34話 黒緋の鎧
「気を引き締めなさい。少しでも油断すると本当に死ぬわよ」
黒緋色に変化した鎧を身に纏ったシルヴィアは前とは比較にならない速度でナーバに迫る。
「くっ!」
咄嗟に両腕を交差させて防御の体勢を取ったナーバ、直後に組んだ両腕に凄まじいまでの衝撃が伝わってくる。
「ぐわぁっ!!」
シルヴィアの突き出した突き上げ気味の掌底を受けたナーバは上空高く打ち上げられる。
「《剣の血城》」
突き上げられたナーバに向かってシルヴィアが腕を突き出す。すると地面から黒緋色の巨大な剣群がナーバに向かって殺到する。
「・・・・!!」
空中で翼を使い強引に体勢を整えたナーバは息付く暇も無く自らに迫る巨大な剣山を回避しようとする。
「ぐわあああぁぁぁ!」
恐ろしい速度で迫る剣の山を全て回避することは出来ずにナーバは体を幾つも切り裂かれる。剣の山は《竜装形態》になり数段防御力の増したナーバの鱗を易々と切り裂きその下の肉体に無視できぬ損傷を刻んでいく。
「まさかそれで回避した気になるの?」
体に無数の傷を刻みながらも何とか技の射程範囲から脱出したナーバにシルヴィアは更なる追撃を見舞う。
「《剣の血雨》」
シルヴィアがナーバに突き出していた手を振り下ろす。すると地面から突き出していた剣山が次々と空に飛んでいく。そして上空で向きを変えて一斉にナーバに向かって降り注ぐ。
「なにィ!」
下から迫る来る剣の群れを必死に回避したかと思えば今度は上空より無数の剣の群れが飛来する事態にナーバは驚愕に包まれる。しかし驚いてばかりもいられるわけもなく上空から迫る死を回避するべく再び全力で空を駆ける。
「上にばかり気を取られたら駄目よ」
上空からの攻撃を回避していたナーバの真横からそんな言葉が聞こえてくる。
「!?」
思わず振り返ったのナーバの目の前にいつの間にシルヴィアが翼を生やして接近していた。驚愕するナーバにシルヴィアは思わず見惚れる程の微笑みを浮かべて告げる。
「貴女の敗因は経験不足ね。貴女同族以外の種族とあまり戦った事がないでしょう?しかも恐らく自分より強い者とはゼファルトス様以外にあまり戦ったこともなさそうね」
「私の、敗因だト!」
上空からの剣の雨に全身を切り裂かれながらもシルヴィアの言葉に激高したナーバはシルヴィアに掴みかかる。
「だから一々相手の言葉に気持ちを乱さない!」
しかしそんなナーバをシルヴィアは無造作に裏拳で殴りつける。咄嗟に気付いて防御しようとしたナーバだが防御した腕ごと弾き飛ばす。防御した腕の鱗はコナゴナに砕け腕はあらぬ方向に折れ曲がる。
「くっ」
地面に向かって凄まじい速度で落下するナーバを一瞬で追い抜きシルヴィアがナーバの落下地点に降り立つ。
「《影の血沼》」
シルヴィアの足元から発生した黒緋の影はそのまま拡がりまるで沼のような粘度を持ったモノになる。そこに殴られた衝撃で動けずに落下してきたナーバが落ちる。するとナーバは地面に激突する衝撃を受けずにシルヴィアの生み出した影の沼に沈み込む。
「な、なんだこれハ!?」
身構えていた落下の衝撃が来ずに一瞬困惑したナーバだが、すぐさま体勢を立て直すために沼から抜け出そうとするがナーバが飛び出そうとすると沼の影がまるで生き物のようにナーバの足に絡みつきそれを邪魔する。ナーバは必死に振り払おうとするが沼は何度振り払おうと執拗にナーバを拘束する。
「外れなイ!?」
「早く抜け出さないと大変よ。それは私の影と血から作り出された意思を持つ沼よ。しかも私の影から作られているその沼は吸血鬼と同じ特性を持つ、つまりその沼に触れている限り・・・・・・」
「・・・・・・・!??」
沼から抜け出そうとしていたナーバは突如として糸が切れた人形の様に膝から崩れ落ちる。ナーバ自身も何故そうなったのか理解出来ないのか困惑した表情をしている。
