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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第七部:ガリアの王

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第一章:反乱の狼煙

冬。


共和国の恐怖政治がもたらした、偽りの静寂がガリアの大地を覆っていた。


焦土作戦によって住処を焼かれ、家族を奪われた民の嗚咽は、厚い雪の下に押し殺されている。

だが、その静寂は、次なる嵐の前の、息苦しいほどの不気味さをはらんでいた。


中央高地オーヴェルニュの、風が吹き抜ける古城の一室。


一人の若者が、窓の外に広がる、雪に覆われた自らの領地を、静かに見つめていた。


その名は、ウェルキンゲトリクス。


**『王家のエルフ氏族(アルウェルニ族)』**の、若き指導者。


その瞳には、ガリアのどの指導者とも違う、深く、そして冷たい炎が宿っていた。


数年前、親ローマ派であった叔父によって父を殺され、部族内で孤立したあの日から、彼はこの時を、ただひたすらに待ち続けていた。


水面下で反ローマ派の同志を束ね、失われた権力を一つずつ取り戻し、そして、ガリア全土に張り巡らせされたドルイド僧のネットワークを通じて、民の心の奥底に溜まっていく憎悪の声を、聞き続けてきた。


昨年、アンビオリクスへの報復として行われた、あの狂気じみた焦土作戦。それは、確かにガリアの民の心を恐怖で縛り付けた。


だが、同時に、その魂の最も深い場所に、決して消えることのない、決定的な憎悪を刻み込んだのだ。


「もはや、共和国とは共存できない」と。


その憎悪は、今や、時を待つだけの熟した果実となっていた。


そして、最大の好機が訪れた。


カエサルが、ガリアは完全に平定されたと信じ込み、ローマ本国の政敵ポンペイウスとの戦いに専念するため、アルプスの南、イタリアへと去ったのだ。


全てが、整った。


あとは、ガリア全土に眠る憎悪に火をつける、最初の一撃。その「狼煙」だけが必要だった。


その報せは、雪解けが始まったばかりのある日、一羽の鷲によってもたらされた。


ドルイドの聖地、オルレアン(ケナブム)。


かの地に駐留していた共和国の商人たちが、**聖地の民(カルヌテス族)**によって、一人残らず虐殺された。


それは、積もりに積もった民の怒りが、ついに限界を超えて爆発した、偶発的な事件だったのかもしれない。だが、ウェルキンゲトリクスは、それを、計算され尽くした政治的な狼煙へと昇華させた。


彼は、その報せを手に、秘密裏に集めていたガリア諸部族の指導者たちの前に立った。


その声は、若さに似合わず、ガリアの古い森そのもののように、深く、そして重く響いた。


「聞け、ガリアの同胞たちよ! 聖地の民が立った! 彼らは、我らの代わりに、共和国の圧政に血の答えを示したのだ!」


彼は、集まった族長たち一人一人の顔を見据え、問いかけた。


「我らは、このまま彼らを見殺しにするのか! 共和国の報復の前に、カルヌテス族が地図の上から消されるのを、ただ指をくわえて見ているのか! それとも、全ガリアで共に立ち、この地に我らの自由と誇りを、取り戻すのか!」


彼の言葉は、もはやただの演説ではなかった。それは、ガリアの魂に直接語りかける、古の魔法うただった。恐怖に縛られていた族長たちの目に、忘れかけていた誇りの光が、再び宿っていく。


「今こそ、一つになる時だ! 我らの父祖の土地を、ローマ人の鉄靴から取り戻すのだ! このウェルキンゲトリクスが、その先頭に立つ!」


「「「うおおおおおっ!」」」


地鳴りのような歓声が、ガリアの心臓部から、大陸全土へと響き渡った。


八年にわたる共和国の支配が、今、終わろうとしていた。


そして、ガリア全土を巻き込む、最後の、そして最大の戦争の幕が、切って落とされた。


その頃、俺、レビルスは、副将として任された冬営地で、来るべき春への備えを計算していた。


昨冬の幕間、シルウァヌスがもたらした「ウェルキンゲトリクス」という名の報告。


それは、すぐに副司令官であるラビエンヌス様に共有された。

だが、冬の間のガリアは、あまりに静かだった。


俺たちは、それが嵐の前の静けさであることを知りながらも、ただ、動くことのできない巨大な獣のように、息を殺して春を待つしかなかった。


最初の凶報が、駆け込んできた伝令によってもたらされたのは、そんなある日の昼過ぎだった。


「緊急報告! オルレアンにて、我が国の商人が、カルヌテス族によって全員殺害されたとのこと!」


司令部の天幕に、緊張が走る。


「またか。どこかの部族の、小規模な暴動だろう」


新任の副将アントニウスが、苛立たしげに吐き捨てる。


だが、俺の腹の底では、計算とは違う、直感的な警鐘が鳴り響いていた。これは、違う。アンビオリクスの時のように、計算できる規模の反乱ではない。


その予感は、最悪の形で的中した。


その日の夕方から、翌日にかけて、ガリア各地に張り巡らせていた連絡網が、次々と沈黙していったのだ。

まるで、巨大な手によって、ガリア全土の神経網が、一本、また一本と引きちぎられていくかのように。


そして、三日後。


命からがら包囲を突破してきた斥候が、絶望的な情報を運んできた。


「…ガリアの、ほぼ全土が、蜂起しました」


斥候は、血を吐きながら続けた。


「アルウェルニ族の若き王、ウェルキンゲトリクスを名乗る男が、その全てを率いています。その数は、もはや計算不能。地平線を、人の波が埋め尽くしています…」


司令部は、パニックに陥った。


俺は、壁に張り出した巨大な地図の前に立ち、この絶望的な状況を、必死に計算しようとしていた。

だが、駄目だ。情報が、あまりに錯綜し、そして巨大すぎる。敵の兵力、位置、目的、その全てが不明。


俺の計算は、初めて、何の答えも導き出すことができずにいた。


俺の武器が、完全に沈黙した瞬間だった。


その、絶望に満ちた司令部に、一筋の光が差し込んだのは、さらに数日後のことだった。


北東から、一人の伝令が、奇跡的にたどり着いたのだ。


「ご報告! 穀倉の民(レミ族)、そして**街道のドワーフ(リンゴネス族)**は、共和国への忠誠を表明! 彼らは、ウェルキンゲトリクスの誘いを拒絶し、我々への補給路を、命を懸けて確保すると!」


その報せに、指揮官たちの顔に、わずかに生気が戻る。


俺は、地図の上に、その二つの部族の位置を記した。


そうだ。まだ、終わってはいない。


四方を敵に囲まれた、この絶望的な盤上で、確かに、一本の生命線が繋がったのだ。


俺は、この情報を、そして、このガリアで起きている全ての惨状を、今、アルプスの南にいるであろう、あの男にどう伝えるべきか、そのための、最も効率的な計算を、始めていた。


カエサル。


この、計算不能な嵐を鎮められる者がいるとすれば、もはや、あの怪物しかいないのだから。

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