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おにょめ!  作者: 6496
第一部:竜喰らいのベルティ編
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第七幕 ソルドルム・アーロス

 ジルコニアと呼ばれた女は、何の遠慮もなくルナークの部屋に入ってきた。

「ねぇ、『騙り部』さん、あなたは一体何を狙っているのかしら?」

 女は、その形のいい腰を過剰に揺らしながら彼へと近づき、その目の前でサングラスを外す。

 濁りのない瞳に、ルナークの顔が映り込んだ。

「おい、ジルコニア」

 伸びてくるルナークの手を掴んで、ジルコニアがますます顔を近づける。

「なぁに、『騙り部』さん」

 ジルコニアの右目が、妖しい光を帯びた。

 しかし、それを見据えるルナークの顔は、なんだか気が抜けたような表情が浮かんだ。

「やめとけ、効かねぇって言ってるだろうが」

「……そうみたいね」

 ジルコニアはつまらなそうに肩をすくめて、再びサングラスで瞳を隠した。

「やぁねぇ、私の魅力が分からないなんて」

「何言ってやがる。魅了の魔眼なんてチンケなモンに頼りやがって。抉るぞ」

「まぁ、怖い。そんなことしたら、お返しに噛み千切って差し上げるわ」

 微笑む彼女にルナークは呆れ顔で「どこをだよ」と返し、髪をクシャクシャ掻いた。

「俺まで喰えると思ってんじゃねーぞ、『喰人花マンイーター』」

 ジトッとした目で睨まれて、ジルコニアは微笑んだまま首を傾げる。

「私が食べるんじゃないわ。いずれ、あなたが私を食べるのよ。『騙り部』さん」

「はいはい、と」

 そしてルナークは部屋の隅に置いてあった椅子に座った。

「で、何の用よ?」

「つれないわね。あなたと私の仲なのに」

「おまえが言ってるのは二ヶ月前みたいに俺の獲物を横からかっさらう仲のことか、それとも、こないだみたいに暗殺者雇って俺を殺そうとしたりする仲のことか」

 椅子にふんぞり返ってルナークが語気を強める。

 ジルコニアは軽く頷いて、

「全部」

 と、いけしゃあしゃあと言い放ったのだった。

「近くに火山があるから、行って火口に飛び込んでこい」

「やぁよ」

 クスリと笑うと、ジルコニアも歩いてルナークが座っている椅子の背もたれ部分に肘を突いた。

「ねぇ、ルナ。あなたの目的によっては、手伝ってあげてもいいのよ?」

「ああ、まぁ、場合によっちゃそれも視野には入れてるが、ジルコニア――」

 言った後で、ルナークの視線がジルコニアを射貫く。

「俺をルナと呼ぶんじゃねぇ」

 その視線の圧力に、ジルコニアが僅かながら瞳を見開いた。

「……分かったわ、ルナーク」

 素直に頷く彼女から目を逸らし、ルナークは一つ、ため息をついた。

「俺の狙いね。別に何も隠しちゃいねぇさ。あのソルドルムってオッサンにちょいと用があるだけだよ」

「わざわざ、【白骨卿】の名前まで持ちだして?」

「…………」

 ルナークは押し黙る。

「【白骨卿】ラルフランデなんて、詐欺師が一番使っちゃいけない名前じゃない」

「まぁ、な」

 ジルコニアの面白がるような物言いに、ルナークはただ一度、肩をすくめた。

【白骨卿】ラルフランデは、超一級の竜狩人としても知られる人物だが、それと同じくらい清廉潔白な人物としても知られていた。

 詐欺師などといった人種は、【白骨卿】が最も忌み嫌うたぐいの人種であり、その名を騙った本人に知られた日には、それこそ竜と同じく狩られてしまうことだろう。

「ま、こんな南の端の話が、本人まで広がるはずねぇだろ」

「あら、私が今、聞いてしまったじゃない?」

「おまえだって詐欺師だろうが」

 クク、と、彼は笑う。

「それくらい、誤魔化せるわ」

「無理だね。【白骨卿】を甘く見るな」

 断言するルナークに、ジルコニアはムッとするよりも先に疑問を覚えた。

「どうして、そんな風に決めつけられるのかしら?」

「さてな」

 その疑問を軽く受け流し、今度は彼の方からジルコニアに問いかけた。

「で、おまえは俺に何がして欲しいんだ」

「……そうねぇ、別に、特別なコトじゃないんだけれど」

 ジルコニアは自分がした質問にさして執着を見せず、首を傾げて微笑む。

「あなたの狙いがあのソルドルムだったら、私はあなたの邪魔はしないわよ。むしろ、積極的に手伝ってあげるわ」

「ふーん」

 ルナークの、気のない返事。

「ソルドルムが邪魔、ってことか」

「そ。あの人、時々尋常じゃない殺気込めて私を見るのよ」

「見返してやれよ。その、魅了の魔眼で」

 言い返すと、ジルコニアは疲れたように息をついた。

「あなたに効かないモノが彼に効くはずないじゃない」

「ま、そりゃそうだ。それと後でデコピンな」

 言うと、ジルコニアが「きゃー、暴漢、痴漢ー」とおちゃらけてその場から逃げる。

 ルナークはそれを、本気でつまらなそうに眺めていた。

「……ノッてよ」

「死ね」

 彼の返答はにべもなかった。

