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8【胎動】

鏡の中に映る俺――オーエンの姿は、農奴の子供にしては鋭すぎる光を宿している。ワインレッドの髪は少し伸び、琥珀色の三白眼は、世界の構造を見透かすような冷徹さを増していた。


そして、隣に立つカトレアは、さらに「異質」で美しい存在へと変貌を遂げている。

彼女の肌は、俺の好みを反映したかのように血の気のない、新雪のような白さを極め、その分だけ、潤んだ赤い瞳が鮮烈に際立っている。


「……オーエン。……見て。……また、少し……大きくなったの。……あなたの、……好きなように」


カトレアが恥じらうように、見習いシスターの服の上から胸元を強調する。十歳にしては早すぎる心身の成熟。それは、彼女が「花人」として俺という伴侶に最適化しようとする本能の現れであり、俺への独占欲の象徴でもあった。


この五年、俺たちは牙を研ぎ続けてきた。


【改造】の練度は飛躍的に向上している。

当初は魔石を結合させるのが精一杯だったが、今では素材の分子構造に干渉し、魔力伝導率を強制的に引き上げることが可能になった。フォレストウルフの毛皮を編み込んだ皮鎧や、ジャイアントボアの牙を削り出した双剣。俺の手で「改造」された装備は、一見すると無骨だが、そこらの騎士団の制式装備を凌駕する性能を誇っている。


だが――魔道具作りだけは、依然として高い壁にぶつかっていた。


「……物理的な強化はできても、現象を『記述』できない。……やはり、根本的な回路の知識か、手本となる『魔法陣』が必要だな」


俺がそう零すと、カトレアは俺の指に絡めた自分の指に力を込める。


「……いいのよ、オーエン。……魔法なら、……わたくしが。……あなたの望むまま、……すべてを焼き尽くし、……貫いてあげるから」


彼女の頭頂部にある蕾は、外側が白く、内側がどろりとした黒。その不気味な蕾が、俺を独占したいという彼女の情動に合わせて、妖しく揺れる。


魔物狩りは順調だった。

カトレアの「植物魔法」で拘束し、俺が「改造」した武器で止めを刺す。

魔物が塵となって消えた後に残る素材のうち、武具に適さない部位や魔石は、カトレアの父である神父を介して換金した。農奴の家系としては考えられないほどの貯えが、屋根裏の隠し場所に積み上がっている。


