14話 物語の登場人物
遅くなりました。
アイスクル・グラシオは目の間の戦いに只々魅せられていた。
「これほどの・・・・・これほどのものなのですか・・・・・・!」
我知らず口から言葉が漏れる。
アイスクル・グラシオはエテルニタ王国の端の人の滅多に近寄らない深い森の中に隠れ住むエルフの里出身である。彼女の現在の年齢は五十六歳、エルフの中では若輩の部類に入る。それでも彼女が二十を迎える頃には魔術でも剣術でも里の者で彼女に敵う者は居なくなっていた。魔術では特に扱いの難しいと言われる氷の魔術を易々と使いこなせた。なにより彼女は魔術以上に剣術の才に恵まれていた。王国に仕えている現在では噂に上る勇者にも負けぬという自負があった。そんな彼女に里の長の一人がエテルニタ王国の王都に行くのを勧めた。
「(今思えばアレが私の人生の転換期だったのかもしれませんね・・・・)」
長老に王都行きを勧められたアイスはいい機会だと思った。かの王国には伝説に名高いハイエルフの大賢者が存在する。そして伝説の存在と言われた王族級の吸血鬼も居るという。何より・・・・・・。
「やはり・・・・・あの話はお伽話などではなかった・・・・・・・」
かつて大陸・・・・否世界中で認められた最強の存在の話。幼き日に両親にお伽話として聞かされてきた存在・・・・・それが居たとされている国を見てみたい。この時アイスは純粋な好奇心と自身の腕試しのつもりで自らの生まれ故郷である里を後にした。そして彼女は世界の大きさを知ることになる、彼女はエテルニタ王国の王都に着いた彼女は早速王国の兵士の採用の為の場所に赴いた。そこで偶々その日の試験官を務めていたのが当時人材管理も担当していたラルクであった。そして採用試験があったその日、彼女は試験の合否を聞く前にラルクにある頼みをした。
ーーラルク試験官、少しよろしいでしょうか?--
ーー?君は確か・・・・・・--
ーーはい、ハラルルの里の出身のアイスクル・グラシオですーー
ーーああ、今日の採用試験の時にも居たね。ハラルルの里か・・・・大分昔になるけど一度行ったことがあるよ、確かその時にあった長老の一人にグラシオの姓を名乗る者がいたけどもしかして?--
ーーはい、私の祖父にあたります。今回はその祖父の勧めもあり王都にて自身の腕を試そうとここまでやってきましたーー
ーーへえ、見ればまだ歳若いエルフのお嬢さんのようだけど?--
ーーはい、この年で数えて二十程になりますーー
ーーそれは思った以上に若いエルフだね。それにしては先ほどの試験で見た剣術も魔術も素晴らしい腕前だった。そこらの多少腕の立つ魔術師や剣士等では歯が立たないだろうねーー
ーーはい、里ではもう誰も私に敵う者が居なくなり一人欝々としている所に長老にここを勧められて今日ここまで来ましたーー
ーーなるほど、私も人の事はあまり言えないが本来エルフ・ハイエルフとは自分達の里以外の世界にあまり興味を示さない傾向が強いけど君は割と変わり者のようだねーー
ーーお恥ずかしい限りですーー
ーーああ、別に特に他意は無いんだよ。ただ私もハイエルフの癖に人族の社会にかなり関わっているからね少し親近感が沸いただけさーー
ーー恐縮ですーー
ーー硬いねぇ、で?僕になにか御用かな?--
ーーはい、今日初めてお会いした貴方にこんな頼みをするのは大変不躾なのは承知していますが申し上げます。我等エルフの上位種たるハイエルフにして伝説にその名を残す偉大なる大魔導士ラルク・カイザード殿、私と・・・・立ち会っていただけないでしょうか?--
ーー何故?と、聞くだけ野暮かな?君が里を出た理由を聞けばーー
ーー申し訳ありませんーー
ーーまあ別に構いませんよ。要は私相手に腕試しがしたいという事でしょう?--
ーー・・・・・・正直に申し上げるとそういうことになりますーー
ーーそれでは早速どこか適当な場所でやりましょうかーー
ーーあの・・・・--
ーー何です?--
ーーいえ、申し上げたのはこちらですが・・・・・その・・・・あまりにも簡単に了承して頂いたので少々困惑しておりますーー
