18話 テンプレと偶然の出会い
ガツガツガツ ゴクン モグモグモグ
ソウマ達は現在とある定食屋で食事をしていた。
「んくんく」
「はふはふはふ」
その中でソウマとシャルロットは夢中でテーブルの上に並べられた料理に無言で格闘していた。テーブルに並べられた料理は様々な海や川の魚や貝等が工夫を凝らして調理された物が所狭しと並べられている。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
そんな二人をシルヴィアとアイスがこれまた無言で見つめている。シルヴィアは呆れながらも苦笑している。アイスは二人の食事風景を無言で見つめながらいつもの氷の様な無表情で自分の目の前のスープを啜っている。
今現在ソウマ達は店の注目を集めているが客達の視線は主に大量の料理を食べるソウマに注がれている。勿論シルヴィア達に視線が行かない訳ではないがそれも最初の検問程ではない。その原因は現在シルヴィアが顔に黒く薄いヴェールを付けているからだ。シルヴィアの美貌はソウマ達の意図しない所で人の注目を集める。だからこうして素顔を隠しているのである。もっともそれでもシルヴィアの洗練された動作や醸し出す雰囲気などでそのヴェールの下の美貌は簡単に想像できてしまうのだが。
「う~ん、美味いな!これだけでもこの国に来た甲斐があったてものだな」
「ほんとだね!お城でもお魚を食べることはあったけどこんなに美味しいお魚を食べたのは初めてだよ」
「そりゃそうだぜシャル、エテルニタ王国みたいな四方を山で囲まれた王国では魚・・・・・特に海の魚なんてのは食べようと思ったら一度魔術なんかで凍らせないといけない。一度凍らせた魚はどうしたって捕れた状態より味が落ちる場合が多い。その点このアグアラグは店で売る場合も客に食事を出す場合も使う魚はその日に獲れた魚のみらしいからな。美味いのは当然だぜ」
「へえ~だからこんなに美味しんだね。それにいろんな種類のお魚の料理が沢山あるから全然飽きないね」
「それも当然、先にシルヴィアとアイスが説明していただろ?ここは海と川の両方の生き物が獲れる場所だ。だったらそれだけ色々な魚の調理法や食べ方が確立されているってことだ」
「いいな~私もこんな国に住んでみたいな~。あっ、でもでも別に今住んでる国が嫌いってわけじゃないけどね。私皆の居る国が大好きだら」
「その国にはその国の良い所が沢山あるんだ。別にエテルニタ王国がアグアラグ公国に劣っているわけじゃない。ただその土地の特性が違うだけだ」
二人はそう言いながらも食事の手は一切緩めることなく続けていく。テーブルの上の料理が二人の(主にソウマの)手により見る間に減っていく。
「すいませーん。おかわりお願いしまーす」
そうして料理が減ってくるとソウマが店員を呼んで追加の料理を注文している。これがこれまで三回ほど繰り返されている。
「良く食べるわね二人共。二人を見てるだけで私はお腹が一杯になりそうよ」
というか本来シルヴィアは普通の食事をする必要は無い。彼女達王族級の吸血鬼は本来生物として完成した存在故に生きる為に外部の存在を必要としない。故に本当なら食事や吸血は酷い疲労やダメージを負った時にしか必要ない。しかしそれでもシルヴィアは出来るだけシャルロットの生活基準に合わせて生活したいと考えており(ソウマはソウマで睡眠を必要としない等普通の人とは少々違うため)基本的に彼女の食生活に合わせて活動している。だからシルヴィアはシャルロットの食事をする時に大概自分も食事をするのである。
「しかしシャルはもう少しお淑やかに食事をすれば?お母様に怒られるわよ」
アイスが無表情のまま食事を続けるシャルロットに言う。
「いいのいいのアイス姉様、今の私は只のシャルロットなんだから」
「・・・・・・・ふむ」
そう言われたアイスは溜息を一つ付いた後再び無言でスープを口に運び始めた。
「それで?この後はどうするのソウマ。一応宿はなんとか確保できたけど私達は観光が目的でこの国に来たわけじゃないでしょう?」
