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想い巡りメグる旅人  作者: 出口入人
一章 正しいという事 ―I do not know.―
1/8

episode.1 二年間の後悔

人が旅をするのは到着するためではなく、旅をするためである――ゲーテ

001旅路


 その国を我々が訪れたのは確か、私にとって、十六回目の冬を迎える前の事だったと思う。


 何故唐突にそれが思い出されたかと言うと、彼――教授との放浪生活の後、同じ垣根の中ずっと暮らしてきた犬と、先日を以って二度と会えなくなった事に起因する。


 飼っていた犬は、旅人というか放浪者に近い私に相応しい雑種だった。


 よく家から脱走しては近所の迷惑になる困り種。よく庭からいなくなった奴を探すべく町の端から端まで走り回ったものだ。挙句の果てに、諦めて帰宅すると庭で探していたそいつが尻尾を振って待っていたというのだから腹立たしいにも程がある。そういう時は大抵飯抜きの罰に処すのがいつもの事で、本当に迷惑極まりない馬鹿野郎だった。


 だけど、そんな無邪気な子供のように落ち着きの無かった駄犬も、死ぬ一年前にはあっけなく走れなくなっていた。


 やがて眼窩から光は消え、耳もただの付属品に成り下がった。結局最後まで機能してくれていたのは嗅覚ぐらいだったそうだ。


 獣医は静かに安楽死を奨めたが私はそれを断った。その時はそれが正しい事だと思ったのだ。今突き詰めるなら、それは独りよがりの勝手な解釈だったのかも知れない。


 あの駄犬の一生が幸せなモノだったのかは分からない。少なくともあいつの人生が喜ばしいものだったと、私には到底思えないのだ。


 今省みると、………こんなことなら、最後に何かしてやるべきだったのかも知れないな。


 そんな事をふと考えてしまう。


 意味もなく――考えてしまう。


 うしろめたさを抱こうとも、それは、絶対的位置から俯瞰する強者の《傲慢》に変わりないのに。


 他者の送った人生の良し悪しなんて、そんなもの。そんなもの、私が決める事じゃない。ましてや、それを《良悪》の判断のもとで隔てようという、その考え方自体がどこまでも稚拙で、仕様がない思い上がりなのだと思う。


 つまりこんな謬見が、一瞬でも脳裏をよぎったという事は、駄犬がもう近くにいないというこの状況が、何だかんだ言いつつも、惑乱してしまう程悲しかった事に尽きるのだろう。


 だからこそ考えてしまう。意味がない事だと分かっているのに。


 私のあの決断は、正しかったのだろうか。間違いだったのだろうか、と。


 それはやはり分からない。


 死ぬと分かっている。


 苦しみ続けるだけだ。


 それなのに無理に続けた、生命の倫理などは欠片もない延命治療。それは本当にあいつの為になったのだろうか。長い苦しみを強いていただけではなかろうか。


 そんな折りだ。


 教授と数多く訪れた場所の単なる一つの、あの学者達がいた国の事を思い出したのは。別に今の問題の打開策がそこにあったわけでもなければ、苦悩の脱出口があったわけじゃない。ただ単に懐かった。ただ、それだけだ。


 それでもきっと気休めにはなるのだろう。


 さあ精一杯苦痛に喘ぐ事にしよう。


 後悔をしている間はきっと正しい自分でいられる筈だから。

 

この話は、元々8000文字程度の短編小説をそれぞれの区切りで数話に分割しているので、一話一話は短いです。

 

連作小説なので、この御話が終わっても続きます。



そして、回想に入ります。

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