03 彼の場合
「あー、並んだ甲斐あったね、塔也くん!」
リンちゃんは弾んだ声で言う。
「そうだね、興奮するね、やっぱ」
アトラクションがよほど楽しかったのか、塔也は気持ちよさそうに伸びて、
「あ、リンちゃん、のど乾かない?」
と訊ねた。
「そうだね。何か買いに行こうか。姫花も飲むでしょ?」
「うん。近くに売ってるかな。……鈴は炭酸ダメだったよね」
「だって飲みづらいじゃん。なんでそんなに攻撃的なのよぉ! ってなる」
「ふふ、鈴は一気に飲み過ぎるのよ」
雪代さんの表情もだいぶ和らいできたし、ジェットコースターの上では、どうやらはしゃいでいたみたいだ。
みたいだ――と曖昧なのは、塔也と僕、リンちゃんと雪代さんがペアで座ったので、僕からは後ろの様子が分からなかったからだ。デートのサポートのはずが、本当、役立たずな僕だった。
でもだからこそ、ここは挽回のチャンスだと思った。
雪代さんに対してだけではなく、塔也たちに対しても。
「いいよ、僕が買ってくるよ、みんなの分」
と提案してみたが、僕が口を開くと雪代さんはまた少し警戒したかのような色を見せる。
危険人物だとでも思われているのだろうか。
まあ無理もない。
「そんじゃ男二人で行こうぜ」
塔也は爽やかに申し出てくれるが、僕はやんわりと断る。
「いいって。どっかで適当に休んでろよ。リクエストさえもらえれば一人で行ってくるからさ」
「悪いな」と塔也。「本当にいいの?」とリンちゃん。雪代さんからは特にコメントはなく、「アイスティーで」という一言だけだった。
一向に距離が縮まる気配がない。心が折れそうだった。
――ああ、このまま帰っちゃ駄目かなぁ。
天気のいい初夏の日曜日、楽しいことはもっと他にもあると思うんだ。
三人を残し、僕は肩を落として園内をとぼとぼ歩く。
売店へと向かっていると、通路の途中に真っ赤なワゴンがあって、看板を見ればどうやらドリンクも売っているらしかった。行列もないので(というか客がいない)、ここで飲み物を調達することにした。
魔法使いのローブに身を包んだ若い女性のキャストさんが、ばっちりな笑顔で迎えてくれた。あのローブ暑そうだけど……そんなことは微塵も感じさせない。それに何だか異様に似合っている。
そして彼女は、オススメのメニューまで僕に教えてくれた。
「これいかがですか? 新発売の『魔女の瞳』!」
見本の写真を見ると、ベリー系だろうか――濃い赤色のジュース。
しかしなぁ、未知の飲み物に挑戦ってのもなぁ――
なんて僕が迷っていると、
「試飲してみます?」
と勧めてきた。
「試飲? とか出来るんですか」
「ええ、どうぞどうぞ」
へぇ、最近は夢の国でも試飲なんてあるんだな――なんて感心しながら、差し出された小さな紙コップを、ぐいと一気に飲み干す。
「うまっ! 甘さと酸っぱさの絶妙なバランス、爽やかかつ芳醇な香り! まるで魔法。いや、これぞ魔法! イッツァ・マージック!」
なんだこの感想。店員さんも苦笑いだし。
ただ、実際とても美味しかった。みんなにもぜひ飲んでもらいたくなるけれど……余計なことはするもんじゃない、というのを今朝、僕は文字通り痛感している。胃の痛みで、今も実感している。
だから僕と塔也の分だけ新作のジュースに変更して、あとはアップルジュースとアイスティーを購入した。塔也は飲み物を変えられたくらいでヘソを曲げたりはしない。僕のオススメを喜んで飲んでくれるだろう。あいつ好みの味だったし。
それにこうすれば。
もしも新製品が好評なら、塔也の分をリンちゃんに分けてあげられるだろうし、リンちゃん経由でなら雪代さんも飲めるだろうと――そういう計算だ。
そうだよ、僕はそのくらいの計算は出来るんだ。なのに……いや、もうやめよう。過ぎたことは過ぎたことだ。だってほら、せっかくのダブルデートなのだし。
塔也もリンちゃんも優しいし。二人が楽しそうにしているのは僕も嬉しいんだ。
それに雪代さんは二年ぶりでも相変わらず綺麗だし。
周りは笑顔であふれている。
アトラクションは楽しいし。
ジュースは美味しい。
空は晴れてるし。
視界は真っ赤。
地面はぐにゃぐにゃ揺れていて、
心臓はバクバクする。
「――え、あれ」
そのとき、僕の視界が九十度傾いた。