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7【六歳の誓い】

季節が巡り、俺とカトレアはこの世界で六度目の冬を越した。

六歳の誕生日。本来なら、成長を祝うささやかな宴に胸を躍らせる年頃なのだろう。だが、鏡の中に映る俺――オーエンの瞳に宿っているのは、幼子特有の無邪気さではなく、獲物の急所を見定めるような冷徹な琥珀色の光だった。


ワインレッドの髪が、冬の薄い陽光に透けて血のように鈍く光る。

俺は居間のテーブルを挟んで、農奴である両親と向き合っていた。傍らには、当然のようにカトレアが寄り添っている。


「……父さん、母さん。話があるんだ」


俺の声は、自分でも驚くほど低く落ち着いていた。

最近の両親は、俺が口を開くたびに少しだけ肩を震わせる。それは畏怖であり、同時に、あまりにも異質な成長を遂げる我が子への困惑でもあった。


「オーエン……。……それは、やはり『外』のことか?」


父親が、絞り出すような声で問い返してくる。俺たちの模擬戦を、父さんは何度か陰から見ていた。

カトレアの放つ凶悪な漆黒の茨と、それを冷徹な目つきで【改造】し、地形ごと書き換えて迎撃する俺の姿。村の自警団など足元にも及ばない、前世の経験に裏打ちされた「戦士」の振る舞いを、彼らは目撃してしまったのだ。


「ああ。……12歳の『徴募アダルト』まで、あと六年しかない。……今のまま、ただの農奴として過ごせば、俺とカトレアは引き離される。……それは、絶対に嫌なんだ」


俺がそう口にした瞬間、隣に座るカトレアの指先が、俺の服の裾を強く掴んだ。

彼女の頭頂部にある蕾が、歓喜と独占欲を孕んでピクリと震える。


「……そうよ。……わたし……、オーエンのいない場所なんて、……地獄と同じ。……お父様たちには、……わかってほしいの」


カトレアは静かに、独特の間を置いて言葉を紡ぐ。その赤い瞳は、真っ直ぐに俺の両親を射抜いていた。彼女の身体は、俺の好みを無意識に反映しているのか、雪のように白く透き通り、金髪とのコントラストが神聖な、あるいは不吉なほどの美しさを放っている。


「……そのために、魔物を狩りに行きたい。……ユニークスキル【改造】の出力を上げるには、そこら辺に転がっている石や土じゃ足りないんだ。魔力を通しやすい、魔物の素材……『ドロップ品』が必要なんだ」


俺は右手を軽く掲げた。

手の中で、琥珀色の瞳と同じ輝きの魔力が渦巻き、木製のコップの構造を一瞬で書き換え、表面を硬質な鉱物のように変質させてみせる。


「……っ。……ああ、わかっている。……お前たちが、もう俺たちの手の届かないところにいることも、……そうしなければ生き残れない世界だということも」


父親は深く、苦しげに溜息をついた。隣で母親が不安そうに父の腕を握る。

村長が孫のヴァンを騎士として育てるため、村の資源を独占し始めている現状を、父さんも苦々しく思っていたはずだ。


「……わかった。許可しよう。……ただし、最初は森の浅瀬にいるスライムだけだ。……そこで、お前たちが怪我をせずに帰ってこられると……危険な真似じゃないと、証明してくれ」


「……ありがとう、父さん。……約束するよ。俺たちは、二人で必ず帰ってくる」


俺は短く答えると、立ち上がった。

琥珀色の三白眼が、窓の向こうに広がる深い森を見据える。


(構造分析――。周囲の魔力密度の上昇を確認。……スライムか。今の俺たちの『素材』としては最低ランクだが、……第一歩としては悪くない)