「そういうことよ。その沼は触れている限りその生物の精気を吸い取るのよ。早くしないと本当に抜け出せなくなってしまうわよ?」
「・・・・・・・んぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!!うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ナーバは一度身を沈めてから全身の闘気を一気に爆発させて沼を跡形も無く吹き飛ばす。そしてその勢いのままにシルヴィアに肉薄する。精気を大分吸われてしまったナーバはこのまま長引けば不利と悟り決着を着けるつもりのようだ。しかし・・・・・・・。
ガッッ
「な・・・・・・・!!」
その乾坤一擲の一撃はあっさりとシルヴィアに掴み取られる。
「クソッ!!!」
ナーバはそれを振りほどこうとするが最初の構図同じくその手を振りほどくことはできなかった。ならばと再び《息吹》を吐いたナーバだが・・・・。
「!?」
シルヴィアはナーバの口の前に開いている方の掌をかざす。次の瞬間ナーバの口から灼熱の劫火が放たれる。しかしその炎は直後にシルヴィアの掌から発生した影に飲み込まれて消え去る。シルヴィアの掌は鎧が少し溶けてその下の肌が火傷していたがそれも瞬く間に傷が塞がり鎧も修復する。
「うあ、ああああア!!」
ナーバは今度こそ信じられないといったような驚愕の表情になる。
「もう降参なさいな。負けを素直に認めるのも戦士としての矜持の一つよ?」
シルヴィアは優しく諭す様な口調でナーバに話しかける。しかしそれでもナーバは唇を噛んでシルヴィアの睨む。
「うるさイ!私は誇り高い竜族ダ!この世界で最強の種族ダ!私よりも強いのは同じ竜族の者だけダ!絶対に負けたりするものカァ!」
そして力の限り吠える。それは誰が見てもこの状況では強がりでしかないものだった。それを聞いたシルヴィアは呆れる様に溜息をつく。
「確かに貴女が言う事も正しいわ。それでも・・・・・」
「五月蝿イ!五月蝿イ!」
尚も自分を諭そうとしたシルヴィアをナーバは首を振って遮り苦し紛れの様にシルヴィアに向かって爪を突き出した。シルヴィアはそれをしょうがないといった顔で防ごうとして・・・・・・・・。
「そこまでだ。これ以上の戦闘は意味がない」
ソウマが二人の間に割って入りナーバの腕を掴んで攻撃を止めていた。
「ソウマ・・・・・」
「き、貴様・・・・・・・何のつもりダ!」
ソウマの出現にシルヴィアは困惑顔になりナーバは怒りを顕わにして吠える。
「これ以上の戦いは無意味だと言ったんだ。これ以上続けてもお前じゃあシルヴィアには勝てないよ。それ以上にシルヴィアがこれ以上お前を攻撃したくなさそうだったんでね」
ソウマの言葉にシルヴィアは嬉しそうに微笑みナーバは納得がいかないといった顔になる。
「私は負けてなイ!私の戦いを邪魔するナ!」
「無理だ。今のお前じゃあシルヴィアどころか俺やラルクと闘っても確実に負ける」
「なんだト!」
ナーバの足元には既にシルヴィアの影の沼は消失しておりナーバは自由になっている。しかしナーバはそれすら気付いていないのか自らの足が拘束されていたのも忘れてソウマに掴みかかる。
「!」
しかしソウマの服に掴みかかった途端にナーバの腕は震えだしていた。いや、腕だけではなく全身が震えだしていた。脚はまるで今にも折れてしまいそうなほどに頼り無く力が入っておらず。服を掴んだ腕は本人自身にも本当に掴んでいるのか分からないほどに震えて感覚が無くなっている。
「こ、これは一体・・・・・・!?」
ナーバは自らに起こった事態に全く理解ができずに遂に膝から崩れ落ちてしまう。
「あれはまさか師匠が最初に私と出会った時に見せた・・・・・」
「いいえ、あれは殺威ではありませんよ」
「え?」
アイスはナーバに起こった事態をソウマと最初に自分が出会った時に体験した殺威だと思ったようだがそれを横にいたラルクが即座にそれを否定する。
