3話 体は最強、心は子供?
軍議室のドアを開けて顔を覗かせたのはシャルロット姫だった。
「失礼します。お父様ソウマが帰っていると聞いたのですが知りませんか?」
そう言ってシャルロットは軍議の間をキョロキョロ見回す。その度に腰まで伸びる薄桃色の髪が左右に揺れる。そうして何度が見渡した後壁を背にして立っているソウマを見つける。
「あっ、ソウマいた!」
ソウマの姿を見つけるとシャルロットは笑顔を浮かべ嬉しそうにソウマに駆けよる。
「まあ、私の可愛い可愛いお姫様。どうしたのこんな所に?」
そんなシャルロットをシルヴィアが後ろから抱きしめる。そして妹に語り掛ける姉のように優しくシャルロットに話掛ける。
「あ、シルヴィア姉様だ!」
シャルロットも自分を後ろから抱きしめた相手がシルヴィアであることが分かると一瞬驚いた後ソウマに向けたような笑顔をシルヴィアに向け嬉しそうにシルヴィアの首に後ろから腕を回す。するとシルヴィアもそれを嬉しそうにさらにシャルロットを優しく抱きしめる。
「・・・・シルヴィア姉様怪我したの?血の匂いがする」
「あら?分かってしまったかしら」
「どうしたの?痛いの?大丈夫?」
シャルロットは先ほどの嬉しそうな顔から一転、心配そうな顔でシルヴィアの方を振り返りそう尋ねる。
「大丈夫よお姫様、ほら血の匂いはしてもどこも怪我してないでしょう?私がどんな怪我してもすぐ治っちゃうのはお姫様も知ってるじゃない」
「でもでも、それでも心配なの?すぐ怪我は治っても痛いんでしょ?私大好きなシルヴィア姉様が怪我したらすごく悲しいわ」
その言葉にシルヴィアはとても嬉しそうな顔で今度は正面からシャルロットを抱きしめる。
「ありがとうお姫様。その言葉だけで痛みなんか全然へっちゃらになっちゃった」
「ホント?嘘ついたらだめよ?」
「嘘じゃないわ。それはそうとお姫様どうしたの?なにかソウマに用事でもあるの?」
「あ、そうだった。ソウマ!私お勉強ちゃんとしたから約束したお話し聞かせて」
シルヴィアに言われて思い出したのかシャルロットはシルヴィアの胸元から顔を上げると再びソウマに詰め寄る。
「ああ、確かに勉強の後に話をしてやるって約束してたな」
「そういえばそんな話を今日の任務の前にも言ってたわね」
「そうだよ、今日はおっきなドラゴンをやっつけたお話をしてもらうの」
「あら、それは面白そう。よかったら私も一緒に聞いていいかしらお姫様?」
「そういうことなら儂等も参加させてくれんかなシャルロット?」
「うん、いいよ。シルヴィア姉様もお父様も一緒に聞こうよ。メイドの人にお菓子を沢山用意してもらってるからラルクもおいでよ」
「そういうことなら僕も御相伴に与からせて頂きますシャルロット姫」
「ふむ、どうせならヘンリエッタとライハルトも呼ぶかな」
「お母様とライハルトお兄様を?呼ぼう呼ぼう、わーい皆で一緒」
アウロの言葉にシャルロットはその場で飛び跳ねんばかりの勢いで嬉しさを表している。
「王よ、それでしたら今の時間帯なら中庭などどうですか?日も丁度良い感じに上り今の時期なら暖かいからなかなか心地よいと思いますが」
「うむ、そうだな。それが良い。これだれかだれか」
王が呼ぶと扉の向こうから一人のメイドが姿を現す。シャルロット付きのメイドの一人だ。
「はい、なんでしょうか?」
「今シャルロットに言われて菓子の用意をしている者に量を7人分に変更を、それとヘンリエッタとライハルトに中庭に来るようにと儂とシャルロットが言っていたと伝えよ」
「は、かしこまりました」
メイドはアウロの命を聞くとすぐさま一礼し部屋を後にする。
「それでは行こうかシャルロット」
「うん♪」
アウロが差し出した手にシャルロットが嬉しそうに手を繋ぐ。
「やれやれ、なんだがえらく観客が増えたな」
