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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第七部:ガリアの王

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第三章:血塗られた計算

ブールジュ(アウァリクム)攻城戦は、飢えとの戦いから始まった。


ウェルキンゲトリクスの焦土作戦によって補給路を断たれた我々にとって、この街に眠る食料は、もはや単なる戦利品ではない。数万の兵士の命を繋ぐ、唯一の希望だった。


「土塁を築け! 敵の城壁と同じ高さまで、土を積み上げるのだ!」


投石機バリスタを組み立てろ! 昼夜を問わず、石の雨を降らせ続けろ!」


百人隊長たちの怒声が、凍てつく冬の空に響き渡る。

兵士たちは、飢えと寒さに耐えながら、狂ったように働き続けた。


だが、**鉄の森のドワーフ氏族(ビトゥリゲス族)**が築いたこの街は、あまりに堅固だった。


ガリアの民が持つ柔軟な発想と、ドワーフが持つ頑健な工芸技術が融合した城壁は、我々の投石をことごとく弾き返し、その上からは、火を纏った矢や煮えたぎった油が、容赦なく降り注いでくる。


俺、レビルスは、後方に設営された司令部の天幕で、この絶望的な消耗戦を、ただ数字として見つめていた。


副将としての俺の仕事は、もはや現場で指示を飛ばすことではない。

この巨大な攻城戦という機械を、最も効率的に、そして最も早く勝利へと導くための、全体の設計図を描くことだった。


「トレボニウス様」


俺は、攻城戦の専門家である老練な副将に、書き上げたばかりの羊皮紙を差し出した。


「計算が出ました。現在のペースで土塁を築いた場合、完成まで二十日はかかります。ですが、この第二工兵大隊を、こちらの西側斜面の構築に回せば、三日は短縮できるはずです」


「…なるほど。だが、西側は敵の投石の的になりやすい。損害が増えるぞ」


「承知の上です」


俺の声は、自分でも驚くほど冷たかった。


「ですが、我々には時間がありません。一日でも早くこの街を落とさねば、背後からウェルキンゲトリクスに食われます。多少の犠牲は、計算に入れるしかありません」


俺の言葉に、トレボニウス様は何も言わず、ただ静かに頷いた。


俺は次に、若き猛将アントニウス様を呼び寄せた。


「アントニウス様。貴官にお願いしたい任務は、ただ一つ。完成した攻城兵器を使い、敵の注意を南門に引きつけ続けていただきたい。派手に。敵が、攻城戦の主力が南門にあると信じ込むほどに」


「面白い。陽動か」


アントニウスは、その瞳を野心に輝かせた。


「任せておけ。俺の武勇で、奴らの目を釘付けにしてやる」


俺の計算。トレボニウス様の工学技術。そして、アントニウス様の武勇。三つの力が、この街を落とすためだけに、一つの巨大な歯車となって回り始める。


だが、その歯車は、兵士たちの血を潤滑油として、きしみながら回っていた。


俺の計算が弾き出す「許容可能な損害」という数字が、毎日、現実の兵士たちの死となって報告されてくる。その度に、俺の魂は、少しずつ、しかし確実にすり減っていった。


そして、我々を苛むもう一つの脅威が、常に我々の背後に存在していた。


ウェルキンゲトリクス。


彼は、我々がブールジュの城壁に釘付けになっている隙を、決して見逃さなかった。


彼の率いる、精霊術を駆使する高速機動部隊が、神出鬼没に我々の補給部隊や斥候を襲撃する。その戦い方は、あまりに狡猾で、捉えどころがなかった。


「またやられた!」


「西の街道を進んでいた、穀物を運ぶ部隊が!」


兵士たちの間に、見えない敵への恐怖と焦りが広がっていく。


カエサルは、その報告に、静かに耐えていた。


彼は、ウェルキンゲトリクスの挑発に乗らず、ただ、ブールジュの攻略だけに集中していた。

二人の王は、この街を盤上として、互いの次の一手を読み合う、壮絶な神経戦を繰り広げていたのだ。


攻城戦が始まって、二十五日目の夜。


ついに、俺たちが築いた土塁が、敵の城壁の高さに到達した。


その夜、ガリアの空は、嵐の到来を告げる黒い雲に覆われていた。


「…今夜だ」


カエサルの司令部天幕で、俺は、最後の作戦を告げた。


「この嵐に乗じて、総攻撃を仕掛けます。敵の視界が悪く、弓や投石の精度が落ちる、この瞬間しかありません」


カエサルは、俺の言葉に、静かに頷いた。


「全軍に通達! 今宵、この戦いを終わらせる!」


嵐の轟音に紛れて、アントニウスが率いる突撃部隊が、二基の巨大な攻城櫓こうじょうやぐらを、城壁へと押し進める。


凄まじい白兵戦が始まった。


城壁の上では、ドワーフの屈強な戦士たちが、鬼神の如き形相で抵抗を続けている。


だが、その均衡は、トレボニウス様が指揮する工兵部隊によって、無慈悲に破られた。


城壁の下に掘り進められていた坑道が、ついに城壁の基礎に到達し、その内部で火が放たれたのだ。支柱を失った城壁の一部が、轟音と共に崩れ落ちる。


「突撃ィィィィッ!」


アントニウスの絶叫が、戦場に響き渡った。


その崩れた城壁の隙間から、共和国軍の兵士たちが、飢えた狼の群れのように、市内へと雪崩れ込んでいった。


それは、もはや戦闘ではなかった。


一方的な、虐殺だった。


飢えと、寒さと、そして仲間の死への怒りで理性を失った兵士たちは、抵抗する者も、武器を捨てて命乞いをする者も、女子供さえも、見境なく斬り殺していった。


夜が明け、嵐が過ぎ去った時。


かつてガリアで最も美しいと謳われた豊穣の都は、死体と、血と、そして静寂に支配されていた。


俺は、副将として、陥落した市内を検分していた。


山と積まれた穀物。樽に満たされた葡萄酒。我々は、この後の戦いを続けるための、十分すぎるほどの食料を手に入れた。


だが、その代償は、あまりに大きかった。


俺は、瓦礫の中で、小さな木彫りの人形を握りしめたまま息絶えている、ドワーフの子供の亡骸を見つけた。


その瞬間、俺の腹の底から、こみ上げてくるものがあった。


俺の計算は、正しかった。


この街は、俺の計算通りに、完璧に陥落した。


だが、その計算の先にあったのは、勝利の歓喜ではない。ただ、この、血塗られた、空虚な現実だけだった。


俺は、自分の立てた計算がもたらした凄惨な結果と、勝利のために多くの命を「コスト」として計算した事実に、言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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