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おにょめ!  作者: 6496
第一部:竜喰らいのベルティ編
9/41

第九幕 ルナーク、帰る

 ドラグレイス西部の大都市、ウェストレイス市。

 八角形の防壁に囲まれた独特な外観のこの街に、彼はようやく帰ってきた。

「うぃ~……、さすがに疲れた……」

【騙り部】ルナーク、一週間ぶりの帰還である。

「あ~、休みたい。腹減った……。風呂……。いや、それより、酒……。酒がいい……」

 まるで今にも命燃え尽きんばかりの疲労困憊っぷりで、黒スーツもすっかりくたびれ果てた彼の様子は、まるっきり夜明け帰りの酔っぱらいであった。

 それというのもサラマンデルからの帰り道、たっぷり一日ほど道に迷ってしまったのが原因だ。他の場所に移ろうにも、金庫破りに術法を使いすぎて術力がすっからかんになっており、ほとんど何も出来ない有様だったり。

「ま、まぁ、とにかく到着したし。まずは、店で一休みを~……」

 ヘロリヘロリのヨタヨタと、狩人特区に向かって歩くルナーク。

 そのまま家に帰りたいという思いもあったが、ここはまず馴染みの店で一息つきたいという心理に囚われるのも無理からぬコトだろう。

 だが、その疲労が彼に致命的な隙を与えていた。

 後方の物陰より、ルナークを覗き見ている影がある。

 普段であればきっと、その視線に気づけたであろうルナークは、しかしそれに気づけないまま、一路狩人特区に向かっていた。

 そして彼を見る影は、そのままルナークとある程度の距離を保って、ついていった。


 ウェストレイス市の狩人特区にある酒場【ドラゴンファング】に、彼はやっと到着した。

「もどって……、これたぁ~……」

 店の前に立ったルナークの胸に、強い感慨が湧いた。

 たった一週間、仕事で外に出ただけなのに、この心のなんと乾ききったことか。

 果て無く続く赤き荒野をとわに裸足で彷徨うが如く、生の実感など正直忘れ去ってしまった今のルナークに、その店は久しく失われていた温もりを予感させてくれた。

 身体が自然と震えてくる。

 この、すでに底の底まで力の尽きたはずの身体の、さらに底から湧き上がってくるのは、紛れもない歓喜。そして、生への感謝。

 よくぞ保ってくれた、我が身体。

 よくぞ在ってくれた、この店よ。

「待っていてくれ、今行く。俺の――愛しきアルコール!」

 これ以上の我慢は一切不可能、ブレーキはその瞬間に壊れ、ルナークは暴走馬車と同一の存在となって、凄まじい勢いで店の戸を開けた。

「ただいま! 我が愛しきの【ドラゴンファンぐげべふぅっ!」

 開けた途端に飛んできた何かがルナークの顔面をモロ直撃!