「いいじゃない。男の子だったら自分の武勇伝は語りたいものでしょう?」
「俺は別にひけらかしたくてやったわけじゃないんだけどな」
「ふふふふふっ、そんなのこの場の全員が分かっているわよ。ほら観念して行きましょう。あんまり待たせるとまたお姫様に怒られちゃうはよ」
「そうだな行こう。行くぞラルク」
「はいはい」
そうしてソウマ達も軍議室を後にした。
※※※※
あれから数日、同じようにエテルニタ王国内外の国境付近でいくつかの所属不明部隊との戦闘があった。しかもその出現位置が毎回違う場所だった。それこそ王国の全ての方向から敵は攻めてきた。海・陸を問わず同じような規模の同じような部隊が毎回戦闘をすると全滅前に撤退を繰り返すというやり取りを繰り返していた。その理由も目的もいまだ不明、そのあまりの不規則な敵の行動に軍師であるラルクも敵の狙いを掴み兼ねていた。
「ソウマ」
ある日の王宮。ソウマは王宮の中庭に差し掛かった所で突然声を掛けられた。呼び止めたのはソウマよりも3つ~4つ下といった外見の少年だった。まだ幼さの残る風貌にどこかアウロ王を彷彿とさせる威厳のようなものを感じさせる芯のある少年だった。
「どうしたライハルト?」
ソウマは少年の名を呼ぶ。ライハルト・・・・・この国の王位継承権第一位のライハルト王子は鍛錬の途中なのか木刀を持った状態でソウマに話しかけたようだ。
「久々に僕の剣を見てくれないか?なにかアドバイスが欲しんだが」
「だから前にも言っただろ?お前は兵士じゃなくて王なんだからそんなことするよりも親父の跡を継ぐ勉強でもしてたほうがいいぞ」
「それも確かに大事だがやはり上に立つものとしていざというときに下の者を守れる位強くなっておきたいんだ」
「全く、そういうところはアウロの奴にそっくりだな。しょうがない、見てやるからやって見せろ」
そう言うとソウマは近くに立っていた訓練担当の兵士から木刀を受け取るとライハルトの前に立つ。そしてなんの構えも取らず両腕をだらんと下げたまま視線だけを投げかける。
「・・・・・・はっ」
ライハルトはその視線を受け無言でソウマに腰だめに構えた木刀を全力でソウマに向かって振り下ろす。ソウマはそれをなんお危なげなく弾きそんなやり取りがしばらくの間続いた。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
打ち合いが(一方的にライハルトが打ち込んでいるだけ)終了してライハルトは木刀を杖に息も絶え絶えで立っている。
「ふむ」
ソウマはそんなライハルトを見て一つ息を吐く。
「ど、どうだったソウマ?ぜえ、ぜえ、少しはマシになったかい?」
「まあ前回見た時よりも剣筋も踏み込みも鋭くなっていたぜ。今の腕ならそこらのゴロツキ数人には遅れはとらないだろうな」
「そうか、これでも少しは腕を上げたつもりだったんだ。それでもソウマにはまるで近づけた実感は沸かないけどさ」
「おいおい、俺みたいにってお前さんの将来はそれじゃないだろう?」
「わかっているけどさ、男としては・・・・・それも一度でも武術を嗜む物は必ずと言っていいほど君に憧れるものだと思うけどね」
「そんなもんかね、こんな強いだけの男の何に憧れるんだか」
「その〝強い″ってこともソウマほど突き抜けるともう嫉妬や恐怖を通り越して憧れるしかないと僕は思うんだよね。男は憧れて女の人はソウマに惹かれるんだと思うよ」
「それは男も女も見る目が無いだけさ、こんな強さを追及することしかできない男に憧れたり惹かれたりするのは時間の無駄だぜ?」
「そこまで強さを追及できることがすごいと思うよ。それにソウマはその強さに溺れない心を持っている。きっとシルヴィアや妹のシャルロットが君に思いを寄せるのはそれもあると思うんだ」
