聖女様は収穫中
実りの季節である。
ここ辺境伯領ローラントはこの数年豊作が続き、住民一同ホクホク顔。更には豊作の恵みは動物達にも分け隔てなく与えられ、只でさえ大きな森の獣達はもう魔物級の大きさ。狩をする人々から嬉しい悲鳴が聞こえると言うものだ。
そういう訳で、現在領民総出で収穫にあたっている。それは学校に通っている子供達も例外ではない。
故に本日から5日間の授業は、収穫の実習である。
マック、ベンとヒューは、森での狩りに参加。辺境伯の私兵と騎士団の半分からなる一団は、年に一度のお祭りと大騒ぎ。辺境伯フィル本人まで、傭兵時代の装備で参加していた。
クレア、ノア、ローラは、作物の収穫チームだ。こちらの陣頭指揮は、領主夫人であるエリー。はじめての収穫作業にかなりのハイテンションである。
フィルの掛け声で、作業がはじまった。狩りチームは、土ぼこりをあげて森へと突っ込んでいき、収穫チームは畑へとなだれ込む。
ミリーはそれを畑に一番近い民家の庭先に置かれたベンチに座って眺めていた。
「うわ~、エリーが嬉々として指示出してる。あのテンションは魔物狩りの時と同じだわ~」
畑では農家がものすごい勢いで小麦を刈り取り、後ろから手伝いの者が規定量に束ねている。
「みんなすごいわねぇ」
「「すごいね~」」
ミリーのつぶやきに、ノアとローラがそろって答えた。2人が顔をあわせて微笑む愛らしい姿にミリーのささくれ立った心も癒される。
ミリーは、騎士団の、ひいては国の平和の為に収穫作業には参加しないでくれと、みんなに懇願され、離れた所で書類作業に従事することになったのだ。収穫に参加したかったのに。ノアとローラのお守りも兼ねている。もっと幼い子供達は、まとめて領主館で預かっていた。
ミリーは、畑にこぼれ落ちている小麦を集め、ノアとローラに数えるという「お仕事」を与えた。
「10本ずつかたまりにしてね」
「は~い♪」
一生懸命に本数を数えているノアとローラを目の端に入れつつ、手元の書類作業を進めた。
たまにエリーから収穫した数量が飛んでくるので、それも表に記入する。
時折、森の中から野太い雄叫びが聞こえてくる。獲物を追いかけているのだろう。たまに獲物が森から飛び出してくると、その後からいかつい男達の集団も続いてくる。大抵そのトップはマックとヒューの父親だ。あれで私兵団の頭だという。相棒だという大犬もいた。その背中に高笑いするマックとヒュー、ぐったりしているベンが見えたが、ミリーは見なかったことにしようと思うのだった。
「せんせー、できた~!」
ローラのうれしそうな声に、にっこり振り返る。
「おお~、ミリーが先生やってるって本当だったんだ」
懐かしい声にミリーは目を丸くした。
「ジェイ?なんでここに…?」
「ン~、ミリーの見舞いっていうか監視?」
「~!エディーね?」
「いんや、陛下。ミリーに何事かあったら、エディーは暴走しかねないからね~。有名なローラントの収穫祭りにミリーがおとなしくしてるかエディーがそわそわしちゃってさ~」
ミリーは片手で顔をおおった。
「うわ~、どんな顔して陛下に会えばいいの~?」
「まぁまぁ、陛下はミリーに感謝してるよ?懸案だった掃除がもうすぐ終わるからね」
「…予定より早いんじゃないの?」
「エディーがそりゃもう頑張ってるからねぇ。陛下もやれやれってあおるし、神官長もノリノリで断罪してるねぇ」
「お祖父さま…」
ミリーはがっくりと肩を落とした。神官長はミリーの祖父で、父は神官、母は巫女の神官一家なのである。
「せんせー、だいじょうぶ?いじめられたの?」
ローラの心配そうな声に、ミリーは自分を取り戻した。そうだ。今は、聖女でも巫女でもない。ミリー先生なのだ。
「大丈夫よ。この人はね、先生と校長先生、それに領主様のお友達なの」
「りょうしゅさまのですか!じゃあ、英雄のなかまだ!」
ノアが憧れの眼差しでジェイを見つめた。ローラはきょとんとしている。
「光栄だね、こんな小さな子も英雄のことを知ってるんだ」
「そうよ、でも今日はそんなの関係ないからね」
急に後ろからエリーに話しかけられ、ジェイはぎょっとした。エリーは魔物狩りの時のように目をらんらんと輝かせ、ジェイの服をしっかり握っている。
「うふふ、いい助っ人が来たわ…」
「え、エリー。僕はミリーの監視に…」
「問答無常!こっちに来なさい!」
ジェイはエリーに引きずられ、収穫の輪の中に放り込まれたのであった。
「あのお兄さん、ほんとうにえいゆうのなかまなの?」
「う~ん、どうなのかなあ。せんせー?」
「英雄の仲間の中でも、校長先生は一番強い人なのよ…」
「「そうか!りょうしゅ様よりもつよいもんね」」
ノアとローラの納得した様子に、いったいあの夫婦はなにやってんだかと、遠い目をしたミリーであった。




