聖女様は再会中
しばらくの間、ミリーの生活は通常運転だった。
朝、学校へ行き、授業をする。子供達と笑い、学び、いたずらをしかり、子供達の成長を喜ぶ。
昼に授業を終え、迎えの馬車で領主館に戻る。エリーの領主夫人としての仕事を手伝ったり、お茶をしたり。
夕食後は、フィルから捜査の進展状況を聞く。
そんな生活を5日ほど続けたある日、王都からジェイとアルがやって来た。
迎えの馬車から2人が降りてきたのを見てミリーはポカンと口を開けた。
「やあミリー、元気になったみたいだね。よかった」
にこやかにアルが声をかける。元騎士団の弓兵だったアルは、引退して領地経営にいそしんでいたところを、王命により魔物討伐隊に参加した。外見は細身で40歳を越えているが、弓の腕は衰えてはいない。一行のお目付け役であった。
「アル、ジェイ?どうして?何かあったの?」
「陛下と宰相がね~、王都も大分落ち着いたから、こっち頼むって」
「ここは守りの要だからな。戦力は多いにこしたことはない」
「はぁ」
要するに、北の国に対する牽制というわけだ。
領主館に帰ると、アルとジェイはフィルに合流すると言ってミリーと別れる。信頼できる仲間が来てくれて、どこかほっとしているミリーだった。
マシューはなかなか捕まらない。ミリーもどんな顔立ちかと聞かれたが、おぼろげに記憶にあるのは二十歳位のマシューだ。あれから10年、どれだけ変わったことだろう。
「ごめんね、役に立たなくて」
そう言って眉を下げるミリーにみんなは気にするなと言ってくれる。頭を撫でてくれるのはアルだ。笑い飛ばすのはフィル。笑わせてくれるのはジェイ。こっそり甘いものをくれるエリー。手をとって引っ張ってくれるエディーはいないが、旅の途中に戻ったようだ。
授業中にそんなことを考えていたら思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ」
子供達がなになにと集まってきた。
「旅のね、楽しい思い出を思い出してたの」
「旅の?そういえば、英雄一行の仲間が来てるってほんと~?」
マックとヒューがワクワクと尋ねる。それを聞いて他の子供達も目を輝かした。
「ええ、アルとジェイが来てるわ」
「おお~、弓使いとおんしつだ!」
「隠密だよ、マック」
「あ、そうだった」
「おんみつ~」
ローラとノアは初めて聞いた言葉が気に入ったようだ。何回も繰り返している。
「先生、何か起こるのですか?北の国とか…」
心配そうなクレアにミリーは安心するように言う。
「あくまでも念のためよ。今何かが起きてる訳じゃないわ」
「よかった」
「さ、続きをしましょうか」
ミリーは子供達をうながした。しばらく授業をしていたら、扉の開く音がした。
「何でしょう?」
振り向いたミリーの目に映ったのは、一人の男だった。
「大きくなったね、ミリー」
「マシュー…お兄ちゃん?」
記憶にあるのと同じ優しそうな顔。10年分だけ年をとっているけど、マシューだとすぐにわかる。
ミリーはハッとして子供達を後ろにかばった。マシューはそれを見て哀しそうに微笑む。
「立派な先生だね。君は昔から小さい子の扱いがうまかった」
「お兄ちゃん、どうして?どうして強盗なんかしたの?騎士団に毒を盛ったのもお兄ちゃん?」
「書物と遺物を手にいれるためだよ。僕じゃ盗めなかったからねぇ。騎士団のことは、時間稼ぎさ」
「なんで…竜の角のためなの?」
「あぁ!ミリーならわかると思ったよ。僕は見つけたんだ!」
泣き出しそうなミリーに対してマシューはうれしそうだ。
「でも僕一人じゃ掘り出せないから、君に手伝ってもらおうと思って迎えに来たんだよ」
ニコニコと笑うマシューの瞳は狂信に満ちていた。もう優しかったお兄ちゃんではなかった。
「私が行けばいいのね?」
「先生、ダメだよ!」
「先生?!」
「せんせー」
泣きそうになりながらすがり付く子供達をなだめる。
「大丈夫よ、エリーに知らせて」
さっとベンに小声で指示を出し、マシューの元へ近づいた。
「さあ、世紀の発見をしにいこうか!」
ミリーはマシューにおとなしく従うのだった。