「シルヴィアは俺をからかってるだけさ。お姫さんはただ思春期前特有の身近な異性にそういう風な感情を感じてるだけさ。もう少し歳を重ねればすぐに同世代の異性に恋をするさ」
ソウマは以前シルヴィアに言ったようなことをライハルトに言うとライハルトは一度深いため息をついた。
「・・・・・なんだよ?」
「ソウマも本当は分かってるんじゃないのかい?あの二人の気持ちは本物だってことにさ。シルヴィアは勿論シャルロットも君のことを本気で想っているのはソウマも感じてるはずだ」
「僕もライハルト殿下の仰る通りだと思うな。そうなんだろソウマ?」
「・・・ラルク」
中庭に突然現れたラルクにソウマもライハルトも驚きはしなかった。むしろソウマは先ほどライハルトに言われた言葉に返す言葉がでなかった。確かにライハルトの言う通り二人からの好意には前々から気づいていた。だがそれを自分で認めようとしなかった。その理由は・・・・・・。
「俺なんかでいいのか?って思っちまってな・・・・。俺は見ての通り戦うことしか能のない男だ。そんな俺が女を幸せにできるはずかない」
「ソウマ、それを決めるのは貴方ではありません。それを決めるのはそんな貴方を慕う二人の女性です」
「そう、かもな・・・」
「それにシルヴィアもシャルロット姫殿下も貴方が思う程心の弱い女性ではありませんよ?〝幸せになる″ではなくて貴方を〝幸せにする″位言いだしかねないですよ」
ラルクの言葉にライハルトが笑い出す。
「ははははははっ、確かにあの二人ならそう言いだしかねない。シルヴィアもだが妹のシャルロットもあれで物凄く気が強いから間違いなくそう言うだろう」
「おいおい、第一良いのかよ?シルヴィアはともかくお姫さんは曲がりなりにもこの国のお姫様だ。それがどこの出身かも分からないような男に懸想してるんだぜ?」
「それは全然構わないと思うよ。父も母も妹がソウマを好きなのはとっくの昔に知ってるし、父なんか既に君と妹の挙式の計画を考えてるし、母も妹がその手の相談を良くされると嬉しそうに話していたよ」
「あの二人は・・・・・」
ソウマはライハルトの言葉を聞いて頭を抱える。そういえばここ最近王と王妃・・・特に王妃の自分を見る時の目が妙に生暖かい時があったとソウマは思っていた。
「第一それを言いだしたらソウマ、王妃様も平民のご出身ですよ?」
「あ?そうなのか?」
「そうだよ。まだ若い頃の父がお忍びで城下町に遊びに出てた頃に出会ったらしいんだ」
「そうなのか、あの王妃さんがなぁ」
ソウマは意外なことを聞いた反応をする。普段から接する王妃はまさに王の伴侶としての覚悟とそれにふさわしい器量を見せていた。とても元平民出身とは思えなかったからだ。
「俺はまたてっきりどこかの大貴族の令嬢かと思ってたぜ」
「まあそういうことです。分かったらソウマも二人の気持ちに素直に向き合ったらどうですか?」
「むう、考える」
ソウマはそれっきり考える顔をして黙ってしまった。元々あまり深く考えるタイプではないせいかその顔はいつも見る自身に溢れた顔と同じとはとても思えない。
二人はそんなソウマの様子に肩をすくめてその場を後にした。
※※※※
その日の夜ソウマは自室にいた。
「・・・・・・・」
ソウマはただ黙々と逆立ちをした状態で片手だけで腕立てを行っている。いつもの日課である。そのソウマの部屋の簡素なベッドの縁にソウマの部屋に来ているシルヴィアが腰かけている。
「・・・・・・・」
