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想い巡りメグる旅人  作者: 出口入人
一章 正しいという事 ―I do not know.―
2/8

episode.2 二人の白衣

002旅路



「あなたはどっちが正しいと思われますか! 教授!」


 そう詰め寄られた、紳士的な老人は額に汗を浮かべ、困惑気味であれど、どうにか笑顔を継続していた。それが社交辞令によるものだと一向に悟らない二人の白衣は、荒馬のように舌を散らす。


 《勿論私の理論の方が正しいに決まっているじゃないか!》《いや、君の立証はどうしようもない程に間違いだ! 僕の推論は絶対としか言い様がない!》《何故そう言い切れるか私には疑問でしかないな。少なくとも異なる可能性が生じている時点でそれが確実だと言える根拠などはなかろうに》《それなら君の理論も正しいと言い切れないないなあー》


 弁に熱が入り、二人は教授を挟んで火花を散らす。間の教授はというと、心なしか苛立ちが眉を微妙に顰めさせているのが、見間違いでなければ窺える。柔和そうで意外と短気な人なのだ。


 私は助け舟を出すことなく、『お客様に粗茶を用意してきます』と気を利かせる素振りだけ適当に見せ、奥へと逃げ込む。飛び火でも食らったらコトだ。


 背後から睨むような誰かの視線を感じたけれど構わず無視した。


 私はキッチンに向かい、備え付けられていた麦茶を用意する。茶葉から作るのは面倒だし。


「それにしても教授、どうする気なんだろうなー………」


 はた迷惑にも朝早くから訪問してきた彼らは、先ほどの会話通り、この国が誇る学者だ。詳しくは知らないが、彼らは三年前からとある研究を進めてきたらしい。  


 だが、幾何かの月日が経過した辺りから綺麗に二つに意見が分かれたのだ。勿論、国の税金を研究に費やしていたから、彼らの学会では混乱が起こったらしい。その波乱は不明瞭なまま、今日まで依然として続いているという訳だ。


 そんな時機だ。とある学者とその付き添い人がこの国を訪れたのは。訪れた学者はこの国の研究者たちが専攻する生物工学の権威だったのだ。故に彼の元には、国の研究を担う、相反する二人の学者が助言を請おうと集ったという話だ。


 そしてお察しの通りその彼らというのが教授と私の事だった。


「ったく、教授も良くもまあ、毎回、毎回っ! ……面倒ごとを抱えてきてくれるもんだよなー」


 さっさと解明して差しあげれば済む話なのにさ。私は毎度の事に、お決まりの小言を漏らす。 


 どうせもう分かってるくせに。


 盆に湯呑を載せ客間に戻る。すると以前と変わらない光景が私の目に映る。


 先ほど以上に熱の篭った大きな子供達の激から逃れられず、疲弊の雨にどんより打たれ続けた教授は年以上に老いて見えた。


「………」


 とりあえずテーブルの上に粗茶を並べ、とりあえずお二方に腰かけるように促す。すると、二人は向かい合ったまま湯呑一気に傾け、飲み干す。そして先ほど同様の隊形を再開する。


 これには思わずため息が漏れる。こちらには気づかない客人を無視し、教授に耳打ちする。


『さっさと指南して、帰ってもらってはどうですか。流石にあなたも、もうきついでしょう?』


『いえ、そんな事はありませんよ? 聞いていてとても興味深いです。何より、この程度のさえずり、私にとっては昼下がりのコーヒーブレイクとなんら変わりないのです』


 嘘吐くな。旅の途中の宿で、早朝に選挙カーで起こされた時と同じ顔をしていたくせに。あの時は宿から借りた目覚まし時計を手に『こんな物用意しようがしまいが関係ねぇじゃねぇかぁぁあ!』と慇懃な口調もどこかに消え、激昂しながらそれを投げられたのを覚えています。あれは痛うございました。


 そんな回想に迷い込んでいると、「そうですね」と教授が立ち上がる。


「朝食後の編み物の時間を阻害されても困りますしね」と、そう前置きし、教授は二人の耳に届くように二回、手を叩く。


 学者達はこの時を待っていたとばかりに表情が喜色一面になる。


「お話は分かりました。つまりあなた方のどちらが正しいか。それを私の口から聞きたいわけですね」


「「全くもってその通りです!」」



 興奮を抑えることをしないのか、出来ないのか、異口同音となる客人方。


「分かりました」


 教授はその言葉に、わざとらしく二回頷いてみせる。そして、「答えは簡単ですよ」と言ってみせる。


「それでその――」


「真実は如何に?」


 この時の私はというと、これがチャンスだと湯呑を回収し、台所へと戻るところだった。


 方向変換した瞬間、肩越しに、口を開き始めた教授が見られる。


 そこには両手を束ね、その上に沈ませるようにして顎を乗せた教授がいた。それはいつも彼が何か企んでいる時に見せる癖だった。


「………」


 それを視界の端に捉えた時、何というか、いつも厄介ごとが増える時に起こる悪寒が走った。


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