11話 模擬戦?いやマジじゃね?
投稿スピードをなるべく落とさないように頑張ります。
ここはエテルニタ王国の王都から離れた草原、周囲には木や岩などの障害物は存在せず見渡す限りの草原が広がっている。
「準備は良いですかソウマ?」
「ああ、いつでもいいぜ。シルヴィアは?」
「私もいつでも構わないわよ」
その草原で現在ソウマ・ラルク・シルヴィアは向き合っている。正確にはソウマに相対するようにラルクとシルヴィアが向き合っている。
「・・・・・・・・ごくり」
そしてその三人から2・300メートル離れるように数百人程の王国の兵士達がそれを見守るように控えている。
「それでは・・・・・まず僕から」
そういうとラルクは空中から精緻な細工が施された木で作られた杖を取り出す。
「あれがラルク様の世界樹の幹から削り出されたという杖か」
兵士の一人がそう呟く。彼ら王国の兵士は皆ある程度の魔術による身体強化を行える。この程度の距離ならば視力強化のおかげで差して苦にならず見ることができる。
「《夜霧》」
ラルクが空中に杖を一振りすると突然ラルクの足元から漆黒の霧が出現する。それはどんどん湧き出しあっという間に三人をすっぽりと覆い隠す。
「・・・・・・・・」
ソウマはただ周囲を警戒しながら立っている。この《夜霧》はただの黒い霧ではない。これは術者以外の包み込んだ対象の平衡感覚・方向感覚・五感はては距離感すら狂わせる魔の霧である。この霧を防ぐにはかなり高い魔術耐性が必要になる。それでも術者であるラルク程の術者になれば多少高い程度の魔術耐性では問題にしない効果を発揮するが・・・・・・。
「いきなり目暗ましか・・・・」
当然ソウマは多少高い程度の魔術耐性ではないのでこの霧の影響をさほど受けていない。精々が目暗まし程度の効果しかない、恐らくそれがラルクの狙いなのだろう。
「当然そう来るわな」
するとソウマはいつのまに取り出したのか《聖王竜剣》を手にした右手を背後に振り抜く。
ガキンッ
黒い霧に向かって振るわれた《聖王竜剣》が振り切る途中で何か硬質な物に当たった音が響き止まる。
「ラルクが目暗ましを出してそれを利用してお前が俺に接近、まあ常套といえば常套だな」
「ソウマ相手だと常套も反則も全て使っていかないとね」
黒い霧の中からシルヴィアが現れる。その手には周囲の霧よりもさらに濃い色をした漆黒の直刀が握られている。
吸血鬼は種族特性上魔術や呪術などに対して高い耐性を持つ、それも王族級の吸血鬼であるシルヴィアもソウマ程ではないにしろ並の吸血鬼では比べ物にならない程の耐性を持つ。この黒い霧の中で動くには十分な程の耐性をシルヴィアも持っているのである。
「久しぶりに見るな、お前がソレを使うのを見るの」
「大抵の相手はキューちゃん達だけで片付くしそれ以上の相手になると貴方が片付けてしまうもの。勇者君達の鍛錬にも使わなかったし使うのは本当に百年振り以上になるわね」
「それについてはすまんかった・・・・・」
「あら?別に攻めてる訳じゃないのよ」
ガキィィン ガンッ キンキンッ
そう言いながらも二人は霧の中で高速で動きながら切り結ぶ。黒い霧の外にはそんな二人の放つ激しい剣戟の音だけが響く。
「黒い霧の中で何が起こっているんだ・・・・・?音からしてかなり激しい戦いのようだが・・・・・」
「それよりもラルク様の《夜霧》の中で当たり前のように戦いが継続していることの方が俺には驚きだぜ。以前俺はラルク様があの霧で他国の軍隊をあっという間に同士討ちで全滅させているのを見たからな、つっても中は見えなかったんだが悲鳴と怒声だけはひたすら聞こえていたぜ」
当時の光景を思い出したのか兵士の一人は身震いするような仕草をする。
「久しぶりにしては腕はあまり錆びちゃいないな」
「ソウマも百年寝ていたにしては動けるじゃない」