シルヴィアもベッドに腰かけた状態で王宮の図書館から借りてきたの本を読んでいる。別に珍しい光景ではない。シルヴィアはこうしてよくソウマの部屋に来ている。当然吸血鬼であるシルヴィアは昼より夜が本来の活動時間である。昼間も起きていることはあるがやはりそれでも基本的には昼は寝て夜に活動するのが彼女の本来のライフスタイルである。しかし夜中に一人で王宮を徘徊するのもあまりよろしくないとラルクに言われたシルヴィアはこうしてソウマの部屋に入り浸るのだ。なぜならソウマは基本眠らない。以前ある存在と戦った際に夜の神からの加護を授かったソウマは睡眠を必要としない(それでも必要ないだけで寝ることはできる)。そしてシルヴィアは王族級の吸血鬼である。彼女等王族の吸血鬼は他の吸血鬼と違い生きる為に血を必要としない。生物としてほぼ完成している彼女は外部からの干渉を必要としない(それでも嗜好としては嗜むし酷いダメージを負った時などの早急な回復に必要)。ゆえに町に行かない(現在はソウマの血以外飲む気はない)から必然ソウマの部屋に来る。
「・・・・・・・」
沈黙が続く。
「・・・・・・・・・・・ねえ、ソウマ」
「・・・・・・・・・・・なんだ」
本に視線を落したままシルヴィアはソウマに言葉を投げかける。ソウマもトレーニングを続けながら言葉を返す。実はソウマは昼間のラルクとライハルトに言われた言葉が未だに頭から離れないのだ。それに加えて現在その原因ともいえる一人であるシルヴィアがいる。ソウマの頭の中はかつてない程考えが混乱していた。
「(戦いならこんなに悩まないのになぁ)」
ソウマはそんなことを考えていた。一度戦闘になればたとえ考えなくとも自身の戦いの勘と経験が自然と考える前に体を最適解へと導いてくれた。しかしこの問題ばかりは自分の戦闘で培った勘や経験はまるで役には立たなかった。そんなことを悶々と考えながら黙々とトレーニングをしていたソウマは突然シルヴィアに話しかけられて動揺が思わず出そうになったが気力で抑え込みなんとか普通に返事を返す。
「貴方さっきから何を考え事をしているの?」
「・・・・・・・・」
どうやらそう思っていたのはソウマだけのようだった。シルヴィアはこの部屋に入って来た時からソウマが何やら考え事をしていることに気づいていたようだ。
「なんのことだ?」
「はぁ。惚けても無駄よ。普段あまり考え事をしない貴方が考え事なんて似合わないことしていれば私にはすぐに分かってしまうわ」
「ぐっ」
ソウマはシルヴィアになにも言い返せなかった。確かに自分は普段からあまり隠し事が得意な方ではない。相手に闘いを挑む時も全て理由は〝闘いたいから闘う"である。ましてや人生経験では自分よりも遙かに豊富なシルヴィアに対して隠し事をしようなど不可能に近い事だった。
「一体何を考えていたの?なにか悩み事?私で良ければなにか相談や力になれないの?」
「いや、それは・・・・・」
まさか目の前の本人の事について頭を悩ませているとは中々言い出せない。
「どうしたの?」
シルヴィアの顔に心配そうな感情が浮かぶ。その感情に隠されているのは思いを寄せる相手の力になりたいという純粋な好意だ。ラルクやライハルトに言われたことによってシルヴィアの自分に向ける好意に対して明確に自覚したソウマはその言葉だけで十分シルヴィアの自分への思いを感じていた。元々戦いに置いて相手の感情を読み次の行動・攻撃を予測するのは一流にとって至極当然の行為。ましてやソウマは世界最強と言われる男、その感情を読み取る能力は超一流の領域である。今まではそれが戦闘にしか生かせなかったものが本人が自覚することによって戦闘以外でも働くようになったのだ。すなわち男女の機微に。
「えーと」
どう言っていいのか悩むソウマ。するとシルヴィアが今度は少し悲しそうな表情を浮かべる。
「私では・・・・・貴方の力になれない?」
それを聞いた瞬間ソウマはシルヴィアを正面から抱きしめていた。
「ふぇ!?」
シルヴィアが素っ頓狂な声を上げる。突然の事態に脳が処理能力を一瞬超えたらしい。
「どどどどどどどどどうしたのソウマ?突然こんなことをしてとうとう私の魅力に陥落しちゃったのかしら?」
テンパったシルヴィアはとりあえずいつもの軽口を口にしてみる。
「・・・・・そうかもな」
