第四章:計算屋の家族
ラビエヌス様と別れ、自室の天幕に戻ると、そこには見慣れた顔ぶれが待っていた。
ボルグ、セクンドゥス、ガレウス、そしてシルウァヌス。
俺がかつて率いた、奇妙で、しかし、かけがえのない「家族」。彼らは、俺が戻るのを待ちわびて、ささやかな酒盛りを始めていた。
「おお、副将様のお成りだぜ」
古参兵のセクンドゥスが、いつものように軽口を叩く。
「隊長、いや、副将殿。一杯どうです?」
ボルグが、その岩のような手で、無骨な木の杯を差し出してくる。その呼び方に、わずかな、しかし確かな距離を感じ、俺の胸がちくりと痛んだ。
俺は、彼らの輪の中に座り、差し出された杯を受け取った。
「…ここでは、隊長でいい」
俺がそう言うと、ボルグは、少しだけ安堵したように、その髭面をほころばせた。
ガレウスが仕留めた兎の肉を食らい、セクンドゥスがどこからかくすねてきた葡萄酒を酌み交わす。他愛ない会話。戦場での武勇伝。故郷に残してきた家族の話。
副将という立場が生んだ、微妙な壁が、少しずつ溶けていくのを感じた。そうだ。ここが、俺の帰る場所だ。俺が、計算の果てに、守りたかったもの。
その、穏やかな空気が、一変した。
これまで、静かに酒を口に含んでいただけのエルフの斥候、シルウァヌスが、その美しい顔を、これまでにないほど険しくして、口を開いたのだ。
「…隊長。一つ、ご報告が」
天幕の中が、静まり返る。
「この冬、斥候任務でガリアの森を巡るうち、奇妙な噂を耳にしました。ドルイドたちの間で、密かに囁かれている、古の歌です」
シルウァヌスの声は、低く、そして不吉な響きを帯びていた。
「それは、新たな王の誕生を予言する歌。そして、その王の名は…」
彼は、一度、言葉を切った。
そして、はっきりと、その名を告げた。
「――ウェルキンゲトリクス」
その、聞き慣れない響きが、天幕の中に重く響き渡る。
「『王家のエルフ氏族(アルウェルニ族)』の、若き指導者。父を殺され、部族内で孤立していたはずの男。ですが、この数年、水面下で力を蓄え、今、ガリア全土の憎悪を束ねる、唯一の希望として、その名が囁かれ始めています。焦土作戦は、確かにガリアの民を恐怖で縛った。ですが、同時に、彼らの魂の奥底に、決して消えることのない、共和国への憎悪を刻み込んだのです。その憎悪が今、ウェルキンゲトリクスという名の器に、注ぎ込まれようとしています」
シルウァヌスは、天幕の外の闇を見つめた。
「…ガリアの森が、泣いています。そして、ざわめいている。これは、アンビオリクスのような、個人的な復讐心ではない。もっと、大きく、そして根源的な…」
静寂。
誰もが、言葉を失っていた。
俺は、手にした杯の中で、葡萄酒が静かに揺れているのを見ていた。
ガリアの静寂。それは、平穏ではなかった。
本当の嵐が、今、まさに生まれようとしている。
その、恐ろしく、そして巨大な胎動を、俺は、肌で感じずにはいられなかった。
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