「ん?ああ、その点については実はまだあんまり考えてないんだ」
「やっぱり」
シルヴィアはソウマの答えを予想していたのか溜息を出す。
「まあ最悪シャルの身分を明かして勇者に謁見するっていう手があるがこれは最終手段だけどな」
「確かに最後はそれしかないと私も思います。別にシャルの身分を明かさずとも姉上の冒険者としての経歴を使えば勇者の方から会いに来るのでは?」
「それは確かにそうでしょうけどそれもシャルが身分を明かすのと同じくらい面倒なことになるわね」
「それは・・・・・確かにそうですね」
アイスがシルヴィアに言われたことをしばし考えて納得する。
「結局俺達が穏便に事を運ぼうとするのがそもそも間違いなのかもな」
「そうかもそうかも」
ソウマは身も蓋も無い事を言いシャルロットもそれに同意する。
「ちょっとソウマ、結論を出すのが早いわよ。他にも何か・・・・」
「おいおい、そこの姉ちゃん達~」
すると突然ソウマ達四人のテーブルに複数人の男達が近寄ってきた。
「何か様かい?」
ソウマが男達に問い掛ける。
「兄ちゃん随分とまあ綺麗な女の子連れてるじゃねえの」
ソウマは内心で「(ああ、やっぱり)」と思う。以前にもシルヴィアとラルクに頼まれて旅に出た時も似たようなことが頻繁に起こったことがある。ましてや今はシルヴィアが素顔を隠しているとはいえシャルロットやアイスも居るのだこういうことはある意味で想定内である。
「だからなんだよ?」
「いやなに随分と羽振がいいことに加えて綺麗所を沢山連れてる兄ちゃんに俺達もあやかりたいと思ってね」
男達は実に下卑た笑みを浮かべてソウマに笑いかける。彼等は一目見てかなり酔っぱらっていることがわかり彼等の視線はシャルロットやアイスの体を舐めるように伝っている。そして・・・・・・。
「・・・・・・ごくり」
彼等の視線がシルヴィアに注がれた所で彼等の視線が止まる。彼らは全員思わず喉を鳴らす。顔は見えずともシルヴィアから放たれる妖艶な雰囲気やなによりその実に肉感的な肉体に彼らは見惚れてしまったのだ。
「だからよお、兄ちゃん。俺等にもこの姉ちゃん達の誰かを貸してもらえないかなぁ」
そうしていやらしく顔を歪めてソウマに言ってくる。その態度は完全に脅しに掛かっておりとても人にものを頼む態度ではなかった。
「おいおい、おっさん達それは困るぜ(うわ~テンプレテンプレ)」
ソウマは表面上こそ困ってる風を装っているものの内心は連中のあまりにあまりな振る舞いに呆れかえっている。
「(さて、どうするかなぁ)」
ソウマはそう考えながら店内や今ソウマ達に絡んでいる連中に目を向ける。酔っ払い連中はどうやら流れ者のようで店内の者達の視線は完全に余所者の酔っ払いに対する嫌悪感のようなものが出ている。もし地元のものなら視線の中に呆れも含まれるものだ「ああ、またか・・・・」と。
「(こいつら冒険者か?)」
酔っ払い達は実力そのものは全く大したことはないがまるっきり素人という程ではない。しかも男達から漂ってくる匂いには流れ者特有の様々な土地の匂いがする、さらにそれに混じり僅かな獣の血の匂い更に多少の人の血の匂いもする。そんな匂いをさせながらもこの町の関所を抜けられたということは十中八九冒険者だとソウマは当たりを付ける。
「(まあラルクに聞いた話だとそれ以外にも自分の罪状を隠して街に入る方法もあるらしいが)」
「なあ~いいだろう~兄ちゃん?」
ソウマが自分達に対してあまり反応を示さないのは怯えている証拠だと勘違いした男達は更にソウマに詰め寄る。その間女性陣は隠そうともしない不機嫌な雰囲気を醸し出していた。アイスは相変わらず無表情に見えるが先ほどから足元の地面が僅かに氷始めている。シャルロットは普段あまり他人に対してあまり攻撃的になることは珍しいが彼等のあまりに無遠慮な態度に流石に腹を立てたようでかなり不機嫌そうにしている。そして中でも一番機嫌が悪いのがシルヴィアだった。自分達に実に不躾な視線を向けてきたこともさることながら何よりもシャルロットとアイスに汚らしい欲望の籠った目を向けたことに一番の怒りを感じていた。
