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ナルカミ様が呼んだから ――僕、異世界で女神見習い始めました――  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
第4章 黒泥を割く稲妻

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08 駆ける雷光

 私の目の前で、ナルの体が幾つもの光のカケラになった。

 その光は私の体を貫き、ナルと私はひとつになって溶け合った。

 たくさん話した。たくさん笑った。それは一瞬のようであり、長かったようにも感じる。

 ――どちらでもいい。

 私は、私が大切にしている人の、そのまた大切にしている人を守りたいと思った。


 友達の友達は友達――らしい。 

 そして友達は、友達を助けるものだ。

 じゃあ、あの人は敵だ。

 戦おう、ナルと一緒に。ヨーヨーと一緒に。


 ナルの光を宿して、私の体が組み変わる。髪は青く輝き、地に付くほどに長く伸びる。全身から、新芽が芽吹くような生命力を感じる。手や足がじんと温かくなる。まるでナルの体温が乗り移ったみたいに心強い。

 手にした剣も変貌する。細く長いレイピアは、より力強く、分厚く生まれ変わる。

『私は――』

 私は、成る。


『ふふ、あなたも……いや、貴様もシンカクを取り込んだか! ははは! ようこそ同類!』

 あの男は癇に障る笑い声を上げる。

 そういえば、あの笑いを黙らせろと言われたんだった。


 ――やらなきゃ。


 私は白刃を両手で握り、ゼパルに向けて構える。

 ぐん――と、周りの景色が圧縮されて――私は、一足で黒い悪魔の眼前まで間合いを詰めた。反射も反応も、そんなかったるいことはさせない。突進の勢いのまま、ゼパルの胸に、剣を突き刺す。深く、鋭く。

 消えろ。お前は邪魔だ。

『ぬ……おおお!』

 ゼパルは私の剣から逃れるように後ろへ飛ぶ。

 私の嫌いな、そしてナルの嫌いな笑い声は途切れた。

 しかし、悪魔になったあの男にとって、それは致命傷に至らなかったようだ。

『ヨーヨー、来て!』

 私の隣にヨーヨーが駆け寄る。その背中へと飛び乗り、悪魔を追撃する。

 しかしゼパルは漆黒のローブを翼に変え、空へと逃げる。宙に大きなコウモリのようなシルエットが浮かんでいた。

 ――逃がさない。

 ヨーヨーは地を蹴って宙へと浮かぶ。足場は私が作る。光で出来た石畳をヨーヨーは駆ける。私を乗せて、八艘飛びに。風を追い抜き、なおも速く。

 駆ける。駆ける。駆ける。

 ゼパルは言う。

『ははは、その力も私の物にしよう! 神には、私がなるのだ!』

『――無理!』

 天を舞うかのような疾走。

 私は、すれ違いざま、悪魔の腕を横薙ぎに払う。彼の右腕が弾けるように飛んだ。

『ははは、その程度!』

 私が振り返ると、ゼパルは、残った左手をこちらに向けて振り下ろす。周囲に強い重力が生まれ、私とヨーヨーは耐え切れず、地に落ちる。振り仰ぐと、ゼパルが魔法――禁呪と呼ばれる類の――強大な魔法を唱えていた。

『〈まつろえ我が意は真理なり〉!』

 不気味な調べが響く。感じたことのない『重さ』が私の身にのしかかる。『ただの私』であれば、内臓という内臓が潰れてしまうであろう、恐ろしい重さ。肉がたわんで骨が軋む。息が出来ない。血液が回らない。


 ――だから何だ。


 全然痛くはないじゃないか。目の前でナルが崩れ落ちた時より、ちっとも痛くない。

 私は重力に逆らって体を起こす。

『ぐ、あああ! こんなもの!』

『ほう、まだ抵抗しますか? ふふ、苦悶の表情もまたよい。地を這う様は滑稽だ。では次は……虫のように足掻いてもらいましょうか!』

 そう言ってゼパルはまたも魔法を唱える。

『〈其は我が贄、蒔き散らせ純血を〉!』

 私の左右に、円形のゲートが開かれる。それは四つ。ゲートから鎖が飛び出てきて、私の手と足に巻きつき、四方へと引っ張る。ドラゴンを拘束するために造られたような、屈強な鎖。私から四肢をもぎ取ろうと、凶悪な力で引く。

 私の漏らす喘ぎ声を、ゼパルは満足そうに聞いている。薄ら笑っている。私の手から青い剣が地面に落ちる。

 動けない。


 けれども私は――『僕』は知っている。手足は使えなくても、口は開けるんだぜ?


