4話 過去から迫る妄執
シルヴィアの言葉を遮ったのは意外なことにシャルロットだった。目に涙を浮かべたその顔は怒りが滲みだしている。
「そんなの駄目だよ!シルヴィア姉さまも私と一緒にお祝いしなくちゃ駄目だよ」
予想外のシャルロットの剣幕にシルヴィアはたじろいでいるがなんとか持ち直してシャルロットに尋ねる。
「どうしたのお姫様?私は別にさっきも言ったけどソウマに気持ちが通じたからもう満足なの。だから別にもう・・・・・」
「だから駄目!シルヴィアお姉さまもソウマのことが好きなんだからちゃんとお祝いしないと駄目なの。私だけが皆にお祝いされても全然嬉しくないよ」
「お姫さま・・・・・・」
「私はソウマが大好き、でもシルヴィア姉さまも同じくらい大好きだからやっぱり大好きな人の事はちゃんと祝って貰いたいの」
シャルロットの言葉に一瞬驚いた顔をしたシルヴィアは次の瞬間には歓喜の顔に変わりシャルロットを抱き締める。
「ありがとう、私の可愛いお姫さま。ごめんなさい貴方の優しい気持ちを察せなかった私を許してね」
「うん、だからシルヴィア姉さまも一緒にお祝いしよ?」
「わかったわ。私もお姫さまと一緒にお祝いしてもらうわね。そういうことで王妃様、先ほどの言葉は謹んで撤回させて頂きます」
「了解よシルヴィアちゃん。相変わらず仲がいいわね~貴方達、お母さん少し嫉妬しちゃうな~」
王妃の言葉を聞いたシャルロットはシルヴィアから離れて今度は王妃に抱き着く。
「私、お母様のことも大好きだよ。ホントだよ?」
「あら~そんなこと当然知ってるわ。お母さんもシャルロットの事世界一愛してるわよ」
そんあ女衆の会話に完全に置いて行かれた男衆は・・・。
「なんか俺の知らない所で話がどんどん進んでる気がするんだが・・・俺も当事者なのに」
「それはしょうがなかろうソウマよ。こういった話に男はあまり介入できないものだ。それにしても感慨深いものだな、これでソウマも我が息子という分けだな」
「・・・・・・まあ、このままいけばそうなるな」
アウロは実に嬉しそうにソウマを見ながら笑みを浮かべている。
「確かに、そうするとソウマは私の義弟ということになるのかな?」
「俺は絶対にお前を兄とは呼ばんぞ。ていうか俺の方が年上だからな」
ソウマはライハルトの頭をグリグリと撫でる。それでもライハルトは面白そうに笑っている。
「そうですね。これからはソウマの事はシャルロット姫の伴侶として敬称を付けて呼ばないといけませんかね。ソウマ様とね」
「それも絶対にやめろ。気持ち悪いったらありゃしない」
ラルクの言葉にソウマは吐き捨てるような仕草で言葉を返す。ソウマのそんな仕草にラルクは苦笑で肩を竦める。
「ソウマよ、あの時の賭け(・・・・・・)どうやら儂の勝ちになりそうだな?」
「そうなりそうだな・・・・・俺もまさかと思ってるが俺自身それを意外とすんなり受け入れている自分がいることにも驚いている」
「賭け?ソウマ、父上なんの話です?」
「うん?いや此方の話だ。それよりも祝いは今夜早速準備させようと思う。というかヘンリエッタの奴が既に朝の時点で準備の手を回している」
「なんで!早くね?」
「どうも朝のシャルロットの様子を見て母上が大体のことを察して王宮の者に手配させていたようです」
「相変わらず王妃様はあの手の事に関しては私以上の先見の明がおありですね」
「あら、ラルク君にそう言ってもらえるなんて嬉しいわ」
いつの間にかこちらに来ていた三人がソウマ達の会話に参加する。王妃はいまだにシャルロットを後ろから抱きしめたままだ、そのシャルロットは王妃に後ろから抱きしめられながら片手はシルヴィアと手を繋いでいる。シルヴィアはそんなシャルロットは愛おしそうに見つめている。
「どうやら話はそちらも纏まったようだな。では今夜祝いの席を設ける。今回は内内で行うがいずれ国中に触れを出し正式に祝いをしたいと思っている」
「まあ、本来ならそんの勘弁してくれと言うところだが・・・・・今回はそちらに全て任せるよ」