ーーああ、簡単ですよ。貴方は強い、そしてそれはより強い強者と戦うことでさらに磨かれるでしょう。貴方は将来必ずこの国にとって有益な人材となることでしょう。ここで貴方と戦うことはこの国にとっても私にとっても益になることだからですよーー
ーーその評価はありがとうございます。ですがその言葉を聞くと私が貴方より確実に弱いように聞こえますーー
ーーまあ確実に強いでしょうねーー
ーー!!!--
ーーまあまあ怒らないで、実際にやってみれば分かる事です。・・・・そうだ、ついでだからシルヴィアも呼んで来ましょうーー
その後彼女はシルヴィアと合流したラルクと王都の外れのにある草原で望んでいた立ち合いを行った。
「(結果は・・・・・・問題にもなりませんでしたね)」
実際にどれほどの実力差があるのかも検討も付かない程の実力差、ラルクと戦った時もシルヴィアと戦った時も剣術・魔術全てが悉く封殺された。ラルクの時は近づくことすらできなかった。開始当初から魔術の無詠唱による下位魔術の連続撃ち、それでも並の魔術師の中級魔術以上の威力があったが・・・・・アイス自身も得意の氷の魔術で応戦したがそれですら通じずそれどころかそれ以上の氷の魔術で圧倒された。接近して戦おうにもそもそもラルクの魔術が途切れることがなかった。「もう少し魔術の速度を緩めますか?」ラルクからは逆にそんなことを言われてしまった。シルヴィアにいたっては完全に弄ばれたと言ってもよかった。最初シルヴィアは完全に無防備でアイスの前に立った。それどころか両腕を広げた状態で武器を持たぬまま「どうぞ」とまで言ってきた。これに内心で激高したアイスは無言でシルヴィアに全力で切り掛かった。結果を言えばアイスの剣は見事にシルヴィアを肩口から袈裟懸けに両断した。そのあまりの呆気なさにアイスは一瞬茫然自失となる。シルヴィアならば瞬時に武器を出現させるなりをして自分の攻撃を防ぐと思っていた。その事実を確認したアイスは一瞬の茫然の後次いで一気に青ざめる、まさか殺してしまったのではと思い急ぎラルクに蘇生魔法をかけてもらおうとラルクを振り返る。「え?」そしてアイスは間抜けな声を上げてしまう。見ればラルクはこの事態に全く動じておらずそれどころか薄っすらと笑みすら浮かべている。
「(あの時に私は常識というものがあれほど儚いと初めて知りましたね)」
アイスはその時何故ラルクがそんな態度を取っているのか理解できななかった。蘇生魔法といえど万能ではない。対象の死亡が確定してから時間が経過するほどその成功率は低下する。しかもそれは自分に近い実力を持つ者ほどその成功率は下がる。油断して自分に切られたとはいえシルヴィアの実力は噂通りならかの大魔導士ラルク・カイザードにも劣らないだろうと考えていたアイスはそんなラルクが信じられなかった。しかし・・・・・。
「(ある意味で人生で一番驚いたのもあれが初めてでしたね)」
未だに平然としているラルクにアイスが声を荒げようとした時彼女の後ろから彼女には完全に予想外の人物の声がした。「私の体を切るなんてやるじゃない」そんな声がしたのに驚愕しながら後ろを振り向けば今し方袈裟懸けにされたはずのシルヴィアが平然と立っていた。見れば袈裟懸けにしたはずの傷口は既に肩口のあたりにほんの少しの後が残るまでに消えていた。服も特殊な物なのかまるで影のように直っていく。アイスは目の前の光景にしばし言葉を失っていた。シルヴィアが吸血鬼、それもかなりの高位の存在であることは伝え聞いて知っていた。しかし吸血鬼の高い回復力も武器などに強力な魔力等宿らせて攻撃すれば吸血鬼の回復能力を阻害することができる。アイスの魔力はエルフの種族という特性上、いやそれ以上に高い。先ほど彼女はシルヴィアの誘いに激高していたとはいえそこは彼女も一流の剣士である、先の一振りには彼女の全力の魔力宿した一撃だった。しかしシルヴィアはそれをまるで問題にしないかのように傷を修復してしまった。それはすなはちアイスの全力の一撃で尚シルヴィアの致命傷には届かなかったという証明だった。その後彼女はそれでも諦めずにシルヴィアに向かって行った。己の剣術・魔術を全てシルヴィアに放った、しかしそれでもシルヴィアは無防備のまま彼女の攻撃を受け続けた。そしてその全てにアイスの望んだ効果は発揮されなかった。全ての斬撃はアイスが二撃目を叩き込む前に一撃目の傷は塞がってしまった。そして彼女の放つ氷やその他全ての魔術はシルヴィアの持つ吸血鬼の特性の一つである元々高い魔術耐性を遥かに凌ぐ魔術耐性の前に悉く霧散或いは効果を発揮できなかった。
