第十章:計算を超えたもの
俺が率いることになったのは、軍団というにはあまりに歪な集団だった。
共和国の鷲の旗を掲げる、最後の予備兵力。
その数は、三千弱。
そして、その背後には、共和国の規律など意にも介さぬ、数百のゲルマン魔族傭兵『鉄の狼の民』が、獣のような唸り声を上げて追随してくる。
秩序と混沌が混じり合った、この絶望的な戦場が生み出した、最後の怪物。
俺は、この怪物の頭となることを、カエサルに命じられたのだ。
「…行くぞ」
俺の声は、乾いていた。
ぬかるんだ森の中を、俺たちは息を殺して進む。
兵士たちの鎧が擦れる音、荒い呼吸、そして魔族たちが放つ、血と獣の匂い。その全てが、この森の静寂の中で、不気味に響いていた。
(…計算は、した)
俺の頭脳は、この森を抜けた先に広がる戦場の地形、敵の配置、そして突撃を開始すべき最適な一点を、すでに弾き出していた。
(だが、その先は?)
その先は、計算できない。兵士たちの恐怖、敵の混乱、そして、俺自身の、指揮官としての器。
その全てが、未知の変数だった。ゲルゴヴィアの悪夢が、脳裏をよぎる。
「…隊長」
俺のすぐ後ろを歩いていたボルグが、低い声で言った。
「あんたの背中を、俺たちが守る。いつものことだ」
その無骨な言葉に、俺はハッとした。そうだ。俺は、一人ではない。
俺は、振り返った。そこには、ボルグ、セクンドゥス、ガレウス、シルウァヌス、俺の「家族」が、覚悟を決めた顔で立っていた。彼らの瞳には、俺への絶対的な信頼が宿っていた。
俺は、静かに頷いた。
計算が通用しないのなら、信じるしかない。仲間を。兵士を。そして、自らの決断を。
森を抜けた瞬間、眼下に地獄が広がった。
ラビエヌス様とカエサルが守る北側丘陵は、二十五万のガリア救援軍の波に、今にも飲み込まれようとしていた。
そして、その巨大な波の、まさに心臓部。
指揮官たちが集まり、予備兵力が控えるであろう、わずかに手薄になった一点。
そこが、俺の計算が示した、唯一の急所だった。
「…今だ」
俺は、剣を抜き、天に突き上げた。
「全軍、突撃ィィィィッ!」
俺の絶叫を合図に、三千弱の共和国兵士と、数百の魔族の傭兵が、一つの巨大な槍となって、森から飛び出した。
それは、ガリア軍にとって、悪夢以外の何物でもなかっただろう。
勝利を確信し、目の前の敵に全ての意識を集中させていた彼らの、完全に無防備な背後から、突如として、もう一つの軍団が出現したのだ。
「うおおおおおっ!」
先頭を駆けるのは、ガレウスと、『鉄の狼の民』だった。
彼らは、天賦の魔力をその肉体に漲らせ、大地を揺がしながら、ガリア軍の後衛を、まるで紙を破るかのように蹂-躙していく。
それに続き、ボルグとセクンドゥスが率いる重装歩兵が、完璧な密集方陣を組んで、敵陣に巨大な楔を打ち込んでいく。
ガリア軍は、完全にパニックに陥った。
「敵だ! 背後から、ローマの別働隊だ!」
「罠だ! 我々は、挟み撃ちにされた!」
その混乱は、恐ろしいほどの速度で、二十五万の大軍全体へと伝染していく。
そして、その好機を、あの二人の王が見逃すはずがなかった。
「今だ! 全軍、反撃に転じよ!」
カエサルの号令が、北側丘陵に響き渡る。
それまで防戦一方だったラビエヌス様の軍団が、鬼神の如き形相で、前へと突き出した。
金床と、鉄槌。
ラビエヌス様の軍団が金床となって敵を食い止め、俺たちが鉄槌となって、その背後を粉砕する。
挟撃されたガリア救援軍は、もはや軍隊ではなかった。
ただ、逃げ場を失い、互いを踏みつけ合う、巨大な烏合の衆と化していた。
その光景を、アレシアの城壁の上から見ていたウェルキンゲトリクスの顔に、初めて絶望の色が浮かんだのを、俺は見たような気がした。彼の最後の希望が、今、目の前で崩れ去っていく。
戦いは、その日の夕暮れに終わった。
ガリア救援軍は、壊滅した。
生き残った者たちは、武器を捨て、ガリア全土へと散り散りに敗走していった。
俺は、血と肉片が散らばる戦場の中心で、ただ立ち尽くしていた。
俺の計算と、カエサルの決断、そして兵士たちの不屈の魂。その全てが融合し、この、奇跡的な勝利を生んだのだ。
俺は、自分の血塗られた剣を見下ろした。
俺は、もはやただの計算屋ではない。
この、共和国の、そしてガリアの運命を決めた、一人の指揮官なのだと。
その、どうしようもない事実を、俺は、静かに受け入れていた。
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