「おや?珍しいじゃないですか。こういった事は基本嫌がる貴方が、なんせ自分の授与式や祝賀会にも参加しない男ですからね」
「本当にね。ソウマにも折角だから出て欲しかったからどうやって出席させようか考えていたのだけれど」
「まあお前の言う通り本来はこんな催しもの関係はあまり好きじゃないが、それでもお姫さまやシルヴィアには大事な祝い事だからな。二人の気持ちに向き合うと言った以上は二人の望みは極力叶えてやりたい」
「ソウマ」
「ソウマ・・・・」
ソウマの言葉に二人は一瞬驚いた後すぐに嬉しそうな顔に変わった。そして今度はソウマの両手にそれぞれ抱き着く。
「あらあら、よかったわね。二人とも」
「ありがとうソウマ」
「・・・・・・」
シャルロットは笑顔でお礼を言いシルヴィアは無言でソウマの腕を抱く力を強める。
「はいはい、取りあえずここは王宮の廊下だからイチャイチャは今日の夜にしなさいな」
そう言って王女がこの場の解散を宣言する。シルヴィアもシャルロットも王女のその言葉に渋々ながらソウマから離れる。
「ぶーもっとソウマとくっついていたいのにー」
「まあしょうがないわね。王女様の言う通りにこの場は離れましょうお姫さま。夜に一杯ソウマに二人で甘えましょう、ね?」
「うん、わかった」
シャルロットも納得したのか今度は王女の方に抱き着く。
「・・・・・ソウマ、シルヴィア。後で話があります」
「・・・・・」
「・・・・・」
ラルクの二人にしか聞こえない耳打ちに二人は顔を僅かに頷かせて了承する。
※※※※
その後ソウマとシルヴィアはラルクの話を聞く為に軍議の間を訪れていた。部屋に入ると部屋の中にはラルクとライハルトとアウロ王が既に部屋の中で待っていた。
「ありゃ?なんでライハルトがいるんだ?」
「ふむ、ライハルトもこれから儂の後を継いで国を率いていく立場だ。それゆえこれからはできるだけこのような話の場での経験を積ませるようにと思ってな」
「まあ普通は王自らがこんな話にはあまり積極的に関わるのも珍しいと思うがな」
「そうね、王様ってのは命令を下すのが役目で普通こんな作戦会議なんてあまり参加しないと思うわね」
「まあそう言わないでくれよソウマ、シルヴィア。確かに我が国のやり方は多少他の国と違う所があるが父上が稀代の名君であることは各国の者も認めるところだ。僕もそんな父上に近づくべく少しでも多くのことを経験したいんだ」
「まったくお前は耳障りの良い言葉をつらつらと・・・・、そんなことを言っても今後も厳しくしていくことは変わらんぞ」
「望む所ですよ父上。僕も父上に近づくには生半なことではないと重々理解しているつもりなのでね」
ライハルトの言葉にアウロが苦笑を浮かべながら言葉を返せばライハルトもそれを面白そうな笑みを浮かべて言葉を返す。
「王よ宜しいですか?」
二人の話が一段落したことを見計らったラルクが話をする為に王に許しを請う。
「おお、これはすまぬ。話をするがよいラルクよ」
「で?なにか分かったから俺達を呼んだんだろラルク」
「ああその通りだソウマ。ここ最近の所属不明軍との戦闘行為によるその行動とをある程度分析した結果相手の狙いがある程度分かった」
「それで?相手の狙いってなんなのラルク」
「ああ、相手の狙いは十中八九・・・・・・ソウマだ」
ラルクの言葉に軍議の間の面々はあまり驚きを表していなかった。むしろソウマ以外は憐れむような顔さえしている。
「それは・・・・また、難儀な・・・」
「なんというか、だね」
「その相手って正気なのかしら」
どうやら正体不明の相手を憐れんでいるようだ、その顔はまるで無実の罪で死刑台に向かわせられる人間を見るような顔になっている。
「残念だけどこの相手は恐らく間抜けな訳でも正気を失ってる訳でもない。かなり綿密な計画を立てているはずだ」
「それはまたどうして?」
シルヴィアの質問にラルクは机の上に地図を広げる。それはこの国地図のようで、その地図上には赤い色で丸やら線がいくつか書かれている。
