06 二人の時間
意外と――と言ったら失礼になるかもしれないが、青の部屋はシンプルながらも生活感と清潔感がある、落ち着いた部屋だった。
部屋のドアを開けるといきなりキッチンがあって、取りあえずパンの耳が入った袋をそこに置いた。右手にはお風呂とトイレ。左手にはリビングダイニング、その奥にベッドルームがあるらしい。青曰く、
「狭くて安い部屋」
だそうだが、僕は一人暮らしの経験がないなりに、充分な広さのように思えた。まあ僕の感覚はともかく、あの中央魔塔と比べれば狭い、ということもあるのかもしれない。
リビングには観葉植物が置いてあったり、出窓には出窓には犬や猫の置物が飾られていたりと、塔の中の、ある種外界から隔絶された雰囲気とは明らかに別物だ。同じ白壁でも、この部屋からは何となく暖かみを感じる。石かレンガの塗り壁のようで、プラスチックのような触感ではない。
「人間になりたい」と言った彼女の、これは努力の跡なのかもしれない――そんな勝手な想像をしながら部屋中を眺めていると、
「ナル、座ってて。うっとうしい」
と青に注意された。
「うっとうしいって……段々僕に辛辣になってきてないか。いいんだけどさ。親しき仲にも礼儀ありって言うんだぜ、僕らの世界じゃ」
「じゃあ、ナルもジロジロ見ない」
「あ……それは、うん。ごめん」
女の子の部屋を隅々まで見学しようなんてのは、礼儀を欠いているんだろう。
普通に叱られちゃったよ。
でもこれは、初めての女子部屋に興奮している僕に免じて許して欲しい。甘い匂い……はしないものの、二人っきりで青の部屋にいるというこの状況に甘い、雰囲気を感じてしまう。
じゃあ、と言って僕は、リビングにあったダイニングチェアに腰を下ろし、窓からの景色に目をやる。石やレンガの壁をした三角屋根の建物、自動車の騒音などない閑静な住宅街だ。見慣れない景色なのに何だか落ち着く。
ソファやテレビといった類の家具はない。そもそもテレビなんてあるんだろうか。塔の中ならありそうなものだけど、こういう一般家庭にはどうなんだろうか。
そう思って訊ねると、
「テレビ? 映像……、そういうのはない」
らしい。
もちろんスマホなんてものもないし、漫画もない。寝室から戻って来た青に、興味本位で質問を重ねる。
「普段はどうやって過ごしてるんだ、青は」
「お仕事。バイト」
「ああ、メイドって言ってたな。偉い……っていうか当たり前なのか。一人暮らしなんだもんな」
「大変。だけど楽しい」
勤労少女だ……。小遣い生活の僕は頭が上がりそうにない。
「ナル、私ご飯作る。待ってて」
「ん、おう。何か手伝おうか?」
なんて。料理は出来ないけど一応申し出てみる。
「いらない。邪魔」
「……だからさ、もう少しソフトな言い方を……」
「援護不要。待機要請」
「ソフトじゃねえし。むしろ堅苦しいよ? 簡潔だけどもさ」
しかも漢字ばかり、である。更に青は、殊更平坦な口調で、
「折角のお申し出を断らねばならないこと、誠に残念でございます。我々としましても、キッチンのスペースをより確保できるよう善処して参る所存です。また今後、同様の案件があった場合には前向きに検討させて頂きます」
「ソフトっつーか玉虫色だね。政治家か? 役人か? 絶対改善されないし、前向きに検討されないやつだよな」
とかなんとか言い合いながら、キッチンに消えていく青の背中を見送った。
時間が出来たので、今置かれている状況をもう一度整理してみた。
所長から聞かされたシンカクとしての僕の役割――役割と言うべきかは分からないけれど――この世界での僕の立場は軽いものではないことは、何となく分かった。神の核となる存在。神を目指す候補生。悪魔のように魔法を超える力を持ち、異世界すら渡り歩く。町や国を滅ぼしかねない脅威。
悪魔のようでもあり、魔王にもなり得る――人外。
所長の言葉だけでは実感の持ちようはなかったけれど、あの中央魔塔の存在感や、青が見せた物理法則を超える力、そしてゼパルさんの使った魔法……そういった間接的なあれこれが、僕の周囲をパズルピースのように埋めていく感覚はある。
なすべきことは何なのか。従者を増やし神に取って代わること。
マジで僕が? というのが正直な反応だけれど。
青との時間は、新しい発見も多くて楽しいし、意外と常識人(常識コヨーテ)っぽいヨーヨーとだって、もっと話してみたい。この世界をもっと見てみたい気もする。
――やるべき事とやりたい事はこちらにもある。
けれど、やはり僕の中での最優先事項は塔也とリンちゃんの事だ。
猿江さんが、そしてゼパルさんが言っていたように、『欠けているもの、不十分なもの』を探し当て、『引き金』を自在に扱えるようになれば、異世界渡航がスムーズに出来るかもしれない。それを見つけるのが先決か?
「結局、何にも分かってないんだよなあ……」
と、ひとりこぼす。
そういえば、異世界渡航において、時間や場所はランダムなのだろうか。もし自らの意思で選べるのであれば、最善の選択はダブルデートのあの日だろう。何かが起こったのはあの日以降のはずだ。
しかし、過去に向かうことは出来るんだろうか。これまでの異世界渡航は、ズレこそあるものの、時間に順行する方向でワープしている。時間を遡ることは出来るのか……。
こればっかりは試してみないと分からないか。




