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仮面外れる時・02/14・前

 八科(はっか)先輩に、チョコレートを渡したい。

 バレンタイン、同じ陸上部の時から欠かさず渡していたけれど、進学してしまった。

 なのに、お姉が八科先輩を家に呼んでくれる分、私はみんなよりも八科先輩との距離が近い。

 圧倒的なリードを誇っているけれど、大きな欠点がある。

 八科先輩がそのお姉と付き合っている。お姉は何故かはぐらかしているけれど確定的だ。

 不破未代(ふわみよ)樋水(ひみず)(かえで)。それが憧れの八科(はっか)智恵理(ちえり)と並々ならぬ関係になった二人。

 私が、果たして八科先輩とお近づきになれるのか。

 正直無理だと思っているけど、なにせあまりに憧れの存在だから。

 お姉が、キスなんてしているところを見なければ、八科先輩が変わったことを知らなければ、憧れるままで終われたのに。


―――――――――――――


夢生(むう)、チョコ買いに行く?」

「……なに、藪から棒に」

「智恵理と楓にあげる予定だから」

「行く」


 脊髄反射で答えてしまうと、お姉はくつくつ笑いながら鞄を肩にかける。

 相変わらず――その仕草が――いまだに慣れない。

 八科先輩だけじゃない、お姉もすっかり変わった。

 徐々にその事実に気付いている。樋水先輩がお姉と八科先輩を変えて、誑かすわけじゃないけど傍から見たら侍らせている。その辺全部やきもきしながらも、私は八科先輩との太いつながりを得ているために特に球団はしないでいる。

 けれど、八科先輩以上にお姉の変化には戸惑うことばかりだ。

 自分できちんと学校に行くし、姉らしい態度も見せるようになった。

 強くて頼もしくて、頼れる、最近は思いもしなかったけど――今よりずっと昔、物心つく前に、先に生きる者としてのお姉は、そんなだった気がする。

 そんなことを、ふとした瞬間に思う。


「どしたの? ほら着替えて。行くなら早く決めよう」

「……はいはい。わかったよー」

「生意気なやつ」


 私の言うことを、全て優しく抱き留めるようにくつくつと笑うのだ。


――――――――――――――


「絶対こっち!!」

「いや高いって! 友チョコだよ!? 引かれるから! ドン引きだから!」

「八科先輩渡すチョコだよ!? 安いくらいだから!」

「お前去年までどんなチョコ買ってたんだよ!?」


 正直、盛ってる。前までは手の届く範囲で選んでたけど、お姉がちょっと範囲広く大き目のデパ地下なんて遠出するものだから、私も贅沢を言ってる。

 これでも、買える中では一番高いチョコを買っていたんだから、行動は一緒、のはず。


「ほら落ち着いてみろよ~この値段。流石に一万超えるのは……なあ? それはやりすぎ。夢生の小遣い一月分でも足んないじゃんか。私は楓にも同じの買うんだから」

「……じゃあ五千円の」

「お前~……」

「単価とか二人分とか関係なくて、別にお姉も違うのでいいよ。私は八科先輩には……高いのって決めてるから」

「……ん~……そうかぁ……」


 お姉は一度だけ財布を開いてすぐにしまった。


「じゃ、好きなのえらべばいいよ。私はまた今度、同じの二個買う」

「……え?」

「たぶん、夢生のが智恵理のこと好きだと思うよ。でも私は二人の、一番の人だからさ。こういうところくらい示しをつけないとね」


 絶対にこんな風に他人に尽くす人じゃなかったのに。

 そうやってさらりと言ってのけるお姉はどうしてもかっこよく見える。


「じゃあ一番高いの買うね……一万円超えの……」

「お前容赦しろよなー……いいけどさぁ……」


 頑張ればお姉を破産させて、八科先輩にリードできるんじゃないかな。

 私の覚悟と同等に、お姉の覚悟も確認できた。


 あとは来たるバレンタイン。

 きっと、それほど変わらない。

 チョコを渡して、挨拶を交わして終わるだけ。

 そんな、日常の延長戦の、ほんの少しの短い時間。

 それを少しでも濃密にできればと祈るだけだった。

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