二人は軽口を叩き合いながら剣戟を続ける。その剣戟速度はもはや音すら置き去りにする程である。
「それで?いつまで時間稼ぎする気だ?」
「やっぱりバレていたのね。そうね・・・・・・」
ソウマに聞かれてシルヴィアはソウマ一旦距離を取る。する黒い霧の効果が切れたのか徐々に霧が晴れていく。
「もういいかもね」
「ご苦労様ですシルヴィア」
「!」
霧が晴れた向こう側では杖を構えたラルクが立っていた。見ればその足元から巨大な魔法陣が描かれていた。
「術の準備と詠唱の為の時間稼ぎか」
「大地よ震撼せよ、大いなる母なる大地の咢よ敵を喰らい砕き飲み込んで葬り去れ《大地の顎》」
最後の詠唱を唱えて掲げていた杖を振り下ろす、すると突然大地が震動を始め局地的な地震が発生する。それは離れて観戦していた兵士達の方まで届き兵士達はバランスを崩して倒れる者やその場にしゃがみ込む者が続出する。
「くっ」
ソウマは地面が揺れる為バランスを崩す、それから逃れる為にソウマは上空に飛び上がろうとするが。
「なんだ?」
見れば自身の足が黒い影のようなもので拘束されている。
「あ、この野郎!」
ソウマは恨めしそうに上を見上げる。見ればジルヴィアが背中から漆黒の蝙蝠のような羽を生やして飛んで避難していた、ラルクは自身の足元魔法陣のおかげか地震の影響を受けていない。
「だってこうでもしないとソウマは素直に攻撃喰らってくれないもの」
シルヴィアはペロリと舌を出しながらも全く悪びれた様子はない。
揺れ続ける地面、まるで大地が巨大な胃袋と化して空腹を訴えるように振動を続ける。すると足元を拘束されたソウマの足元の地面が次第に裂け始める。
「うおっ」
ソウマが態勢を崩すと同時に裂け始めていた地面がまるで巨大な口を開くように一気に開く。
「くお」
裂けた地面の全長は有に一キロメートルは超えている程の大きさの裂け目が出現する。《大地の咢》、術名の通りまるで大地が巨大の口のように対象を奈落の裂け目に飲み込む。ソウマはその穴になすすべもなく落ちていく、そして至極当然開かれた口は獲物を飲み込めば・・・・・。
ズガンッ
数十メートルは幅のあった裂け目があっという間に閉じる。
「終わった・・・・・」
一人の兵士が誰に言うともなく呟く、しかしそれは観戦する全ての兵士達に共通する感想だった。キロを超える長さと数十メートルの幅に裂けるラルクの《大地の咢》を躱すことは至難、ましてやソウマはシルヴィアに足を拘束されていた。これではどう考えても脱出は不可能である。しかし・・・・・。
「おい、なんだかまだ地面が揺れてないか?」
一人の兵士が言う。
「あ、ホントだ!確かにまだ少し揺れてるぞ。なんでだ?もうラルク様の術は完了しているだろう?」
「お、おい。あれ・・・・」
兵士の一人が振るえる声を出しながら震える指を先ほどの《大地の咢》のソウマが落ちた裂け目を指さす。
「なんだ、どうした?な!!」
その指の先を見た兵士達は口々に驚愕の声を上げる。見れば完全に閉じたように見えた裂け目が良く見れば少しまだ開いていた。
「んあああああああああああ」
その裂け目の中から声が響く。
「ま、まさか彼奴・・・・・ラルク様の《大地の咢》の裂け目を閉じないように無理矢理こじ開けてんのか!」
「ありえないだろ!どんな腕力してんだよ!」
「いやいやそれ以前にどんだけ頑丈な体してんだよ!あんなもん支えた瞬間骨はバラバラになっちまうよ」
「そうだぜ、ラルク様の級の《大地の咢》になればそれはまさに大地そのものが牙をむくのと同じことだぜ!あの野郎大地を支えられるってのかよ」
そう、ソウマは裂け目に落ちた後シルヴィアの影の拘束を引きちぎりそのまま迫ってくる裂け目の壁を両手で力任せに支えているのである。
「うわ~見てよラルク、ソウマってばアレを普通に支えているわ」
