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告白

 僕の名前は、戸松優太。

 二十二歳。大学四年生だ。

 去年の十二月から就活してて、今月で丸一年になる。もう一個下の学年の就活が始まってるってのにさ。まだ決まってないんだ。


 僕は今まで生きてきて、何か夢のようなものを持ったことは無かった。小学校の授業なんかで「将来の夢について作文を書きましょう」なんてのがあったりすると、そうゆう時はいつも何を書いていいのか分からなくって悩んでいた事を覚えてる。

 取り柄のようなものも無くって、勉強をしても、運動をしてもだめ。マラソン大会は万年ビリだった。だからせめて勉強だけでもって思って、人一倍勉強をしたよ。そしたら中学生の時ぐらいからだんだんテストの順位が上がってきたりして。あの時は嬉しかったな。それでも一位を取れたこととかは、無かったけど。

 そこそこの高校に入って、そこそこの大学に入った。一般受験で大変だったけど、無事入学することが出来た。人生なんとかなるんだなぁって思ったよ。

 大学には真面目に通った。自慢じゃないけど、欠席をしたことは一度もない。電車が遅れて遅刻をしてしまったことは何度かあるけど、全ての授業に出たよ。大学は僕の家から二時間ぐらいの場所にあったけど、土曜日に一個補講が入ったら、その一個の補講の為だけに大学に行った。なんでそこまでして全ての授業に出る事にこだわっていたのかというと、一回でも欠席してしまったら、授業料がもったいないと思ったんだ。

 大学に行く為のお金は親が出してくれていた。僕はさっきも言ったけど、何の夢も目標も無いのに大学へ通うことに罪悪感のようなものを感じていたんだ。だからこそ、親が一生懸命働いて僕のために払ってくれている大学の授業料を、無駄にしてはいけないって思ったんだ。だから僕は何が何でも学校に通った。台風が来てても大学に行って、帰ってこられなくなった、なんてこともあったかな。

 そして就職活動が始まった。みんなそうだと思うんだけど、就活を始める上で“なんで働きたいんだろう”って事について考えてみたんだ。その時僕が思い浮かべたのは、家族のことだ。

 僕の生まれたのは一般的な、裕福でも貧乏でもない家庭だったけど、父は真面目で母は優しかった。仲のいい妹もいる。この年になって父の事を誇りに思うようになった。

 今まで一生懸命働いて家族を支えてくれた父。僕の父方の祖父は若くして亡くなってしまったらしくて、父は高校を卒業してすぐ働き出したらしい。僕はそんな父を誇らしく思っていた。いつか父のような父親になりたい、僕はそう思うようになっていた。それが僕が生まれて初めて持った夢になった。そのために僕は就職をしようと思った。いつか持つであろう家族を支えられるように。実は僕には今、付き合い出して二年目になる彼女もいるんだ。そしてこのまま付き合ってゆくことが出来れば、真剣に彼女と結婚したいとも思っていた。

 そして僕が就職することは両親に対する恩返しだと思った。今まで僕は何かで一位になったり、両親に僕を誇りに思ってもらえるようなことは何一つしてあげられなかった。だから、せめて就職したかったんだ。


 就活が始まって、たくさんの企業を受けた。でも受けども受けども決まらなかったよ。早い人だと四月とかで決まっちゃう人もいるのにさ。十社くらい受けて決まっちゃう人もいる。でも僕は全然決まらなかった。

 履歴書を何枚書いただろう。エントリーシートを何枚書いただろう。僕はだんだん辛くなった。企業に落ち続けるのはとても辛いんだ。だって「働かせて下さい」って行くのにさ、「君はウチにはいらない」って言われているようなものだからね。いらない、いらないと言われ続けて、夏を過ぎた後くらいから僕の頭の中で「お前は誰からも必要とされていない」って声が聞こえてくるようになった。バイトしてる時も、寝る前も聞こえた。僕は不眠症になった。眠れなくなってしまったんだ。

 十月は内定式っていう、企業から内定をもらった人が行く式があるんだけど、その時期になっても僕の就活は終わってなかった。周りのみんなが僕を可哀想な目で見ているような気がした。両親は家では全く就職には触れようとしなかったよ。腫れ物に触るようにね。それでも僕は諦めなかった。諦めちゃいけないって思った。どれだけ靴が磨り減っても、スーツがクタクタになっても。

 僕には自負があったんだ。僕は今まで誰よりも真面目にやってきた。頑張ってきた。今までだってなんとかなってきた。絶対に僕を必要としてくれる場所はきっとある! そう思った。


