもそれだけの実力を持っていながら全く野心が無いというのか!?」
皇帝には目の前の者達が全く理解できなかった。幼き頃よりこの国の王族として力こそが全てと教えられてきた。そして人は強大な力に付き従い、より高い地位や名声や財を求めて力を得るのだと。しかし目の前の者達からはそんなものは微塵も感じられなかった。
「え?やだよめんどくせえ」
そう答えるソウマの顔は心底嫌がっているようだ。
「なん・・・・・だと?」
「偉くなっても色々面倒なだけだからな。それに金は・・・・まあ有って困るもんじゃあねえがそこまで必死に集めるもんでもない。別に有名になりたいから強くなったわけじゃあねえし」
「ソウマは儂の友人だ。儂はソウマを信頼している。それに儂も娘もソウマを心から好いているのだ。それはこのシルヴィアも同じだ。彼等が我が国の害になることは決してないよ」
アウロは心からの自信と信頼を持ってそう言い切る。
「私は特に権力にも財にも興味はないわね。むしろそういうのに嫌気が差して故郷を飛び出してきた所もあるし、まあ大半の理由はソウマの傍に居たかっただけなのだけれど。それに・・・・・」
そう言うとシルヴィアは腕の中にいるシャルロットをギュッと抱きしめてその頬に自らの頬を愛おしそうに擦り付ける。シャルロットも擽ったそうにしながらもそれを目を閉じて嬉しそうに受け入れる。
「今の私には可愛い可愛い妹が居るの。この子の前ではどんな財宝も地位も霞んでしまうわ。世界で一番愛しい男と世界で一番愛しい妹、この二つが有れば私は何もいらいわ」
「私もシルヴィア姉様とソウマが世界で一番大好きだよ!あ、でもねそれでお父様やお母様やお兄様もラルクも嫌いとかじゃなくてね。皆皆大好きなんだけどね。でも・・・・・」
焦ったように言葉を出すシャルロットにアウロが優しく頭を撫でる。
「分かっておる分かっておるよシャルロットよ。優しいお前が皆を好いていることを・・・」
「うん!」
シャルロットは父親の言葉に嬉しそうに笑顔になる。
「そういう事だザナス皇帝よ。我等の国は貴殿の国とは違う在り方で成り経っているのだ。ソウマやシルヴィアは儂の大切な友人なのだ」
「貴様は本当に正気か?これだけの戦力を抱えて何故他の国を侵略しに打って出ない。こいつ等の力が有ればこの大陸・・・・・・いや、世界すら侵略することが可能かもしれんのだぞ!?貴様自分の国をより強大にしようとは思わんのか!」
ザナスの言う通り、ソウマ・シルヴィア・ラルクと言う世界屈指の実力者三人を擁するエテルニタ王国がその気になればこの大陸を制覇するのに恐らくは一年とかからないだろう。シルヴィアにしてもラルクにしても単独で負ける相手と言えば竜王級の竜族か上位神位のものである。加えてソウマはこの世界最強の存在たる始祖の竜よりも強いのである。人族や他種族の国や里などでは到底抗しえないだろう。
「興味は無いよ。儂はその手の野心が薄い質なのでな。儂は儂の家族や儂の国民達が健やかに過ごせる国さえ造れればそれでよいのだ。他国に攻め入れば少なからず無辜の民に犠牲が出るやもしれん。ならば今ある国が手に手を取って和平を結べればと儂は考え此度も帝国に赴いたのだ」
「・・・・・・・・・はあ」
皇帝はしばし納得が言っていない顔をしていたがある方向を向いて溜息を吐いて緊張を解く。
「貴様達のことは全く納得できんし理解も出来ん・・・・・・。しかし貴様等は俺の国で最強の戦士であり俺の最強の手札のガラ爺を倒した。ならば貴様等に俺が何か言える立場では無い。貴様の要求が友好的な交易であるというのならその言葉を呑むまでだ」
「よおよお、随分とよぉ大人になったなぁ坊よぉ」
すると先程治療を受けていたガラが愉快そうな顔を浮べて近づいてきた。
「うるさい!それとガラ爺、坊は止めろと言っただろうが!俺はもうそう呼ばれる程幼くはないぞ!」
「オメエらぁこの国の王族は昔から幾つ歳を重ねても坊のまんまだぁ」
「ぬううぅ~~~。貴様でなければ重罪にする所だぞ!」