「この線や丸はなんだ?」
「あら?これって・・・」
「シルヴィアの察しの通りこれは今までに所属不明軍が襲撃してきた場所を示している」
「これがなにかあるのか?」
「これまでの敵の襲撃パターンを調べた所どうも敵は意図的に場所を選んで戦闘行為をしているようなんだ」
「意図的に?」
「そう、今までの戦闘が行われた場所は全てこの国で特に地脈の流れが強く収束性が高い土地で行われている」
「地脈の?それはなにかの偶然とかではなくてかいラルク」
「恐らくは違うと思いますライハルト殿下。この戦闘行為が行われた場所のいくつかは攻めるには難く攻めてもほとんど益のない場所がかなりあります。加えて相手は何度がその地点から全く動かずにまるでこちらが来るのを待つかのようにそこに留まるような行為も確認されています」
「今まで捕まえた捕虜はなにか情報を持っていなかったのか?」
「問題はそこなんだソウマ。実は今まで捕まえた捕虜は全て精神魔法に掛かっていたんだ」
「精神魔法に?私とソウマが捕まえた捕虜はそんな感じがまるでしなかったのだけど」
「恐ろしく高度な精神魔法が施されていたんだ。それは対象の無意識に干渉する魔法で魔法をかけられた対象自身はまるで自分の意思で行動しているように誘導されるというものなんだ。だから一見するとその人物は精神魔法に侵されているようにはまるで見えない。しかも通常の精神魔法の探知にも引っかからない、さらに目的が終えると術を掛けられた対象はそれまでの記憶を消却されるとうオマケ付きさ」
ラルクが彼にしては珍しく吐き捨てるようにそう言い捨てる。
「消却?」
「文字通りさソウマ。頭の中を綺麗さっぱり消してしまうんだ。事実今までに捕まえた捕虜は全て記憶を消される時の負荷に耐え切れず正気を失っている」
「なんとうことだ・・・・」
「しかもどうやら相手が使っている兵の何割かは他国や辺境で行方不明とされている者が含まれていることが判明している」
「なんだが一筋縄ではいかない相手のようね。それで、どうして相手の狙いがソウマだって分かるの?」
「敵の能力が高すぎるのが原因さ。これまでの予測から恐らく相手の装備している魔法付与の装備も恐らく一人の魔導士の仕業だろう。僕が直接確かめたけど全ての装備に施された魔力の波紋が一致している。間違いなく相手は七等級以上の使い手だ。そんな相手がこれほどの準備と手間を掛けてまでこの国攻め入る理由を考えれば・・・・」
「ソウマが狙いという分けね」
「そう、これほどの力の持ち主ならこの国を狙わなければもっと簡単に攻め落とすことができるだろうことは簡単に推測できる。そんな相手がわざわざ危険を犯してまでソウマの居るこの国を狙う理由はソウマ自身しか考えられない」
「確かにこの国は狙うにはリスクが高すぎるからねぇ。なんせソウマがいるだけでこの国は大陸最強の国って言われているくらいだからね」
ラルクの話にライハルトは納得といった顔で頷く。
「でだ、ラルクよ。結局相手の狙いは俺だってことは分かった。それでどうやって俺を倒すつもりなんだ?」
そう聞くソウマの顔は隠しているつもりだろうがその顔には期待と歓喜が滲んでいる。最近少し退屈気味だった為に自分を狙う相手に若干期待しているようだ。
「まったく君は・・・・。そんなに期待に満ちた顔をしてから、結論から言うとさすがにまだなんとも言えない。敵の現在の狙いは地脈ということは推測できたがそれをどういった事に利用するかまでは分からないんだ」
「相手は何か地脈に仕掛けを施していないの?」
「僕も現地に行って実際に地脈を調べたけど特になにか細工が施されている形跡は見つからなかったよ」
「それでは敵の地脈を利用するという作戦はそう見せる為の囮では?」
「いや、それは無いと思います陛下。それにしては敵の部隊の動員数や行動にそういった意図がまるで感じられません。相手が何らかの形で地脈を利用しようとしているのは間違いないと思います」
「それじゃあ当面は敵の動きを静観した方がいいのかラルク?」