「き、貴様ァ・・・・・・・・私に一体何を・・・・・・しタ・・・・」
両手を地面に着き四つん這い状態でなんとかソウマを見上げながらそれでも瞳に敵意を込めてソウマを見る。
「ナーバよ、ソウマは何もしておらぬ」
それに答えたのはソウマではなくゼファルトスだった。
「お・・・・・爺・・・・・様?」
「正確にはソウマはお主に少しばかりの敵意を飛ばしただけだ」
「・・・・・・?」
ゼファルトスの言葉にナーバはまだ意味が分からないように首を傾げる。
「どういうことなのラルク?」
シャルロットも分からずに隣にいるラルクに訊ねる。アイスも言葉にはしないシャルロットと同じ疑問を感じているようだ。
「簡単ですよ姫様。竜族は確かに知性が高くその叡智は時として人族やエルフ族などを上回る場合もあります。しかし彼等の本質はどちらかと云えば野生の獣に近い部分があります」
「?」
「つまりですね。人族や他の亜人種などの多くは本能を理性である程度制御することが可能です。しかし竜族や獣人などの種族はどれだけ知性や知識があっても最終的には理性以上に自らの本能を優先してしまう傾向があるんですよ」
ラルクの説明にアイスが得心がいったかのように頷いている。
「もしやナーバ殿は本能的に師匠の強さを感じ取り体はそれに反応したと?」
そんなアイスの言葉にラルクは優秀な生徒を見る教師の様に満足気な顔を浮かべて頷く。
「そういうことだね」
ゼファルトスもナーバに同じような説明をしたのかナーバが震えている。
「では・・・・・私の本能が・・・・・私の体が・・・・・私の心よりも早くこの男に敗北を認めたというのですカ・・・・」
「そうだ」
「そんな・・・・・・馬鹿ナ・・・・・」
「言っておくけれどそれは誇っていい事よ」
未だ信じられないといった顔のナーバにシルヴィアが称賛するように言葉をかける。
「大概の者はソウマの強さを感じ取る事はできないのよ。普段のソウマはそんな素振りも闘気も発していないから。それを僅かに敵意を感じただけで瞬時にソウマの強さを感じたといのは貴女がそれだけ強いという事よ」
「だが・・・・・・私は誇り高き・・・・・・」
「お前は勘違いしている。お前のそれはただの驕りだ」
「何・・・だと!?」
「誇り高いのは別に悪い事じゃない。誇りは時に精神的な強さに繋がるからな。だがな行き過ぎた誇りは只の驕りでしかない。お前がシルヴィアのことを良く見極めていれば最初から全力で行かなければいけない相手だと分かっていたはずだ。だがお前はそれをせずに自分がシルヴィアよりも種族として格上であるという驕りがそれをさせなかった。それがなければまだ優勢に戦いを進められただろうよ」
ソウマの指摘にナーバは押し黙る。ナーバ自身にも冷静になり自覚できる所があるのかソウマの言葉に悔しそうにしながらも反論をしない。
「いいか、お前の誇りは誇りでは無く驕りだ。お前の自信は自信ではなく油断だ。これが分からない内は何千回戦っても俺達には勝てない」
「・・・・・・・・・」
それでも尚ナーバは納得がいっていないようである。それを見てソウマは溜息を付き・・・・・・・・。
「!!!!!!!!!??????????」
直後全力でナーバに向かって殺威を放った。
突然自らの上に空が落ちてきたかのような圧倒的な殺威、自身が信ずる最強の存在たる【神竜王】ゼファルトスと同等以上の圧倒的存在感。その存在がいま自分に本気の殺威をぶつけている。ナーバは指一本動かせない状態でその事実に驚愕と恐怖を感じていた。
「(死ぬ。私は今、死ぬ)」
ナーバは明確に自分の死を悟ってしまった。次の瞬間に自分は死ぬ。瞬きの間に自らの死が迫る状況にナーバに緊張が遂に切れる。
「ふぐ・・・・ふう~~~~~~~~~う~~~~~~~~~~」
その両目から大量の水滴が零れ落ちる。
「あら!?」
