第7話 紫陽花
魔法少女ミライはいつだって諦めなかった。
今まで何度も絶望の危機を乗り越えてきた。植物の魔法を受け継いだ彼女には、いわば植物が辺りにない場所でも、それを理由にして逃げることはなかった。
彼女はいつだって魔法少女の先頭を率いた。
後輩たちのために、一般人のために、いつだって諦めずに踏ん張ってきた。
そんな彼女が、こんなところで潰れるわけがなかった。
影が身にまとわりつく。
空気が薄くなり、息を大きく吸えば吸うほど胸の奥まで届かない。
鼓動が、遠のいていく。
混濁した意識の中、ミライの脳内に浮かぶ、死。
同時に強く望む、生。
それに応えるかのように、植物園の草木が、根を張り巡らせ急速に成長した。
扉まで突き破りミライを覆い隠す。
蔦たちが、大木たちが、絡み合い、ミライを守るかのように頑丈に包み込む。
影は、生命力を奪う。
植物がいくら踏ん張ろうとも徐々に色を失い水分も消え、枯れ果てていく。それを、ミライは肌で感じていた。
──ごめんね、本当に。
ミライの翠の瞳から涙が一筋流れ落ちた。
今もこうして、命がけでミライを守ろうと植物たちは根を張る。
だから、せめてそれを無駄にしないよう。
植物たちの命を、次に、未来に繋げる。
外へつながる扉が伸びた太い枝によって貫かれた。
『蝌倥□繧⁉』
怪物の動揺したような異様な声と同時に、ミライを包む植物の”繭”が持ち上がった。
影がさらに色濃くなり繭をまとう。しかし、それより早く繭は扉を突き破った。
粉砕音が響き、怪物の視界を破片が覆う。
破片を振り払おうと怪物が影を振り下ろそうとしたその時、光の壁が食い止めた。
「行かせない!」
滑り込んできたユイカが浄化の光を放射した。
ユイカは、影に覆われた際に自身を浄化の光で覆うことに専念した。怪物の注目がミライに移った今、影が晴れ自由に動けるようになったのだ。
『縺舌o縺√=縺√=』
苦しむような声を上げ、怪物は後ろへ退く。
ユイカは、植物を解除し外に降り立つミライのもとへ駆け寄った。
「ミライ! 大丈夫?」
荒い息を整えながら、ミライは返事をする。
「……大丈夫。それより、ユイカは下がっていて」
「でもそれだと──」
「いいから。私がおびき寄せるから、後は任せた」
ミライは、ユイカの一歩前に踏み出すと、一直線に向かってくる怪物に向けて鋭い視線を向けた。
防御の光を張ろうとするユイカを手でいさめる。
「ユイカ? わたしが合図したら自分を浄化してほしい。わたしのことは気にしないで」
ミライの傍らには、青に染まった多くのアジサイが風に揺られていた。
怪物が外へ飛び込んでくる。
黒い影が、ミライに差迫った、その時。
アジサイが、爆ぜた。
花弁が、散る。
アジサイの内部の水が、辺りに飛び散った。
水しぶきを怪物が被る。
その瞬間、怪物は大きく身をよじらせた。
『縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠‼』
(怪物に効くか一か八かだったけれど効いてる!)
ミライの能力は植物を操る──いわば成長させる力。
つまり、器用にいじれば、アジサイの内部にある僅かな毒性物質を何十倍にも成長させ強い毒性に作り変えることも可能。
そして、細胞を破壊し、内部の毒性物質とそれを分解する酸素を一気に反応させたことで、高濃度の青酸ミスト──目には見えない毒の霧が発生する。
影を巻き散らし、震えだす怪物が目に入り口角を上げた。
その瞬間、ミライは血を吐き出した。無茶に魔法を使った反動で限界を超えた身体が悲鳴を上げる。
その上、毒を自分も吸い込んだことで身体に痺れが走る。呼吸のリズムが狂い、その場に倒れこんだ。
「ミライ!」
自身を浄化で覆うことで毒の被害を受けなかったユイカが駆け寄る。しかし、ミライはその手を払いのけた。
「私の回復より……あいつを倒して……」
吐血してもなお、震える指でしっかりと怪物を指し示す。
そこには、かなり毒を食らったのか身をくねらせ影が薄くなっていく怪物の姿があった。
「すぐ、治すからちょっと待っててね」
そう言うと、ユイカはゆっくりと踏み出し抵抗する力もない怪物に触れる。
淡く優しい光が、怪物を包み込んだ。
先程まで苦しんでいた怪物の動きが穏やかになっていく。
そして、怪物をまとう黒い影が薄く、晴れていく。
浄化の能力は、悪である怪物を触れるだけで消す力だ。
その一方、怪物の穢れを清め、苦しみから解放し心安らかに怪物を逝かせる”力”でもある。
ゆっくりと霧散していく影に向かってユイカは憐れんだかのように複雑そうな表情を向けた。
他の魔法少女は、怪物に対してこのような情を持ち合わせていない。浄化という能力を受け持った彼女ゆえの特性だった。
黒い霧が、晴れる。
先程までの激戦が嘘かのように、怪物は綺麗に消え去っていた。
「ごめん遅くなって。大丈夫?」
すぐにミライのもとに駆け寄るとユイカは、痙攣するミライの体内の悪しきものを浄化──回復させる。
息を整えながらミライはユイカに「ありがとう」と力なく笑った。
「またユイカに助けられちゃったね。たまたまいたの? 来てくれて、ありがとう」
「……そう、たまたまいたの。間に合ってよかった」
歯切れの悪い返事をするユイカを気にするそぶりを見せずにミライは「いつも、本当にありがとう」と笑うと彼女の腕の中でゆっくりと瞼を閉じた。
魔力消費による疲労だろう。すぐに眠りに入ってしまった。
安らかに寝息を立てるミライを見ながらユイカはどこか憂いを帯びた表情を浮かべた。
遠くから、サイレンの音が聞こえてくる。
今日はメルルの到着が遅いな、と思いながらユイカも疲労に身を任せて瞼を閉じた。
紫陽花には毒性物質がある。調べた結果そこに行きつき、ミライさんの魔法ならやってくれるだろうと書いたものです。全くのフィクション。残念ながら私は化学を学びながら化学が苦手なためここばかりはない頭を回しながら書いていたりします。
何を聞かれても「ミライが頑張りました! 魔法が凄かったからです!」と答えさせていただきます。