「う~んこうやって見ると何かの冗談にしか見えないな」
「確かあの術って大地の力を直接味方に付ける最上級魔術でしょ?」
「そうですよ、あれを凌ぐには空中に飛んで逃げるか術の有効範囲外まで回避するかの二つのはずなんだけど・・・・・普通裂け目に落ちてから腕力と耐久値だけで耐えるとか非常識にも程があります」
ラルクはそう言いながらも空中に術式を描きながら詠唱をしている。それはまるでテレビの副音声のようにシルヴィアと会話するラルクの言葉に重なるように呪文を詠唱している」
「《重なる言葉》、使ってたのね」
「まあね、以前にも言ったけどソウマ相手だと常識は最初から通じない方で考えた方がいいからね。当然こういうこともあると予想して準備していたのさ」
ラルクはシルヴィアと会話を続けながらも重なるように呪文の詠唱も続く。
「万物の始まりを示す炎よ、全ての根源たる偉大なる灼熱たる劫火を持って全ての敵を滅っせよ《灼熱の火柱》」
ラルクの呪文が完成し、再び杖をソウマの居る開いた裂け目に振り下ろす。次の瞬間裂け目から凄まじい熱量を持った火柱が上がる。それはまさに天を衝く程に高く上がる。その凄まじい熱量は直接術に振れていない部分の岩まで熱の余波で融解を始めている。ソウマのいる術の中心部にいたっては岩石の蒸発温度である二千度超える温度が出ているのか岩が蒸発し始めている。
「今度は炎熱系の最上級呪文?随分念入りね。ていうかソウマ大丈夫かしら」
「大丈夫大丈夫、ソウマなら死ぬようなことは無いよ。むしろこの位しないとソウマにはダメージすら通らないんじゃないのかな?」
「よく考えたら私もソウマとこうして戦うのはソウマが封印されていた期間を差し引いても本当に久しぶりだものね。実際その後ソウマがどれ位強くなっているかは私にも分からないわ」
「それは僕も同感、僕と初めて出会った頃のソウマならこれで多少なりともダメージを負わせられたけど・・・・・」
すると火柱の中から人影が飛び出してくる。その人影は所々服が焦げていたがその下の肉体には軽い火傷は見受けられるがほとんど傷らしい傷はない、その人影は両手を交差させるように顔の前に組んだ手を解き地面に着地する。
「げっほ、げっほげほげほ」
その人影は間違いなくソウマだった。本人は涙目で咳き込んでいるものの本当にダメージを受けた様子は無い。
「ラルクの野郎なんて攻撃を・・・・・うお!」
「《水の抱擁》」
ラルクは先ほどの言葉通りこれを予想していたかのように既に次の攻撃を開始していた。
「がぼ!」
ソウマは突如空中に発生した巨大な水の塊に飲み込まれる。通常ならこのまま溺れさせられるのだが・・・・・。
「アレって見た目以上に結構エグイ魔術よね」
シルヴィアが水の中に飲まれたソウマを見ながら顔を顰める。
「そうだね、あれの下位魔術に位置する《水の首輪》は見た目通り水で包んだ相手を溺れさせる魔術だけど最上級魔術であるあの《水の抱擁》は水に捉えた対象を溺れさせるだけでなくあの水中内の水圧はどんどん増していく。しかも水を包む空間は対象を常に中心に置くように移動するから泳いで外に出ることもできない。時間を追うごとに息は苦しくなり水圧は増して動きは鈍くなりどれだけ泳いだとしても水は対象と一緒に移動する。まさに水の抱擁にして迷宮という訳さ」
「あなた相当危ない奴に見えるわよ。と言って私もこのまま見ているわけにはいかないわねっ」
シルヴィアが手を掲げると水球の周りを取り囲むように騎馬兵が使用するような漆黒の突撃槍が数百本もの数が出現する。それは全てが寸分違わずその先端をソウマに向けている。
「ごめんねソウマ」
シルヴィアはそう言って掲げた腕を振り下ろす。すると全ての突撃槍がソウマに向かって殺到する。水球内に突入してもその速度は全く衰えず音速すら置き去りにする速度でソウマに迫る。
