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おにょめ!  作者: 6496
第一部:竜喰らいのベルティ編
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第二幕 騙り部

「なぁ、あんた、俺達と組まないか?」

 誰かと仕事をすると、竜を倒した後は大抵こうなる。

「あんたと俺達が組めば、このドラグレイスで一番の竜狩人にだってなれるぞ、どうだ?」

 Bランク如きの地竜に歯が立たなかった三流竜狩人が、随分と大きく出たものである。

 しかし、こんな連中がいようがいまいが、結局ベルティ・ザーンはどうしようもなくドラグレイス1の竜狩人であり、その座を脅かすような存在は今のところ皆無であるのだ。

 ――やんなるなぁ。

 ベルティはため息をつく。

 普段は単独で仕事を受ける彼女だが、今回はドラグレイス西部に用事があり、この仕事はそのついでに受けたものだ。

 依頼人である村人からは、自分以外に竜狩人が来るとは聞いていなかった。

 しかし、だからといって自分単独だと確認したわけでもない。

 そこのところの確認が、甘かったか。

「なぁ、何とか言ったらどうなんだ、ベル」

 ハンター共を率いるリーダーが、彼女を馴れ馴れしく呼ぶ。

 ベルティの目つきが、にわかに尖った。

「その呼び方、やめて」

「あ?」

 何を言われたのか一瞬理解できなかったリーダーが、すぐに気付いて、「あぁ」と声を出した。

「なんだ、ベルと呼ばれるのがイヤなのか? いいではないか、俺達はもう仲間――」

 言いかけたところで、リーダーは口を噤んだ。

 自分を見るベルティの目が、途端に剣呑な雰囲気を帯びたからだ。

「ベルティ。OK?」

「あ、あぁ……。分かった。OKだ」

 気圧され、リーダーが口ごもりながら頷くと、ベルティは軽く頷き返して村に向かって歩き始めた。右手に鎖で繋がれた大鉄球が、重い音を立てて引きずられていく。

 後から話し声が聞こえてきた、

「リーダー、やめとけって、ありゃ仲間に出来ねぇよ」

「しかしな、彼女をスカウトできれば、我々は一躍竜狩人ナンバーワンになれるんだぞ」

「馬鹿言っちゃいけねぇよ。ベルティ・ザーンっつったら、『竜喰らい』じゃねぇか。ありゃあ人間じゃねぇって、もっぱらの噂じゃねぇか」

 聞こえている聞こえている。

 普通ならば聞き取れないような小さな声での話し合いも、ベルティの耳は聞き逃さない。

 そしてベルティは思う。

 ――ああ、本当にやんなる。

 それから彼女は、そのハンター共と一切言葉を交わすことなく、依頼主である村へと到着したのだった。


「“鋼法”――“剣”」

 村に入る前に呟くと、引きずってきた大鉄球がギシリと強く軋んで変形を開始する。

 目を丸くするハンター共の前で、地竜すら押し潰した大鉄球は何の変哲もない一振りの長剣へと姿を変えた。それを、ベルティは腰に帯びる。

「……“鋼法”か、金属を操る術法の一派だったな」

 それくらいの知識はあるのか、リーダーが言った。

 術法とは、人の知を以て世の理に干渉する技術の総称である。

「しかし、あれだけの量の鉄を操るとは……」

 リーダーが戦慄混じりの声を出した。ベルティの使っている技術自体は、学べば誰でも扱えるものだが、しかし、それを操る技術と操れる量はそのまま腕前に直結する。

 そして、kg単位ではなく、t単位の鉄を意のままに操るなど、人の範疇でできるようなことではなかった。ベルティのそれは、完全に人の域を逸脱していた。

「……はぁ」

 ベルティは、もう何度目になるかも分からないため息をついた。

 戦慄、驚愕、恐怖、畏怖。

 いずれも感じ飽きた感情だ。

 人が自分に向けてくる感情の何割が、この部類に属するのか。