「あ~ん~でもな~(やばいやばいやばい!)」
ソウマは言葉だけは先ほどから弱弱しく男達に返答しているが内心では怒りのボルテージが上がり続けているシルヴィアに如何したものかと頭を悩ませている。
「おい!」
するといい加減ソウマの煮え切らない態度に頭に来たのか男の一人がソウマ達のテーブルを強く叩いた。その衝撃でテーブルの上の料理が幾つか床にこぼれる。
「ふえっ」
シャルロットがそれを見て怒り顔から一転して涙目に変わる。どうやら最後の楽しみ取っておいた料理も一緒に落ちてしまったようだ。
「いい加減にしろよ兄ちゃん!さっさとお前は女置いてどっかに行っちまえばいいんだよ。それとも少し教育が必要かあ゛あ゛」
そう言って男は腰に下げている無骨な剣に手を掛ける。店内が一部騒然となる。店員の一人が憲兵を呼びに行くために外に出ようかと思案を始めている。
「やめようぜおっさん達、物騒なことで折角の観光気分を壊されても気分が良くないし他のお客まで迷惑がかかっちまうよ」
ソウマは無駄だとは思いつつも一応説得を試みる。
「だったら!お前が大人しく俺達の言う事を聞いていればいいんだよ。それに・・・・・」
そう言うと男は再びシルヴィア達に最初のような視線を向ける。
「女の方は心配する必要はないぜぇ。俺達がキッチリ朝まで面倒見てやるよ。勿論ベッドの中までなぁ」
「ああ、女共にもちゃんと天国を見せてやるよ」
「おい、俺あの黒髪の女が良いな」
「お、俺はあの青い髪のエルフが良いぜ」
「じゃあ俺はあの桃色の髪の女にしようかな」
男達は既にこの後の展開を予想して口々に好き勝手なことを喚いている。その瞬間ある一点から凄まじいまでの殺気が漏れていることをソウマとアイスだけが気付いていた。
「・・・・・・・・」
シルヴィアが抑えようと押さえきれぬ程の殺気を放出しようとしていた。幸いと言うかなんといか男達は酔っている為にシルヴィアの殺気に気付かない。なによりソウマがシルヴィアの殺気を自らの気で先ほど相殺しているのである。でなければ今頃店内はシルヴィアの殺気に当てられた人で死屍累々と化していたであろう。シルヴィア程になれば殺威でなくとも殺気だけで一般人程度では呼吸困難に陥ってしまうのだ。
「(やばい!)おっさん達!」
しかし臨界を迎えたシルヴィアの怒りがとうとう物理的に男達に向きそうになったのを察したソウマはシルヴィアの機先を制するように男達に声を掛ける。
「ああ?」
「ここじゃ迷惑がかかるだろ?やるんなら店の外でやろうぜ」
そう言ってソウマは親指で店の入り口を指し示す。
「テメエそれは俺達と戦ろうって意味かい兄ちゃん?」
男の一人がソウマのその言葉を聞いて剣呑な光を宿る目を向ける。それにソウマは肩を竦める。
「別に好きにとってくれて構わないぜ。俺は只店の中で面倒起こしたら次この店に来にくいからな。この店の料理がかなり美味かったから俺気に入ったんだよね」
「・・・・・いいだろう、生意気な小僧に人生の厳しさってやつを教えてやるぜ」
ソウマの言葉が自分たちを馬鹿にしたものだと思った男達は怒りを露わにしながらソウマの要求を呑む。実はソウマは割と本心からそう思っているということをソウマに機先を制され怒りが霧散したシルヴィアだけが分かっていた。
※※※※
「テメエ女の前だからってカッコつけたことを後悔させてやるぜ」
ソウマ達は店を出た後街の中央にある公園に来ていた。公園の中央には巨大な噴水がありどうやらその噴水は下の湖から水を汲み上げているようだ。この公園はこのアグアラグにある浮き地の中で一番の大きさを誇るようでかなりの広さがありソウマ達以外にもかなりの人がいる。その人達も今はソウマ達の周り(主に酔っ払い連中)を包む剣呑な雰囲気に距離を取って様子を伺っている。
「後悔するかはともかくやっぱりやめにしないか?おっさん達もこんなことでいちいち人とこんなことしてたらいつか捕まっちまうぜ?」
「お前が心配することじゃねえよ。お前と違って俺等は世渡りが上手いんだよ」