「はあっ」
しかしソウマは再び呼び出した《聖王竜剣》を振るい特大の斬撃の衝撃波を放つ。それはソウマを拘束する水の檻を容易く両断しさらにはソウマに迫っていた突撃槍も諸共に粉砕し吹飛ばす。
「まだです」
しかしラルクにはそれすら予想範囲内だったのかさらに追撃を見舞う。
「《嵐帝》」
続けて見舞うは風の最上級魔術。突如発生した巨大な竜巻があっという間にソウマを包み込む。その内部では対象を細切れにする鎌鼬が数百数千も発生している。しかもその鎌鼬がさらに竜巻内で増幅し強大化増殖を繰り返す。
「ふう」
「あら?少しお疲れかしら」
ラルクは魔術発動後少し肩を落とす。
「そりゃ最上級魔術、しかも四大属性の四連発だからね。しかもソウマ用に放ったものだから僕もそれなりに魔力を込めて撃ったから少しは疲れるよ」
通常の魔術師ではそもそも一つを発動させるのすら至難の芸当なのだがそれを事も無げに四連発は貴方も十分非常識とは王宮魔術師達の弁である。
しかしそれでも・・・・・・・。
「ずりゃっ」
ソウマが再び《聖王竜剣》を竜巻内で振るうと先ほどの《水の抱擁》と同様に《嵐帝》も真っ二つになり霧散する。
「てめえラルク!ポンポン最上級魔術連発しやがって!死んだらどうすんだこの野郎!」
「ほぼ掠り傷しか負ってない人に言われたくないね」
ラルクは悪びれもせず答える。
「大体お前は・・・・・・」
ヒュンッ ガキン
ソウマが言葉途中で《聖王竜剣》振るう。いつの間にかソウマの真横まで接近していたシルヴィアが先ほどの漆黒の直刀をソウマに向けて振るったのをソウマが受け止めたのだ。
「私を忘れては困るはソウマ」
「別に忘れちゃいないさ」
そう言いながら今度はソウマがシルヴィアに剣を振るう。それをシルヴィアは今度は受け止めずにバックステップでソウマから距離を取る。そして距離を取りながら空中に無数の武具を出現させる。先ほど使用した突撃槍と同じく漆黒に染まったそれらの武具はまるで意思があるかのごとく全てがソウマに向かって行く。
ガガガガガガッ
ソウマはその全てを《聖王竜剣》で砕く。そしてそのまま一足飛びでシルヴィアに迫る。
「《影鎧》」
シルヴィアがそう言うやシルヴィアの足元の影がシルヴィアの体を包みだす。
「!」
ソウマがシルヴィアの変化に気付きつつも構わずシルヴィアに切り掛かる。
「ちっ」
しかしシルヴィアの体を包む影から無数の剣が突如射出されソウマを牽制する。その間も影はシルヴィアを包み続け徐々にその形を定めていく。シルヴィアの腕に絡みついた影は腕を肘の部分まで覆う手甲に変化し胸元の影はそのままシルヴィアの上半身を肩の部分のない鎧に変化し足は膝までのレガースに変化し頭にはサークレットが装備されている。最初に着ていた漆黒のドレスをそのまま包む形で鎧になる。スカートはそのままだが所々に黒い鎧が張り付いている。所謂バトルスカートと呼ばれる代物である。そしてこの鎧も全てが漆黒に染まっている。
「近寄らせない気か!」
シルヴィアの鎧の部分からは剣や槍が射出されている。どうやらあの鎧はシルヴィアの意思に従い自由に武器の射出と状況に応じて形状を変化せる代物のようで武器を射出しながらもシルヴィアの鎧はさらに形状を変化させている。恐らくはこの場に適した形状に変えているのだろう。
「ソウマの速度に付いて行くにはこれじゃないとね」
シルヴィアの鎧は所々が鋭角的なフォルムを備え背中には先ほど空を飛ぶのに生えていた蝙蝠のような羽とは違いやや小ぶりになって生物的というよりも金属的な見た目に変化している。
「《影鎧・速》。行くわよソウマ」
そう言った瞬間シルヴィアが観戦している兵士達の前から消える。今のシルヴィアの速度は魔力で強化した兵士の動体視力を持ってしても捉えることすらできていない。