ソウマがそう聞けばラルクは少し首を傾げる。
「それが・・・・・どうしたものか僕も判断が付きにくいんだ。ここ数日は前までは頻繁に目撃されていた敵の部隊の姿が影も形も見当たらなくなったんだ。考えられる中で一番最悪のケースが敵の仕込みが既に終わっている場合が一番厄介だ」
「むう、敵の動きはお主の読みを上回ると?」
王にそう問われたラルクは少し困った顔になる。
「確定はできませんがその可能性も否定はできません」
「敵はそれほどの知恵者ということか・・・・」
「王よ、言い訳に聞こえるかもしれませんが推測で言ってしまいますが恐らく敵は正気ではありますが正常ではありません」
「正気ではあるが正常ではない?」
ラルクの言葉にその場にいる全員が首を傾げる。
「どういうことだいラルク?」
「はい、先ほども言いましたが以前敵の魔法装備を見聞した際に感じたことなのですが武具に施された魔法を解析する時に武具に込められた魔力の波動になんといいますか・・・・・狂気じみたものを感じました」
「狂気・・・・・」
シルヴィアが呟くようにラルクの言葉を反芻する。
「ええ、その魔法に込められた術者の意思といいますかそれを少し感じ取る時が時偶にあるのですが、それがその時に感じられました。その時感じたモノに確かに確固たる意志も感じましたが同時にそれを覆うような不気味な狂気も感じました。狂気を宿した人間の行動は時に理を超えてくることがある。僕はそれが恐ろしい」
ラルクの言葉をその場の誰も否定することはしなかった。エルフは元々自然やそれに付随する魔力への親和性が他の種族に比べて遙かに高い、ましてやラルクはその中でもさらに希少とされるハイエルフに属する種族である。ハイエルフが持つ自然・魔力への親和性は時に通常のエルフや魔術師等では考えられないような現象を起こす。ここにいる者は皆それを知っているので誰もラルクの言うことを軽んじたりしない。
「確かに、あの狂気って奴は厄介だぜ」
ソウマがラルクの言葉に頷けばシルヴィアもそれに賛同する。
「そうね、人間であれ他の種族であれ狂気に捕らわれた者のすることは侮れないわ。なにせ正気を失っている者以上に厄介なのはそれが自身の正常な判断の上で犠牲を厭わない行動がとれるということだもの」
「その通りだ。狂気に付かれた者は正常な判断を下せるだけの理性を残しながらも目的達成の為に通常では予測もできない方法や手段をとってくる者も存在する。自身の命すらそれに組み込むことを是とする作戦すら考える者もいるくらいだからね。まともな考えがまるで通用しない場合が多い、だから僕も安易に答えが出せないんだ」
ラルクの言も尤もだ。敵の考えが常識では測れない以上は結論を急いで事を起こせばそれが致命的になることも十二分に考えられる。ましてや敵はかなりの実力を持った魔術師の可能性も高い。なにを仕掛けてきてもおかしくはない。
「それほどの魔術を使う相手が狂気に堕ちていたとすると・・・・禁忌魔法に手を出していることも考えられるのではないかラルクよ」
アウロ王の言葉に全員が一瞬険しい顔になる。
「禁忌魔法ですか?父上」
「うむ、お前も聞いたことがあろう。あまりに危険・凄惨そして威力の為に封印又は抹殺された魔法のことだ」
「敵がそれを使ってくると?」
「王の言う通りです。敵が僕の予想通りならその可能性も十分に考えられます。むしろ考えうる中で最悪のパターンですね」
ラルクの顔が一層険しくなる。
魔術には等級が存在する。それは一~十まで存在しされにその上に超級の魔法と言われる物が存在する。
一~三等級・・・下級魔術師
四~六等級・・・中級魔術師
七~十等級・・・上級魔術師
超級 ・・・魔法使い
と、分類される。これは扱える魔術の量・質そして本人の魔力量などで決められる。因みにこの場にいる中で言えば。
ラルク ・・・魔法使い (魔術の量・質・魔力量)
シルヴィア ・・・魔法使い (魔術の質・魔力量)
ソウマ ・・・魔法使い (魔力量)