 彼は店に入った速度のおよそ1.8倍の速度で後方に吹っ飛ばされた。

「……あれ、なんか聞き覚えのある声がしたような?」

 店の中から少女の声がした。

「オイ、ベルティ。さすがに今のはやりすぎじゃねぇかい?」

「うー、そんなことないけど~? むしろ全力で手加減したよー?」

 技に聞こえてきたのはこの店に来る者ならば誰でも知る、店主ゲルマルクの声。どうやら少女と会話しているらしいが、その声は何かを心配しているようだ。

「ほら、だって、ね? 穴も開けてないよ。ちゃんと扉から吹き飛ばしたし」

「そういうこっちゃないだろ、オイ」

 取り繕う風な少女の言葉を聞き、ゲルマルクはため息をついた。

 というやり取りを、飛んできた何かに直撃したルナークが聞こえているはずがなかった。

 だって、今ので完全に、彼のHPは0になってしまったから。

「う、うう、さすがにお強い……」

 少女に吹き飛ばされたらしき物体――もとい、その少年はやっとのことで起き上がり、まだ痛む頭を左右に振った。

「しかし、だからこそ挑戦のし甲斐があるというものです! ……て?」

 その少年――アノー・セルピエは拳を握って立ち上がったところで、自分が何か柔らかいものの上に立っていることに気付いた。

 そして目線を下げてみると、そこには、

「わあああああああ! な、何やら人が! ズタズタのボロボロで三日三晩砂漠を歩き続けたが如く見窄らしくくたびれ果て疲れ切った上に精魂共に尽き果てた様相の別に特に理由もなく生きとし生けるもの全てを恨んであまつさえ自分が生きていること自体を心底呪っていそうな感じの男性が何故か私の下敷きにー!?」

「え、何々、どしたのー?」

 アノーの大声を聞いて、店から出てきたのか彼を吹っ飛ばしたドラグレイス最強の竜狩人、【竜喰らい】のベルティ・ザーン。

 ベルティはアノーに踏まれているルナークを見て、

「にゃああああああ! な、何かルナークが! ズタズタのボロボロで三日三晩砂漠を歩き続けたが如く見窄らしくくたびれ果て疲れ切った上に精魂共に尽き果てた様相の別に特に理由もなく生きとし生けるもの全てを恨んであまつさえ自分が生きていること自体を心底呪っていそうな感じのルナークが何故かアノーの下敷きにー!?」