「(あれは普通に倒されるより凹みました)」
やがてアイスはシルヴィアが直接手を下すまでもなく力尽きる。攻撃し続けたアイスは体力も魔力も底を付きシルヴィアの前に項垂れるように伏している。シルヴィアは「まだ続ける?」と何事も無かったように尋ねてくる始末である。アイスはただ顔を横に数回振るだけで精一杯だった。
「(戦いという土俵にすら上らせてもらえなかった)」
ラルクはアイスの実力を確かめる為にあえて下級魔術のみでアイスの訓練をした。対してシルヴィアは現在のアイスの実力では自分達の敵にすら成りえないということを教えていたのだ。
「(当時の私は長老の話で聞いた≪物語の最強≫の人物よりも目の前の常識を超えた存在に自分の目指す目標を見ました。しかし・・・・・・・)」
アイスは再び目の前の戦いに思考も傾ける。目の前の戦いは既に決着しており膝を付いたラルクとシルヴィアにソウマが剣と手刀を突き付けている。それを眺めるアイスは勿論周りの兵士達も目の前の戦いの衝撃の凄まじさに茫然となりピクリとも動かない。彼らは皆王国でも選び抜かれた兵士達である。この月に一度のラルクとシルヴィア参加の特別演習に参加できる兵士は全てがそれぞれの部隊でも特に優れた兵士でその部隊の部隊長の推薦があって初めて参加できる。ゆえにこの特別演習に参加する兵士の全てはCランク相当のステータスを当然所持している者ばかりである。そんな兵士達をして今眼前で繰り広げられた戦いは自らの常識という名の自らの鎧をコナゴナに打ち砕いた。それにゆっくりと戦いを終えた三人が近づいてくる。いつの間にかラルクが事前に張っていた結界は既にラルクが解除している。しかし三人が兵士達の前に立ってもアイスや兵士達の反応は無い。
「おや?どうしましたか皆さん、固まってしまって?」
「単純に私達の模擬戦に思考が追い付かなったんじゃない?」
「そうなのか?」
ラルクの困惑にシルヴィアが真面目な顔で返しソウマはどうでもよさげに適当に返す。
「しょうがありませんね。アイス、アイス。いい加減戻って来なさい」
ラルクはため息を付きながらアイスの目の前で手を振って呼びかける。
「・・・・・・ラルク様」
アイスはようやく自らの思考の海から戻ってきたかのようにラルクの顔に焦点が合う。
「ようやく戻って来ましたか。早速ですが他の兵士を正気に戻すのを手伝ってください」
アイスの意識が戻って来たのを確認したラルクはそう言うと他の兵士達に向かって行く。
「あ、はい!」
それにアイスも慌てて追従する。二人は順番に兵士達を正気に戻していく。因みにその間ソウマとシルヴィアは完全に手伝う気がないようでシルヴィアが影から取り出したティーセットで紅茶を楽しんでいた。シルヴィアは嬉しそうにソウマに紅茶を入れソウマを黙々とお菓子を食べている。
「それでは皆さん正気に戻りましたね?」
やがて全ての兵士が正気に戻りラルクが兵士達の視線を集めて話を始める。
「先ほどの僕達の模擬戦はいかがでしたか?」
ラルクの先の戦闘の感想を求める言葉に兵士達が困惑の表情を浮かべる。兵士達の中から小さく「模擬、戦?」という言葉も聞こえてくる。すると一人の兵士が挙手をする。因みに今この場ではラルクが魔術を使い伝える意思があれば一人ひとりの声が全員に聞こえるようになっている。
「はい、そこの君」
ソウマが前世の記憶から「(教壇に立つ教師っぽいな~)」と思いながら挙手をした兵士とラルクを見ている。
「今、ラルク様は模擬戦と仰いました。未熟な我々では先の戦闘行為の半分も理解が及びませんでしたがそれでもあの戦いが尋常な力のぶつかり合いではないということは分かりました」
「それで?」
一旦言葉を切った兵士にラルクは先を急かすでもなく優しく続きを促すように言葉を掛ける。