ソウマもこれには予想外だったのか思わず気が抜けてしまい殺威が消失してしまう。しかしナーバは殺威が消えても嗚咽を漏らし続ける。それでもせめてもの強がりか声を出して泣くことはしない。
「どど、どうしようか?」
予想外の出来事にソウマが完全に慌ててしまう。シャルロットとシルヴィアの時もそうだったがソウマは存外に女性の涙というものに脆いのだ。
「いいのよ?」
そこえシルヴィアがナーバを優しく抱きしめる。そして慈愛の籠った言葉を投げかける。
「泣きたいと思ったら素直に泣けばいいのよ。ましてや貴女は戦士である前に女の子なのだから男みたいに強がらなくてもいいのよ。私が隠してあげるから」
そう言いながらシルヴィアはソウマに視線を投げかける。ソウマはそれを察してシルヴィア達から視線を逸らす為に後ろを向く。ゼファルトスもそれに気付いてソウマと同じく後ろを向く。
「ほら、ね?」
「う、うぅぅぅぅぅ~~~~~~うああああああああああ~~~~~~~ん」
シルヴィア優しく囁いた途端にナーバはシルヴィアの胸元に顔を埋めて大声で泣きじゃくる。
「・・・・・・・済まぬな」
「あ?」
その鳴き声を聞きながらゼファルトスは小さく詫びる。
「あの子があのような気性になったのも我の教育の不徳によるものだ」
「流石の竜王のおっさんも孫には甘いってわけだ?」
「そう言われては返す言葉も無い。それに・・・」
そう言ってゼファルトスは今だにシルヴィアの胸で泣き続けるナーバを見て寂しそうな表情になる。
「ああして我以外の誰かに甘えるという行為自体あの子は経験がない。あの子には親が居らぬ故な」
「・・・・・・・・・死んだのか?」
少し躊躇ったソウマだがゼファルトスの表情から話す気なのを感じ取り素直に問う。
「ああ、魔神との戦いの折に・・・・な」
「は?」
ソウマは困惑する。魔神との戦いとは先程聞いた話によれば一万年以上前の話である。だがどう考えてもナーバはそれだけの年月を経た竜には見えない。よくて数百年程度の歳月だろう。だがゼファルトスの言う通りナーバの両親がその時代の竜ならばナーバ自身も相当な年齢である。
「我等竜族の雌は子を宿した時、戦いに出ねばならない時に腹の子を卵にして体外に避難させることが出来るのだ。その時に父と母が卵に力を与えて卵を孵す、だが・・・・・・・・・」
そうしてゼファルトスは痛ましそうな顔になる。
「我が里を出て魔神との戦いに傾倒している時に起こった里の襲撃であの子の両親は戦死したのだ。その時、あの子の母親は・・・・・・・・我の娘は最後の力を振り絞りあの子を体外に卵にして逃がしたのだ。卵は無事に保護されたが両親からの力が与えられなかった為に直ぐに孵化することはなかった。我が卵に力を与えてはいたが血縁とはいえそれでもあの子が卵から孵ったのは今から五百年程前だったのだ。それ故にあの子は自分の生みの親の顔を知らぬのだ」
「だったら両親の代わりをおっさんがやってやればよかっただろう」
「我もそのつもりであの子に接してきた。だが、我の中にあの子に対する負い目が・・・・・・罪悪感が消えぬのだ。あの子の両親を奪ったのは我だ」
「それは・・・・・・」
ソウマは咄嗟に違うと言おうとした。だが、それが気休めにすぎないということを知っていた。何よりもゼファルトスの顔がその言葉では納得しないと言っていた。
「事情や実際に殺したのが違うとしても間接的な原因を作ったのは我の責任だ。我が里に居れば起きることのなかった事だ。それ故に我はあの子に対して強く出れぬ、それがあのような結果を招いたのかもしれぬ」
そう言いながらもゼファルトスは寂しそうな雰囲気ながらどこか安心したような表情をしている。初めて他者に弱みを見せるということを知った孫娘を見てどこか安心したのかもしれない。
「落ち着いた?」
「・・・・・・・・・うン」
