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ナルカミ様が呼んだから ――僕、異世界で女神見習い始めました――  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
第1章 青の邂逅

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09 ナルカミ

「…………ヨーヨー」

『何だ』

「教えてくれ、その契りの、やり方」

『言っておいて何だが……勧めんぞ』

 ヨーヨーは小さく首を振る。

 彼は彼で、命の天秤を、頭に描いているのかもしれない。

「それでも、お願いだ。僕は二度も命を助けられてんだ。このままになんて出来るかよ」

『自身が消えてもか』

「んなことは分かんねぇよ――」

 覚悟なんてない。自分が消えてしまうだなんて、現実感がなさ過ぎて分からない。イメージだって出来ない。

 けれど。

 彼女が目の前でいなくなる覚悟もまたない。中途半端な僕だ。いつもの、勢いだけの僕かもしれない。もっと不幸になるかもしれない。

 それでも――それでもだ。わずかだけど時間を共にした彼女を、助けたいという気持ちは嘘じゃない。彼女を失ってはいけないと、僕の中の何かが叫ぶ。

 失いたくはないと、そう思った。

「分からないけど――やるんだ」

『そうか。では血を……シンカクの血を飲ませよ。我が主に』

「血…………」

『そして呼べ、従者の名を』

 僕は血に濡れた右手を服で拭い――それでもまだ赤に染まった手のひらを見た。そして地面に落ちた彼女のレイピアを握る。柄の部分ではなく、刃の部分を握る。

 両刃が僕の手のひらへ、指へと食い込み、じぐりと強い痛みを与える。更に親指を刃に乗せ、力を込めて、白刃の上を滑らせる。その指を彼女の口元に持っていき、

「ほら、飲めよ、口開けて……」

 しかし彼女は反応しない。青い瞳は、まぶたに隠れて半分も見えない。

「なあ、飲めって! お前、従者ってのになるんだろ?」

 その声はもう嗚咽に近い。

「……名前つけるって、約束したろ?」

 彼女は応えない。その小さな左手が、ぽとりと地面に落ちる。

「…………なあ……」

 無表情で頷いて――

 くれない。

 僕は右手を一旦彼女から離して、自分の口元へと持っていき、舐める。血を啜って口に含む。そして彼女の顔へと口を近づけ、くちづけをする。舌で唇をこじ開け、どろどろした僕の血を送り込む。彼女の口へ、喉へと、無理矢理に押し流す。

 長い長いディープキス。

 初めてのキスは血の味がした。彼女の。そして僕の。

「――――っはあ」

 僕が口を離しても、彼女に変化は見られない。真っ白な肌には、どちらのものともつかない血がこびりついている。

「なあ、おい……目を、目を開けろよ!」

 僕は叫ぶ。

 名前……そうだ名前だ。名を呼ぶんだ。彼女の名を――

「なあ『あお』! 目を開けろ……お前は僕の従者だ。言うことを――聞けよ……」

 間に合わなかった。こぼれ落ちた命は戻らない。

 いやだ。

 ……そんなことは信じない。信じてやらない。

「――――――っ?」

 彼女の、青の体が柔らかな光に包まれる。初めはぼんやりとした明かりだったが、やがて眩いまでの光を放って、そして消えた。光が収まると、胸の穴は塞がっていた。

 ややあって変化。

 白から青へ。

 彼女の白い髪が、根本から順に青色に染まっていく。塗り替わっていく。

 毛先まで色が変わると、青は急にパチっと目を開け、むくりと上半身を起こした。あまりに機敏な動作だったので、僕は驚いて身を引いてしまった。

「――――?」

 青は目をパチクリとさせる。

 僕とヨーヨーの視線に気づくと、不思議そうに首を傾ける。

「シンカク? ヨーヨー?」

「――青、も、もう大丈夫なのか?」

 青は自分の胸元を見て、

「そう。大丈夫――みたい」

 穴の塞がったあたりを手でさすっていたが、

「シンカク……『青』って?」

「あ、ああ。僕が考えた君の名前……なんだけど。いやほら、僕、ネーミングセンスないからさ――気に入らなかったら別のにするよ」

「いや、いい。気に入った。……青」

 青――と、彼女は何度も口ずさむ。

「これで私も……人間?」

「そうだな……って、よく分かんないけど。まあでも、神様(僕)が言うんだから間違いないよ。青、君は人間だ」

「そう。嬉しい」

 言って、青は微笑む。

 造りものではない笑顔を見せる。

 人造人間ホムンクルスから人間に、彼女は成った。

 ――神様(僕)が言うんだから間違いない。

 人造人間ホムンクルス神造人間ゴッドチャイルドに――だ。

 神が造った人間だ。僕が名づけた人間だ。

「ありがとう。シンカク」

 何かに気づいたように青は、

「シンカクの名前は?」

 と訊いてきた。

「僕か? 言ってなかったっけ。僕は成馬。榧本成馬だよ」

 ――せいぴーと呼んでくれ、とは言わなかった。

「セイマ……」

『それは神としての名か?』

 ヨーヨーが訊ねる。

「神としての?」

『シンカクはもはや人間ではない。神の核だ。神として、神の名を名乗るべき存在だ』

「…………神として」

 そう言われても実感がない。僕にあるのは、知らない世界にやってきて、裏返ったように女になっていて。しかもシンカクだの神様だのになっていて――

 そんな感覚だけだ。いや、感覚というほど確かなものでさえない。

 神様になった成馬ぼく。将棋の駒が敵陣深くで裏返って『成る』ように。僕であって僕じゃない僕を、どう呼ぶか……

 でも――まあ、それなら。

「じゃあ『ナル』って呼んでくれ。神様に成った僕のことを。そうだな――神様だから『ナルカミ』って感じかな。……えっと、どうかな?」

 言いながら自信がなくなってきて、二人の顔色を窺う。

「ナルカミ……ナル。いいと思う」

 青が頷く。

『シンカクが――いやナルが決めたのならば、それでいい』

 ヨーヨーも肯定する。

「そっか。じゃあとにかく……改めてよろしくな」

 僕は僕の従者と、その使い魔に向けて笑った。女神のような顔をして笑った。


 こうして僕は神様に成った。

 そして僕の異世界での生活が始まった。


 ――始まるはず、だった。 

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