「それで・・・・その、まさかと思いますがまさか先程の御三方はまぜ全力ではなかったのですか?」
兵士が恐る恐る本題を尋ねる。
「ふむ、結論から言うと質問の通りさっきの戦い、僕とシルヴィアとソウマは実力を全て見せていないよ」
ラルクの答えが皆に伝播すると同時に兵士達の間から激しいどよめきが起こる。
「そ、それは本当ですか!?」
質問した兵士は信じられないといった顔で言葉を返す。先程の戦いは間違いなく兵士が今までそして恐らく生涯でも目にすることが叶うかという程のレベルの戦いだった。それが当の本人達はまだ全力ではないという。質問した兵士が信じられないと思うのも無理はない。
「本当ですよ、一応参考までにですが私とシルヴィアが今のが大体7~8割でソウマが3~4割程度の力でしたよ」
「半分は出してたぞ~」
「そのままの状態で言われても説得力は全くありませんよ」
「そうね」
口を挟んできたソウマにラルクがそっけなく返すそれにシルヴィアも呆気なく同意する。
「まさか・・・・・・」
兵士達が信じられないと言った顔でソウマを見ている。自分達が知る中でラルクとシルヴィアは間違いなく最強の存在である。その二人が全力ではないとはいえ二人同時に相手にして尚半分の力も出さずに勝利したソウマに驚愕と疑念と畏怖を同時に込めて見ている。
「まあ一応付け加えておくなら僕もシルヴィアもソウマも先ほど言った割合はあくまでも攻撃に使った魔力や力の割合だから実際にはまだまだ強力な魔術や技を僕やシルヴィアやソウマは使えるよ」
「・・・・・・・・」
兵士達は今や完全に絶句している。ソウマの実力を疑おうにも先ほど否応ない程にソウマの実力を目の当たりに(目で追えたかはともかく)した彼らはそれもできない。なにより彼らも今回の特別演習に選ばれる程の選りすぐりの戦士である。自身の感情に流されて相手の実力を見誤るような者はこの場には居ない。
「ああ、今更ですが一応言っておきますが貴方達の目の前にいるソウマがこの国で昔から物語に登場する【世界最強】ですよ」
「物語ってなに?俺って物語になってんの?」
「ソウマが封印されて十年くらいしてからエルクが貴方の物語を本にしたのよ。それがこの国で結構売れて小さい子供達に聞かせる英雄譚みたいな流行り方をしたのよ」
「エルクって俺が居た頃あの書庫に篭ってばかりでひたすら俺の旅の話を聞いていたがり勉君か!何故そんなことに!?」
「ソウマがいなくなったのが百年程前だから当時大人だった人や老人からしたらまだ忘れ去る程の年月じゃなかったし子供に聞かせるには丁度良かったんじゃない?だから当時の子供達・・・・そうね丁度ここにいる兵士達の世代の子供時代には皆一度はソウマのお話を聞いたことがあるんじゃないかしら?」
ソウマがラルクの話を聞いていて聞き捨てならない言葉がでてきたことに驚愕すればすかさずシルヴィアからフォローが入る。そのシルヴィアの話を聞いてさらに嫌そうな顔をしたソウマが兵士達の方を見れば全員が先ほど以上の驚愕の眼差しでソウマを見ている。これ以上無い程にシルヴィアの話の裏付けを兵士達の行動が物語っている。
「そ、それでは本当に彼奴・・・・いやそちらの方があの・・・・・・」
「信じられないかもしれませんが今先ほどソウマが君達の前で見せた実力の一端がなによりの真実では?」
「・・・・・・・・!」
兵士達はラルクの言葉に黙りこくる、それが彼らの答えでもある。
「・・・あの」
すると一人の兵士が間を見計らったかのように言葉を出す。
「・・・・・なんですか?アイス騎士団長」
ラルクは声の主がアイスであるのを確認すると一度だけ小さくため息をつく。
「僭越ではあるのですが・・・・・・・」
アイスは一度ラルクに断りを入れるとソウマに向き直る。
「ソウマ殿、私如きでは役不足であることは王城での一件で十分に痛感しております。しかし・・・・・恥を忍んでお願いが御座います。どうか、私とも一度お手合わせをお願いできませんでしょうか?」
ラルクはアイスの言葉が最初から分かっていたのかもう一度ため息をついて手を自分の額に持っていきやれやれと首を振る。シルヴィアは何が面白いのかニヤニヤしながらソウマとアイスを交互に見ている。