嗚咽が聞こえなくなったのを見計らってシルヴィアが優しくナーバに問い掛ける。するとナーバは今迄の態度が信じられない程に殊勝な態度でシルヴィアに答える。
「そう」
シルヴィアはそれに優しく返事を返すとゆっくりとナーバから離れる。
「あ・・・・・」
ナーバはシルヴィアが離れると小さく聞こえるかどうかの声で残念そうな声を出した。その手が無意識かシルヴィアへと伸びそうになっていた。
「これで分かったであろう。ナーバよ、今お主が戦ったシルヴィア殿は勿論のこと体験した通りここにいるソウマもお主より遙かに強い。特にソウマは確実に我とも互角以上に渡り合うことのできる強者である。お主も本当に誇り有る竜族ならば強さに対して誠実でなくてはならない。分かるな?」
「・・・・・・はい」
ナーバは今度は少し落ち込み気味ではあるが素直に頷く。あれほどの力の差を見せつけられて涙まで見せたのだ。言い訳のしようもなかった。
「うむ・・・・・・、それにしてもソウマよ。百年前に人族の魔術師の罠に嵌まり封印された時は腕が鈍ったのかとも思ったがな。今先のお主を見たがそう腕が鈍った訳ではなさそうだな」
「確かに罠に嵌まったのは俺の間抜けによるものだが、それでも腕を鈍らすほど落ちぶれたつもりもないぜ」
「ふむ、この分なら心配もいらないようだな」
ゼファルトスはどこか安心したように頷く。
「それにしてもシルヴィア姉様凄かったね!」
シャルロットが嬉しそうにシルヴィアに抱き着きながら微笑む。
「確かに、あの黒緋色の鎧を装備してからの姉上の強さは圧倒的でした。あれが姉上の本当の実力なのですね」
「正確にはその一つですね。あれは自分の影に自らの血を混ぜることによって鎧や武器の効果を数倍に引き上げる技ですよ。それも混ぜる血の量によって力の上昇値を更に上げることができます」
「それでは先程姉上は20%と言っていました。ということは更にあれ以上に力を上げることが出来るということですか・・・・・・」
「姉様凄いね!」
アイスが感嘆したようん唸りシルヴィアが純粋な驚きと称賛の声を上げる。
「うふふふふふ、ありがとう。でもね、この技もそんなに便利なモノじゃないのよ。知っての通り私達吸血鬼にとって血とは最も重要なモノよ。不死身の肉体を支える根幹とも言えるわ。それを影や武器に混ぜるという事はそれだけ私の体内の血が減るという事なの。しかも一度鎧や武器に使用した血は体内に戻すことはできないの。つまりこの技は使えば使う程に私の回復力や体力が低下していくのよ」
「そうなんだ・・・・」
「まあ、強力なモノにはそれなりにリスクを要するという事ですね」
続くシルヴィアの説明にシャルロットもアイスも頷いている。
「・・・・・・ソウマ・カムイ」
するとナーバがソウマに歩み寄り話しかける。その様子は最初とは違い落ち着いており闘気や敵意は発してはいない。
「なんだ?」
「私と・・・・・・・正式に戦ってほしイ」
応じたソウマに向けられた言葉はしかしてその雰囲気とは裏腹に決闘の申し出であった。
「・・・何故だ?」
ソウマは静かに理由を問う。その表情は決闘に対する拒否では無くただ純粋に今のナーバの心内を問いたいといったように穏やかに笑っている。
「今の戦いで、私自身の未熟さは理解しタ。私の驕りも慢心も、この世界には竜族以上に優れたる者も確かに存在することモ・・・・・・・・。だが、だからこそ私はお前と戦いたイ!我が竜族最強にして世界最強の存在であった偉大なる御爺様を倒したお前ト!お前の実力の片鱗は先に感じタ。今の私では何をした所で足元にも及ばないであろうことモ。しかし今の私は少しでも今の自分を変える為に己より強い者との戦いが必要だと何となく感じるのダ!だから・・・・・・・」
するとソウマはナーバの言葉を最後まで聞くことはせずに右手を開いてナーバにかざして言葉を止める。
「よし分かった。戦ってやるよ」
「!!本当カ!!」
ソウマの言葉にナーバが笑顔になる。
