第四幕 その日の夕飯
「いただきます」
「いただきます」
椅子に座り、料理の並んだテーブルを挟んでベルティとルナークは向かい合っていた。
「わーい、おにくー♪」
こんがり焼き上がった豚肉のソテーの真ん中にフォークをブッ刺し、ベルティはそれをあ~んぐり開けた口の中に放り込む。
「……せめてナイフで切れよ、おまへ」
「もむもむもむ、もぐもぐむぐむぐ」
「そして呑み込んでから喋れよ」
「もぐもぐごっきゅん。おいしー!」
「はいはい、まだおかわりはあるからな」
と、やたら嬉しそうに騒ぐベルティに、ルナークはもう一枚ソテーを追加した。
“仕事”直後でよかったぜ、と思うルナークであった。
「ま、お仕事お疲れさん、と。実際のところ、どんな塩梅だったよ」
「ん、もっきゅもっきゅ。らくしょー、ちょーらくしょー」
「だろうな」
ブイサインをかますベルティに、ルナークが苦笑した。
彼女から前もって、標的の地竜がBランク程度であることは聞いていたので、ルナークは特に心配の一つもしていなかった。
「あー、リボンは、どうだ……?」
「ん、大丈夫大丈夫。ルナは心配性ねぇ」
ベルティは、自分の頭に結ばれたブラウンのリボンをチョイチョイ触って笑う。
「そう、ルナさぁ、どうしてわたしの仕事のところに来るかなぁ」
村でのことを思い出して、ベルティはルナークに尋ねた。
「んー? 何がよ?」
「何がよ、じゃなくてさ。どうしてわたしが仕事してたところに来たの、って聞いてるのー。思わず星にしちゃったじゃーん」
「まぁ、おまえには殴られ慣れてるし、特に気にすることじゃねーぞ。100mくらいぶっ飛んだが」
「う~、そういうことじゃなくてぇ~」
なんだかはぐらかされているような気がして、ベルティは唇を尖らせる。
「なんで、わたしの、しごとに、くびつっこむんだって、言ってるんだー!」
考えるのに行き詰まり、ベルティが腕をバタバタさせた。
三枚目のソテーを彼女の皿に載せ、ルナークは「ハイハイ」と笑う。
「ベル、俺、おまえにいつも言ってることがあるよなぁ?」
「う?」
ベルティの動きがピタリと止まる。
ルナークが言った。
「仕事を受けるなら――」
「……正当な報酬を必ず受け取ること、でしょー」
聞き飽きたと言わんばかりの口調で、ベルティがそれを引き継いだ。
「そゆこと。今回の仕事、明らかに報酬が安かったぞ。請求して当たり前だ」
「そ、そうかなぁ? ちゃんとした報酬、もらったよ……?」
「これのどこが?」
と、ルナークが持ち上げたのは、村でもらった報酬の詰まった革袋だった。
「地竜一匹に金貨80枚。金額にして80000ラドル。……はっきり言って、相場の半額だぜ。普通だったら地竜だったら150000ラドルはもらうべきだろ」
ラドルとは、ドラグレイスの通貨単位であり、銅貨一枚で10ラドル、銀貨一枚で100ラドル。金貨一枚で1000ラドルという単位になっている。
ちなみにドラグレイスで一年普通に生活するなら、その費用はおよそ100000ラドルほどであると言われている。
「うーうー、そうかもだけど、そうかもだけど。でも、ほら、村の半分潰されたんだし、わたし以外にも竜狩人雇ってたんだし、ね?」
困ったように言うベルティは、言ってる間に三枚目のソテーをペロリと平らげていた。
すかさずルナークが四枚目のソテーを皿に載せる。
「ま、とりあえずメシ食っっちゃいますかー」
「うー、分かったー」
そして、ルナークがソテーを一枚食べている間に、ベルティはソテー八枚+デザートにプリン四個を食べ尽くし、今夜の夕飯は終了したのだった。
「要するに、おまえはナメられてたんだよ」
食事が終わって午後8時頃、話は再び今回の仕事の話へと及ぶ。
「な、なんだよぉ……」
ナメられてたという言い方に、ベルティはさすがにちょっとした抵抗を覚えた。
「ベルティ・ザーンと言やぁ、ドラグレイス最強。生ける伝説。竜を喰らう存在、みたいなこと言われてるだろ。まぁ、実際8割方当たってるわけだが」
「そうだねぇ、竜の肉は美味しいからねー」
夕飯直後なのに、ベルティはジュルリと舌をなめずる。
「普通は喰えないんだぞ、竜の肉。人間には猛毒だから」
「う~……」
ルナークにたしなめられ、ベルティはまた唇を尖らせた。
「村の連中としてみればその『竜喰らい』に依頼できたんだ。これ以上は望めないだろうが、こう思ったんだろうな。もしも名前倒れだったらどうしよう、ってな。だから別の竜狩人まで呼び寄せたんだろうよ」
「それが、ナメられてるってこと……?」
「そういうこと。しかも見た目がこんな小娘と来ちゃあ、不安にもなるかもだけどよ」
クックックと意地の悪い笑みを零すルナークに、ベルティは「なんだよー!」と頬を膨らませた。
「でもさー、だからってルナが出てくること、なかったんじゃないの?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
ベルティの疑問を、ルナークは一蹴する。
「仕事したなら、こなした仕事の分の報酬はキッチリ受け取る。それが労働だぜ。報酬が低いってのは、やった仕事が正当に評価されなかったってことだ。それはダメだぜ」
「でも、わたしは別に、報酬が低くてもいいんだけどなぁ……」
呟いたベルティの声を、ルナークは聞き逃さなかった。