「き、消えた!」
「全然見えない!」
兵士達が驚愕の声を挙げる。そんな兵士達の驚きを他所にソウマはシルヴィアが消えた後から全く動こうとしない、しかしよく見ればソウマの目だけは虚空を激しく動き回っている。
ガキンッ
すると突然ソウマの所から金属がぶつかる衝突音が出る。
「?」
「なんだ今の音は?」
「気のせいか?」
兵士達は訝しむ。ソウマは以前動いていない、しかもシルヴィアの姿も全く見えていない。
ガキンッキンガガガキン
今度は連続して音が聞こえてくる。兵士達はまたも聞こえてきた音に今度は間違いないとしてソウマの方を凝視する。
「・・・・・・まさか」
ソウマを目を凝らして見ればソウマの両手が良く見れば時々一瞬だがぶれている時がある。気にしなければ見逃してしまいそうな程一瞬の出来事に近い。
ガキンッ
しかしソウマの手が一瞬ぶれるごとに先ほどから聞こえる衝突音が響く。
「もしかしてさっきからずっと・・・・・?」
兵士の一人が信じられないといったように言葉を絞り出す。
彼ら兵士の推察通り先ほどからソウマに向かってシルヴィアは斬撃を浴びせ続けている。ソウマはそれをその場から全く動かずに視線と腕を動かすのみで全て防いでいるのである。
「どっちも尋常じゃねえよ」
兵士達から見ればソウマがほとんどただ立っているようにしか見えない。現在彼らを目で追えているのはこの場ではラルク只一人だけである。もしラルク以外の者が二人の斬撃を視認できているなら気づいたはずである。斬撃音が彼らの動きより遅れて響いていることに、もはや二人は音さえ置き去りにした速度で戯れている。
「くっ」
数千回もの剣戟の交差が繰り広げられた。時間にすれば僅か数秒ともいえる時間ではあるがシルヴィアは苦悶の表情を作っていた。
「(追い付けない!)」
僅かずつではあるがソウマの斬撃速度がシルヴィアを上回りだしている。
「どうしたシルヴィア?まだ付いてこれない速度は出してないつもりだぞ?」
ソウマは挑発する。最初の時点でソウマはシルヴィアにハンデを与えている。シルヴィアが速度重視の形態に鎧を変化させてから動き出して最高速度に達するまでの猶予を与えたのだ。斬撃に移動速度の加重を加え尚且つ移動しながらの攻撃により斬撃に不規則性を追加させるというオマケ付きである。対してソウマはその場から動かずほぼ迎え撃つ形で腕のみで迎撃していた。もちろんシルヴィアもそのことは十分承知している。
「(正面からの剣戟の撃ち合いではそもそも勝負にならない)」
そう最初からもし正面から普通に斬り合っていればシルヴィアはソウマに一瞬で押し切られただろう。
「うあっ」
そして既にソウマの斬撃速度は移動しながら攻撃を続けているシルヴィアの攻撃速度完全に上回っている。さっきまでは移動するシルヴィアの攻撃を防ぐだけだったソウマの攻撃は今ではシルヴィアの移動先にソウマの攻撃が飛んでくるというものに変わっていた。
「くあっ」
堪らずシルヴィアはソウマから距離を取りラルクがいる位置まで後退する。
「おや、おかえり」
「はあ、はあ、はあ、おかえりじゃないわよ!少しは援護とかしなさいよ!」
暢気な言葉を掛けるラルクにシルヴィアは思はず憤慨する。
「援護とはいっても君達レベルの近接戦になると下手な魔術の援護は返って邪魔をしてしまうだろう?」
「だったら下手じゃない魔術の援護をすればいいじゃない」
ラルクが真面目な表情でそう返す、するとシルヴィアも真面目な顔で物騒な事を言う。
「なるほど」
「おーい、お前らー聞こえてるぞー物騒な事がここまで聞こえてるぞー」
「さてそれではリクエスト通り下手じゃない魔術を行きますか」
「行きなさいな」
「無視かい!」
ソウマの言葉を丸っと無視して二人は再び攻撃準備に入る。
「はっ」
