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9【旅立ちの日】

あれからさらに年月が流れ、ついに旅立ちの年がやってきた。

 この世界の慣習では、十二歳になれば成人と見なされる。とはいえ、誕生日に即座に村を放り出されるわけではない。俺たちは移動のしやすさを考慮し、雪解けが進み、生命の息吹が芽吹く今年度の春に出立することに決めた。


「オーエン、準備は……もう終わった?」


背後から、鈴の音を転がしたような、どこかおっとりとした声が響く。

 振り返れば、そこには新雪のように一点の曇りもない白い肌と、燃えるような紅い瞳を持つ少女――カトレアが立っていた。

 白一色の髪の間からのぞく、彼女の種族の証である『蕾』は、この数年で驚くほど存在感を増している。彼女の心身の成長に合わせるように、その蕾は開花への準備を静かに進めているようだった。


「ああ、ほぼ完璧だ。この辺境で用意できるものとしては、これ以上ない仕上がりだと思う」


俺は、手元にある装備品を愛おしく撫でた。

 これまでの数年間、俺たちは文字通り泥にまみれて魔物を狩り続けてきた。そこで得た資金と素材、そして前世のゲーマーとしての「効率的な立ち回り」の知識を総動員して、俺たちの装備を整えた。

 特に、神父さんの博識と俺の持つ前世の理論を掛け合わせ、さらに俺の権能で微調整を繰り返した防具は、とても辺境の村の農奴が持っているとは思えないほどの上質な逸品だ。


「……よかった。ずっと、一緒だもんね」


カトレアが俺の腕に自身の細い腕を絡めてくる。

 彼女の身長はまだ低いままだが、その体つきは……いや、俺の好みを反映したかのように、十二歳とは思えないほどに豊満だ。密着する柔らかな感触に意識が飛びそうになるが、彼女の視線は俺の反応を逃さじと、じっと、深く、熱を孕んで向けられている。


 冬の間、魔物の数が減って狩りに行けない時間は、俺たちにとって「研究」の時間だった。


「魔道具の方は、結局……上手くいかなかったけどな」


俺は研究室代わりに使っていた机を見つめて、小さく嘆息した。

 カトレアの父親の話では、魔道具はこの国の伯爵家以上の貴族が抱える職人か、三つあるダンジョンからの出土品に限られるという。金さえ積めば手に入るような代物ではなく、構造を分析するためのお手本サンプルすら、この村ではついに手に入らなかった。

 俺のスキルがあれば、形あるものなら『改造』できたかもしれない。だが、無から有を生み出すことはできず、魔力循環の基礎構造がわからないままでは、ただのガラクタの山を積み上げるだけだった。


「いいよ、オーエン。魔道具なんてなくても、私があなたを守るから」


カトレアの言葉は穏やかだが、その紅い瞳の奥には、俺を害するあらゆるものから守り抜くという、執念にも似た決意が宿っている。

 彼女の手に巻かれた『フォレストウルフの牙』を用いたウィップブレードが、主の意思に応えるようにかすかに鳴った。


二人で持ち運べる荷物には限りがある。

 前世の知識で優先順位を絞り込み、必要最低限かつ最高効率の物資を背負い袋に詰め込んだ。

 この村を出れば、もう後戻りはできない。

 だが、隣には前世で誓い合った最愛の恋人がいる。


「行こう、カトレア。俺たちの新しい生活を、探しに」

「うん。……オーエンの行く場所なら、どこまでも、地獄までだってついていくわ」


カトレアは微笑んだ。その瞳に、俺以外の何者も映していないことを確信させる、どこか危うくも美しい笑みだった。

 春の柔らかな風が、俺たちの背中を優しく、あるいは残酷に押し出した。


雪解け水が小川を勢いよく流れる音が聞こえる、柔らかな春の朝。

 この世界の慣習に従い、十二歳という「成人」の節目を迎えた俺たちは、住み慣れた辺境の村を後にする。


「オーエン、準備……本当に、これで全部?」


隣で俺の袖を控えめに引くのは、幼馴染であり、前世からの最愛の恋人――カトレアだ。

 新雪のように真っ白な肌に、燃えるような紅い瞳。白一色の髪の間からは、彼女の種族の証である『蕾』がひっそりと、しかし数年前より確実に膨らみを増して顔を出している。

 俺の好みを反映したというその身体は、十二歳という幼い年齢に似合わず、驚くほど肉感的で起伏に富んでいる。新調したばかりのシスター服の上からでも隠しきれないその曲線に、俺は無意識に喉を鳴らしそうになった。


「ああ、完璧だ。この数年、俺たちの命を守ってくれた装備も、俺の『改造』でこれ以上ないくらいに調整してある」


背負い袋の重みを確かめる。中には、冬の間に魔道具製作を試みては失敗し、その過程で副産物として磨き上げた上質な物資が詰まっている。結局、本物の魔道具は手に入らず構造の分析もできなかったが、今の俺たちの装備は、少なくともこの辺境の地では到底拝めないような逸品だ。


村の出口には、俺たちの両親と、何処か申し訳なさそうな、複雑な表情を浮かべた村長が立っていた。

 村長が浮かべているのは、農奴の子として過酷な扱いをしてきたことへの罪悪感か、あるいは、村の貴重な戦力である俺たちを失うことへの損失感だろうか。今の俺には、どちらでもいいことだった。


「……ヴァンは、もう行ったのか」

「さっき、行商人の馬車に乗せてもらって……出発したわ。私たちも誘われたけど……断ったのは、オーエンよね?」


カトレアが、少しだけ間を置いた独特の喋り方で答える。

 同じく成人を迎え、町へ向かったヴァン。彼と共に道を行く選択肢もあったが、俺たち二人の「蜜月」を邪魔させるつもりなど毛頭ない。ヴァンも、俺たちの拒絶に激昂することなく去っていったあたり、多少は成長したのかもしれないが……俺にとっては、もはや視界に入れる必要もない存在だ。


「さあ、行こう。カトレア」


俺は、少ない見送りの人たちに向かって形ばかりの手を振り返すと、もう片方の手でカトレアの肩を抱き寄せ、その柔らかい体温を確かめた。


「ひゃっ……、……ん、嬉しい。オーエン、大好き」


カトレアは一瞬恥ずかしそうに肩をすくめたが、すぐに俺の胸に頭を預けてきた。彼女の紅い瞳が、俺以外のすべてを切り捨てたかのような、熱を孕んだ光を放つ。

 彼女の独占欲を知っている俺は、その重みに心地よさすら感じていた。


「ほら、カトレアも。最後なんだから、恥ずかしがってないで手を振り返してあげなよ。……これからは、本当に二人きりなんだからさ」

「……うん。二人きり……ふふ、いい響き。……バイバイ、皆さん」


カトレアは俺に抱きついたまま、名残惜しさなど微塵も感じさせない冷ややかな、それでいて形だけは美しい微笑を村に残し、俺と一緒に一歩を踏み出した。


春の風が、俺たちの背中を、新しい世界へと押し出していった。

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