07 白い壁
ガラス越しに白い壁が見える。
僕は「私は」ここで生まれた。
あと少しで僕の「私の」寿命は終わる。
生きてきたことに意味はあったのだと思う。僕には「私には」推し量れないけれど、重要な実験のごく一部として。あるいはデータの羅列の、ほんの一部として。
僕は「私は」確かに存在した。
そして僕を「私を」を礎にして、新しい何かが生まれるのだろう。それは喜ばしいことだ。他のたくさんの僕も「私も」きっと同じように思っているのだろう。そう造られたのだから。
僕に「私に」名前はない。
なぜなら必要がないから。
被験体として他と区別ができればいい。それぞれに名前を付けるなんて非効率なことに労力を傾けるくらいなら、データを一行でも増やすことに腐心すべきなのだから。
僕を「私を」僕「私」たらしめているのはただ一つ。
僕が「私が」僕だ「私だ」と、自覚していることだ。
だから……そうか。
だから君は、君の人生が欲しかったんだね?
「そう。私は私。私という人間になりたかった」誰かが答えた。
君は一人が寂しいと言った。あのガラスの中は寂しかったかい?
「あそこには私しかいなかったから。何を叫んでも誰も応えてくれなかったから」
だから、君を君と認めてくれる誰かに会いたかった。
「そう。だから友達が欲しかった」
外に出てどうだった?
「楽しかった。キラキラしてた」
生きていくのはどうだい?
「たまに面倒。でも楽しい」
名前があるってどんな気分?
「嬉しい。初めて知った。私が私である証拠。ナルが認めてくれた私という人間の証」
誰かは僕に訊いた。「ナルはどう? 楽しい?」
楽しいね。辛いことも多いけど。みんながいてくれるから、楽しいよ。
「友達が泣いているのは悲しい?」
悲しいね。何よりも辛いかもしれない。泣いて欲しくない。
「助けたい?」
助けたい。
「出来るかな」
出来るさ。僕と青なら楽勝だろ。
「そう。出来るね」
ああ。
「行こう」
ああ、行こう。
――塔也が待っている。
――リンちゃんが待っている。
――そして雪代さんが待っている。
友達を待たせちゃ、悪い。
「じゃあ早く行かなくちゃ」
そうだな。
そうだ。
だから僕は――『私は立ち上がるんだ』