アウロ ・・・中級魔術師(魔術の量・魔力量)
ライハルト ・・・下級魔術師(魔力量)
となる。しかしこの分類にあてはまらない物が存在する。それが禁忌魔法である。かつて禁忌魔法を行ったことにより一国が滅んだり国民全てが犠牲になるという痛ましい事件も過去に存在した。禁忌魔法が禁忌と言われる最大の理由は・・・・。
「問題は禁忌魔法は人の命を代償に使用する者がほとんどだということだな」
そう、禁忌魔法は人の命を代価に使用ができるものがほとんどであることだ。
「そうなると敵の狙いは何らかの形で地脈を利用して禁忌魔法を使用しその代償の命に・・・・・」
ライハルトが自分の至った答えに言いよどむ、それはその内容があまりにも許容できるものではなかったが故に。
「我が国の民の命を使おうとしておるのか?」
アウロ王がライハルトが言いよどんだ答えをラルクに尋ねる。
「言いにくい事ですがその可能性も考えられるということです」
ラルクの答えに再び場に沈黙が降りる。するとしばらく考えていたのかソウマが突然口を開く。
「敵の狙いが俺ならしばらく俺はこの国を離れた方が・・・・」
「ソウマ、それ以上は言う必要は無い」
その言葉をアウロ王が遮る。
「よいかソウマよ、儂は国民の命が危険にさらされているからといってその為に一人の犠牲や危険を許容する気はない」
「そうだよソウマ」
「そうね、ソウマにしては随分弱気じゃない。敵のどんな策も罠も残らず上面から叩き潰すくらいが貴方には丁度いいんじゃない?」
「そうですよソウマ。それに舐めてもらっては困ります。この国にはこの僕もいるんですから見す見す国民を犠牲にするものですか。それくらいの対策は講じていますよ。この国の人材はなにも君だけじゃないんですよ?」
それぞれがそれぞれの笑みを浮かべてソウマを見る。ソウマはそんな皆の顔を見た後申し訳なさそうに頭を下げる。
「悪い皆、なんか弱気になったわ」
そしてすぐに笑みを見せる。そんなソウマの顔を見て皆も安堵の表情になる。
「とりあえず現状は今まで以上に気を引き締めて警戒に当たるといことでいいかしら?」
「ああ君とソウマはそれで構わない。僕の方は相手がどんあ策や手段をしてきても対応できるように準備しておく。最低限相手が禁忌魔法を使用してきてもいいように僕も超級魔法の準備をしておくよ」
「ああ、お前が備えてくれるんなら俺も安心だ。一応万が一に備えて俺も鎧の方も用意しておくさ、ついでに剣も今回は最初から抜くつもりだ」
「あら、ソウマも今回はえらくやる気じゃない。なら私も久々に運動しようかしら」
「あらら、なんだか三人ともかなりやる気になったみたいだね。これは本当に相手に同情しそうだよ」
「うむ、確かに」
三人のやる気に親子二人はしたり顔で頷いていた。
※※※※
それから数十日たったが敵はなんの反応も示してこなかった。その間ラルクは敵の禁忌魔法に対抗するべく超級魔法の準備を完成させて兵も各地に配置し敵が何時いかなる場合に現れても即座にどこかに配置された部隊が迎撃に当たれる配置にしている。つまり敵に対して万全に近い形の体制が取れたと言っていい状態にできたのである。
「(・・・・・それでも)」
それでもラルクは心の中に巣くった一抹の不安を拭うことはできなかった。
「(備えるべきことは全て備えた。すべき準備は全てした。シルヴィアやましてやソウマが策を講じるとはいえ負けるとは微塵も思わない。それでも消えないこの胸の不安は一体・・・・)」
それだけがラルクのただ一つの気掛かりだった。
※※※※
「シルヴィア姉さま、結婚式のドレスはなにが良いと思う?」
「これなどいいのではないかしら?貴方の可愛らしい髪に良く似合っているわ」
「そうかなお母様?」
「ええそうね、とても似有っているわね。これを着ればソウマ君もイチコロね」
「ほんとに!」
ここは王宮の一室。豪奢なベッドと等の調度品が置かれたこの部屋はシャルロットの私室である。現在シャルロットとシルヴィアとヘンリエッタ王妃はシャルロットの自室にて後の結婚式で着るドレスを選んでいる最中である。
