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05 白と青と

 そしてその時がやってきた。

 小男たちの中で一番の年寄りに見える男――ハゲた頭に冠のようなものを乗せている。雰囲気からして長老的なポジションだろうか――が、あの神像の前にある祭壇から、ギラギラと光るナイフを持って近づいてきた。

 なるほど。パターン『その1』か。

 いや、全部まとめてってパターンもあるのかな?

 ざっくりやられて、焼かれて、残ったものはパクパクされて、骨は放置。みたいな?

 そういう人生もありかもしれない。冴えない僕の一生の、せめて最期くらいはそのくらい派手なほうが心置きなく旅立てるかもしれない。

 ――って違う。語ってる場合じゃねえぞ僕。これは結構マジなピンチだ。足掻け。

「助けて! 何でもするから助けて! ピロートークも我慢して聞くから! 濁点多くても口説かれてあげるから」

 必死で命乞いをしてみたところで、彼らは眉一つ動かさない。

 長老がすぐ側までやってきて、にたりと笑い、茶色い歯を覗かせる。

(あ、ホントにやばい――)

 現実逃避にも限界が来た。

 ざわざわとした悪寒が全身を這いまわる。吐き気がこみ上げる。

 いやだ――

 歯を食いしばり、眼を閉じた、その時。

 僕は頭から地面に叩き落とされた。

 敷いてあった藁がクッションになってくれたが、ロクに受け身もとれなかった僕はうめき声を上げる。どうやら僕の足に結ばれていたロープが切れたらしい。

 小男たちが何やら叫んでいる。どこからか細長い槍を引っ張りだしてきたり、奥の集落へと逃げて行ったりと、蜂の巣を突いたような騒ぎだ。夜の森に響いていた不気味なリズムはパタリと止んで、代わりに濁点だらけの怒号が飛び交う。

 何が何だか分からないままに横たわる僕を、何かが飛び越した。

 その何かは――人間だった。小柄な剣士。深緑色をした、ごく短いマントがふわりと揺れた。

 剣士は、長老の前に立ちはだかると、

「シンカクは渡さない。私のもの」

 感情の見えない、平坦なソプラノで彼は言う。

 いや、体格や声の響きからすると『彼』ではなく『彼女』かもしれない。

 シンカク?

「ブラボゼ! ドノバ! ゼラボボ」

「……そんなことは関係ない。下がらないとケガをする」

 彼――彼女は長老に向かって、細い西洋風の剣を突き出す。かがり火に照らされた彼女の髪は真っ白だった。アルビノを思わせる純白。その白い頭が少しだけこちらを振り向いて、青い瞳が僕を捉えた。凛とした、でもどこか幼さを残した横顔。

「シンカク、立てる?」

 僕はまだ頭が追いつかない。何を言っているのか分からない。

 ――話す言葉は理解できる。

 濁点ばかりの言語じゃなくて、きちんと僕にも理解できる話し言葉。

(なんだ神様、やれば出来るじゃん)

 とか、意外と余裕のある僕だった。

 というか、ようやく頭が回転し始めた。これは救いの手なのだろう。この剣士風の少女は、僕を助けに来た――と。さながら、囚われの姫を救う王子様のように。

「動くな」

 ナイフを振りかぶった長老に、彼女が口早にそう告げた。同時に、ナイフが宙を舞った。

 僕には、彼女が一歩を踏み出しただけにしか見えなかったが、どうやら神速の刺突が繰り出され、寸分違わず、長老のナイフを弾いたらしい。

 周囲の小男たちは彼女の静かな気迫に押されているのか、離れたところで槍を構えたままこちらを窺っている。空では翼竜たちが騒ぎ出した。

「シンカク立って。逃げる」

 彼女は簡潔に言う。

 シンカク……って僕か?

 縛られたままの両手でも、指くらいは動く。足に巻き付いたロープの残りを急いで解き、僕は立ち上がった。

「う、ういっす。了解っす……」

 自分が女性になっていることを忘れて男言葉で喋るが、彼女は特に気にした様子はなかった。こくん、と頷くのが見えた。

「……ヨーヨー!」

 彼女が何かを叫ぶと、背後の草藪からガサガサっと音がして、狼が首を出した。十数メートルの距離を音もなく駆けてきて、怯える僕を飛び越え、彼女の横に立つ。牙を剥き、小男たちを威嚇するように低い唸り声を発する。灰色の狼だ。

 ――デカい。

 実物の狼に遭ったことははないけれど、きっと、ありえないくらいの大きさなのだろう。だって人間よりも大きい。隣に立つ彼女と狼の頭が同じくらいの高さだ。頭からしっぽの先までは――軽自動車くらいはあるんじゃないだろうか。

 翼竜たちの騒ぐ声が一段と大きくなった気がする。

「ヨーヨー、行く」

 彼女は小男たちを牽制しながら、狼の背にぱっと飛び乗る。

「シンカク、早く!」

 急かす声は僕に向けて。

「え?」

 戸惑いながらも、どうやら狼に乗れという指示だと思い至り、僕は駆け寄る。狼の背中に乗ることに抵抗はあったものの、今はそれどころじゃない。

「よっと――あ、あれ」

 毛並みの整った背中に上手く登れない。それはそうだ。まだ両手は縛られたままだ。

「あの、これ――」

 切ってくれ、と言うより早く、彼女はこちらを一瞥もせずに細い剣――レイピアというのだろうか、刀身が薄くて細い両刃の剣――を彼女は片手で振るい、僕の手首を締め付けていたロープを両断する。それはそれで随分と肝が冷えたが、反応する暇もなく「早く」という彼女の催促に、わたわたと従う。僕は獣の毛とその下にある皮を掴んで、よじ登り、跨る。

「グガボダ! ズドバルビド!」

 長老が、これまでで一番濁点の多い――表情からするとスラングなのかもしれない言葉を口にすると、翼竜が二匹、急降下しながら襲って来た。

「掴まってて」

「う、うい?」

 僕は反射的に彼女の細い腰へと腕を回す。駱駝色の皮革だけで守られたその胴回り。

 やはり女性だろう――と僕は思う。彼女にしがみつくこの体勢ちょっと情けないけれど、今は肉体的には女性と女性。ならば、そこまでおかしな画にはなっていないはずだ。

 狼は反転すると、四本の足と背中のバネを存分に使い、僕らを乗せたまま風のように森へと駆ける。すぐ背後にまで翼竜の牙が迫る。唸り声が背中を撫でる。狼は翼竜の気配を察知したのか、横にステップを入れてかわした。

 その急な挙動に僕は振り落とされそうになるが、狼は構わず速度を増し、そのまま森へと飛び込む。

 がさがさがさっ――と、木の枝や葉が僕らを叩く。前に乗る彼女はその煽りをモロに受けているはずだが――少女は剣を握る右手で顔を守り、左手で狼の背を掴んだまま、真っ直ぐに正面を向いている。

 背後で翼竜が木に突っ込み激しい音を立てるが、それ以上深くは追ってこれないようだ。

 狼は僕らを背に、なおも駆けていく。

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