04 彼女の場合
「何を言っているの……? 何それ……」
「あの日、遊園地で僕は異世界へと飛んだ。君もそれに巻き込まれたんじゃないのか。……いや、そもそも君にも素質があったのかもしれない」
「だから……あなたは何が言いたいの?」
「君も渡ったんだ、〈神柱の世界〉へ。シンカクになって、体は男になった。そして魔法を超える力を手に入れた。――他人の記憶を操る、悪魔めいた力を」
「ふざけないで。そんな変な話をするために私を呼び出したの? 嘘をついてまで」
「嘘じゃないさ。塔也の話だ。塔也とリンちゃんと――そして君の話だ」
どうして塔也たちがおかしくなってしまったのか。
どうして彼らの記憶がすり替わってしまったのか。
初めに僕が思いついたのは、異世界の出来事が災いした事故――という可能性だ。
しかし、それは猿江さんの言うところの『僕が思いつく範囲での最悪』ではない。まったく、想像するだけで嫌になるけれど、最悪な気分になるけれど、誰かの……友達による仕業ではないか、と思ったのだ。
だから、これを企てた犯人がいる――と仮定して僕は考えてみた。
『誰が得をするか』、そして『誰なら出来るか』。
得をする人間がいるとしたら、二人。
塔也と、雪代さん。
まず、塔也がリンちゃんと別れたいと思っていた場合だ。直接別れを切り出せず、何らかの方法で記憶をすり替えたという可能性。しかし結果的に、現状は穏やかだとは言えない。リンちゃんは混乱しているし、塔也はその余波を受けている。穏便に済ませたいとするなら、こんな状況を自ら作るだろうか。
もう一つは、逆のパターン。雪代さんが塔也と恋人同士になりたいと願っていた場合。真っ当な方法では塔也を振り向かせることは出来ないと思えば、強硬手段に出ることもありえるかもしれない。
次に、『誰なら出来るか』。
中央魔塔で所長は、『記憶を書き換える』ことのできるシンカクもいる、と言っていた。あちらの世界が関わっているのなら、シンカク絡みである可能性は高いと考えてもいいだろう。
僕がシンカクに成ったように、塔也、または雪代さんも同じく神様の見習いに成ったのだろうか。
僕は猿江さんから受け取ったジュースで魔力を増幅され、世界を渡った。では、二人の内、どちらかがあのジュースを飲んだのではないか? 僕が倒れた後に何があったのか。
――もしかしたら人工呼吸。
口移しで彼女にも影響を及ぼしたのではないだろうか。そして、雪代さんもあちらの世界へと渡りシンカクになった。僕が〈魅了〉を習得したように、彼女も何らかの力を手に入れた。また、ごく最近、異世界から現れたシンカクがいるという話も聞いた。貴族の跡取りとして奮闘しているという、ネクロアという名のシンカクだ。
――これは、綱渡りのような不安定な推論だ。しかも、友達を疑うのだ。僕は嫌なやつなのかもしれない。……しかし、間違っているならそれでもいい。塔也とリンちゃんを元の関係に戻せる可能性があるのなら、僕は最悪でいい。
僕は、雪代さんに問う。
「君はシンカクとしての力を使って、塔也の記憶を書き換えたんだ。中学の頃から雪代さんと付き合っていた――という記憶に。君は塔也のことが好きだった。違うかい?」
雪代さんは、僕の言葉を拒絶するかのように、頭を振って後ずさる。
僕は構わず続ける。
「だから君と塔也だけ記憶が――認識が揃っているんだ。でも周りはそうじゃない。だから塔也はその『不調和』に直面すると取り乱してしまう……。そしてリンちゃんは、急に変わってしまった塔也に苦しんでいる」
「え?」
雪代さんは、驚いたように言う。
「ま、待って……本当に何を言ってるの? 違う、そうじゃない……」
「僕の記憶も操作しようとした。だけど僕がシンカクだから効果はなかった……のかもしれない。でも、何でリンちゃんの記憶は操作しなかったんだ? それが分からないんだ」
雪代さんは肩を震わせる。
「ど、どういうこと……? なんで? おかしい……」
「? 君がやったことじゃないのか。……違うんなら違うって言ってくれよ」
「そうじゃないの……でも違うの……だって…………!」
「その辺でご勘弁を――」
無人だったはずの公園によく通る声が響き渡った。刹那、雪代さんの背中から赤い蛇が這い出てきた。僕の首を目掛けて伸びてくる。
これは――蛇ではなく――
毒蛇のようなその赤い帯は、首を咄嗟にかばった僕の左手ごと縛り上げた。反応が遅ければ一気に首を締められていたかもしれない。それを防げたのはただの幸運だ。
幸運と、わずかな経験でだ。この魔法を、僕は見たことがある。
「縁というのは奇妙なものです。魂の色で分かりましたよ。……お美しいシンカク」
いつの間に雪代さんの背後にいたのか、黒いローブを纏った魔術師――
ゼパルは口元を歪めた。