「お前の心は分かった。今のお前なら俺も戦う事に嫌はない」
「感謝する」
※※※※
「大丈夫か?」
《聖王竜剣》を肩に担いだ状態でソウマは軽い調子で訊ねる。
「・・・・・・・・」
訊ねれた人物・・・・・・ナーバは地面に大の字に寝っ転がり息も絶え絶えの状態で動こうとしない。
「駄目みたいよ、ソウマ」
シルヴィアが笑みを浮かべながら寄ってくる。
ソウマとナーバはあの後すぐに戦いを開始した。そしてその結果ナーバは今現在地面に倒れて微動だに出来ない状態になっているのである。
「ふむ、良い貌だ」
ゼファルトスは地面に倒れ伏す孫の顔を覗き込み満足そうな笑みを浮かべている。そのナーバの表情は言葉も発することができない程に疲労と消耗に晒されながらも実に嬉しそうに笑っている。
「初めて自分の祖父や自分の種族以外で自分を打ち負かす者がいて嬉しいのでしょう」
「そうなの?」
ラルクの言葉にシャルロットが顎に指を当てて首を傾げる。戦闘者として戦う術を持たないシャルロットにはどうやら理解できない感覚の様だ。
「シャルも小さい頃に一緒に遊んでくれる人がいなかったら悲しいでしょ?」
「うん、お姫様だからって皆あんまり私を遊んでくれなかったなぁ。でも、シルヴィア姉様やソウマが居たから寂しくなかったよ」
「そう、つまり彼女にはシャルと同じで昔から一緒に全力で遊んでくれる人が居なかったの。しかも私やソウマのような存在もなかった」
「そうなんだ・・・・・・」
ナーバは幼竜の頃から強い力を持っていた。それゆえに同年代に彼女と対等に遊べる者が(竜族にとっての遊びとは力比べである)いなかった。少し体が成長した時には既に大人の竜すら敵わなかった。唯一対等以上に遊ぶ(戦う?)ことができた竜王達やゼファルトスはおいそれとナーバの相手ばかりしていられない。その為にナーバは内心かなりの欲求不満を抱えていたのだ。
「だからきっと久しぶりに自分の全力が出せて楽しかったのかもしれないわね。私の時はそれよりも優先する感情があった所為で戦いそのものを楽しむというところまで行かなかったようだしね」
「そっか」
シャルロットはシルヴィアの言葉を聞いていたのかいないのか、どちらともつかない様子で笑顔でナーバを見ている。そして徐にナーバに歩み寄るとしゃがみ込んで寝転ぶナーバを覗き込む。
「お姉ちゃん楽しかった?」
「?」
そして笑顔のままナーバに無邪気に尋ねる。突然尋ねられたナーバはキョトンとした顔でシャルロットの顔を見つめている。
「お前ハ?」
「私はシャルロット。シャルロット・ウトピーアだよ、よろしくね。」
「・・・・私ハ・・・・・・・私はナーバ。ナーバ・ドラグニオル」
尋ねられたので素直に自己紹介をしたシャルロットに釣られるようにナーバもゆっくりだが自己紹介をする。
「それじゃあもう一回聞くね。ソウマと遊んで楽しかった?」
改めて尋ねられたナーバはシャルロットの質問を聞いて理解すると口の端を釣り上げて笑う。
「ああ、凄く楽しかったゾ。久しぶりだナ、あんな風に全力で誰かにぶつかったのも・・・・・。しかもその私の全力を確実に受け止めてくれる相手が居るなんてもっと嬉しくなるナ」
ナーバはシャルロットに向かって嬉しそうに話す。すると突然ナーバがシャルロットの体に鼻を寄せてあちこちの匂いを嗅ぐ。
「え?え?え?何?」
突然の行動に今度はシャルロットが困惑する。
「お前・・・・・・良い匂いがするナ」
ナーバは目を閉じて匂いを嗅ぎながらそんなことを言う。シャルロットは小声で「美味しそうなのかな・・・・」と言いながら自分の体の匂いを嗅いでいる。
「太陽と・・・・・花の香りがすル・・・・・」
そう言いながらナーバは更にシャルロットに鼻を摺り寄せる。心なしかウットリとしている。
「シャルは昔から妙に竜に懐かれると思っていたけれど・・・・・・良い匂いだったからなのかしら?」