「報酬が低くても、いいのか?」
「うん。だって、竜を倒せば助かる人いっぱいいるんでしょ? わたしは別に、みんなが喜んでくれるなら、報酬なんか安くてもいいんだけどなぁ……」
「ルナークきーっく」
ルナークがチョップした。
「いた! いたい! っていうか、きっくって言ったよね今!」
「フン、まぁ、『騙り部』ですから」
「なんで!? なんでこの流れで腕組みして勝ち誇った笑顔になれるの!」
しかし指摘されても、ルナークは勝ち誇ったままだった。
「おまえがやってることは、この国で一番危険な仕事だ。分かるな」
「そ、それは分かるけど、急に真面目になられてもついていけないよ、ルナ~」
「今真面目な話してるんだ。話の腰を折るな」
「鏡に向かって言えー!」
しかし指摘されても、ルナークは真面目なままだった。
「う~、う~、でも、ルナ。わたしが竜と戦ったくらいでどうにかなるヤツじゃないって、ルナは知ってるでしょー?」
「知ってる」
ルナークはあっさりと答えた。だが、言葉はそれで終わらない。
「けど、それとこれとは別だ」
「えー、なんで~……?」
「おまえがどれだけ強くても、おまえがどれだけ頑丈でも、おまえがどれだけ平気でも、危険な仕事をしてるなら、その分の報酬は絶対に受け取らなきゃいけない」
「だから、わたしは別に報酬なんて――」
「テメェ、労働者だろうが」
ルナークに言われ、ベルティは言葉を途中で止めて押し黙った。
「……そりゃ、そうだけど、さ」
「竜狩人なんて格好良く呼ばれちゃいるが、それが労働なのは確かなんだぜ。給料だってもらって当然。その給料が安くちゃ話にならねぇよ」
「でも、でも、わたしの稼ぎって、悪くないでしょ?」
「よくもない」
ルナーク、即答。
「ベルティ・ザーンという名前の大きさに比べれば、おまえの稼ぎは微々たるモンだ。むしろ、現状じゃ俺の稼ぎの方が大きいくらいだぜ」
「う~! ルナと一緒にするなー! 毎日毎日十万単位のラドル稼いでる癖にー!」
「頑張ってますから!」
ルナーク、笑った歯が白く輝く。
「……どうして『騙り部』なんて呼ばれるペテン師がそんな稼ぐかなー」
「俺は、正当な報酬を受け取ってるだけさ。ま、表に出せない金だがね」
「お金、お金って、お金がそんなに大事かよー」
不満を垂れるベルティの頭を、ルナークが撫でる。
「なぁ、ベル」
「なんだよー」
「おまえの、その、人が喜んでくれるのが嬉しいって精神は素晴らしいぜ。正義の味方ってのは、まさにおまえのことを言うんだろうがよ」
「うー……、それって誉めてるの?」
「思ったことを言ってるだけだ」
そしてルナークは食器をキッチンに片付けて戻ってくる。
「あのさー、ルナ。わたしは別に正義の味方とかになるつもりはないんだよー? たださー、わたしが誰かの助けになれたらって思うだけなんだけどなぁ」
「助けりゃいいじゃねぇか、それで報酬もらうのがおまえの仕事だろ」
このルナークの言葉に、ベルティは「そうじゃなくてー!」と腕をばたつかせた。
「お金なんかいらないの。わたしは誰かの助けになれればいいんだってば!」
「えー、おまえが稼いでくれれば俺の助けになるんだけどー」
「こ、このやろう……!」
拳をプルプルと震わせて、ベルティはルナークを睨んだ。
ルナークはコホンと咳払いを一つ。
「ベル。おまえのその考え方は素晴らしいぜ、素晴らしいが……、それじゃあダメだ」
「う~、またそれ言う……」
これもまた聞き飽きた言葉。
そして、次に彼はもう一つ、ベルティが聞き飽きた言葉を言うのだ。
それが、実はルナークの口癖だった。
「おまえは英雄になんてなっちゃいけねぇのさ」
「英雄なんてなるつもりなーいー」
「だったら稼げやー。働いた分、きっちり報酬もらってこいやー」
「あーうー、どれくらいがきっちりした報酬か分からないんだってばー」
「だから俺がいるんじゃねーか!」
ビシィ、とルナークが親指で自分を示した。
ルナーク・ザーン。
彼はベルティの夫であり、外では『騙り部』と呼ばれるプロの詐欺師であり、そして同時に、『竜喰らい』ベルティ・ザーンの正式なマネージャーでもあった。
「……でもさ、それって公表できないんでしょ?」
ベルティが冷めた目で見てくる。
「まぁ、俺の本業はペテンの方だしねー。動きにくくなっちまうぜ」
「わたしと結婚してるの秘密にしてる理由も、それ……?」
ベルティの表情に、かすかな翳りが差す。ルナークはそれを敏感に察して、顔に浮かべる笑みを優しいものに変えた。
「いや、明かさないのは、明かしたくないからさ」
「なに、それ。理由になってないよ」
ルナークがベルティの隣に座る。
「立派な理由さ。ベルティは、俺が独占してる。その事実を知ってるのは、俺とおまえだけでいい。その事実も、俺は独占したいんだ」
「……欲張り」
「ああ、欲張りだ」
「……ワガママ、嘘つき、ズルイ奴」
「なんとでも」
そしてルナークはベルティの頬に手を伸ばす。
「あー、もぉ」
ベルティは呻きつつ、顔が熱くなる自分を自覚した。
結局、今日もルナークにいいように言いくるめられてしまった。
でもいつか、きっと必ず、絶対仕返ししてやる。言い負かしてやる。
そう思いながら、彼女はルナークからのキスを、その唇で受け止めるのだった。