07 追手の牙
この深い森から脱出すべく、もうどのくらい歩いただろうか。本当に出るために歩いているのだろうか。それすら心配になってくる。足はあちこち擦りむいてヒリヒリと痛い。彼女は何も語ってくれないし、ずんずん進んでいく。道に迷っている風はない。
「そういえば、大丈夫?」
「何」
振り返らずに彼女は応答する。
もしかしたら警戒されているのかもしれなかった。
うーん、僕はこの短期間にどれだけ女子に嫌われればいいんだろうか。不可抗力なのに。
「いやほら、今もだけど……ケガとか大丈夫?」
そう。
狼に乗っての強行軍のときも、彼女は僕の前にいた。だから木の枝なんかでケガをしたっておかしくない。
マントは羽織っていても鎧の類は装着していないし、頭は丸出しだ。そういう僕はボロ布みたいな服なので、防御力で比べれば彼女のほうが高いにしても、だ。
それでも彼女は女の子だ。僕みたいな半端モノじゃなく、中身まで正真正銘の女の子なのだ。見た感じ、怪我をしているようにはないけれど。
「大丈夫。皮膚強いから」
藪をかき分け、僕が通りやすいようにしながら彼女は進む。
「皮膚、ねぇ……」
人造人間だと彼女は言った。
それなら人間と作りが違うのだろうか。触った感じでは大して違いは感じられなかったけど。
触るといえばそう、僕は自分の体も触ってみた。変な気持ちからではなくて、何だか実感がなかったからだ。僕が僕であるという実感が薄い。代わりに、夢じゃないかという浮遊感。そしてある種の喪失感――
これは精神的な、ということを付け加えておこう。決して身体的な話ではない(それもあるけども。上下でプラマイゼロだ)。
「追っ手は来ないみたいだな」
小さな背中に向かって僕は話しかける。
「ヨーヨーのおかげ」
「そっか。ヨーヨーは君の……友だち?」
ペットというにはちょっと憚られる存在感だった。
「違う。使い魔」
「使い魔――そっか、そう言ってたっけ。っていうか使い魔って何?」
彼女はぴたりと足を止めて振り向く。
「あなたは、本当に何も知らない?」
僕は正直に告白する。
「そうなんだよ。その……信じてもらえるかは分からないんだけど、僕はたぶん別の世界の人間で。そもそも男だし。気がついたらこんな体であんなとこにいて……だからさ、君が言うシンカクとかじゃないと思うんだよ。名前を付けてやるとか、色々偉そうに言っといて悪いんだけど……」
告白したものの、「じゃあ」と置いて行かれたら僕の未来はお先真っ暗になってしまう。しかし彼女は、
「シンカクはシンカク。間違いない」
と言い切った。
「光を追って来たから間違いない。あなたはシンカク。そういう――違うところから来るシンカクもいるって、所長が言っていた」
珍しく長めに話してくれたが、相変わらず要領を得ない。
「所長? その人が僕のことを……シンカクだって言ったのか?」
「違う。所長はもう用済み」
「よ、用済み?」
えらく物騒なワードが出て、ちょっと身構える。
「違った。ええっと、もう所長の家から出て来たから……うーん……」
なるほど、無愛想というよりは口下手というか。説明下手なのかな、この子は。
「『所長』の家に住んでた?」
「そう! 住んでた。で、出た」
「家を?」
「家を」
お、少しずつ会話のコツが掴めてきたぞ。
「じゃあ君は、もう所長の家にはいない。だから所長に教えてもらったわけじゃないと」
「そう。空の光を見た」
「空の光?」
「あなたが落ちてくる光」
僕が落ちてくる光。この世界に落ちる光。
「流れ星みたいな?」
「そう、流れ星みたいな。明るいやつ」
彼女はこくこくと首を振る。心なしか、話が通じて嬉しそうにも見える。
猫が懐いてきたみたいで可愛い。
喉のあたりをうりうりしたい。
うりうり。
「つまりその光を追いかけてあそこに、か。でも何で僕を――シンカクを? いや、それも言ってたか。従者に、人間になるため? ちょっとそこのところがよく理解出来なかったんだけど……」
彼女は少し考えるような素振りを見せた。そして、
「そう。私は、『早く人間になりた~い』系の人造人間」
……考えた結果がそんなコメントかよ。
妖怪人間みたいに言うな。
こっちでも放送してたのか? ドラマや映画。もしかしてアニメも。
「ベム! ベラ!」
「………………?」
きょとんとしている。さすがに通じないか。
ベロって言えよ、ベロって。
「シンカクと――神様と契りを結ぶと人間になれる」
「契り? 契約みたいな?」
「そう。神の従者になれる」
「手下みたいな?」
「従者は従者」
うーん、やっぱりよく分かんねぇや。
でも、僕とその『契約』とやらをしたくて、助けてくれたってことなのだろうか。
ちょっとムフフな響きがあるな、契りとか言われると。
「その契りってどういう――」
言いかける僕を、彼女が押し倒す。
「――うわっち!」
覆いかぶさるように茂みに背中から落とされて、耳元で小枝がバキバキと折れる音がする。
「何すん――」
「逃げて!」
彼女は叫び、立ち上がり、剣を抜く。
刃を向けるその先には――大蛇。さっき僕が立っていた辺りで大蛇が大きな口を開け、牙を覗かせていた。