 思い浮かんだその思考に、ベルティは我ながら苦笑を浮かべた。

 村の入り口を示すゲートをくぐると、その近くで農作物を運んでいた村人が彼女達に気付いた。

「あ、あんた方は……!」

 と、村人が見たのはハンター共の方。

 ベルティの方はチラリと見ただけ、すぐに視線を外した。

 そこに恐れの光があることを、彼女は見逃していなかった。

「依頼された地竜退治を果たしてきた。村長に会いたいが、おられるか?」

「おお、やってくれましたか!」

 村人が顔に喜色を浮かべた。しかしやったのはベルティの方である。

「村長だったら家の方にいらっしゃると思いますだ」

「そうか。村長の家の位置は分かる。行くとしよう」

 リーダーがハンター共を率いて村長の家に向かって歩き始めた。ベルティはその後ろを適当についていく。

 村人がそそくさと離れるのが見えた。まあいいや、と、ちょっと投げやりな思考。

 村を歩いていると、老若男女問わず、一度こちらに気付いて視線を注ぎ、皆、すぐに目を逸らした。

 それは小さな視線の動きでしかなく、おそらくはハンター共は気付いていないだろうが、鋭敏に過ぎるベルティの感覚は、その些細な視線の動きすらしっかり捉えていた。

 ――石投げられないだけ、マシかな。

 そんなことを考えつつ、彼女とハンター共は村長の家へと到着した。

「失礼、依頼を果たして――」

「だぁから、これっぽっちの報酬であの『竜喰らい』が満足するわけねーでしょっつーの」

 戸をノックし、入って報告しようとしたリーダーの耳に突然飛び込んでくる、軽薄な声。

「し、しかし、そうは言われましても……。ご本人がこの金額でいいと……」

「いやいやいやいや、村長さん村長さん、当人がいいって言ってもねアンタ。強くたってあんな小娘ですよ、当人。金銭感覚だってまだ定まっちゃいねぇっつー話ですよ。だから、俺がいるんですよ。この『竜喰らい』のマネージャーである、ルナーク様が!」

「おい」

「考えてもみてくださいよー、村長さん。『竜喰らい』のベルティ・ザーンといえば、ドラグレイス最強の竜狩人ですよ? 毎日ドラグレイス全土からの引く手数多の大スター。超VIP! それを、こんな値段でなんてねぇ……。いやはや、大それたことだ。逆にその根性に恐れ入る」

「おい、こら」

「全く、その素晴らしい根性に敬意を表して、そう、今ならこっちがさっき請求した金額から二割引でどうだ? これなら払えないってことはないでしょう。どうしても払えないってんなら、ブッキングした竜狩人団の報酬削っちまえばいいんですよ。どうせ、竜倒すのはベルティに決まってるんですから。ねぇ、村長さん、そうじゃないですか」

「蹴るぞ。ベルティきーっく」

 ベルティが後から村長に対してまくし立てていた男のケツを蹴った。

「おぎょぶろう゛ぁるぶらう゛ぁるごぎょう゛ぁるべぎょ!」

 面白い悲鳴を上げながら、男は床を派手に転がって家の壁に激突。

 そこに上に置いてあった荷物が降り注ぎ、男はあっという間に荷物に埋まったのだった。

「お、おお、ベルティさん!」

「依頼、果たしてきましたよ。これが証の地竜の角です」

 目の前で起きた出来事に圧倒され、立ち尽くしているハンター共の横を通りすぎ、ベルティは持ってきた角を村長に見せた。

「おお……。これは間違いありませぬ……!」

「これで依頼は完了です。報酬をいただけますか?」

「あ、いや、しかし……」

 と、村長は荷物に埋まったまま動かない男の方を見る。

「あの男は騙りです。わたしにマネージャーなんていません」

 笑顔を浮かべてベルティは言う。

「あ、そ、そうなのですか……?」

「そうです。いません」

 言うベルティの笑顔に凄みが加わった。背景音は「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」である。