「じゃあじゃあシルヴィア姉さまはこのドレスなんかが似合うんじゃないかな?」
そう言ってシャルロットが選んだのは青いドレスだった。レースが所所にあしらわれた意匠に加えて胸の部分には青いバラが氷の魔術を施され溶けないよう細工されて取り付けられている。
「あら、いいんじゃない?シルヴィアちゃんの雰囲気にとてもよく似合っているわね。これ位大人っぽい方がシルヴィアちゃんらしいんじゃない?」
「そうでしょうか?なんだが少し派手すぎるような・・・」
「あら、今貴方が来ている黒いドレスだってある意味ではとっても派手よ?」
「それを言われると・・・・」
女性三人の和やかな会話が続く。実は先ほどからこの部屋の扉の前で扉に背を預けてもたれ掛かるようにソウマがずっと立っている。一応は王妃と姫の護衛の役割でここにいるのだがそもシルヴィアがいる時点で大概の事が何とかできるので実際ソウマがここにいる意味はあまり無い。
「ちょっとソウマ君。ソウマ君も二人のドレスはどれがいいか選んで感想を聞かせてよ」
「そうだよ、ソウマは私達がどんなドレス着て結婚式したら嬉しい?」
「そうねどうせならソウマに選んだものを着たいわね」
「お前等なぁ。なんぼなんでも気が早いだろう。お姫さんがもう少し大人になってからだろう結婚式は?今からドレスを選んでどうするよ」
そうつまりはそういうこと。この場にソウマがいる理由は単に女性陣が望んだ結果に過ぎない。
「あらいいじゃない。今の内から決めておけば特にシャルロットは将来の楽しみが増えるじゃない。それに何事も早い方がいいのよソウマ君。あ、ベッドの中はあまり早すぎちゃだめよソウマ君」
「あんた娘の前で何言ってんすか!」
ヘンリエッタ王妃の地味な下ネタにソウマがげんなりとした顔になる。
「ベッドの中で?なにか競争するの?」
なにも知らないシャルロットが純粋な疑問顔で尋ねる。
「お姫様はまだ気にしなくていいの、もっと大人になってから知りましょうね?」
「そうなの?ふーん?」
そんなシャルロットにシルヴィアは頭を優しく撫でながら諭すようにシャルロットに言い聞かせる。そんなシルヴィアにシャルロットはまだ若干疑問顔ではあるが一応納得したのか引き下がる。
「いい子いい子。王妃様、あまり迂闊な発言は控えて下さい。お姫さまにはそういう話はまだ早いです」
「あらあらごめんなさい、それにしても、うふふふふふっ」
「?どうしました王妃様」
シルヴィアの言葉を聞いたヘンリエッタ王妃は突然シルヴィアとシャルロットを見ながら笑い出した。
「ごんめさない、それにしてもと思ってね。本当に貴方達は仲が良いのね。まるで本当の姉妹見たいね。見た目は全然似ていないけど雰囲気は生まれた時からの姉妹見たよ貴方達」
そう言われた二人はお互い目を合わせた後急に笑い出した。
「あら王妃様、私達は実の姉妹以上に仲が良いと思っていますよ」
「そうだよ、シルヴィア姉さまは私の大好きなお姉さまだもの」
「あらあらごちそうさま」
そんな二人の言葉に王妃はさらにその笑みを深める。ソウマはそんな三人のやり取りをやれやれといった風に首を振る。
「俺はそろそろ退室していいかい?一応俺も団長なんて肩書を頂いているからなやることがあるんだが」
「あら、まだソウマにはドレスを選んで貰っていないじゃないの」
「そうはいっても正直俺にはそういうのはよくわからん。わかるのはお前やお姫さんなら大概の服が似合うってことぐらいだよ」
ソウマに言われてシルヴィアは頬を薄く赤くする。
「うふふふふふふ、ソウマがそんな真正面から褒めてくれるなんて思わなかったわ」
「そうかい?俺だっていつまでも鈍感野郎じゃないのさ」
そう言いながらシルヴィアは椅子から立ち上がりソウマの方へ歩いて行く。そしてソウマの前まで来るとその手をソウマの頬に伸ばす。伸ばされた手をソウマは無言で受け入れる、そして二人は見つめ合う。
