聖女様は解読中 2
授業は午前中だけなので、ミリーは持たされていたお弁当を食べて騎士団へと馬車を走らせた。
10歳以下の子どもの集中力なんて、そんなもの。
今、ミリーは隣に座るベンをどうしようかと思案中だ。ベンも、フィルのお屋敷の従業員用の棟に住んでいるので、行き帰りは一緒だ。騎士団詰め所に着いたら、自分だけ降りて、ベンを馬車で屋敷まで帰したいのだが、隣でいつの間にか写したらしい古代神聖文字を嬉々として見つめているベンを見るに、それは無理そうだ。
馬車だけ返すことにして、帰りは騎士団に送ってもらえばいいか。話の内容によっては、フィルが来るかも。いや、エリーが飛んでくるかなぁ、などと考えを巡らしていたら、騎士団詰め所に着いた。
まあいいや、と問題を棚上げしてミリーは馬車を降りるのだった。
「お待ちしておりました、ミリー様」
騎士団長自らが恭しく迎える。騎士団最高幹部はミリーのことを「静養中のか弱き聖女」として最優先の警護対象にしたらしい。
ミリーは気恥ずかしくて仕方がないのだが、、仕方なく聖女としての対応をする。
「遅くなりました。残りのものは?」
「こちらに」
応接室に案内される。テーブルの上には、何枚かの紙がすでに置かれていた。ミリーはうなずくと椅子に腰をおろし紙を手にとって作業をはじめた。ベンは隣でじっとミリーの手元を見ている。
「…先ほどベンと話したのですが、何かの記録のようです」
カリカリとペンを走らせながら、ミリーは書き終えた紙に目を走らせる団長に声をかける。
「そのようですな。日付、店名、数字は金額ですか」
「店名に心当たりは?」
「ありすぎるほど。最近の強盗事件の被害者です」
団長がため息をつきながら首をふる。
「これで最後です」
「ありがとうございます。これで今後の手配ができます」
「フィル、辺境伯に話を通した方がいいでしょう。古代神聖文字の使い手については私から神官長に聞いておきます。次はブロッサム商会、3日後ですか」
「はい」
「クレアん家だ!」
目を丸くするベンに二人かが口止めをした。ベンは真剣な顔でブンブンうなずいている。
忙しくなりそうですね、と言っていたらエリーが駆け込んで来て、問答無用で屋敷まで連れ帰られた。
エディーもだけどエリーも相当過保護だとミリーは思うのだ。
翌日からはいつもの日々に戻った。ベンはちょっと挙動不審だったけど、内緒の話は口にしていない。算数を教えたり、神話を読んだり、絵を描いたり。授業は、つつがなく進んだ。
3日目の帰りにミリーはクレアを呼んで何かをささやく。クレアは大きく一つうなずくと、帰っていった。
その夜、忍び込んだ強盗団は待ちかまえていた騎士団によって一網打尽にされた。上手く逃げおおせたかと思われた1名も街を包囲していた辺境伯の私兵団により捕縛。事件は一応の決着をみたのであった。
捕まえた強盗団の中に古代神聖文字の使い手はいなかった。若そうな男だったが顔を見た者はいない。騎士団に渡ったあの紙も、男から捕ったはいいが何か分からず、放っておいたのだという。
翌朝のフィルの報告に、ミリーは事件はまだ終わっていないとつぶやいた。
「ああ、それと、クレアの情報が非常に役立ったそうだ。ミリーの指示だって?」
フィルの言葉にエリーがミリーの顔をのぞきこむ。
「何て言ったの?」
「多分誰かいなくなるから、誰がいなくなったか騎士団に伝えてちょうだいって言っただけよ」
「中から手引きするものがいると考えたのか」
フィルが感心したように頭をふる。
「狙われたのは大きな店ばかりだもの。それなりの備えはしていたはずだわ」
「確かにな。ま、これで一段落ついた。ミリーもゆっくりしてくれ」
フィルのねぎらいにミリーはにっこり微笑んだ。