「復唱してないで、さっさと店に運んでやれよ」

 店の入り口に出てきたゲルマルクが、腕組みをして呟いた。

「お、おう! 合点承知ー! って、アノー! 踏んでる、踏んでる!」

「あ、申し訳ありません! 勝てなかった悔しさを堪えきれずに、踏みにじってました!」

「ば、バカー!」

 顔を真っ赤にしたベルティが、ベルティぱーんちで再びアノーを10mくらい吹き飛ばし、慌ててルナークを店の中へと運んでいった。

 ここまでルナークを尾行してきた影は、そのドタバタの一幕を見つつ口元を綻ばせる。

「あ~ぁ、面白そう」


 泣き声が聞こえたような気がした。

 誰のものなのかなど、考えるまでもない。

 あの子だ。

 また今日も、この暗い部屋の片隅で、あの子は泣いているのか。

 行ってあげなくては。

 行って、抱き締めてあげなくては。

 あの子の涙が尽きる前に、声が枯れる前に。

 この手であの子を抱きしめて、言ってあげなければならない。

 大丈夫だから、と。

 そう、それが自分の役目。

 それでもまだ泣きやまないなら、泣きやむまで抱いていよう。

 頭を撫でたりしてあげよう。

 大丈夫だから。

 大丈夫だから。

 ここにいるのは、君一人じゃないから。

 大丈夫だから――


「なんと、この方はさ、詐欺師、なのですか!」

 店内の隅っこにあるソファに寝かされたルナークの素性を聞かされて、アノーは跳び上がらんばかりに仰天した。

「おう、自称ドラグレイス一の詐欺師、【騙り部】ルナークとは、こいつのことだ」

 自称、という部分を一際強く発言し、ゲルマルクは豪快に笑った。

「しっかしまぁ、今までになくくたびれてやがんな、こりゃあ」

 まだ目覚めないルナークの様子を見た彼は、腕組みをして今度はベルティの方を見た。

 チラッ ←ルナークの方を見る

 ササッ ←すぐに別の方を向く

 チラチラッ ←でもまたすぐルナークの方を見る

 サッササッ ←でもまたすぐに別の方を向く

「…………」

「…………」

 それをゲルマルクと、そしてアノーが見ていた。

「あの、ご店主……」

「なんだ、坊主」

「ご店主にお尋ねしても分からぬこととは思いますが、お聞きします」

「おう、なんだ?」

「お師匠殿は何をしておいでなのでしょうか?」

「……お師匠殿とか呼んでたのか」

 ツッコミどころをあえて外したゲルマルクだった。

「気になるんだったら、本人に聞いてみたらどうだ?」

「そうですね。そうするのが正しい選択なのでしょう」

 アノーはコックリと頷くと、ベルティの方に歩き出した。

 それを見て、ゲルマルクはまた呟く。

「本ッ当に真っ直ぐな坊やだな」

 自分がそんな風に評されていると知らず、アノーはベルティに直接質問をぶつけた。

「お師匠殿、一体どうなされたのですか?」

「え? え? ななななな、何!? 何がどうしたの!」

 ベルティ・ザーン、あからさまに挙動不審。

「……どうしたのかとお尋ねしているのは、こちらなのですが」

「ア、アハハ、なんでもないよー。別に。うん、なんでもないからねー」

「何でもないと言うには、お師匠殿の様子はあまりになんでもありすぎるのですが?」

 後でゲルマルクと常連客一同が揃って頷いていた。

「え、え、そうかな? そうなの?」

 あくまで、ベルティの様子は怪しいままだった。

 アノーはルナークを見る。

「お師匠殿、あのお方とはどのようなご関係なのですか?」

「うぇ? ゴカンケイ?」

「聞けば、あの方はお師匠殿に多大なる迷惑をかけているとのことではないですか。それに、先程も聞きましたが詐欺師とは……。官憲に突き出してしまえばよろしいのでは?」

「そ、それは駄目ェェェェェェ!」

 ベルティ絶叫。グッと握った拳が、その力の入り具合を示している。

 しかし叫んだ後で、ベルティは唖然と鳴っている皆を前にハッとした。

「あ、あの、ほら、こんなヤツでも知り合いだし? まぁ、知り合い以上じゃないけどね。腐っても友達とかそういうのじゃないから、ね!」

 取り繕う彼女だが、アノーはそちらを見ていなかった。

「……そう、ですか」

 口でこそは言いつつも、アノーがルナークを見る視線には妙に力が込められているようだった。

(……こりゃあ)

 それに気付いて、ゲルマルクが小さく笑う。


「――う」


 小さく声がした。

 ソファに横たわるルナークのものだった。皆の注目が、そちらに集まる。

「…………あ」

 ルナークはうっすらと目を開いてソファから起き上がった。

 その動きは緩慢で、視点も定まっていない。彼は二、三度頭を振ると、おでこに手を当ててしばし頭を項垂れさせた。

「よぉ、大丈夫かい、ルナーク」

 ゲルマルクが彼を呼ぶ。

「…………」

 声では応えず、ただ顔を上げたルナークの目に入ったのは、立ち尽くすベルティの姿。

「……ああ」

 短く言うと、彼は立ち上がり――そしてベルティをゆるく抱き締めた。

「「……へ?」」

 ベルティ本人含め、その場の全員が硬直する。

 だが場の空気など全く意に介さず、ルナークは腕の中に彼女を抱いて言った。

「大丈夫。……大丈夫だから」

「あ、う……。ル、ルナ……」

 全身を硬直させ、ベルティが震える唇で呟いたその声は余りに小さく、幸い誰にも聞かれることはなかった。

 これに最も大きな反応を見せたのが、アノーだった。

「な、な。な……!」

「…………ん?」

 その気配を察してか、ようやくルナークの視点がはっきりと定まった。

「お、なんだ? あれ? 俺は?」

 キョロキョロと周囲を見る彼に、今まさに、アノーの怒りが炸裂する。

「そこになおれ! 詐欺師風情がァー!」

「なな、なんだぁ~!?」

 抜剣しかけるアノーを、周りの常連客達が何とか止めようとした。

 一方でルナークが離れても固まったままのベルティ。

 こちらは頭から湯気が出ていた。

「あ~ぁ、面白い」

 入り口近く、外からその様子を眺めていた彼女――女詐欺師のジルコニアが、クスクス笑ってそう言った。

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