ソウマ言葉に男達はそう言って自信有り気に笑う。
「(ああ、そういうことか・・・・・)」
ソウマは男の言葉で一つ納得する。いくら酔っぱらっているといっても流れ者の冒険者が行く先々でこんなことをやっていてはいつか必ず捕まる。こいつらの態度と雰囲気を見るに明らかにこういったことは一度や二度ではないだろう。ということは・・・・・。
「(賄賂か?それとも案外流れじゃなくて最初は一つの街を拠点にする冒険者だったのが地元でやり過ぎてこの町に流れて来たか。どちらにしても碌な奴らじゃないな)」
いくらギルドカードが持ち主の罪状の有無で所有を決めるといってもギルドカードを得てから起こした犯罪までを把握できる訳ではない。ましてや目の前の連中は以前の拠点で取り締まる側と結託でもしていたのだろう今まで上手く行き過ぎた反動で罪の意識がかなり薄くなっている。
「(こういう奴らは生きてる内は碌なことしないんだよなあ。まあ多少痛い目を見れば大人しくなるかな?)」
「それじゃあ覚悟はいいな?悪いが手加減はできないぜぇ」
「(心配すんな、こっちはかなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーり手加減してやるから)」
この間女性陣は料理を台無しされて今だに半泣き状態のシャルロットをシルヴィアとアイスが二人掛かりで慰めていた。ソウマも「後でもう一度連れて行かないとなぁ」と考えていた。
「いくぜぇオラァ!」
「待て!」
男達が一斉に武器を手に取りソウマに踊り掛かろうとする。ソウマは腰に下げた護身用の通常の騎士剣の柄に手を掛ける。あまり連中には付き合う気はなく一瞬で全員気絶させようとした時、辺りに響き渡る程の良く通る声が公園に響き渡った。
「この公園での暴力行為は私が許さん!」
声の主は一人の少女だった。歳の頃はシャルロットと同い年か少し下位に見える。ソウマと同じ黒髪黒目にとても意思の強そうな瞳が印象的な美少女であった。しかしなによりソウマの目を引いたのが・・・・・・。
「おいおい、なんだこのお嬢ちゃんは?俺等の邪魔をする気かよおい?」
男達は邪魔をされたことに腹を立てて少女に詰め寄る。しかしその眼が少女に近づくにつれ段々と好色を帯びた目に変わる。
「これはこれは、良く見れば実に可愛らしいお嬢さんじゃないか。なんだい?あいつの代わりにお嬢ちゃんが俺等の相手をしてくれるのかい?だったら俺等は大歓迎だけどな」
男達はニヤニヤとしながら少女を取り囲むように移動する。
「やれやれあいつらマジで女だったら見境なしか、ちったあ相手を見てから喧嘩を売ればいいのになあ」
「あれ?ソウマあの子って・・・・・」
「あら?ほんと」
「あれが・・・・・」
その少女視界にいれたシルヴィア達三人は多少の驚き含んだ目で少女を見る。
「やっぱりあいつがそうなのか?」
ソウマが少女を指差して問う。
「ええ、まさか向こうから来てくれるなんて思ってもなかったけどね」
ソウマ達がそう話している間に男達は少女を取り囲む輪を徐々に小さくしていく。
「いいだろう、貴様等の相手は私がしてやろう」
「おいおい、こいつは話がわかっっっっぶぁ」
少女はそう言った瞬間目の前の男の顎を目にも止まらぬ蹴りで見事に打ち抜いた。男は喋っている最中に強制的に意識と一緒に言葉を遮られる。
「え?」
仲間の男達は一瞬なにが起こったのか分からずに放心する。そしてそれが致命的な隙になった。
「ふっ」
少女が息を吐くと同時に腰に下げている剣を抜き呆けている男の一人を反り返った刃の無い方で首を激しく殴打する。
「ぐえ!?」
殴られた男はなにをされたのかも分からぬうちに意識を手放す。
「こ、こいつ!」
二人やられてようやく意識が覚醒した残りの男達は腰の剣を抜いて少女に躍りかかる。するといつの間にか剣を鞘に納めていた少女は剣を腰だめに構える。
「ふっ」
そして再び気合い一閃一気に剣を鞘から抜き放ち一斉に剣を打ち下ろしてくる男達を剣の衝撃だけで全員吹飛ばしてしまった。
「あれってソウマの技だ」
