聖女様はお茶会中
収穫祭りの翌日と翌々日は、お休みである。というか、領民ほとんどが、働ける状態にないので、自動的にそうなる。そのため、収穫祭り前に、この2日間の保存食料を確保しておくのが、この地での常識。
すっきりとした晴天の朝、ミリーは気持ちよく目覚めた。屋敷の中は、静まり返っている。今日明日は、使用人も休みだといってたなと思い出し、ミリーはのそのそ起き出した。
台所に行き、お湯を沸かしお茶を入れる。テーブルには、祭り前にエリーが保存魔法をかけた食料が、わんさかのっていた。
ミリーは、サンドイッチと果物をいくつか皿にのせると、そのまま台所で食べはじめた。片付けるのは自分なのだから、食堂を使うのは手間になる。
「ん~、おいしい」
料理人の力作を堪能していると、扉が開いて誰かが入ってきた。
「おや、ミリー様でしたか。おはようございます」
「おはようございます、サイモンさん」
入ってきたのは、執事でベンの父親のサイモンであった。今日は休みなので、いつもの黒服ではなく、ラフなシャツとズボン姿である。
「お早いですね」
「夕べはほとんど飲んでませんから。サイモンさんは?」
「家族の朝食を取りに。あとお茶の用意だけしておこうかと」
サイモンが父の顔で応えた。
「お茶なら私がしますよ。サイモンさん、今日はお休みでしょう?はい、味見してってください」
そう言ってミリーの差し出すお茶を、サイモンは恐縮そうに受け取った。一口つけると、驚いたように目を見張る。
「うふふ、なかなかでしょう?神殿でみっちり仕込まれてますから」
「ああ、王都の神殿でしたら、王侯貴族にもお出ししますね。美味しいです」
サイモンはうなずきながらも、ゆっくりお茶をあじわう。いつも飲んでる使用人用のお茶なのに、客用よりも美味しく感じる。
「今日は、私がお茶係りしますから、サイモンさんは休んでくださいね」
ミリーが楽しそうに言うので、サイモンも申し出を受けることにする。
「では、お言葉に甘えて」
サイモンは家族用の朝食を手に、去っていった。
ミリーは、朝食を食べ終わると、さて昼までなにをしようかと考える。どうせ、みんな二日酔いで昼頃まで起きてこないだろうから、お茶係りも出来ない。図書室にでも行ってみるかと思いつき、ささっとお皿を洗ってしまうと、図書室へと向かった。
領主館の図書室は、主が脳筋の割には充実していた。先代の辺境伯(国王のはとこ)が集めたのだという。軽い読み物は、ベットに縛り付けられてた間に読みつくしてしまったので、歴史物のあたりをうろついてみる。と、このあたりの歴史書が目に付いたので3冊抜き出し、台所へと戻る。案の定、誰も来た様子はない。
お茶を入れなおし、一番厚い本から読みはじめた。
どのくらい読書に没頭していたのだろう。誰かが、入ってきた気配に顔をあげると、げっそりと顔色の悪いジェイがふらふらとやってきた。
「おはよう。よくわかったわね、台所の場所」
「おはよ~。ん~、昨日のうちに教えられた…」
「はい、お茶。食べ物は好きにとって」
「…お茶だけでいい…。なんなんだ、ここいらの人間は」
ジェイはお茶をすすりながらブツブツ言い始めた。夕べはそうとう飲まされたらしい。
「陛下直属の情報部員もかたなしね」
「それは関係ないと思うぞ。ここいらは獲物も作物もでかいが、人間もでかいのが多いな」
「あ、それ気になってたのよね。そういうのに詳しい人知らない?」
「…見つけたら聞いとく。夕飯までもう一寝入りしてくるわ。いいかげん帰らないとな。夜には、エリーも復活してるだろ?」
「多分ね。じゃ、おやすみ」
ジェイを皮切りに、続々と二日酔いの人々がやってくるので、お茶係りのミリーは大忙し。みんなお茶を飲んで二言三言話しては、戻っていった。エリーは割と早めに復活していたが、フィルは全く起きる気配がない。とうとうエリーが薬を飲ませるハメになった。
「まったく。来年からはもうちょっとしめないとダメね」
エリーの言葉にミリーは笑うしかなかった。
夕飯の頃には、ミリーのお茶係りもお役ごめんになり、屋敷にいつものざわめきが戻ってきた。
子どもは元気なもので、ベンは午後からいつもの仲間で遊んでいたのだという。
やっと置きだしたフィルとエリー、ジェイとミリーという懐かしいメンバーで食事を済ませると、ジェイはエリーの魔法で王都へと帰っていった。
日常がゆっくり戻ってくる。
ミリーは本日最後のお茶をいれ、ゆっくりと静かな時間を楽しむのであった。