「ひょえ!」
ソウマの予想外の言葉にまたも素っ頓狂な声が漏れるシルヴィア。その顔は普段の血の気の薄い顔色とは違い頭の先まで真っ赤に染まっている。
「悪い悪い。突然こんなことしてびっくりしたよな?」
ソウマそう言うと抱きしめていたシルヴィアを解放する。それに対してシルヴィアは「あ・・・・」っと声を漏らして若干残念そうだった。
「それでそうしたのソウマ?。なにか考え事をしていたみたいだけど突然あんなことをして来て・・・・」
そう言って再び顔を真っ赤に染めるシルヴィア。
「実はさ・・・・・・」
そう言ってソウマは昼間のラルクとライハルトとのやり取りを掻い摘んで説明する。
「とっ言う分けで俺も二人の気持ちに真剣に向き合ってみようかと思いまして」
「なるほど・・・・・」
話を聞いたシルヴィアは一度頷いた後ソウマの前に来ると突然ソウマに向かって両手を広げた。
「は?」
「もう一回」
一瞬戸惑った声を上げたソウマにシルヴィアはそういった。
「なんだって?」
「だからもう一回抱きしめてと言っているの。さっきは突然のことでよく感触が実感できなかったわ。だからもう一回」
「ん」っとさらに前に出て両手を突き出すシルヴィア。それをソウマはしばらく戸惑った後観念したのか再びシルヴィアを抱きしめた。
「んふふふふふふふ~~♪」
シルヴィアは上機嫌で抱きしめ返す。ソウマの胸に顔を埋めながら頬を擦り付けてくる。そうしてしばらくソウマの胸の中を堪能したシルヴィアはソウマの胸から出る。ソウマの鼻孔に女性特有の甘い香りが残る。
「それで?ソウマは私とお姫様の気持ちに向き合ってどういった答えを出すの?」
シルヴィアはソウマの胸から出た後すぐにそう聞いてきた。
「向き合うと決めたということは私達の気持ちに対する気持ちの答えも当然用意したんでしょう?」
「ああ」
ソウマはそれに頷き返した。
「最初は俺なんかが二人の気持ちに答えちゃいけないと思っていたんだがそれも昼間ラルクとライハルトに言われてその考え自体が二人の気持ちに対して失礼だと思ってな」
「全くだわ。そんなこと言ったら私もお姫様もソウマを引っぱたくわよ。ソウマがどう考えようが私達はソウマを選んだの、それをソウマが自分には資格がないと考えること自体がそれこそ私達に対する侮辱だわ」
シルヴィアのその言葉にソウマ一度苦笑し言葉を続ける。
「ああ全くその通りだ。でっだ、俺も俺自身が二人をどう思うのかを考えてだな・・・・。二人が俺をそこまで想ってくれるなら俺もそれに応えたいと・・・・・んむ」
ソウマがそう言った途端シルヴィアがソウマの唇を自らの唇で塞ぐ。しばらくお互いの唇が触れ合う時間が続く。いつまでそうしていたのかしばらくしてシルヴィアの方から唇を離す。
「ふふふふ、ありがとうソウマ」
そして次の瞬間花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべる。
「なんでだよ?散々素っ気なかった俺に文句の一つもあるんじゃないのか?」
「うーん最初は少しあったのだけどそんなのさっきのソウマの言葉でどうでもよくなってしまったわ」
「そういうもんか?」
「そういうものよ。さてじゃあ今夜はこれでお暇しようかしら」
「なんだ帰るのか?俺としては今まで男として我慢した分今夜は張り切るつもりだったんだが」
「あら、とっても魅力的な提案。思わず誘惑に乗ってしまいそう。でも御免なさい今夜は遠慮させてもらえないかしら?」
「その心は?」
「フェアじゃない。からかしら」
「フェアじゃない?」
シルヴィアの言葉にソウマは理解ができず訝しむ。
「貴方私と姫様の気持ちに向き合うといっても今はまだ姫様のこと妹みたいにしか思えないでしょ?」
「ぐっ」