「……オーエン。……嬉しい。……二人きりの、……初めての『お仕事』ね」


カトレアが、薬指の指輪に触れながら、蕩けるような笑みを浮かべた。

彼女の甘い白百合の香りが、冬の冷たい空気の中で一層強く漂う。


六歳の誕生日。

それは、平穏という名の停滞を捨て、俺たちがこの残酷な世界を「改造」し始めるための、血塗られた幕開けだった。



村の外れ、静まり返った湖へと続く道。

冷たい空気の中、カトレアの放つ甘い白百合の香りが、俺の鼻腔をくすぐる。


「……オーエン。……緊張しているの? ……あなたの目、……いつもより少し、……鋭いわよ」


カトレアが俺の琥珀色の瞳を覗き込み、愛おしそうに囁く。


「いや……。少しばかり、構造分析のシミュレートをしていただけだ」


「……ふふ。……ここのスライムは、……本当に大人しいから大丈夫。……私も以前見たけれど、……ヴァンのバカがうっかり踏みつけても、……反撃すらして来なかったもの」


ヴァンの名が出た瞬間、俺の瞳にわずかな不快感がよぎった。


「……カトレア。あいつの名前を、二度と口にしないでくれ。……不愉快だ」


「……っ♡」

カトレアは吐息を漏らし、恍惚とした表情を浮かべた。

「……ごめんなさい、オーエン。……嬉しいわ。……あなたの世界を、……私だけで埋め尽くせているみたいで……」


湖の青が見えてきた。

そこには、水面を漂うように、ぷるぷるとした粘体がいくつか点在している。


「……さて。……初陣だ、カトレア。……俺たちの未来のための、最初の『素材』を収穫しよう」


「……ええ。……あなたのための力、……見せてあげるわ」


俺の琥珀色の三白眼が、スライムの核を――その内部構造を冷徹にロックオンした。


カトレアが静かに手をかざす。

「……『いばら』」

地面を突き破り、漆黒の茨がスライムを絡めとる。動きを封じられた獲物へ、俺は音もなく歩み寄った。


(構造分析……。見た目通り組成の九割が水分。中心に魔力を帯びた核……。この『核』こそが素材か)


俺は右手をスライムに触れ、【改造】を発動させる。

魔力を流し込み、核の結合を無理やり引き剥がす。不快な震動とともにスライムの体が霧散し、手のひらには小さな、鈍く光る石が残った。


「……これが、魔石か」


俺はそれを琥珀色の瞳でじっと見つめた。

前世の知識では、これを加工すれば「魔道具」になるはずだ。だが、この世界の「魔道具」がどのような論理で構築されているのか、その「構造」を俺は知らない。


ただ石を剣の形にしても、それは単なる「石の剣」だ。魔力を通して火を吹かせたり、持ち主の能力を底上げしたりするような、神秘的な『加工法』がこの世界にはきっと存在するはずだが、今の俺にできるのは【改造】という物理的・構造的な改変能力だけだ。


「……オーエン。……その石、……綺麗。……あなたの目に、……少し似ているわ」


カトレアが背後から俺の首に腕を回し、耳元で熱い吐息を吐く。

彼女は俺の手にある魔石など見ていない。ただ、それを見つめる俺の瞳だけを凝視している。


「……カトレア、今の俺には、この石を使えるように変える知恵はない。……だが、こいつの構造を無理やり組み替えれば、単なる土くれよりはマシな武器の基部パーツにはなるはずだ」