少女の技を見てシャルロットが驚きを露わにする。確かにソウマを良く知る者が今の少女の技を見れば誰でもソウマの《絶影》を思い浮かべるだろう。
「まあ厳密には俺の技じゃないが確かに姫様が言うようにあの技は俺の《絶影》と同じ術理の技ではあるな」
「しかもあの時よりも更に技が洗練されているわね。よく修行を積んだんでしょうね」
少女の技・・・・彼女の故郷で言う居合抜きを喰らった男達は全員が全身を衝撃波と地面で強かに打ち付けて苦悶の表情を浮かべている。
「終わったの?」
シャルロットが状況を見てそう判断する。
「いや、まだだ」
ソウマが言うと同時に倒れていた男の一人が突然起き上がり少女に襲い掛かった。どうやら仲間の影に隠れて衝撃波から運よく逃れることができたようで少女が油断するのを待っていたようだ。そして懐から隠し持っていた短刀を取り出す。
「む、ありゃミスリルだ」
ソウマは男の取り出した短刀を一目見てそう判断する。どうやら切り札として持っていたようだ。あれなら例え咄嗟に鎧や武器で防ごうとしても並の武器ならミスリルでできた短刀なら易々と貫通・切断が可能である。だが・・・・・・。
ガキィィィィィィィン
金属同士がぶつかり合う音が周囲に響き渡る。男の振りかざしたミスリルの短刀は・・・・・・柄の根元から折れていた。不意を突かれた少女が咄嗟に出した右手に装着された蒼く輝く籠手に激突した瞬間あっさりと折られたのだった。
「へ?」
男は又も理解不能な事態に呆けた声を出す。男にしてみれば虎の子ともいえるミスリルの短刀があっさりと失ったことに理解が追い付かなかったのだ。
「ぐふっ!」
そしてそれを少女が見逃すはずがなく少女は男の腹に柄頭を叩き込み今度こそ意識を奪った。
「はー」
少女はそうして安堵するように息を吐く。それを見計らったように憲兵の集団がやってくる。少女は憲兵の人間に何事か指示を出すと次いでこちらに向き直り歩いてくる。
「ありがとう・・・・と礼を言うべきかな?」
ソウマの言葉に少女は微笑する。
「いや、此方が勝手にやったことだ。それに私が手を出さずともそちらの方ならこんな連中簡単に無力化しただろしな」
言うと少女はアイスに視線を投げる。
「見た所冒険者のようだが彼女の実力は一介の冒険者とは一線を画すほどのものと感じた。彼女ならばあのような連中赤子の手を捻るように下しただろう」
少女はそう言ってアイスの実力に興味深そうな視線を送る。そんな少女の言葉と態度にアイスがやや困惑しシャルロットが不思議そうに首を傾げる。シャルロットにしてみれば当たり前の事だがソウマやシルヴィアはアイスよりも遙かに強い。少女の口振りはそんな二人よりアイスが強いような発言に聞こえるので不思議に思ったのだ。そしてアイスもそれを重々承知しているので少女の言葉に恐縮してしまっている。
「ええ~でもソウマの方がずっと強いよ?」
そしてシャルロットは疑問をあっさり口にする。基本的に彼女は疑問に思った事や不思議な事は直ぐに聞きたがるのだ。
「え!そうなのですか?」
シャルロットの発言に少女は驚いてソウマの方を見る(この場合ソウマとは男の名前でこの場にはソウマしか男が居ない)。するとアイスも補足するように言葉にする。
「ええ、間違いなくここに居る師匠と此方の姉上は私など及びもつかない実力の持ち主です」
アイス本人に言われて少女は驚愕の眼差しでソウマとシルヴィアを見る。
「・・・・・・・・??」
少女は改めてソウマとシルヴィアを見てもやはり首を傾げる。
「(どうみても強そうに見えない)」
少女は困惑していた。こちら側に来てしばらく経ち自分もかなりの経験を積んできた。今では大抵の相手は見ただけである程度の実力なら把握できる。そう思っていた少女は目の前にいるどう見ても素人同然の二人に疑問を浮かべずにはいられない。しかしそれも仕方ない事で本来はある程度実力を持つ者はアイスや少女のように普段から戦闘中でなくても意識のどこかでは常に周りに気を張っている。いかなる状況にも対応できるように普段からの立ち振る舞いがその見つけた戦闘技術を表すものとなる。しかしソウマやシルヴィアにはそれが無い。常時戦場の心構えを持つ武人としての立ち振る舞いがソウマやシルヴィアには感じられない。それゆえに少女はソウマとシルヴィアの実力が見抜けない。
