農家跡取りの夏休み
農家ってホントに出会いは少ないんですよね。
職場恋愛とかないですし。
でも希望はあるんです。
「美和が将来ウチを継いでくれるから安泰やわぁ」
まだ18の少女にそんな夢の無いことを言わないでくれ、と私は叫びたかった。
農家というのはまず出会いの場が少ない。なぜなら家でやるから。そして高年齢層だから。
私の家は養牛農家、和牛とかじゃない、乳牛の方。
毎朝5時半に牛舎に行って牛を搾乳室に追い込んで搾乳開始。そしてその間に濃厚飼料を頭数の分だけ与えていく。そして搾乳が終わると、糞だし、それが終わると昼休憩、そして午後6時からまた搾乳開始。それが私の夏休みのスケジュール。
とても一般的な女子高生の送る夏休みじゃないのはわかってる。だけど仕方ない。家業で人手も足りない。きっと家族はこう思ってる。「美和が男だったらよかったのに」って。
農家は跡取り事情が厳しい。なぜならそれが経営と直結するから。男だったら嫁さんを貰って子供産んでみんなでできる。でも女だと嫁に行ってしまう。
私が嫁に行くとどうなる? そうそう、この牛達は売られてしまう。そしてウチは借金を抱えてつぶれる。それが現状なんだ。だから最初に戻るけど遠回しに母さんはこういう。
「美和が将来ウチを継いでくれるから安泰やわぁ」
「他の選択肢はないぜ」って言いたいんだ。「そんなことしたらどうなるかわかってるだろ」って。
そんなに言うなら何故もっと子供をつくらなかった!? まだまだ父さんいけるだろ! って言い返したいけどもう無理なのもわかってる。
二人とも既に50代、父さんも農家だから出会いがなくてやっぱり遅婚だった。
みんなスマホを片手にカラオケ行ったり遊園地いったりしてるけど私はもちろんいけないよ。
「ごめんね皆、牛舎から呪っておくよ」笑顔でそう言ってやりたいな。
でもね、いいこともあったんだ。
***
「美和ちゃん遊ばないのー?」
「うん、ごめんね、手伝いがあるから」
「えー美和ちゃんがいれば盛り上がるのにー! かわいいしー!」
「えへへ、ありがと。でも手伝いがあるから……」
「そっかー、頑張ってねー!」
女子は本当に面倒くさい。男子のみなさん知らないかもだけど、女子は本当めんどくさい。
終業式の後の教室で、男子数人、女子数人で遊園地や海に行く約束をして夏休みを迎えようとしてた。
「えー山村君いかないのー? いーじゃん手伝いなんかさー、毎日じゃないでしょー?」
おい、それ私に言わなかったよ!? なんてことはよくあることで山村君はカッコいいと言われる部類の男子だから女子はなんとしてでも誘いたいんだ。
「ごめん、俺も手伝いがあるからさ、毎日だし……」
「えー! いーじゃんいーじゃん! そんなの親に任しとけばいいじゃーん!」
ホラ、農業やってない人はこういうデリカシーのないことを言う。
私もこれを言われたら間違いなくキレる。保証できる。
「俺、絶対行かないから。親だけじゃどうにもならないから手伝うんだ」
「えーそうなのー、しょうがないなー」
山村君が怒鳴らない人で良かったね。私だったら胸倉つかんでたかも。
山村君が怒ってることにも気づかないでさ。
私は荷物をまとめて帰ることにした。
今日の夕方から早速搾乳の手伝いをしなきゃいけないからそれまでの間少しでも休みたい。
廊下を歩いていると後ろから誰か出てくる音がした。多分山村君。
「い、入江! えと、入江の家も農家なのか?」
「え、あ、うん……」
山村君に呼び止められて驚きのあまり足が止まってしまった。
でもここで話してるの見られるとまためんどくさいことに……。
「俺の家はいろんな野菜とか作ってるんだけど、入江の家は何をしてるんだ?」
「養牛だよ。乳牛のね」
「えと、ってことは本当に休みないんだな!」
「あ、うん……でも昼間とかは休憩してるよ」
「そっか……」
教室から他の奴らが出てきた。マズい。私は足を動かす。
山村君と話してるのは楽しいけど、面倒なことになるのは嫌だ。
「じゃ、帰るね!」
「待って!」
「ひえっ?」
山村君が私の腕をつかんだ。
あれ? なんでこんなことになってるんだろ。まるで――――
「一緒に帰らないか? 家も近いし」
「え、あ……うん……」
確かに家は近い。目と鼻の先と言ってもいいほどで小学校、中学校と一緒だったけど話したことはそんなになかった。
私はソフトボールしてたし、山村君は剣道だっけ。とりあえず関わりがなかった。
「じゃ、早く行こう」
私は手を引かれ、靴箱まで半ば走り気味だった。
夏の暑さの中に吹く風が私を包んだ。初めてだった。
そこからじりじりと照り付ける農道に出るまでどうなったかあまり覚えていない。
蝉の声と山村君の背中が私の頭をいっぱいにしていた。
「入江、入江ー?」
「え、な、なに?」
「大丈夫? 顔赤いけど熱中症じゃない?」
「大丈夫大丈夫!」
「よかった。 あ、あのさ」
「な、なに?」
なんで緊張してるんだろう。いつも近くにいたじゃない。話はしなかったけどさ。
「俺、手伝いに行こうか?」
「え?」
「俺が忙しいのは午前中と昼間だからさ、朝方と夕方は手伝いに行ける……から」
「い、いやいいよいいよ! 搾乳は覚えてないとできないし!」
「そっか、ごめんな……」
なんで謝ってるんだろう、この人は。
「なんで謝ってるの?」
「農業って大変だし、入江は女の子だしさ。入江は細いし、力仕事も多いと思って何かできればなって思ったんだけど何もできなくて……」
「女の子だと思ってくれてるんだね、ありがと。私男だと思って育てられてるからさ、腕っぷしもそこそこ自身あるよ! 跡取りだしさ、強く鍛えられてるよ」
「いや、女の子だと思ってって入江は結構人気あるぞ、昔から。俺だって――――」
ちょ、待って、変なこと言わないでよ!?