俺は魔石を握りしめ、冷徹に告げた。

世界が俺たちを切り離そうとするなら、俺はこの世界のルールさえも、自分たちの都合のいいように【改造】してやる。たとえ今は、その方法を知らなくても。


「……いいわ。……あなたが望むなら、……私がいくらでも、……獲物を捕まえてあげる。……オーエンは、……私のそばで、……ずっと何かを作っていればいいのよ……」


カトレアの「蕾」が、黒い花弁をさらに覗かせながら激しく震える。

俺は彼女の白い指を強く握り返し、次の獲物へと視線を向けた。

知恵が足りないなら、奪えばいい。素材が足りないなら、狩ればいい。



「……オーエン。……じっと見つめて。……その石が、……羨ましいわ」


カトレアが背後から俺の首に腕を回し、耳元で甘く、湿った声を漏らす。

彼女の頭頂部にある蕾が、嫉妬と愛欲に小さく震えている。


「……君の瞳に、……その石じゃなくて、……わたしだけを、……映してほしい」


「ああ、分かっているよ、カトレア。……この石はただの『部品』だ。君という完璧な存在を飾るための、些細な欠片にすぎない」


俺は彼女の白い手に自分の手を重ね、石を握り込んだ。

カトレアは俺の言葉に満足したのか、喉の奥で「……ん♡」と小さな吐息を漏らし、俺の肩に顎を乗せる。


「……さて。……カトレア、残りの連中も片付けるぞ。……今の俺には魔道具を作る知恵はない。なら、試行錯誤するための『数』が必要だ」


「……ええ。……いくらでも、……あなたの望むままに」


カトレアが前方を向くと、その赤い瞳が冷酷な「狩人」のそれに変わった。

湖畔に残った三匹のスライム。

それらは自分たちの仲間が消滅したことにも気づかず、のんびりと水面を跳ねている。


「……『いばら』」


カトレアの短い呟きとともに、地面から漆黒の茨が爆発的に伸びた。

彼女はフルダイブゲームで培った戦闘勘を遺憾なく発揮し、一切の無駄なくスライムたちの核を「茨の檻」で締め上げる。


「ぷきゅっ!?」「……っ!」


俺は彼女が捕らえた獲物へ次々と近づき、右手をかざす。


(構造分析――。魔力供給を遮断、核を物理的に分離――【改造】!)


ベチャッ、という水が弾けるような音とともに、スライムたちが次々と消散していく。

地面には、さらに三つの魔石が転がっていた。


「……これで四つか。……効率は悪くないな」


俺はそれらを拾い上げ、一つを試しに、俺がカトレアに贈った「名もなき石の指輪」の表面へと押し当てた。


(【改造】――結合。指輪の分子構造を一時的に弛緩させ、魔石を受け入れろ)


魔力が走り、指輪の表面が泥のように柔らかくなる。

そこへ魔石をめり込ませ、再び硬化させる。

出来上がったのは、銀色の石の指輪に、琥珀色の魔石が埋め込まれただけの、武骨な「魔石付きの指輪」だ。


「……魔力を通してみる」


俺が指輪に魔力を流し込む。

だが、指輪はただ琥珀色にボゥと光るだけで、それ以上の現象は起きなかった。


「……失敗か。……光るだけでは、……灯火ともしびの代わりにもならない」


「……いいえ。……素敵よ。……オーエンが作った、……わたしだけの宝物。……光っているだけで、……あなたの愛が、……見えるみたい」


カトレアは指輪をはめた指を愛おしそうに眺め、その琥珀色の光を赤い瞳に反射させて微笑む。

その微笑みは聖女のように清らかで、同時に、俺をこの世界に繋ぎ止めようとする執念に満ちていた。


「……カトレア。……俺はもっと、君を守れる力が欲しいんだ。……こんな、光るだけのガラクタじゃなくて」


「……ふふ。……なら、……また一緒に探しましょう。……あなたの欲しい答えも、……私を独占するための力も、……全部……」


冬の湖畔に、彼女の甘い白百合の香りが漂う。

俺は彼女の腰を強く抱き寄せ、唇を重ねた。


魔道具の知識。この世界の魔法の体系。

足りないものは山ほどある。

だが、隣にこの少女がいる限り、俺は何度でも世界の構造を書き換えてやる。


「……帰ろう、カトレア。……今日はもう、……父さんたちに顔を見せておかないと、……余計な心配をかける」


「……そうね。……でも、……歩くのは疲れたわ。……オーエン、……おんぶして?」


カトレアが甘えるように、俺の背中に回る。

俺は少しだけ苦笑し、ワインレッドの髪を揺らしながら、その小さな――しかし未来の伴侶となる重みを背負った。


琥珀色の三白眼に、沈みゆく冬の夕日が映る。

六歳の冬。

俺たちの「異世界生活」は、まだ始まったばかりだった。

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