「それじゃあ折角ソウマが素直に褒めてくれたのだし私も素直に行動で思いを表そうかしら?」
「それは嬉しいな・・・・」
見つめ合った二人が目をつむりその顔を徐々に近づけていく。
「む~~~~~~」
二人の唇が触れる数センチ手前で二人の下の間で低い唸り声が響く。
「あ」
「あ」
二人が接近を中止して下を見れば頬をリスのように膨らませたシャルロットが二人を睨むように見つめていた。二人はそんなシャルロットを確認して慌てて離れる。どうやら二人ともここがどこだか完全に忘れていたようだ。
「ソウマもシルヴィア姉さまもずるい、私を仲間ハズレにして!」
シルヴィアはそんな二人に両手を振り上げて猛抗議する。二人が接近し始めた段階で気づいていたのだが二人が完全に自分達の世界に入り込んでいたため気づいてもらえなかったようだ。ちなみに王妃は先ほどずっと一連のやり取りをニコニコしながら黙って眺めている。
「ごめんなさいねお姫さま。忘れていた訳じゃないのよ。ただ私もソウマも少し夢中になってしまって」
シルヴィアはそんなシャルロットを抱き上げてあやすようにご機嫌を取る。
「そうだぜお姫さん。人間誰だって夢中になっちまう時があるからな、別にお姫さんを仲間ハズレにしようとしたわけじゃないんだ」
ソウマも珍しくシャルロットの機嫌を取る。シャルロットはシルヴィアに抱き上げられながらもそっぽを向いている。
「機嫌を直してお姫さま。そのかわりお姫さまのお願い私もソウマも聞いてあげるから、ね?」
「・・・・・・・ほんと?ほんとにソウマもシルヴィア姉さまもお願い聞いてくれるの?」
シャルロットはしばらく顔を背けていたがしばらくして確認を取るようにシルヴィアに向き直る。
「ええ本当よ、約束するわ。ね、ソウマ」
シルヴィアが確認するようにソウマに言葉と視線を寄越せばソウマは肯定するように無言で頷く。
「ほらね?ソウマも約束するって、だから機嫌を直してお姫さま」
「うん、わかった。それじゃあ今お願い事言っていい?」
「ええもちろん、それでお姫さまは何をお願いするの?」
シルヴィアの質問にシャルロットは少し頬を赤くしながら答える。
「今日ね、シルヴィア姉さまとソウマと三人で寝たいの、ダメかな?」
「私達三人で?そんなのお安い御用よ。いいわねよねソウマ?」
「ああ俺は構わないぜ」
「じゃあ今晩は仲良く三人で寝ましょうね」
「うん♪」
シルヴィアの言葉にシャルロットはさっきまでの不機嫌が嘘のようにご機嫌な顔で頷く。
「うふふふ、今日の夜は熱い夜になりそうね」
王妃のそんな言葉はこの場の三人・・・・特にソウマとシルヴィアは全力でスルー。
そんな和やかな日常の中それは突然起こった。
ズズッ・・・・・ズズズズズズ・・・・・・ゴォォォォォォォ
低い・・・・・低い地鳴りのような音が城内・・・いやこの国全体に響き渡る。
「!」
「!」
ソウマとシルヴィアは瞬時に直観ずる。「敵が来た!」と。
「ソウマ君!これは・・・まさか」
「ああ間違いない。奴さんようやく仕掛けてきたようだぜ。シルヴィア、王妃とお姫さんを頼む」
「了解、ソウマは?」
「力を示すがいい強大なる竜王の咢から生まれし剣よ《聖王竜剣ドラゴ・エスパーダ》」
ソウマはシルヴィアの言葉に応える代わりに自らの剣を出現させてそれを肩に担いで不敵に笑って見せる。
「聞くまでもないわね」
「勿論俺は敵本体を直接叩きに行くぜ」
『いいや、その必要は無い。ソウマ・トカイ』
すると突然空中に裂け目が出現しその割れ目の中から低い男の声が響き渡る。
「へえ、どうやら向こうから直接来てくれたようだな」
ソウマがそう言うと同時に空間の裂け目から深いローブを被った初老の男が出現する。
「久しいなソウマ・トカイよ。貴様を葬る為に再び貴様の前に立ったぞ」
「貴様・・・・・」
老人はソウマを見て宣戦布告するように言葉を放つその瞳に込められた意思はどこまでも深く暗い。そしてソウマはそんな男の顔見て一瞬驚きを見せ・・・・・・。
「ガラルド・ガイガス・・・・」
そう老人の名前を口にした。