「俺は別に構わんぜ」
ソウマは即答する。ラルクはこのソウマの答えも予測できていたのかもう一度やれやれと首を振る。
「というか俺もお前の実際の力量に興味があったからな」
ソウマはそういいながら一人の兵士の前に歩いて行く、ソウマが目の前に来た兵士は困惑してよくわからない表情をしている。するとソウマがそんな兵士の腰の部分を指差して・・・・・・。
「悪いんだけど君の剣、貸してくれないか?」
「え?・・・・あ、ああどうぞ」
ソウマにそう言われた兵士は一瞬なにを言われたのか理解できなかったかのように固まってしまう。しかし次の瞬間には即座に言葉を脳内に行き渡らせて慌てて剣を鞘ごと渡してくる。
「ありがとさん」
ソウマは受け取った剣を鞘から抜いて刀身を少し眺めた後試す様に数回素振りをする。
「一体どうことでしょうか?」
するとそんなソウマを見たアイスが若干の不満を乗せた目でソウマを見てくる。
「貴方は先ほどラルク様とシルヴィア様との戦いでは自らの剣を召喚して戦っていました。ですが今貴方が手にしている剣は今彼から借りた王国から支給される一般の騎士剣です。まさか私との立ち合いにはその剣を使用するつもりですか?」
彼女の態度は明らかにソウマに対する不満と怒りが込められている。いかにソウマとの実力の差を実感して頭で理解していても感情は納得できないようでソウマの自身の持剣を使用しないことに侮辱を感じたのだろう。
「ああ、そのつもりだ」
そんなアイスの心情を知ってか知らずかソウマは当然のような口調で返す。
「!、確かに私と貴殿ではその力量に大きな差があるのは理解はしています。しかし私にも騎士としての誇りがあります。そんなあからさまな侮辱のような行為をされては憤らずにはいられないのですが?」
アイスは至極当然のように返したソウマに内心さらに怒りを募らせたが表面上は冷静に自身の意思を言葉にする。元々自分の考えはハッキリと相手に伝える性分なのかまたもラルクがアイスとソウマの後ろで手で覆った顔を振っている。
「あ?ああ、別にお前を侮辱するだとかそういった意図は全くないよ」
アイスの言葉を聞いたソウマは最初怪訝な顔をしたもののアイスの言葉と自分が現在手にしている剣を交互に見て納得したように頷いて答える。
「?ではどういった意図があるのかお聞かせ願いますか?」
「ああいいぜ、その前に一応きておくけどお前が使っている剣って大層な魔力が籠っているけどかなり特別な代物だろう?」
「?、はい、一応この剣は私が里を出る時に長老に譲り受けました氷精霊の力の結晶を使用してこの国の最高鍛冶師のドワーフの方に依頼してラルク様に手を加えていただいた精霊剣です」
「へえ、なんかえらい魔力が籠っていると思ったがそれ精霊剣なのか?てことはその剣には精霊が宿っているのか?」
「ええ、この剣の銘は《氷結剣アイスコフィン》切った対象を凍らせる効果のある剣です。そしてこれが私の相棒の氷精霊のコフィンです。ラルク様にこの剣を調整していただいた時に生まれた子です」
そういうとアイスの顔の横にアイスの顔とほぼ同じ大きさの小さな雪達磨が出現する。それは手足が付いていない顔だけが黒い棒で描かれている雪達磨だった。頭には小さな赤いバケツを被っている。
「おお~精霊は久しぶりに見るなあ。しかし精霊が具象化までするとはよほどその剣に気に入られているなぁ」
この世界では長い年月や特別な素材や特殊な工程を行うと稀に物質に精霊が宿ることがある。精霊とはこの世界の理の代弁者であるとも自然の意思の形とも伝えられている。その実態を知るのは長命種の種族の中でも最古参の長老クラスの者だけである。精霊はこの世界のどこにでも存在しているが普段は人の目には映ることはない。特殊なスキルや修行をした者は大気中を彷徨う精霊達を見ることはできるが本来は精霊自身の力が微弱すぎて視ることはできない。精霊が精霊を視る力を持たない者に姿を見せることが出来るのは精霊が自身を具象化できるほどに力を持った存在であることが条件である。しかし力が強い精霊程自我が強く人の前には滅多に姿を現さない。精霊自身がよほど相手の事が気に入っていれば精霊自ら姿を現すことが極稀にある程度である。