すべては、十二歳の『徴募アダルト』を乗り越えて羽ばたいていくための準備だ。


しかし、慢心があったのかもしれない。


「……今日は少し、足を伸ばしてみよう。……もっと魔力密度の高い素材が必要だ」


俺のその一言で、俺たちは村の境界を大きく越え、深い森の奥へと踏み込んだ。

それが、間違いだった。


「…………ッ!?」


意識が、唐突に断絶した。

背後から音もなく忍び寄った「何か」に、感知すら許さず、首筋に衝撃を受けた。

前世で修羅場を潜り抜けてきた俺が、反応すらできなかった。


次に目を開けた時、視界に入ってきたのは、最悪の光景だった。


「……が……はっ……!」


肺に溜まった空気を吐き出し、俺は周囲を見渡す。

そこは、巨大な粘着質の糸が幾重にも張り巡らされた、悪夢のような広間だった。

立ち込める腐敗臭と、カサカサと硬い節足が擦れ合う不快な音。


そして――空間の中央。


巨大な、あまりにも巨大な漆黒の蜘蛛が、天井から吊り下がっている。

その蜘蛛の足元で、白い繭に包まれ、宙吊りにされている少女。


「……カトレア……!!」


俺の叫びに応えるように、繭から覗く彼女の顔が、恐怖に歪んだ。

雪のような白い肌が、蜘蛛の吐き出した毒のせいか、あるいは絶望のせいか、青白く透き通っている。


「……あ……オ、……オーエン……。……逃げて……。……これ、は……『変異種』……。……私の、……茨が……食べられて……」


彼女の赤い瞳が、涙で潤んでいる。

いつも俺を独占しようと強く振る舞う彼女が、初めて見せた、年相応の弱さと、俺を失うことへの恐怖。


巨大な蜘蛛の複数の複眼が、獲物を見下ろすようにギラリと光った。

その鋭い牙には、俺たちをこの世界から永遠に引き離すための、猛毒が滴っている。


「……俺の女に、……触れるなと言ったはずだ」


俺は震える足で立ち上がり、右手をかざした。

内側から溢れ出すのは、冷静な計算ではない。

カトレアを奪おうとする「世界」への、どす黒い支配欲と、煮え滾るような怒り。


【改造】の魔力が、俺の琥珀色の瞳の中で狂ったように渦巻いた。


「……その汚い足も、……糸も、……存在そのものも。……俺の許可なく、……俺の宝物に触れた罰だ。……塵すら残さず、……書き換えてやる」


オーエンのワインレッドの髪が、怒気とともに逆立つ。

十歳の冬。

二人の絆を試す、真の「試練」が幕を開けた。



オーエンの脳裏に、前世のゲームで培った「効率的な立ち回り」が冷徹なノイズとして響く。咄嗟に飛び出そうとした足を止め、彼は自分の手に巻き付けられている糸を凝視した。


(落ち着け。今、俺がここで捕まれば共倒れだ。構造を分析しろ……)


指先から魔力を流し込み、この巨大な巣の「構成」を【改造】の権能で読み解く。

蜘蛛の糸は驚くほど強靭で、魔力伝導率も高い。それはつまり、オーエンのスキルにとって最高の「触媒」であることを意味していた。


巨大な蜘蛛——『アラクネ・ウィーバー』が、獲物の震えを感知しようとその長い脚を震わせ、カトレアへと歩み寄る。


「……ッ、させるか」


オーエンは自分の事を縛っていた糸を【改造】で破ると、地面に転がっていた鋭い小石を一つ掴み、それに【改造】を施した。

これはもはやただの石ではない。【改造】の力をより強く籠めることで接初した物…巣全体の「張力」と「粘着性」を逆転させるための、いわば**『物理法則のウイルス』**へと書き換えたのだ。


彼はその石を、カトレアを拘束している中心部へ向かって全力で投げつけた。


逆転の構造

パキィィィィン!


乾いた音が響いた瞬間、カトレアを縛り付けていた粘着質の糸が、まるで凍りついたガラスのように脆く、結晶化して砕け散った。

それだけではない。オーエンが石に込めた【改造】の波動が巣全体を駆け巡り、蜘蛛が足場にしていた糸が、逆に蜘蛛自身の脚を鋭く突き刺す「棘」へと変貌する。


「ギチ、ギチィッ!?」


自慢の獲物から牙を剥かれた蜘蛛が、混乱して体勢を崩す。

その隙を、彼女が逃すはずもなかった。


「……オーエン。……遅い、わ……♡」


自由になったカトレアが、宙で身を翻す。

彼女の頭頂部にある蕾が、どす黒い情動に呼応して激しく脈打ち、そこから漆黒の茨が爆発的な勢いで放出された。


「『茨の葬列』……!」


カトレアの放つ植物魔法は、蜘蛛の巨体を容赦なく貫き、空中で固定する。

フルダイブゲームで培われた彼女の戦闘勘は、もはや10歳の子供のそれではない。


オーエンは崩れ落ちる蜘蛛の残骸へ歩み寄り、最後の一撃としてその頭部に手をかざした。


(【改造】——構造崩壊)


ベチャリ、という嫌な音と共に高所から落下した巨大な蜘蛛は霧のように霧散し、その場には魔力の通りが良さそうな「大蜘蛛の毒腺」だけがドロップ品として残された。


甘い独占の徴

静寂が戻った森の中で、カトレアは着地するなり、オーエンの胸へと飛び込んできた。

糸で少し乱れたシスター服のまま、彼女はオーエンの首筋に顔を埋め、深く、深く呼吸をする。


「……心配、したんだから。……あなたが死んだら、私、この世界ごと……全部、壊しちゃうところだったわ」


カトレアの震える指先が、オーエンの頬をなぞる。

その赤い瞳には、恐怖よりも、彼を失いかけたことによる強烈な独占欲が渦巻いていた。

頭の上の蕾は、今にも開きそうなほどに膨らみ、黒い花弁の端から甘すぎる香りを漂わせている。


「悪かった。俺の不徳だ……二度と、君を不安にさせない」


オーエンは彼女の細い腰を抱き寄せ、その熱を確かめる。

ドロップした「毒腺」を眺めながら、彼は冷静に次の「強化」を思考していた。


(この毒腺を使えば、武器の魔力伝導率をさらに上げられる。次はもっと、カトレアを守るための…………)


二人の間に流れるのは、10歳の幼子には似つかわしくない、重く淀んだ、けれど純粋な愛の形だった。

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