シルヴィアが再びソウマに切り掛かる、そしてラルクは術の準備に取り掛かる。
「《腕力強化》《防御強化》《速度強化》」
ラルクはまず最初にシルヴィアの体に強化魔術を掛ける。
「あ?魔術抵抗の強い吸血鬼のシルヴィアに強化魔術だと?」
ソウマが驚いたような声を出す。
吸血鬼等の種族は魔術に対して強い抵抗力を持つ、それは必ずしも己の利になるとは限らない。強すぎる魔術に対する抵抗は相手からの攻撃魔術だけでなく見方からの援護魔術まで無効化してしまうのだ。
「それの秘密はこれさ」
ソウマの疑問にラルクは自らの指先を見える様に掲げる。そこには小さな傷があった。
「まさか!」
「そう、そのまさかさ。シルヴィアが僕の血を飲み自らの体内に僕の魔力の通り道を作り僕がその血を利用してシルヴィアの体内から直接強化魔術を施したのさ」
「しかもラルクの血は大量の魔力を含んでいるから私自身の吸血鬼としての能力も大幅に上昇するってわけ」
そう言うシルヴィアの攻撃は確かに先ほどとは比べ物にならない程の威力を発揮している。そして僅かではあるが今度はソウマが押され出す。
「やるじゃねか、以前はこんな方法できなかったじゃねえか」
「これでも練習したのよ」
「(全くです。僕自身の体から離れた血から直接魔術を発動させる。ましてや他の生物という自身とは全く異なる魔力性質を持つ者の中にある自らの血の魔力をコントロール・・・・・正直昔は完全に匙を投げたくなる難行でした。そしてシルヴィアの方も体内に入れた僕の血を完全に還元してしまわずに僕が操れるように留めておくほどの血液操作を習得するのにかなり苦慮していたからね)」
ソウマはシルヴィアの攻撃を捌ききれずに後退を始めている。そしてその間にラルクが次なる行動を起こしている。
「世界を守護する大いなる力な根源よ、その偉大な堅牢なる極光を我に貸し与えたまえ《世界の輝き》」
ラルクが呪文を唱え終わると同時にシルヴィアがソウマから一気にかなりの距離を取る。見ればいつのまにかラルクもソウマからかなり距離を取っている。
「防御結界!?」
するとソウマを包むように円柱状のオーロラが天から降りてくる。その広さは大きな都市がすっぽりと入る程の大きさである。
「これは本来外からの攻撃から中を防御するものだけど今回は用途が違う」
そういうとラルクが杖を天に掲げる。
「これから行う攻撃の余波を外に出さないためさ」
ソウマの頭上である結界内に突如として夜空が出現する。
「天から降り注ぐ星々の煌めき、その輝きで遍くすべてのもの粉砕し打ち砕け《星降》」
「天体魔法か!」
ラルクの詠唱が完成すると夜空から無数の隕石が降り注ぐ。一つ一つは人の頭ほどの大きさだがその数は時間を追うごとに増え続けている。十・・・百・・・・千・・・・万とひたすら星は降り続ける。その様はまさに縦断爆撃、もはや結界内に逃げ場はどこにもない。結界の外に轟音が響き渡る。もしラルクが結界を張らずにこの魔法を使用していればこの辺一帯は完全に地形が変わっていただろう。もちろん兵士達は助からない。
「あら、随分派手ね。だったら私も・・・・・」
隕石の落下も止みラルクの張った結界も消滅した、しかし辺りには朦々と砂埃が舞ってソウマの姿は見えない。
「・・・・・・・」
シルヴィアは地面に手を付いて集中している。やがて体を包む影の鎧が解けシルヴィアの手を伝わり地面に溶けていく。それは滑るように砂埃の舞うソウマが居た位置まで移動する。やがて先ほどのラルクの結界とほぼ同じくらいまで影が円状に広がる。
「《剣の城》」
そして全ての範囲の影が天に向かって強大な剣が衝き立つ。それは雲まで届く程に長く巨大な大小の剣が無数に連なる様はまさに剣でできた城というに相応しい威容と誇っている。
「どうです・・・・」
「すこしは・・・・」
剣の城も消え二人が砂の舞う位置を油断なく見つめている。
