第3話 水面下の夢で蠢く疑惑
その日の夜。
辺り一面は白い雲のようなもので覆われている静かな空間。
地面という地面が見当たらないのに、きちんと足を着く場所がある。そんな曖昧な空間に、黒いドレスをまとった一人の少女が降り立った。
「急に人を夢の中で呼び出すなんて失礼ね」
静かに吐き捨てると、どこからともなく現れた妖精らしき浮遊体に詰め寄った。
「人の睡眠を邪魔しないで頂戴。一体どこの誰が呼んだの? 貴方?」
『ボクじゃ……』
「貴方じゃないとしたら一体誰なのかしら──」
「私が呼んだの。私が魔法を使って、エルザさんの夢の中に干渉しました」
まるで先程から当たり前に存在していたかのように、エルザの目の前に紫のドレスに身を包んだ少女が立っていた。
「ルイ……便利な魔法ね、夢の力は」
皮肉たっぷりに吐き捨てるとエルザはルイに詰め寄る。
ルイと呼ばれた少女はその言葉に表情一つ動かさなかった。
「貴方夢の中で召集をする時は魔法少女全員呼ぶと言ってなかった? なぜ私一人なのかしら? 私だけの時間を奪ってどういうつもり」
「ごめんなさい、でも緊急事態なの」
「緊急事態だとしたら尚更みんなが必要じゃない」
「いいえ、これはエルザさんにしか頼めないんです」
「はぁ……」
呆れたようにエルザはため息をついた。ルイの元を離れて歩き出そうとする。
「エルザさん、ここは夢の中です。私が解除しない限り逃げられません」
その言葉でエルザの歩みが止まった。ゆっくりと振り向き、ルイと向き合う。
「ええ、そうだったわね。本当に便利な魔法だわね」
「はい、残念ながら」
「……それで、単刀直入に言って頂戴。私になんの用なの」
エルザはルイに鋭い視線を向けた。
黒い衣装により際立ったスタイルの良さ、ストレートに下ろされた長い黒髪。目鼻立ちがしっかりしている美人顔、眼光の鋭さ。
外見から想像できるように彼女の性格は魔法少女の中でも1番キツい方に分類される。
他の12人の魔法少女誰とも仲良く話している姿を見かけたことがなく、突き放すような言い方のため、馴れ合いはしない主義なのか独りで戦うことが多い。
そのため、ほかの魔法少女から怖がられて距離を置かれている。
それに関わらずルイに自分だけ呼び出されたことに如何わしく感じているのだろう。
「エルザさんに影の力でユイカさんを監視して欲しいんです」
「言っていることが理解できないわ」
まさかの人物の名前にエルザは疑念を隠せなかった。
ユイカは、ブルーのドレスに身を包んだ人当たりのよい笑みを浮かべる魔法少女だ。
彼女の心優しさはあまり接点がないエルザでも知っていた。
「そのままです」
「そのまま……? そもそも同じ魔法少女で監視だとか腹の探り合いはよろしくなくてよ」
「そうなんですけど……今日桜岡高校に出現したヒカリさんとサラさんが討伐した怪物、あれあとから聞いたら私たちが数ヶ月前に倒した魔物と同じ個体の可能性があるらしくて」
「……その根拠は?」
「根拠はないんですけど、メルルがあの時と同じ魔物の気がすると言っていて……」
『ボクの記憶でだけど、あれはキミとルイとヒカリが倒した個体と同じ匂いがしたんだ』
「怪物は魔法で倒したら復活しないわ」
『あの時、ユイカが最後に遅れてきて任せてと言ったよね?』
「そうだけれど……」
メルルと呼ばれた妖精はエルザと目線を合わせ、はっきりと口を開いた。
『ボクが思うに、ユイカが浄化の力で魔物を倒さなかった可能性があるんだ』
その言葉が意味するものをエルザは知っている。
メルルの怪物の個体識別反応。戦闘の時にいつも彼の言うアドバイスが役に立ったことがあった。その実力は身をもって経験している。
魔法少女が魔物を生かす理由は存在しない。
ユイカは確かに、心優しい魔法少女だ。
魔法少女の中でも一番というほど心優しく、魔物相手にも殺傷を好まない。
しかし、魔物を生かすのもご法度だ。よって、ユイカは自身に与えられた「浄化」の魔法を活かして魔物が最後には安らかに消滅できるように最後のとどめを任されることが多い。
もちろん、他の魔法で魔物は消滅できるが、ユイカ自身にとっての負担を考えての魔法少女たちの配慮だった。
「……ユイカは、いくら優しくてもそこまでしないわ。魔物を生かすことによって人間が傷つくのも同時に心を痛める、そういう魔法少女よ」
『ボクもそう思いたい……』
メルルもわかっているのだろう。きっとルイだって。
誰もが、ユイカがそんなことをするなんて思っていない。思いたくもないのだ。
しかし、メルルの魔物センサーは本当のものだ。それが、ユイカが見逃したであろう魔物と同個体と判別しているのならば、残る事実は。
「もし、ユイカが魔物を逃がしたのが、事実だとしたら?」
『「……」』
その問いに答える者はいなかった。
そしてその先の言葉を言う者もいなかった。
ユイカが逃したことが事実だとしたら、彼女がしようとしていることは。
メルルは沈黙を守り、ルイはそっと目を伏せた。
ため息をつくとエルザはつぶやく。
「私が、誰とも関わっていないから監視を頼んだのね」
「そういうことではないんですけどっ……!」
「大丈夫よ。貴方の思う通り、私は仲間意識なんてない。別に他の魔法少女相手にも何も思っていない」
「そこまでは……言ってないです」
「言われてもどうということもないわ。気にしないで頂戴。魔法少女の脱退なんてよくあることよ。監視を求められるのは初めてだけれど」
先程までの重い雰囲気が嘘のように、エルザは割り切った軽い口調で言い捨てるとルイに背を向けた。
「話は終わりでしょう? さっさと魔法を解いて頂戴」
「引き受けてくれてありがとう……」
『ボクからもありがとう』
エルザは礼の言葉に反応せずに、沈黙が流れる。
その背中を見つめ続けていたルイは、いたたまれなくなったのか「解除します……」とつぶやく。
その言葉とともに、瞬く間に視界が黒に染められた。
お互いの姿が、闇にのまれていく。
エルザの静かな背中が、ルイの俯いた横顔が、メルルの右往左往したような飛び方が、闇に溶け込んでいく。
夢の終わり。目覚めの時だ。