シルヴィアの言葉にソウマは押し黙る。確かに気持ちに向き合うと言ったが如何せんシャルロット姫はまだ7歳の少女である。さすがにソウマもそこまで幼女趣味は持ち合わせていない。
「一応ね、約束があるのよ。もしソウマが私の気持ちに応えてもその時お姫様がまだ幼かったらお姫様が大きくなるまで待ってあげるって」
「そんな約束してたのか・・・・。ていうかそんな気長な話だったのか!?」
ソウマはシルヴィアの話に驚く。それが本当なら下手すると十年単位の長丁場である。
「私もお姫様もそれだけ貴方に本気ってことよ」
「じゃなにかい、俺はお姫さんが成長するまでお預け状態ってことかい?」
「そういうことね。軽いスキンシップ程度なら構わないけど一線は超えちゃ駄目なの」
「生殺しかよ・・・・」
ソウマはがっくりと肩を落とす。元々ソウマもシルヴィアの色香に理性は崩壊寸前だったのだ、それを鋼の精神力で今まで抑えてきたのだ。それが今は完全に気持ちが通じ合った状態で我慢しろという。ソウマの落胆も無理からぬ話である。
「ごめんなさいソウマ。それでも私はお姫様との約束を守りたいの。貴方のことは勿論愛しいのだけどお姫様のことも同じくらい私は愛しいと思っているの」
「ああ、分かってる。OKそういうことなら我慢しましょう。俺も男だ一度言った以上シルヴィアもお姫様も両方同じ位大切にしてみせるさ」
実際シルヴィアとシャルロット姫は実の姉妹以上に中が良いと言われている。シルヴィアもシャルロットもソウマの所にいないときは基本お互いと一緒にいることが多い。一度シャルロット姫が誘拐されかかった事件があった。その時のシルヴィアの激怒振りは今でも城の者達の語り草になっている。誘拐犯達は血の一滴も残さずシルヴィアの影獣達のエサになった。しかも手足の端からゆっくりと。
「ありがとうソウマ。それじゃ」
そう言うとシルヴィアはソウマの頬に軽くキスをするとそのまま部屋を出ていった。一人取り残されたソウマはそのままベッドに腰かける。
「ふう、取りあえずこれからが大変かもな。こっちもな・・・・」
見れば既に臨戦態勢寸前の自身の一部を見てソウマはまた一つため息をついた。
※※※※
「ソウマ!私のことお嫁さんにしてくれるの!?」
翌日の朝、王宮の廊下を歩いていたソウマは前方から物凄い勢いで接近してくる人物を捉える。それは桃色の髪を振り乱しながらドレスが翻るのも気にせず此方に猛然と向かってくる。そしてソウマの前で急ブレーキを掛けるとその人物は開口一番先のセリフを発した。
「あーお姫さん?王宮の廊下を走るのはお行儀が悪いぜ」
「もう、そんなこといいから私の質問に答えて!ソウマ私をお嫁さんにしてくれるの?」
「・・・・・ちなみに聞くけどその話題はどこから来た?」
「・・・・・シルヴィア姉さまがソウマに聞いてみろって」
「全くあいつは・・・・・」
「ねえどうなの?」
「うーんまあそのなんだ、もしお姫さんが成長してからも気持ちが変わらなかったらな?」
「やったー、ソウマが私をお嫁さんにしてくれるって言ったー」
シャルロット姫はその場で文字通り飛び上がって喜びを表している。するとそのシャルロットの影が盛り上がり人影が浮かび上がる。
「こら、シルヴィア。お姫さんに話すのが早すぎるだろうが」
「あら?いいじゃない。早ければ早い方がいいわ。それにソウマは私がお姫様に言わないといつまでたっても言わなさそうだったしねぇ」
「そりゃこうなるのが目に見えてたからな」
ソウマが視線を向ければシャルロットはまだ喜びも露わに飛び跳ねている。
「それで?お前らはいつまで覗いてるつもりだ?」
ソウマが廊下の柱に向かってそう話しかければ・・・・・・。
「やっぱりバレてましたか」
「まあソウマ君相手に完全に気配を隠蔽して隠れられる存在なんてこの大陸に何人いるの?って話になるわよね」
「しかもそれができても敵意が無いが大前提ですよ母上」