「話を戻すが、あのソルドルム・アーロスって男について、どの程度知ってる?」

「さぁ? 知らないわ」

 今度はジルコニアの方がつまらなそうに答えた。

「私が興味あるのは、これだけよ」

 と、彼女は親指と人差し指で輪っかを作ってみせる。

「俺も概ねそんな感じだがな」

「だったらなんで人材のヘッドハンティングなんてしてるのかしら。詐欺師のくせに」

「手の内明かす詐欺師はいねぇ」

 言ってルナークはコーラを煽る。

「ソルドルム・アーロス。一年くらい前までは南部でも多少名の知れた竜狩人だった男だ。最近パッタリ噂を聞かなくなっていたが、まさか――」

「こんな場所で金持ちの護衛をしているとは思わなかった、と」

「そんなトコだ」

「ふぅん……」

 そして訪れる沈黙。

 ルナークもジルコニアも、何かを考え込むように黙り込んでいる。

 だがすぐに、ジルコニアの方が口を開いた。

「教えてあげましょうか。あのソルドルムが、何故、あんな俗物に従ってるのか」

 ルナークがジルコニアを流し見た。

「報酬は?」

「そうねぇ……。考えておくわ」

 それが、二人の取引成立の瞬間でもあった。

 そしてジルコニアは語り始める。今のルナークにとって、必要不可欠であるその情報を。



 翌日、ベルセデン家邸宅、中庭。

 中庭に設置された巨大なプールの傍らで、当主のアルガがジルコニアと戯れていた。

 ジルコニアは真っ白な水着を着ていて、その見事なプロポーションと滑るような肌を惜しげもなく陽の下に晒している。

 ルナークが標的としているソルドルムは、そこから少し離れた場所に立っていた。

 一見するとただ立っているだけのようにも見えるが、しかし見る者が見れば、その立ち姿にほとんど隙がないことが分かるだろう。

 ゆえに、ソルドルムはルナークが声をかける前に彼に気付いていた。

「…………」

「そのような目で見ないでいただきたいものですが」

 ルナークは昨日と同じく、身嗜みをキッチリと整えて邸宅に来ていた。

 ここでの彼は【白骨卿】より使わされた特使、レイナックである。

 しかしソルドルムの瞳は、まるで斬りつけてくる刃のような鋭さで彼を見据えている。その眼差しを真っ直ぐに受けながらも、ルナークは笑みを絶やさない。

「私は、あなたの敵ではありませんよ」

「…………」

 ソルドルムは答えない。表情にも些かの変化もない。

 しかし、ルナークは彼の瞳の光りの変化に気付いた。

 それは威圧ではなく、疑念の光。

「何か、私に言いたいことでも?」

 ヤマを張って言ってみると、ソルドルムがようやく口を開いた。

「何を、掠め取るつもりだ。【騙り部】」

「……おや」

 彼の言葉に、ルナークは薄く笑う。

「【騙り部】? それは一体?」

「ふん、【白骨卿】の名を騙るなど、畏れ多いものだな」

「さぁ、私にはなんのことやら」

「知らぬと思うか、ペテン師が。もう少し自分のことを知っておくべきだな、貴様は」

 今までの無言鉄面皮が嘘であったかのように、ソルドルムは饒舌に喋った。

 それを受けて、ルナークもほんの少しだけ、仮面を外す。

「仮に、私があなたの言う人物であったとしたら、あなたはどうするのですか?」

「…………」

 ソルドルムが、ルナークを睨む。睨む。

 そして言った。

「これ以上、貴様と話す口はない」

「……私のことを、あなたの主に報告しないので?」

 と、彼が問いかけてもソルドルムは何も答えずにクルリと背を向けた。

 なるほど、確かに今はもう、これ以上口を開いて話す気はないようだ。

 ならば、

「なんともお優しいことですな――【竜騎士】殿」

 その二つ名を告げると、ソルドルムの瞳がカッと見開かれた。

 ルナークは内心で、その反応の大きさにほくそ笑む。

 それが開かぬ口ならば、割らせるまでだ。

「貴様……」

 ソルドルムの反応は劇的であった。

 それまでほぼ完全な無表情で、感情と呼べるほどの変化もなかった顔に、今は怒りの色がありありと浮かんでいる。

 ジルコニアから聞いた情報は、事実であるようだった。

「これ以上は、申しますまい。私はこれで」

 あえて挑発的な物言いをして、ルナークはソルドルムの横を通りすぎていった。

 歩いている間、背中にベッタリとソルドルムの視線の圧力が張り付いていて、曲がり角を曲がって彼の死角に入ったところで、ルナークは深く息をつく。

「ったく、遠慮無しに殺気込めやがって……」

 額に浮かんだ汗を拭い、彼は邸宅の中へと入っていく。

「けどまぁ、メドは立ったか」

 歩く彼の足取りは軽い。

 すでにルナークの中では、この仕事は半ば決着がついていた。

 狙い所は分かっているし、そこに到る道も分かっている。

 分かっていない部分もほんの僅かにあるが、それが分かる方法も分かっている。

 だからあとは――自分が少しだけ、頑張ればいいだけだった。

「待ってろな、ベル。もうすぐ、帰るぜ」

 遠く、ウェストレイスの方向に顔を向けて、彼は一言、呟いた。

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