「ええ、彼女がエルフであるのも要因の一つでしょうけども元々彼女が氷の精霊と相性が良かったのもあるでしょうね」
精霊は自分と同じ属性の魔力や土地に強く惹かれる性質がある。それ以外にも魔力の親和性の高い種族であるエルフ・ハイエルフ等の魔力に惹かれる傾向もあるようである。
「あれ?でもよく考えたらお姫さんの周りの精霊は一体も具象化してねえな。あれだけの数の精霊に好かれてりゃ普通は一体くらいは常に具象化してそうなもんだが・・・・」
「それは僕の仕業さソウマ」
ソウマの感じた疑問にラルクが即座に答える。
「どういうことだ?」
「姫様は魔力親和性や保有魔力の大きさに比べて抗魔力の類がまるで追い付いていないんだ。そんな状態の姫様の周りで精霊が一斉に具象化したら魔力酔いや精霊酔いを起こしてしまうからね。僕が周りの精霊を説得したのさ。因みに一体程度なら具象化しても問題ないんだけどそうしたら今度は誰が姫様の前に出るか精霊同士が喧嘩を始めてしまってね、しょうがないから姫様の抗魔力が成長するまで具象化を待ってもらっているのさ」
「それじゃあ・・・・」
「ええ、アイスは元来がエルフですし戦士として鍛えてきただけあって抗魔力も中々あります。なによりもアイスは氷の魔力と相性は抜群にいいです。オマケに剣の扱いについても一流といってもいいでしょう。その氷の精霊は元々氷結晶の中に眠っていた精霊です。それが彼女が長年使っていた剣と融合したことで誕生した精霊ですから彼女の愛剣への愛着と思い入れがそのまま精霊の好感度に変わったのでしょう」
「なるほど」
ソウマはラルクの説明に納得がいったという顔になる。
「今の話を聞いたらなおさら俺は自分の剣は使えないな」
「理由をお聞きしても?」
ソウマが自分の心意と剣の事情を知ってなおも今持つ剣を使うと言ったことになにかしらの意図を感じたアイスは先ほどよりは落ち着いた調子で再び尋ねる。
「正直に言うと今の俺の力とお前の力で俺の剣とお前の剣をぶつけたら確実に折れるぞ?」
「!」
ソウマの言葉にアイス驚愕の表情で自身の剣を見つめる。
「使い手の技量が互角ならその優劣は剣で決まるその逆も然りだ。しかし使い手も獲物も片方に大きく傾いた場合に被害を真っ先に被るのは獲物の方だ。だったら片方の武器の質を極端に落とすしかない」
「まさか・・・・・」
アイスはもう一度自身の剣を見る。ソウマの剣は遠目に見ただけであるが確かに凄まじい力を持った剣ではあった。あのシルヴィアの影の武器と平然と打ち合っていた。シルヴィアの影の武器は只の影とは一線を画す。通常の名剣・宝剣といった程度の武器ではまともに打ち合う事すらできない。なによりもあのソウマの凄まじい技量の剣速と技に耐えるだけの耐久力を持っている。今ソウマが持っている武器では半分以下の力でソウマが振るったとしても一振りで折れてしまうだろう。しかしそれでも自身の剣も負けてはいないとアイスは考えている。アイスの剣も希少なミスリルとオリハルコン(ラルク提供)の合金の刀身に氷の精霊の力まで宿している。精霊を宿した物質は同じ材質でもその強度や性能に明確に違いが出る。そんな自分の剣がソウマの剣にそれほど劣るとは思っていない。
するとアイスの心情を見透かしたのかラルクが苦笑しながら補足をする。
「アイス、一つ言っておきますかソウマの剣の材質は【竜王】ゼファルトスの牙で出来ていますよ」
「な!?」
アイスはラルクの言葉に絶句してしまう。もし本当にソウマの剣が【竜王】のものであればソウマの剣は間違いなく世界最強の武器である。神や邪神の創った聖剣や魔剣程度では問題にならないだろう。なにせその神々ですら全く歯牙にもかけない生物の牙で出来た武器なのだ。
「ついでに言うならその牙を加工して武器に鍛造したのは伝説の種族の一つであるエルダードワーフでそれに協力したのは幻と言われるハイピクシーの種族が魔力を込めた。この世界最高峰の素材と技術を結集した至高の一振りですよ」
「・・・・・・・!!!」
ラルクの続く言葉にアイスは今度こそ完全に沈黙した。
折角の盆休みなので今月中にもう一話位更新したいです。