05 それは悪魔
ゼパルの魔法が、僕をぎりぎりと締め付ける。
「ゼパル……さん、あなたは、全部知って……」
首を締め付けられる苦しみに耐えながら、彼の薄ら笑いに向けて問う。
「ええ。ただ、あの時のシンカクが私の主人と同じ世界の住人とは驚きました。しかも顔見知り……いやはや、世間は、いや。世界は狭いものですね。ふふ、アドバイスなどするのではなかった」
口ではそう言っているが、ゼパルの口調はどこか楽しげだった。可笑しくて仕方がない……そんな風に聞こえる。
彼の端正な顔は今、醜く歪んでいた。
「ネクロア様。お下がりください。この狼藉者は私が処分いたしましょう。秘密を知られた以上、生かしておいて利はありません」
ゼパルは雪代さんの前に歩み出る。
「だ、駄目……殺すなんてそんな……私がもう一度成馬くんの記憶を書き換えれば……」
「無理ですよ」
冷めた声でゼパルは言う。
「今のあなたが記憶を改竄出来るのは一人まで。そのように『なっている』のですよ。その一人も記憶の齟齬に苦しむことになるでしょうが……。まあ、あなたにとっては些事です」
「じゃあ鈴は、鈴の記憶は……」
「あの憐れな少女ですか。ええ、元のままでしょう。きっと何一つ変わることなく。恋人を友人に奪われ、恋人の記憶は書き換えられ、もちろん原因すら分からず」
ゼパルは口の端を歪める。
「知らずにいるのは不幸中の幸いでしょうかね? あの善良な少女は、あなたのせいだと知ったら――果たしてどうなってしまうことやら」
雪代さんは支えを失ったかのように、その場に座り込む。
「そんな…………そんなの……鈴、そんな……」
これじゃまるでゼパルが雪代さんを、従者がシンカクを追い詰めてるみたいじゃないか。何のために。もしかしてこの状況は、ゼパルが描いたものなのか?
「ふふ、ネクロア様、あなたが望んだのはあの少年を手に入れることでしょう? それならばもう充分、その他の人間など、どうなっても構わないでしょうに……」
「いや……違う……私は…………」
「もう……やめろ……!」
やっとの思いで声を絞り出した僕に、ゼパルは蔑むような視線を投げかけてくる。
「死に急ぎますか? 〈魅了〉のシンカク……あなたを裏切ったこの娘のために? 随分と物好きですね」
ゼパルは鼻を鳴らす。
「彼女にはただ、裏切りの代償を払わせているだけなのですよ。それが人の道というものでしょう? あなたがすべき報復を、代わりにして差し上げていると言ってもいい」
「ふ、ざけんな……んなこと頼んでねぇよ……!」
「はは、汚い声だ。あちらではあんなにも美しかったというのに。――聞くに耐えない」
僕を指さして唱える。
「〈囲いて結ぶ赤の条理〉――」
足元から無数の赤い帯が這い上がってくる。
「う……ぐ、が」
僕の身体中を締め付ける。ミシミシ――と骨が鳴る。
「やめて――成馬くんを……」
「あなたに友人を想う資格などない」
ゼパルはなおも冷酷に言い放つ。
「〈改竄〉の能力を己がために使い、人心を惑わせ、自ら信頼を踏みにじったあなたにはね」
「……いや、いや……」
「あなたは実によく動いてくれました。私の言うとおりにね」
魔術師は、雪代さんの髪を掴むと無理矢理に顔を上げさせる。
「醜い横恋慕! 心の脆い部分をさらけ出し、私に縋ってくれました。友人の記憶を蹂躙し、利己のためだけに動いた。素晴らしい! 実に素晴らしいシンカクです。さあ、もう充分でしょう? その力を放棄し、私に譲渡なさい! 小娘にはあまるその力を!」
ゼパルは雪代さんの頭を小突くと、
「――きゃ」
という小さい悲鳴が漏れた。
「あなたはただ『力』であればいい。そう。使うのは私だ。そして現存する魔術師の頂点に、私は立つ」
ゼパルは僕に向き直り、
「……ああ、そうだ。念のため」
まるでタクトのように右手を軽やかに振ると、赤い帯が僕の頭部にも巻きつき、両目を塞ぐ。
「ふふ、使いこなせていないとはいえ、〈魅了〉は防いでおかないといけませんね。はは、私としたことが。まあ今のあなたの魔力ではその魔眼は発動しないでしょう。とはいえ、秘めた魔力はやはりシンカク……ふふ、どうやって絞り尽くして差し上げましょうかねえ……?」
ゼパルが笑うと、僕を締め付ける力が更に強くなる。
「が……あ、あ……!」
彼の哄笑に合わせて、締め付ける力が強まる。
――こいつを許しちゃ駄目だ。
こいつは僕の大事なものを壊した。そして今また壊そうとしている。
助けなきゃ、雪代さんを。助けて――
僕の意識が遠のく……。




