聖女様は文通中
強盗事件から半月ほどたち、ミリーは大分元気になってきた。と本人は思っているのだが、周りはまだまだ慎重だ。何かしようと思うと、すぐにお付のものが飛んでくる。時間が有れば、エリーやフィルが来ることもある。そんなにか弱くないのに、とブチブチお屋敷に経過を診に往診にきてくれる医者に愚痴を言ったら、苦笑された。
「ミリー様は、記憶にないでしょうが、怪我は本当にひどかったのですよ。私も初めて拝見したとき、よく助かったなと思いました。皆さんが心配するのもわかります」
「…それは、わかるんですけど、もうここまで回復してるのにあれしちゃダメこれしちゃダメってもう、イヤになります!」
「はあ、まあ、私からもお伝えしますが…」
「中でも一番うるさいのが、エディーなんです!うるさいのが分かってるから私は毎日の手紙に当たり障りないことしかかかないのに、エリーとフィルが知らせちゃうから!今日だって外出するなとか言ってくるし。馬車で草原までピクニックくらい、いいじゃない!!」
ミリーは興奮してきて、涙目になりながら医者に訴える。
「英雄殿は、聖女様と離れていて、不安なのでしょう。辺境伯を通して、ミリー様の回復具合を詳しくお伝えしますから、英雄殿もわかってくれるはずですよ」
「…そうだといいんですけど」
その日、ミリーはエディーに返事を書かなかった。
翌日、授業中にエリーがやってきた。
「あ、校長せんせー、久しぶり~」
「久しぶりね、マック。こういうときはお久しぶりですって言うのよ、みんなわかった?」
「「「「「「は~い」」」」」」
「ミリー、これ。出掛けに届いたわ」
と、エリーは手紙をミリーに手渡した。ミリーは宛名を見てむっとした。この字はエディーだ。
無言のまま開封し、中身に目を通す。エリーがちらっと見た限りでは、かなり乱れた文字で便箋ビッチリに書かれているようだ。エディーの動揺が見て取れる。ミリーの眉間のしわが深くなった。
心配そうに見ているエリーと子供達の前で、新たなレターセットを取り出すと「放っておいて」とだけ書いて封筒に入れた。
「これ、出してくれる?」
エリーに手紙を渡すと、ミリーはなんでもなかったかのように、授業を再開した。手渡されたエリーと事情を知っているベンがうろたえても知らん顔だ。
仕方なくエリーとベンは目配せして、その場はミリーに合わせた。
屋敷に帰ってから、フィルと話してそのままエディーに送ることにする。
「一度とことん話した方がいいと思うぞ、俺は」
「…そうよねぇ」
医者からミリーの不満を聞かされた二人は、自分達の行動が行き過ぎだったと反省した。その自分達でもちょっとと思うエディーの行動は、ミリーにとって束縛と感じられるのは仕方ない。
エリーは、その他の書類や手紙と共にミリーの手紙を魔術で都に送った。
ちなみに、毎日都とやり取りができるのは、優秀な魔術師であるエリーがいるからである。普通の領主では10日から15日に一度がいいところであった。
翌日、ミリーが作文の授業をしていたら、強面を更に強ばらせた騎士団長がやって来た。
「あれ~、お父さんどうしたの~?」
愛しい娘のハグにも強ばりはとけないまま。
「ああローラ、お父さんは先生にご用があるんだよ」
騎士団長はローラを放すとミリーに向き直った。その緊張感にミリーはもちろん子供達も息をのむ。
「ミリアム様、どうかこちらを」
騎士団長が分厚い封筒を取り出した。ミリーはためらった後、手を伸ばした。
「総団長と都の騎士団員からです。どうか総団長にお返事をお願いします」
騎士団長は土下座をせんばかりにミリーに頭を下げる。これにはミリーも子供達も驚いた。
「騎士団長、どうか頭をあげてください。みんな、先生もお手紙を書くからみんなは作文書きましょう」
「! ありがとうございます!」
ミリーはエディーの手紙と騎士団員からの嘆願書に目を通し、頭をかかえた。エディーは昨日仕事に手がつかず、ミリーの手紙を受け取ったら辺境伯領に行くと暴れたらしい。
エディーからの手紙にはひたすらミリーを心配する内容が書かれていた。都の掃除をがんばるから絶対にけがしないでくれと何度も繰り返すエディーの不安定さに、ミリーは医師の言葉を理解したのだった。
ミリーは自分の回復具合とけして無理はしていないことをエディーに書いた。少しずつ動いた方が回復することも。もとのように元気になって帰るから、心配いらないよと手紙を締めくくった。
「騎士団長、お待たせしました」
ミリーが手紙を渡すと騎士団長は拝まんばかりだ。
「ありがとうございます!」
「いえ、騎士団のお仕事を止めるわけにはいきませんもの。騎士団員の方達にご迷惑おかけしてすみませんとお伝えくださいね」
何度も頭を下げながら、騎士団長は手紙を手に駆けていった。
「せんせー、すごい!団長よりえらいんだぁ」
その後、ミリーがしばらくの間マックとヒューの憧れの眼差しを一身に浴びることになったのは、また別の話。