「なかなか面白い所なのでつい見学してしまった。許せソウマ」
「お父様!お母様!お兄様!ラルクまで!そんな所で何してるの」
柱の影から出てきた人物を見てシャルロットが驚きの声を上げる。柱から出てきたのはアウロ王・ヘンリエッタ王妃・ライハルト王太子・そしてこの国の軍部・内政の全てを預かる大元帥ラルクである。
「国の中枢を預かる連中とそれを担う人間がこんな所で何やってるんだよ?」
「あら~ソウマ君。娘のお婿さんが決まる貴重な瞬間じゃない。親としてはこれはある意味国の一大事に匹敵する重要案件よ!それにシャルは一応この国の姫だから国関係が全くないとは言えなしね♪」
そう言ってきたのはシャルロット姫と同じ桃色の髪をした女性だった。シャルロット姫をそのまま大人にしたかのような容姿をしている。豪奢なドレスに身を包んだその姿はとても二児の子供を産んだ女性とは思えないほどの若若しい容姿をしている。その見た目はどう見ても二十代前半から下手をすると十代に見える容姿をしている。シャルロット姫の姉といっても通りそうな見た目である。なにより特徴的なのが顔の左右から横にラルクと同じ耳である。
「その通りだソウマよ。娘の婿の話は親の一大事、姫の婿の話は国の一大事だソウマ。親としても王としてもこの案件は知っておく義務がある」
「僕も兄として妹の婚約者は知っておかないと、なにせ僕の義理の弟になるのだから」
「僕も一臣下として仕えるべき王族の伴侶は把握しておかないといけないからね」
四者四問の受け答えをされたソウマは呆れかえった仕草をする。
「お前ら揃いも揃ってよくもまあ。物は言いようだなこの野郎」
「いやいや実際問題ソウマよ。これは一大事だぞ。お主本気でシャルロットの気持ちの答えるつもりなのか?」
「ああ、今聞いていた通りだ。お宅のお姫さんがもう少し成長しても気持ちが変わらなかったらの場合だがな。俺自身はお姫さんの気持ちに応える気はある」
「そうか、ならばシャルロットにも問おう」
そう言うとアウロ王はシャルロット姫の前に行き、その前で膝を付き目線を合わせる。
「お前はこれからもそのソウマへの気持ちを持ち続けることができるか?」
「出来るよお父様。十年経っても百年経ってもこの気持ちだけは絶対無くさない自信があるよ」
シャルロットはアウロから問いに一瞬の迷いも躊躇いもなく即答する。その表情は先ほどの少女特有のあどけない表情から急に大人びた雰囲気を身にまとっている。それはまさしく王族と呼ぶにふさわしい威厳と覚悟が垣間見れる。
「・・・・・・相分かった。ソウマよ」
娘の答えを聞いたアウロは一時目をつむりなにか考える素振りを見せると目を見開いて立ち上がり今度はソウマに向き直る。
「・・・・・・・」
ソウマは無言で先を促す。
「娘を頼んだぞ・・・・・・」
そう静かにアウロは告げた。その顔は王のものと親のもの両方を内包したものだった。
「・・・・・・・わかった」
ソウマはその言葉を十分心に刻んだ上で返事を返した。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「はいっ!それじゃあ婚約成立ってことで今夜はお祝いしちゃいましょう。どうせだから娘とシルヴィアちゃんの両方の婚約のお祝いしちゃいましょう」
しばらく沈黙が続いた後突然王妃が両手をポンっと合わせて話を切り出した。
「あら?私も祝っていただけるの王妃様?」
「当然じゃない。貴方もソウマ君のこと好きなのは知ってるし娘がこうなってことは貴方ももう気持ちは通じた後なんでしょ?」
「さすが王妃様ですね、その通りです。でも私は別に正式に祝って貰わなくてもソウマに気持ちが通じただけで十分ですから。一応対外的にはソウマの婚約者はお姫様と言うことに・・・・・」
「駄目!!」
シルヴィアの言葉に強い反論を返したのはシャルロットだった。