それを眺めながらシルヴィアが不思議そうに首を傾げている。
「いや、それだけではあるまい。なんというか彼女の放つ独特な魔力の波長や本人の醸し出す性格からくる生来の優しさによる穏やかな雰囲気等が自然と我等竜族にとって心地いい空間のようなものを作っている。ナーバの奴が感じたのもそれらをナーバなりに匂いで捉えておるのだろうよ」
「つまり竜にとっては姫様の近くにいるだけで気分が良いということですか?」
「有体に言うとそういう事になる」
「だからシャルは昔から野生種の竜でも懐かせることができたのね」
そう言っている間にもナーバは遂にはシャルロットの膝の上に頭を乗せてゴロゴロと頭を転がしながら匂いを嗅いでいる。
「さてと・・・・・」
それを見ていたソウマが《聖王竜剣》を仕舞いながらジルヴィア達のいる所に戻ってくる。
「竜王のおっさんの用事も終わったし、この場での他の問題も片付いたみたいだから俺等はそろそろ旅を再開するとするかね」
そしてそんな提案をしてくる。
「うむ、少し引き留めるだけのつもりが少々長い時間になってしまったな。帰りはどうする?あれなればまたウェントゥスに元居た場所まで送らせるが」
「ああ、そうしてもらおうかな。うちのお姫様がここに来る前に寄るはずだった国の食べものを大変楽しみにしていたからな。食べられないと知ったら俺が噛みつかれかねない」
「私噛みつかないよー」
ソウマの言葉が聞こえていたのかシャルロットが膝枕をしている状態で抗議してくる。
「了承した。それではウェントゥスを呼ぶことにする」
ゼファルトスが念話でウェントゥスを呼ぶとほどなくして巨大な深碧色の竜が再び姿を現す。
「ウェントゥス、済まぬがソウマ達をお主が迎えにいった場所まで連れ帰ってくれ」
『了解しました、我が王よ』
命じられたウェントゥスは自身の首を下げてソウマ達が乗りやすい格好になる。
「ソウマよ話を聞いてくれて感謝する。それにシルヴィア殿も我が孫の我儘に付き合っていただき感謝する」
「別に構いません。彼女のこれからの成長が私も楽しみです」
「俺も別に気にしてねえよ」
ソウマとシルヴィアがゼファルトスの感謝に笑顔で応える。アイスも軽く会釈をしてシャルロットはいつのまにかナーバの所からソウマ達の傍に戻っている。
「ソウマの連れの二人もこんな所までご苦労だったな」
「そんなことないです。シルヴィア姉様の凄い所も見れましたしこんなに格好いい竜さんも見れたので満足です」
そう言ってシャルロットがウェントゥスを見上げる。言われたウェントゥスもそれに満更でもなさそうな顔で佇んでいる。
「私も逆に感謝しています。我等エルフ達からも太古の昔から偉大なる存在と称えられる【真竜王】ゼファルトス様に一目会えただけでも望外の幸運でした」
「我はそう大層な存在ではないよ。ただ他の者よりも長く生きておるだけだ。機会があればまた来ればよい」
「はい、是非にも」
「それじゃあ僕は転移で城に帰ろうかな。あんまり留守にすると他の者の仕事が溜まって大変だろうしね」
「ラルクもそれじゃあな。何もなければそっちに帰るのはまだ当分先になると思うが国の方は頼んだぜ」
「貴方がいればなにも心配はないでしょうけどね」
「お父様やお母様、兄さまにもよろしくね」
「私の部下たちが怠けないように厳しく訓練をお願いします」
「はいはい、皆も・・・特に姫様は体調に十分に気を付けて下さい。ソウマとシルヴィアがいれば僕も心配はしていませんが一応旅の道中は気を付けて」
ソウマ達とラルクも別れの挨拶を交わす。
「・・・・・・・」
ナーバは座り込んだまま何事かを考えながらソウマ達を見ている。
『それでは行きましょう』
ウェントゥスが力強く羽ばたき飛び立とうとする。その瞬間にソウマとゼファルトスは互いに視線と手で挨拶を交わして挨拶していた。その遣り取りにはこの世界で唯一己と対等の相手に対する友情が感じられた。