「なかなかいい連携だった」
「!」
「!」
突如二人の背後から掛けられた言葉に二人は同時に驚愕の表情になる。それと同時に空中に回避する。
「俺も久しぶりに少し本気を出そう」
ソウマがそう言い切る前にシルヴィアが再び影の鎧を纏いソウマに切り掛かろうとする。
「(ラルクの掛けた強化魔術はまだ生きている。さっきと同じく私が近接戦闘で時間を稼ぎラルクの詠唱の時間を稼ぎ私ももう一度大技を仕掛ける!)」
「(シルヴィアがもう一度近接戦闘に持ち込むきだ!僕はもう一度距離を取り術の準備を・・・・)」
「な!」
シルヴィアとラルクが同時に同じ作戦を考え付き同時に動き出した時シルヴィアが驚愕の声を出す。
「がはっ!」
ソウマがいつの間にか既にシルヴィアの眼前まで迫っていた。そしてシルヴィアの腹に掌底を叩き込む。
「(全く見えなか・・・・・・)」
「(先は全力では・・・・・)」
「おら!」
ソウマが《聖王竜剣》を一振りする。
「くあ!」
受け止めようとしたシルヴィアの直刀と鎧を同時にコナゴナにする。
「くっ」
ラルクがシルヴィアがやられたのに一瞬動揺を見せたが詠唱は既に開始していた為術が発動する。
「《高速詠唱》《世界の輝き》《星降》!」
「《剣の城》!」
ラルクの結界の発動に合わせてシルヴィアがソウマの攻撃に耐えながら影を結界内に滑り込ませる。天から無数の星が降り注ぎ地面からは天まで届く強大な剣山が衝きあがる、上下からソウマを挟み撃ちにする。
「《神斬り》」
次の瞬間天から降り注ぐ星々も地面から衝きあがる剣山もそれを包む結界ごと一瞬で粉砕された。
「うわっ」
「嘘でしょ!」
二人が再び驚愕に包まれる。しかし今度はそれが決定的な隙になった。
「!」
「!」
いつのまにかソウマが二人の首に剣と手刀をそれぞれ突き付けていた。
「ここまでだな」
「そうね」
「降参だね」
ソウマの言葉に二人は両手を上に挙げて降参の意を示す。
「あ~やっぱり全然かなわない~。ソウマに負けた時から私も強くなってるはずなのにラルクと二人がかりで全く敵わないなんて~」
「それでも結構本気でやったぜ?」
「ほとんどソウマが僕やシルヴィアの技や術の発動まで待ってくれてたからだよ。そもそも最初にシルヴィアとの斬りあい時点からソウマに大分オマケしてもらってたからね」
「全力は出したけど本気で倒しに来てはいなかったて訳ね」
「でも元々これはそのつもりだっただろう」
「私は結構本気で倒しに行ったんだけど?」
「あ、僕も僕も。どうせやるならやる以上は勝ちたいからね」
「それにしちゃお前らも本気じゃなかっただろ?」
ソウマの言葉に二人は一瞬目を見張る。
「俺が気づかないとでも思ったか?お前らが俺が眠っている間新しい玩具手に入れてることは直ぐにわかったぜ。なんで使わなかった?」
「別に隠したわけじゃないわ。アレを使うにはそれなりの準備と覚悟が必要なの」
「僕の方も似たようなものかな。それに多分使っても君の本気のハードルが更に上がるだけだと思うけどね」
「それについては私も同感、多少は通用するでしょうけどそれでもソウマを倒せない。今の戦いでより実感したわ」
二人は戦闘態勢を解いて肩の力を緩める。ソウマも《聖王竜剣》を仕舞う。
「とりあえず兵士達を正気に戻しましょう。彼らさっきから微動だにしないわ」
「ああ、ソウマとシルヴィアが二回目の剣戟を始めたあたりからあの状態のままだよ」
「そういや観客がいたな」
「そもそもなんでこんなことになったんだっけかしら?」
「そりゃ・・・・・・」
話は昨日に遡ることになる。ソウマが帰還しシルヴィアとシャルロットと一緒に眠った次の日に起こった出来事。
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