「(彼女達は私をからかっているんだろうか?)」
ついそんなことを少女は考えてしまう。それ程までに少女の目にはソウマとシルヴィアの実力が高いように映らなかったのである。ソウマとシルヴィアが普段からこのようなのには理由がある。
「(そういえば私も今の彼女と同じことを感じてラルク様や師匠に尋ねたことがあった)」
アイスは自分と同じ疑問を感じている少女に気付き自分も同じ心境だったことを思い出していた。そしてその時の二人の答えを聞いた時に酷く呆れたのを思い出していた。
「(師匠や姉上は普段から本当に気を抜いているからなまじ腕が立つ者ほど二人の強さを見抜けないとは思わないでしょうね)」
腕が立つ者ほどその気構えや覚悟が普段からの仕草や立ち振る舞いに表れる。しかしソウマやシルヴィアの場合それぞれ理由は違うがそういった一流の実力者特有の雰囲気や振る舞いを全くと言っていいほど持っていない。シルヴィアの方は生物的特徴と言える。彼女達王族級の吸血鬼はほとんど不死身の肉体を持つ、しかも通常の吸血鬼と違い吸血鬼の持つ弱点は存在しない。シルヴィアの場合警戒をするのは自身を殺せる手段を持つ者のみである。彼女達王族級の吸血鬼に取って一回殺された程度では死ねない、一度殺されてから初めて相手を敵と認識するのである。
「(姉上を殺し切る手段はこの地上では師匠の存在を入れても数える程、ラルク様が仰るには神々でさえ姉上は勝てないまでも殺し切れない神も少なからず存在するらしいですし。そしてなにより・・・・・)」
そうしてアイスはソウマに視線を向ける。
「(師匠はそもそもこの地上世界に置いてもはや警戒に値する存在がほとんど存在しない。それ以上に師匠の反応速度を持ってすれば相手が動いてから反応しても十分間に合う場合の方が多い、更に戦闘における勘の・・・・・・直観?本能?と言うべきなのでしょうか、本当に危険な相手や危険な存在は体が勝手に反応するそうですし、本人曰く「自分の事にしか働かない」と自重気味の言っていましたがなにかあったのでしょうか?)」
つまる所ソウマは普段から気を抜きまくっているのである。以前にも説明したがソウマは初対面の技は必ず観察する。言い換えれば初見の相手には必ず先手を譲るという事である。だからソウマは自然と相手が先手を取りやすい雰囲気・・・・・つまりは油断している若しくは素人の様に偽装するのである。ソウマの偽装を見破るにはソウマに近い実力が必要になる。シルヴィア・ラルク級(クラス)でようやく違和感を感じる程である。目の前の少女では見破れないのも無理はない。
「・・・・・・・ん?・・・・んんんん?」
そしてしばらくソウマとシルヴィアを見つめて悩んでいた少女はいつの間にかシルヴィアのヴェールの掛かった顔を見つめて首を傾げだした。
「(そういえばこの女の人の雰囲気と衣装どこかで見た気が・・・・・・)」
少女はどうやらシルヴィアの姿に記憶を揺さぶられるものがあるらしくしきりにシルヴィアを見つめている。
「・・・・・・クスッ」
するとそれを黙って見ていたシルヴィアが突然笑い声をこぼす。
「二年位前にほんの数か月会っただけだからもう忘れたのカエデ?」
シルヴィアはそういいながらゆっくりと自分の顔に掛かったヴェールを取り払う。
「シ、シルヴィア様!」
少女・・・・カエデと呼ばれた少女はシルヴィアの顔を見た途端驚愕する。同時にシルヴィアが素顔を晒したことにより現在公園にいるもの数人がシルヴィアの素顔に見惚れていた。
「シルヴィア、やっぱりこのお嬢さんが?」
ソウマがシルヴィアに尋ねる。
「ええ、彼女の名前はカエデ・・・・・・天月楓、水の国アグアラグの【水】の勇者よ」
こうしてソウマ達は謀らずも当初の目的(?)である勇者との出会いを果たしたのだった。
次回の更新もなるべく早く更新できるように努力します。