 クリスマス・イヴの今日、僕がプレゼントされたのは不採用通知だった。笑えるだろ? 「お祈り申し上げます」って、ピッタリだ。

 彼女からの誘いを断って、僕はその日も面接に行く予定だった。でもその不採用通知を見ていて思ったんだ。

 どうして僕じゃダメだったんだろう、何がいけなかったんだろう。それが聞きたくて、僕はその日行く予定の面接に行かずに、その不採用通知を送ってきた企業に行った。

 街は幸せそうに歩いてる奴ばっかで、恨めしかったよ。僕はこんなに辛い思いをしてるのにってね。ガヤガヤと騒がしくってカラフルに彩られた渋谷の街を、喪服みたいな白黒のスーツで走った。寒さも感じなかった。


 その企業はビジネスビルの三階にあった。階段でそこまで登って、入り口の近くのある電話の受話器を取った。女の人が出て、自分の名前と大学名を言った。

 女の人はアポが無きゃ会わせられない、って言ったんだけど、僕はどうしても話がしたくて「お願いします。少しの時間でいいんです」って言った。そしたら「少々お待ちください」って言って、電話が切れた。

 三分ほどでその人は来た。人事担当で、面接をやってくれた人だ。オールバックをぴっちりと固めて、細身のグレーのジャケットを着てた。気だるげに歩いてきたその人は、面接の時に見せていたにこやかな表情ではなくて、明らかに面倒臭そうな表情をしていた。

 どうぞ、といって案内されたその部屋は面接会場にもなった部屋だった。人事の男の人、武藤は「今年末でさ、忙しいんだよね」って吐き捨てるように言った。

 僕はすみません、と謝って、本題に入った。どうして僕は御社の採用試験に落とされてしまったのでしょうか、僕のどんな所がダメだったのでしょうか、ってね。

 そしたら武藤は「はぁ」とため息をついて言った。僕がどうして落とされてしまったのかを。

 「真面目さとかそんなのは重要じゃないんだよ。一番大事なのはコミュニケーション能力だからさ。一緒に働きたいなと思わせてくれる子をとるわけ。こっちの質問に、用意して暗記してきた答えをスラスラ唱えられる子が欲しいわけじゃなくって、いい答えじゃなくても元気で明るく答えてくれるような子が欲しいわけよ。わかる? 君みたいにさ『真面目さが取り柄です』みたいな子を入れるとさ、現場の雰囲気が悪くなるんだよ」

 武藤はその後も話し続けた。僕の提出した履歴書を出してきて、どこがどうダメだったかを指摘した。それは僕が望んだんだし、ありがたい話だけど、僕は途中から頭が混乱して訳が分からなくなっていた。それじゃあ僕の今まで正しいと思ってきた生き方は、間違っていたってことか? と。

 僕の中で大事な“何か”を支えている紐が、ギリギリと音を立てて切れそうになっていた。重みを持ったその大事な“何か”は、今にも爆発しそうにパンパンに膨らんでいた。

 武藤は最後に言った。「まぁ大変だと思うけどね、がんばってよ。ただウチに来るのはもうやめてくれよな。忙しいんだ。何回来たってここに君の居場所は無いよ。君はウチにはいらない」

 紐がブチリと切れた。

 “何か”が落ちてゆき、パンと弾けた。

 中に詰まっていた粘度のある、黒い液体のようなものが飛び散った。

 僕はバッグの中から、履歴書に貼る顔写真を切る為のカッターを取り出した。

 カチ、カチ、カチ、と刃を出しながら「お前が死ねば、席が一つ空くだろう」って言った。自分でも聞いたことの無い、低く、震えた声が出た。

 武藤はカッターを見て、目を見開いた。「おい、何してんだ」って言って僕とカッターを交互に見た。僕は出口の方に回り込み、逃げられないようにした。

 「やめろ、それを下げろ。落ち着け。謝る、謝るよ。やめてくれ」武藤は必死に僕をなだめるように言った。「俺には家族がいるんだ。先月結婚した奥さんと、娘が」この言葉が僕を逆なでした。

 僕は泣きながら叫んでいた。「僕にだっているよ! 家族が! いるに決まってるだろう!  お母さんもいるし、お父さんも妹だっている! なのになんで僕ばっかり、こんな目に合わなくちゃならないんだ! なんで、正しく生きてきたはずの僕が!」

 僕は武藤に襲いかかった。もみ合い、押し倒した時に振るったカッターが、武藤の喉を裂いた。

 まるで水道管が破裂したように、赤黒い血が噴き出た。僕は正面からそれを浴びた。

 暖かく、ぬるぬるとしたそれを腕で拭った。武藤は何も言えずに、口をパクパクさせて、苦しそうな表情をしたまま静かになった。抵抗していた身体からも力が抜け、パタリとあっけない音をさせて動かなくなった。

 僕はカッターを投げ捨てて、バッグを持って部屋を出た。

 ビルの外に出ると、もう暗くなっていた。僕は歩いた。駅の方とは逆に。

 路地に入って、体育座りをして隠れるようにしていた。僕はずっと泣いていた。

 いつの間にか雪が降っていた。雪は僕の身体に触れると、スーツの上で赤く染まった。

 そして泣き疲れて眠ってしまってーー


 気付けば、ここにいた。

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