episode.1切り捨てられる0,14
この小説は、小学校四年生程度の少年が語り部役なので、一応その年齢に見合った地の文なので、ご了承を。
○×月△日 日記
朝起きた。学校に行きました。朝友達と話をして楽しかった。昼休みに友達と遊んで楽しかた。学校から帰った後、友達と遊びに出かけて楽しかったです。家に帰った後テレビを見て楽しかった。ゲームをして楽しかった。一〇時くらいにふとんの中に入って寝た。明日も皆と遊べると思うと楽しみです。
昨日の事をこんな風に、《ビバ! エンジョイライフ!》 という惹句が付きそうな内容を全面に押し出して書いた日記帳を先生に提出したら怒られました。
「なあ……レンくん。確かに毎日同じような事ばかりで書くことがなくなるのも分かるけれど、この日記はあまりに、その………適当じゃないかな」
僕は学校が終わった《ほうかご》、教室から一目散に家へと《きたく》しようとしたところを先生に呼び止められました。
因みに《ビバ!》の意味は知りません。焼肉のタレの《エバラ》と親戚のような気がします。
閑話休題。
先生は本気で怒っているわけではなさそうです。というか呆れているという感じでした。
「『○○で楽しかった』なんて、低学年の子供たちが書く内容と変わりないのはどういうことかな。君は今何年生だっけ?」
「あーえっと」
学年を数えるために僕は指を折ります、いち、に、と。
「旧三年生です」
「つまり現四年生なわけだ」
「そうとも言えます」
「普通そうとしか言わないんだよ……」
先生は溜息をつきます。それと同時に煙草の煙も排出されるのでは!? と危惧し身を構えましたが、《にさんかたんそ》とか《すいじょうき》くらいで構成された吐息だったようです。
この先生はいつも休み時間には《ふくりゅうえん》なる煙を周囲にまき散らしているので、自然警戒してしまったのです。杞憂でしたけど。
「別に先生だって日記のことをとやかく言うつもりはないけれど、というかどうでもいいんだけど」
ええんかい。
「これだよ」
スモーカー先生(生徒の中でのあだ名)は見覚えのないプリントを渡してきます。でもよく見ると僕の《ひっせき》で名前が書いてあります。名前だけしか書いてないですけど。僕の字以外ならコンピューターのインクで刷られた数字の羅列が続いています。
《きおく》をさかのぼって思い出そうとします。うーん、これなんだったっけ。
「君は先週配られた宿題に、名前だけしか書いてないんだ」
「はあ……」
「先生が何を言いたいか、分かるかな?」
「僕のサインがもっと欲しいんですか?」
「何で問題を解いてないかって言いたいんだよ……」
しゅくだい? ……うーん、あっ思い出した。前に貰った算数の問題だ!
記憶と事実が合致した瞬間でした。
《記憶と現実が交差せし時、新たなリアルが生まれる!》とかこうこうせいのお兄ちゃんが自室でぎゃーぎゃー叫んでいたのをついでに思い出されました。現実とリアルって、被ってるじゃないですか! って、子供の僕でもお兄ちゃんが馬鹿なのは分かりました。
「ごめんなさい、僕には解けませんでした。では、先生さようなら! また明日~!」
キーンという効果音がバックに施される程のスタートダッシュを決めます。
「待て待て、帰るな。話はまだ途中だ」
ぐへ。袖を後ろから引っ張られます。どうやら『大人の手の長さ>僕のスタートダッシュ』だった模様。
「な、何ですかせんせー?」
舌足らずな言葉になってしもたー。これじゃアホーの子と思われるわー。
「解けないも何も、これは三年生のおさらいがほとんどなんだよ? それが分からないってことかいレン君?」
「えっ」
え、これって。三年生の時の問題なの? じゃあ解けるじゃん! プリントを上から下へと眺めてみます。
だめや、分かんねえ。不肖ながらワタクシ、最近やっと九九の七の段を覚えたばかりですから。
「どうなんだいレン君?」
先生が不安そうな《まなざし》で僕の顔を窺っています。
うっ、言葉に詰まります。別に先生が煙草臭さったとかそういうわけ、も少しあります。
もしこれで、分からないと言ったらどうなるんでしょう。きっと、こうこうせいのお兄ちゃんが教えてくれた《ほしゅう》という鬼の拷問を受けさせられるんだと思います。
先生に気付かれないように《かたず》を飲みます。いつの間にか口の中は緊張でからからでした。昔に比べて最近、先生みたいな年上の人とあまり上手にお話できなくなってきた気がします。
とりあえず、ここは《しらをきる》という行動をとります。借金取りが家に来た時はこれが一番だとテレビの中の《たんてい》さんが言っていましたから。
「違うんです先生。三年生の内容だから簡単すぎて解く気が出なくって。四年生の内容なら良かったんですけどねー!」
「え? 四年生の問題も混じってるけど」
「!?」
思わず固まります。余計なひと言を付け加えてしまったみたいですね僕。
「あ、ああ。気づき、ませんでしたー!」
勢いで誤魔化します。若さって大事ですね。
誤魔化すも何も、合唱コンクールに向けたクラス合同練習で鍛えられた《はいかつりょう》を駆使してただただ叫んでいるだけなんですけどね。
「うーん」
先生は少し訝しんだようですが、何だか納得してくれたようです。
大人って軽いなー、こんなんで騙くらかせるんだから余裕ですね。僕の中では悪い勉強フラグをばきばきに追ってやった気分です。そういえば秘密基地に僕たちの旗を立てる計画どうなったんだろー。
「そうだね、分かった」
頭の中で、布に《えのぐ》を使って格好良い模様を描いていた僕たちは、先生のその言葉で僕だけ教室に戻されます。
「じゃあこういうのはどうだい。三年生の問題はもういいから。明日までに、四年生の問題と」
四年生の内容に《がいとう》する問題を先生は指で示します。そこで気づきます。最後の二問は四年生の問題と言いました。だけどまだ、プリントの末尾に問題があるじゃないですか。
「あと、最後の問題。自分で問題を作って解くようになってるんだけど」
「え゛っ」
先生は一度、意味を僕が《そしゃく》、できているか、こちらを確認した後、言います。
「レン君は三年生の内容は大丈夫そうだから、それ以上の問題を作ってきてごらん」
「………」
《しらをきる》というコマンド選択した結果、最悪の方向に向かってしまいました。おーのーなんということでしょー。
だけど、これ以上もう引き下がれぬ(混乱で口調が変に)。このまま勢いでいきます。若さって罪ですね。
「わ、分かりました。い、いつまでに提出すれば?」
「簡単な内容だから明日までに再提出してね」
何やて?
「待ってるから」
おいちょっ、待てや。
安心したという笑顔とその言葉を残し、ヘヴィスモーカーはどこかへと去っていきました。多分職員室に帰っていったんだと思います。それか煙スパスパしに外にでも。
その場にぽつんと取り残される、僕。
「ぼーぜん」
地の文から感想が口に出てしまったようです。
「ううーん」
追いかけて「やっぱり分かりません!」というべきだったでしょうか。