「では、報酬は……」

「それについてはもう決まってるでしょう。その額でいいです」

「分かりました。では」

 と、村長は、金貨の詰まった革袋を持ち出し、それをベルティとハンターのリーダーに渡した。

「確かに。これで依頼は完了ですね。それじゃあ、わたしはこれで」

 ベルティは中身を確認し、さっさと村長の家を出て行こうとした。

 そこで、男が復活した。

「ちょっと待てぇぇぇぇい!」

 男はズカズカと大股に歩いて、ベルティの前に立ちはだかる。

 全身を黒の衣服で固めた、長い黒髪の男だった。

 年の頃は二十代中頃。浅黒い肌をしているが線は細く、顔つきも優男風である。

 しかしそれよりなにより、全身から漂うなんとも言えない胡散臭さが、男の第一印象を決定づけていた。

 即ち、軽薄な男。

「おまえさんなぁ、人の儲けを勝手に横取りするとかどういうつもりだ! いきなり後から蹴りやがって! 怪我したらどうするんだ!」

「むしろどうして今ので怪我しなかったの……?」

 当然の疑問を口にするベルティ。

 だが男は勢いでそれを無視した。

「なぁ、ベルティよぉ。いい加減気付こうぜー。おまえはこのドラグレイスで一番金を稼げる人間なんだぜー。なのに毎回毎回、それっぽっちの報酬で満足しちゃうなんて、もったいない。もっと大きいことやろうぜー。おまえなら伝説作れるって、なぁ、俺と一緒にビッグになろうぜぇ~」

「黙れルナーク」

 ベルティがつっけんどんな調子で男の名を呼ぶ。

「ルナーク……? もしや、『騙り部』のルナークか!」

 ハンターのリーダーがその名を知っていた。

「有名な竜狩人に近づいて、その竜狩人が竜退治に出ている間にその竜狩人の部下を名乗って依頼主から先に報酬を騙し取って逃げる、ペテン師ヤロウ!」

「あ~ん……?」

 ペテン師と呼ばれたルナークが、一転して不機嫌そうな表情でリーダーを見た。

「なんか言いましたかー、名も知れぬ二流竜狩人のお方よぉ」

「な、なんだと……!」

「なんか言いましたかー、名も知れぬ二流竜狩人のお方よぉ」

「い、言い直すな! 侮辱するか、貴様!」

「何が侮辱だよ」

 ルナークは小馬鹿にしたように肩をすくめる。

「竜を倒したのはベルティだろう? なのにどうしてあんたらまで報酬受け取ってるんだよ。報酬ってのはなぁ、やることやったヤツだけがもらえるモンなんだぜー? それを、やってないヤツがもらっちゃダメだろー。んー? そういうのを、ペテンって言うんだぜ」

「ぐ、貴様なんぞに、言われたくはない!」

「俺はやることやってるぜー。俺ァ、全ての竜狩人の価値を知る男だからよぉ。仕事ってのは、ちゃんと適正な報酬をもらって然るべきだろ? 俺は、その分をちゃんと考えて請求してるんだぜー」

「騙し取っているだけだろうが!」

「ノンノン、騙しちゃいないっつーの。正当な報酬を俺が受け取って、貯蓄してやってるんだぜ。ま、銀行みたいなモンと思ってくれよ。報酬分はちゃーんと責任持って預かってるからよ。あ、俺も働いてるんでマージンはもらってるけどな。人件費ってヤツだ。労働には付き物だよなぁ」

「貴様、よくもそこまでペラペラと……」

「安心してくれよ。あんたらと関わるつもりはねぇよ。あんたらみたいのに関わっても特に美味しくもなんともねぇしな。俺は、上級竜狩人御用達のマネージャーなのさ」

「言いたいことは言ったか」

 ベルティが割り込んできた。

「あん?」

「殴るぞ。ベルティぱーんち」

 宣言してから、ベルティは右手を振り上げパンチする。

「あぎゃぐげぎゃぐう゛ぇどう゛ぉふごう゛ぁげごう゛ぇあばびゃばぎゃー!」

 ルナークは壁を突き破り、そして遠い遠いお空の星となったとさ。

「じゃあ、報酬もいたいたんで、私はこれで」

 呆然となっているリーダーやハンター共、そして村長にペコリとお辞儀して、ベルティはそのまま村長の家を後にした。

 さて、とっとと戻るとしよう。

 ベルティ・ザーンのホームタウン。

 ドラグレイス西部最大の都市、ウェストレイスへ。

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