第8話 孤高の少女
静まり返った住宅街。
一人の少女──ユイカが、落ち着きのない様子で辺りを見回しながら一歩一歩、歩みを進めていた。
その後ろに、異様に長く伸びた影。
(挙動不審ね……裏切りにも罪悪感があるのかしら?)
付かれ離れずと一定の距離を保ちながら追っていたエルザは鋭い目線で前の背中を射貫く。
(ユイカが裏切者とは、まだ決まっていないわ。何もないといいのだけれど)
思考をめぐらす中、前のユイカが振り向いた。目線の先にはエルザ。
しかし、彼女はユイカの目線には認識されていなかった。
エルザの輪郭が、壁側の影と重なり、人と闇の境界線がおぼろげになる。影に溶け込んだ彼女を、誰も「そこに居る」というのを認識しない。
何かに怯えたのか、ユイカは突如走り出した。
しかし、エルザはその場から動かない。
ユイカの背中は曲がった角の先へ消える。
それでも、エルザは見失うことがない。
角を曲がり終えたユイカが怯えた様子ながらも息を整える。
その様子も、エルザは視界に捉えていた。
ユイカの背後の影が、長く伸びる。
魔法少女エルザ。
彼女の能力は影を操る能力。自身が影に溶け込みつつも相手の影からの視界共有、追跡が可能。
つまり、偵察や情報収集にたけた能力だ。それを買われて、魔法少女ルイとメルルが彼女にユイカの監視を頼んだのだろう。
彼女の追跡の影は常に展開されているわけではない。
彼女自身の限界も考慮したうえで、彼女は植物園襲撃にて活躍したユイカに何かあると踏んだ。そして、その夜追跡に成功。
エルザの隣に浮かぶメルルが悲しそうにつぶやく。
『予想通り怪しいね……』
「……ええ、怪しいわ。綺麗なほどにね」
もし、自分が裏切るとしたら。
こうも戦闘当日に怪しい動きをしないだろうとエルザは思う。
ただ、ユイカのことだ。彼女の優しさ、そして今の怯え具合。どう見ても裏切りに向いていない彼女を裏切り者と判定してしまうのはどうも気が引ける。
しかし。
エルザの影を見つめる表情はより深刻な表情へと変わる。
「ねえ、メルル」
そう問いかけるとエルザは続ける。
「この先には、ただのビルしかないはずだわ」
エルザの影を介した視界には、町はずれの工事中の看板が立ったビルが。
何もないはずのビルの前にたたずむユイカの姿が映っていた。
『ユイカがそこにいるの?』
「ええ。……何か用があるのかしら」
町はずれの、誰も立ち寄らない、立ち入り禁止のビル。
ますます、ユイカへの疑惑が深まる要因が現れてしまった。
『何かの勘違い、っていうことはほぼほぼないね……』
「引き続き影での尾行を続けるわ。……あら?」
エルザの表情が僅かに硬くなる。
ユイカがビルへ入る。その瞬間に、影がユイカを追いかけられなくなってしまったのだ。
『どうしたの?』
「影の気配が、消えたわ。魔法自体が干渉できなくなっている。きっと、私がビルに入ろうとしてもはじかれると思うわ。そう、これは──」
確実に、ビルは選ばれたものしか入れない設計。
誰かが結界でも張り巡らせたのか。
「ユイカは拒まれなかった。魔法少女である私は拒まれた。これが何を意味するかわかる?」
『……まさか』
「メルル、貴方の仮説は正しいかもしれないわ」
エルザは容赦なく、真実を突きつける。
「ユイカが怪物側と繋がっている可能性が高い」
言葉を失うメルルに、エルザは微笑みを見せた。
「どうしたのかしら? この仮説を立てたのは貴方でしょう。魔法少女の裏切りを突きつけられて動揺しないであろう私に頼んだというのに、貴方がそれでどうするのかしら?」
『……キミは、何とも思わないのかい?』
「さあどうかしら。何とも思わないと見越した上で私に頼んだわけでしょう? 情で動いたところで敵の思うつぼよ。ユイカの考えを聞き出すためにもあのビルの結界、破壊することだけを考えることよ」
『やっぱりキミは……』
魔法少女エルザ。孤高の魔法少女である彼女には感情に左右されたことがない。
それを知っているメルルは言葉を続けることがなかった。
「メルル。今回の怪物は報告がなかったのでしょう? ミライも私たちに招集をかけていない。それなのに、どうしてユイカはいたのかしら」
ユイカは植物園に通うような人間ではないわよね、という言葉がメルルの耳に突き刺さる。
『エルザ。可能性はどのくらい……?』
かすかな希望にかけていう言葉ですら。
「さあどうでしょうね。事実だけ確認すればほぼ確実。貴方の魔物センサーが作動しない時点であの子が何かした可能性もあるわね」
怪物出現と同時にメルルに知らされるはずの通信が、途絶えた様子もなく現れなかった。それなのにユイカだけがたまたま気づいたというには無理があるか。
『それでもまだ様子見だね……』
「残念ながら現段階ではそれしかないわね」
そう答えるエルザはメルルのように心を痛ませている様子もなかった。
彼女の判断基準が真実のみというは頼りがいがある。それを見越したルイとメルルとはいえ、その真実は時に残酷に突き刺さることになる。
仲間の裏切りの可能性を知ってなお、平静を装っていられる彼女を。
魔法少女らしからぬ、冷静な彼女を。
ある程度の付き合いを経たメルルの目からしても恐怖として映っていた。