「俺だって――――跡取りだしさ。大変なのはお互い様だなって……」
あ、そういうこと……
勝手に思い上がって恥ずかしいな……
「そうだね、お互い頑張ろう」
「そうだな、じゃ、俺家こっちだから……」
そうして私と山村君はそれぞれの家へと向かった。
山村君が私の事心配してくれてたのはちょっと嬉しかった。
それなら農家も悪くないかな。どこにも行かないし、山村君もきっとどこにも行かない。
死ぬまでご近所さんなんだろうなぁ。
***
「美和! 父さんが倒れた!」
母さんからの連絡に私たち家族は焦る。
すぐに救急車を呼び、父さんは軽い熱中症とうことで、数日の間入院することになった。
私たち家族は父さんの無事に安心はするけど、これからのことをどうするか考えなくちゃいけなかった。
「父さんが入院している間、どうするの母さん?」
「搾乳なら私たちだけでもできるわ。 でも糞出しやサイレージ作りとなると人出が足りないわねぇ、どうしようかしら」
女二人では出来ないことがたくさんある。
それはいくら跡取りだって強がってもどうしようもないことだった。
私は自分の性別をこの時ばかりは憎んだ……んだけど――――
「入江! 聞いたぞ! 親父さん倒れたんだって?」
山村君がその日の夕方、搾乳の途中に家に駆けこんできた。息を切らし汗を流している。この様子だと走ってきたみたいだ。
この辺りは地域の結びつきが強い。救急車が来たとなればそれがどの家の誰かかすぐに広まる。父にお見舞いに来てくれる人もたくさんいた。
「俺にできることはあるか!? あるならさせてくれ!」
「山村……君」
まるで王子様だった。私と母がこれからどうしようか困っている時に駆けつけてくれる王子様、シャツ一枚に首からタオルをかけ汗だくなのは仕方ない、むしろ余計カッコいい。
「えと、じゃあ搾乳を……」
「やり方教えてくれないか?」
心臓がドキドキしてるのがわかる。
「えと……母さん! 山村君が手伝いに来てくれたー!」
「山村君? あの山村さんの息子さん!? まぁありがとう、美和よかったねぇ」
「お袋さん、搾乳教えてください。 もし必要なら明日も来ますんで!」
「まあ助かるわぁ! やっぱ男の子がいると違うわねぇ!」
はいはい、女で悪かったですよー。どうせ男に生まれてほしかったんでしょ。
私は山村君に搾乳を教えながらまた自分の性別が悔しかった。
搾乳に力は関係ないが、その他の動きが違う。
牛を追い込むのにも、片付けするのも速さが違う。
今まで父さんがこなしていた仕事を山村君が肩代わりしてくれた。
「もう美和の旦那さんになってほしいくらいねぇ」
「ちょっとお母さん! 山村君は跡取りなんだから!」
「はははは」
「あら、そうなの、残念ねぇ」
それから山村君は父さんが退院するまでの三日間、父さんがやっていた力仕事を全てやってくれた。
私だけでなく、我が家にとってのヒーローだった。
「ありがとうねぇ山村君、これ、よかったら持って帰って」
「あ、ありがとうございます」
母さんがちょっと高級なお菓子の詰め合わせを渡す。
そして渡し終わると何の空気を呼んだのかささっと姿を消した。
「えと、山村君……?」
「えー……なに?」
沈黙の数秒。
「ありがとね」
「う、うん」
沈黙の数秒。
「あと……カッコいいよ、すごく」
「あ、ありがと」
沈黙の数秒。
「えと、私と農家の跡取りってあんまりいないからさ」
「うん」
「これからも仲良くしてくれる?」
「もちろん」
なかなか思ってる事が言えない……
「えと、どちらも跡取りだからさ、終わりは見えてるんだけどさ……」
「おう」
「良かったら、付き合ってくれませんか?」
「俺も言おうと思ってたよ、こちらこそよろしく、昔から大好きだった」
顔を真っ赤にしての沈黙の数十秒。
私はなんでこんなことを言ってるんだろうという少しの後悔。
「じゃあ今日は帰るな。もしよかったらまた手伝いに行くから」
「うん!」
私たちのデートは遊園地や海に行くことじゃない。
広い畑で汗にまみれながらの農作業だけど、これはこれで幸せなんだ。
そんな私の夏でした。