 なら今度は僕の番だ。

『聞こえるか! 雪代さん! そんなとこにいちゃ駄目だ。抗え! そんな悪魔に負けるんじゃねぇ!』

 僕の叫び声に、ゼパルは意外そうな顔をしたが、

『ふっ、ははははは。何を言い出すかと思えば。あの小娘の自由意志など、もう何処にもありません――』

『うるせえよ! お前には話してねぇんだ――雪代さん! 君は何がしたかった? 今何をしたい? 塔也と会いたいか? 僕を殺したいのか? それとも――』

 彼女の本当に大事なものは何なのか。僕には分からないけれど、聞いてあげることくらいは出来るんだ。僕は叫ぶ。魂でもって、魂に向かって叫ぶ。

『――それともリンちゃんに謝りたいのか? 間違っても今みたいな、「そんなこと」じゃないだろう?』

 悪魔にいいように操られるなんて、望んでいるはずがない。

『そして知ってるだろ。四人で遊んだあの日、塔也もリンちゃんも、僕を一人にはしなかったんだぜ? 自分たちのデート以上に、僕のことを気にかけてくれたんだ。だから僕も同じことをする。君を一人にはしない。やり直せるなら僕も手伝う。取り返しがつかないなら一緒に背負う。だからもう――もうそんなところで一人でいる必要はないんだよ!』

 僕の声は届いたのか――ゼパルの目に一瞬の焦燥が浮かんだ。

 が。

『……はは、素晴らしい、素晴らしいですよ? お美しいシンカク! お友達思いなあなたの言葉は、我が主にも届いたらしい。御覧なさい、「ほんの少しだけ」私の動きが鈍りましたよ? ……そうですね、あなたを殺すのに二秒は掛かってしまいそうだ。これは参りました! あははははははは』

 悪臭すら漂ってきそうな大口から響く、下劣な笑い声。

『……そっか、良かった。なあアンタ知ってるか? 一人ってのは寂しいもんなんだぜ。それを僕は知ってる。いや……』

 知っているのは僕じゃあない。そう――

『「私」は知っている。でも今は一人じゃない。ナルがいる。ヨーヨーがいる。そして、ナルの友達も戦っている』

 私はもう独りじゃない。

 進んで独りになろうとする悪魔には、負けるはずもない。

『私は青だ! どこにでもいる誰かじゃない。青――〈ナルカミの青〉だ!』

 私は叫ぶ。

『あ、あああああああああああ――!』

 全身に力を込めて、空に向かって、私は吠える。私の遠吠えは地面を割って、大気を引き裂く。

 ビシッ――!

 という音を立てて、手足に絡みつく毒蛇のような赤い鎖はひび割れ、砕け散る。

『な、馬鹿な、貴様ごときに私の魔法が!? シンカクの力を上乗せした禁呪だぞ、そんな――』

 私はなおも吠える。

『う――おおおおおおおオオオオオォ!』

 大気を伝う亀裂が、ゼパルをも飲み込む。青い稲妻のような亀裂から、ゼパルは逃れようと身を捩るが、もう遅い。ゼパルの翼が千切れて舞う。きり揉みながら悪魔は落ちる。

 私は青い剣を手に取り、落ちてくる悪魔に刺突の照準を合わせる。

『な……馬鹿な……! 魔法ですらないというのか……ふざけている! なぜ私を貴様ごときが上回る……なぜ、なぜだ!』

『分からない。お前には絶対に――分からない!!』

 次の瞬間、私は電光になる。駆け抜けて焼き尽くす刹那の稲妻。地を蹴り、空へと昇る青い雷。

 世界が私より遅くなる。

 私は――世界を追い越す!

『やめろ――』

 そんなゼパルの声が聞こえた気がした。けれども私はその声ごと切り裂いた。

 直後、空を覆う暗雲は霧散して、黒い泥は地の底へと還っていった。ゼパルと、ナルの友達――雪代さんの体だけを残して。


 頬を撫でる優しい風。

 見知らぬ土地のその風が、私に戦いの終わりを教えてくれた。

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