「へっへっへっ」
皇帝は顔を真っ赤にさせながら悔しそうに闘技場を後にした。強者こそが全ての実力至上主義を謳うだけあり帝国最強の男であるガラは皇帝に対しても無礼をしてもある程度許されるようだ。するとシャルロットがシルヴィアの腕から飛び降りてガラの元に小走りで近づいた。
「御爺ちゃん大丈夫?ソウマにイジメられたの痛くない?」
その言葉にガラは実に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「大丈夫だよぉ。オラァは丈夫だからなぁ。それにソウマもちゃんと手を抜いてくれたからなぁ」
「俺は別にイジメてねえ・・・・・・」
ガラはシャルロットの頭を優しく撫でながら笑顔で答える。後ろでソウマが納得いかないような顔をしている。
「爺さん、折角の愛刀を折っちまった詫びにその刀はこっちで直させてもらうぜ」
「そりゃこっちとしては有り難い申し出だがねぇいいのかいよぉ?」
「大丈夫だ。なあ、ラルク」
「ええ、幸いにしてうちの国は鍛冶刀工に長けた者達が多いからね。そこの御仁の折れた刀位更に強化して復元できるよ」
「だったら丁度いい。爺さんの刀をもう二段階位強化してくれ」
「おいおい、大丈夫なのかぁ?それじゃあ逆にオラァが恐縮しちまうよぉ」
とんとん拍子に進む話にガラが目を点にしている。
「良いんだよ。別に爺さんが気にすることじゃない。それに爺さん、アンタその刀は爺さんの技量に見合ってないだろうよ。爺さんのあの長刀だと全力で居合が打てるのは精々が十数回だろう」
「良く見てるねぇ。まあ先の勝負はその十数回も撃たないうちにオラァの方が限界を迎えちまったがねぇ」
「長刀の・・・・・・・銘はあるのか?」
「《秋月》だぁ。銘はオラァが東に赴いてその刀を譲り受ける時についで銘も貰ったんだぁ」
「この《秋月》の強度を上げれば爺さんの居合も更に数と威力を伸ばすことが出来るさ」
超一流の武人ならばある程度の武器でもそれなりの真似が出来る。それもまた武人の技量と言える。しかし、その超一流の武人が真の技量を発揮するにはやはり超一流の得物が必要なのだ。
「・・・・・・・・それじゃあオラァはお言葉に甘えることにするよぉ」
しばし悩んだガラではあったがそれでも自らの愛刀が更に強化されて元に戻るという魅力には抗えずに行為に甘えることにしたようだ。
「しっかしよぉ・・・・・・・」
そう言ってガラは辺りをぐるりと見回す。
「まさか【十騎聖】が九人も一人の相手にやられるとはねぇ」
「最後の一人は爺さんの息子かい?」
「そうだぁ、まだまだ未熟なひよっ子だがねぇ」
「親父と一緒にするな!」
するとその言葉を聞きつけた男が此方に歩いてきた。
「ギドよぉ。どうせならオメェもソウマとやっとくかい?勝負じゃなく只の手合わせならいい経験だぁ」
「・・・・・・・正直とても相手になるとは思えないが君ほどの強者と剣を交えられる機会などそう有るものではない。是非にお願い申し上げたい」
ギドはそう言いソウマに頭を下げる。最初こそソウマに対して見下したような態度だったがガラの教育によるものか本来は相手の実力を素直に認めて礼を尽くせる人物のようだ。
「俺は別に構わないぜ」
そう言って二人は武器を構えた。そうして結局今日帝国の闘技場では都合十度の壁にぶつかる轟音が響き渡ったのだった。
後日、改めて開かれた会談で両国の和平と貿易の条約が交わされた。しかしその会談の間中、ザナス皇帝は終始不機嫌そうだった。闘技場での件はソウマに最初の一人がやられた時点で一般の兵士達を闘技場から追い出し最初に見ていた兵士には口止めをしておいた為に【十騎聖】全員の敗北を帝国兵に知られていない為に帝国内に動揺は無い。しかしどうやら皇帝自身はそれとは関係なく面白くはないらしい。ソウマとシルヴィアはそれを見て終始笑っておりシャルロットは訳が分からずに首を傾げラルクは苦笑しアウロはやれやれと頭を抱えていた。




