第16話 緑たちの反逆
──魔法ってなんだっけ。
気づけば目の前が地面だった。自分が愛する草たちの生きる、地面。何が起こったのだろうか。
訴えかけるかのように目の前の草を成長させようとした。そこで気づく。魔法が使えない。魔力が湧いてこない。
立ち上がろうとした。力が入らない。否、立ち方すら忘れたかのように自分にはどうにもできない。そもそも何のために私は立つのか。何のために動くのか。
──なんのために戦うのか。
魔法少女ミライは自分の目に映る美しい白銀の髪を持った男を認識した。
認識してもなお、指一つも動かせなかった。否、動かそうとも思えなかった。
そしてゆっくりと意識ですらも消えていく。
喪失。そもそも、物事に対して疑問も意欲も湧かない、亡失。
ミライの周りも全員、魔法少女が地面に手をつき呆けたようにただ長髪の男を見つめていた。
まるで、すべての気力を失って彼をぼんやりと見つめるかのように。
男は心底こちらを馬鹿にするかのように表情をゆがめた。
その口元から淡々とした冷たい一言一言が吐き出される。
「時間稼ぎと言ったよね」
もはや、そこにこたえる者はいない。誰もが喋る行為を忘れたかのように沈黙が流れる。
「感覚の切断」
それが僕の能力だよ、という言葉に誰も反応を示さない。
彼は空中におびただしい量の透明な刃を出現させた。
刃は傾き、魔法少女たちに標的を定める。
恐怖。
本来ならば生まれるその感覚もその場には生まれなかった。
魔法少女たちの視線が、襲い迫る刃へと向く。しかし、その瞳に何の感情も読み取れずにその運命を受け入れようとしていた。
男はそれを冷たく見つめているだけだった。
『まって!』
その間にメルルが入る。
『ボクの! ボクの大切な人たちを──』
「君は、戦いの駒としか思ってないよね」
『違う!』
激しく否定し、メルルはその小さな両手を広げた。しかし、一つの刃に対してその姿はあまりにもちっぽけで、無力で。
「そもそも君は何ができるの? 魔法少女を何度も死なせてきたくせに」
男の吐き出した一言に再び、違う!と叫び声に似たメルルの声が重なる。
『ボクだって!』
次の瞬間、メルルの体が光を帯びた。まばゆい輝きを放つと、それに反応するかのように刃がメルルへ向けて集結する。
光を帯びた刃が、光を放つメルルに向かって放たれた。
光と光が衝突し目を瞑る程の輝きがその場に満ちる。
そして──その一身にすべての刃を受けたメルルは胴体に大きな穴をあけたまま地面へと落下していく。
その様子をつまらなそうに一瞥すると男は再度手を振り上げた。
刃が空中を裂く。魔法少女に対して無慈悲にも降り注ぐ。
その時だった。周辺の草木が一斉にざわめきだし、急速にその腕を伸ばす。お互い強く絡み合い、太さが増すと空中にドームのような形で折り重なった。
頑丈な壁と化した植物たちが、魔法少女を守る。
そして、刃は植物に食い込むと、その動きを止めた。
「は?」
男の間抜けた声とともに刃が再び光を帯びた。しかし、男の背後の大木の枝が伸び、彼を絡めとる。
男の手足に強く、枝が食い込み魔法の行使が難しい。刃が、消滅し、魔法少女を守っていた植物たちが中央を分け目に持ち上がった。
男はそこから、一人の少女が植物に乗って出現するのを視界にとらえた。
「なんで僕の魔法から逃れられることができた」
その問いには答えずに少女は片手を振りあげる。植物が男の首に絡みつき強い力で締め上げる。
「答えなよ、魔法少女ミライ……っぐ!?」
首の拘束が強まる。
一方、ミライの視線は男をとらえずに空中をあちらこちらへとさまよっていた。
片手を突き出すもののどこかおぼつかない。しかし、それに呼応するかのように木々がざわめきあう。
「っ……ああ……もしかして君は。僕の支配が効いたうえで、動いているのかいっ……?」
ぎりぎりと首を締めあげられながら男は口角をあげた。同時に彼女の動きがぎこちなくなる。
固定されているのを無理やりはがすかのような動作だ。
「そういうことか……っがぁ。ははっ……君は……魔法少女になる前からそうだったよね、きっと」
ミライの定まらない焦点が木に縛られている男と一瞬合致した。その瞬間周辺の植物の先端が鋭利に尖り男に向かって伸ばす。
「……いいね」
男は空中に刃を形成させた。締め付けられているため相当の集中力を使ったのか口から血を吐き出す。
「僕をこれほど集中させたのは久しぶりだよ、魔法少女ミライ」
宙に出現した大きな刃は旋回し、のこぎりのように回転すると男を縛り付けていた大木を下から切りつけた。
男に触れる直前だった伸びた植物が行き場を失う。
彷徨う植物が、刃によって両断される。そして、拘束が溶けた男が口の端の血をぬぐいながら現れた。
そして、大きく跳躍するとミライに一直線へ向かった。
男は思考をめぐらす。
魔法少女ミライのみが自由に動ける。ということは彼女は自身の支配魔法を”解除”出来たのか。
答えは否。
ミライ以外の魔法少女は今誰も動けていない。そして魔法少女ミライも意識がないのか先程から明確にこちらを狙うもののどこか安定していない。
そして、本来。魔法少女ミライはこれほどの植物を大量に操れる能力を持っていない。
そう考えると男は口角を持ち上げた。
無表情だった顔がみるみるうちに紅潮する。──面白い。
未知なる現象と出会い、彼の興奮は高まっていた。
「魔法少女ミライ」
男に向かってがむしゃらに両手を伸ばし、周囲の植物が枝を伸ばし始める。彼女の瞳はうつろのまま黒目がせわしく動いている。
「君を殺せば、地球上の緑はみんな枯れると思わない? 試してみようよ」
男の傍らに大量の刃が出現し、ミライの傍らの植物が絡み合い速度を上げ男へと向かった。




