prologue ~喪失~
天才と馬鹿は紙一重だとよく言うが、中学生の彼がとった行動に、皆は異口同音に罵った。
神童、天才、10年に1人の逸材、怪物……。言葉は違えど彼の側には常にそのような言葉が付きまとった。小学生のころに頭角を現し、中学生になるとその名は広く知られるようになった。さらに中学3年生にもなれば、周囲の期待はさらに膨れ上がることになる。
県内外問わず、伝統ある名門校や近年力を付けてきた新興校、さらには復活をかける古豪まで……。彼を獲得しようとどの高校も必死でアプローチしてくる。天性の才能を与えられた投手はどこも欲しがる。もちろん3年後、いや2年後かもしれないエースとしてぜひ迎え入れたい。そう思うのは当たり前だった。
チームメイトやその父兄、ありとあらゆる関係者が彼の進路に注目している中、彼が初めてそのことに口を開いたのは中学最後の大会を終えた後だった。
「野球は、しばらくいいや」
騒然とした。彼の口から発せられたのは誰もが予想だにしない言葉。確かに普段から周りの少年たちとは少し変わった雰囲気を醸し出してきてはいた。だが、それが、平凡な人間には理解不能であるのが天才なのだと皆が納得していたのだ。しかし、さすがにこの時に限っては理解すらできなかった。
高校で甲子園に出場し、大学社会人を経由するかもしれない。そしてプロへ……。野球人としては絵にかいたようなエリートコースだ。彼にはそれだけの力がある。それなのに彼は自らその道を捨てるというのだ。それどころか、野球じたいしばらくいい、とまで。しばらく、と言っていたが実質その言葉は引退宣言だ。
もちろん、思い直すよう必死で説得した。それでも彼の思いは揺るがなかったようだ。それが例え、小学生のころからバッテリーを組んできた幼馴染の言葉からの言葉であっても。
「ふざけるなっ」
幼馴染の罵倒。それを耳をふさいで聞こえないふりをする彼に、さらなる怒りが込み上げてくる。夢だった。彼と同じ高校に進み、またバッテリーを組む。そして甲子園で優勝をするのだ。その夢は2人の共通のものだと勝手に思い込んでいた。
だがそれは結局自分だけの夢だったのだ。そのことに、悔しさを殺しきれない。殺しきれるはずが、中学生に出来るはずもなかった。ずっと思い描いてきた夢が、スタートラインにすら到達できなかったのだから。
そして、一切を語らぬまま、1人の天才投手は野球界から忽然と姿を消した。
残された者の夢や希望その他すべてを塵屑と変えて。
短めですがプロローグです。感想等待ってます。