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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第六部 幕間:ガリアの静寂

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第一章:二つの戦場

冬。


アンビオリクスという一人の男に執着した、狂気じみた焦土作戦は、ガリア北部の広大な大地から人々の営みを消し去り、その代わりに、不気味なほどの静寂をもたらした。


兵士たちは、ようやく手に入れた休息にその身を委ね、この静寂こそが「平和」なのだと信じようとしていた。


その夜、サマロブリウァの司令部天幕では、二人の男が、ガリアの地図を挟んで静かに対峙していた。


総司令官カエサルと、彼の右腕である副司令官ラビエヌス。


「…アンビオリクスは、またしても我々の手からすり抜けた」


カエサルは、まるで独り言のように呟いた。その声には、獲物を取り逃がした狩人のような、個人的な苛立ちが滲んでいる。


「ですが閣下」

と、ラビエヌスは静かに応じた。


「焦土作戦は、結果としてガリアの民の心を恐怖で縛りました。今、表立って我らに逆らう部族はおりますまい。ガリアは、恐怖によって平定されたのです」


「平定、か」


カエサルは、その言葉を、皮肉な笑みで繰り返した。


「だが、本当の戦場は、もはやここにはない」


彼は、地図の南、イタリア半島を指し示した。その指先が示すのは、ローマ。


「ポンペイウスの奴めが、元老院を抱き込み、俺を『国家の敵』に仕立て上げようと画策している。奴らは、俺がこのガリアの泥沼で消耗し続けることを望んでいるのだ」


カエサルの瞳が、ガリアの森の奥ではなく、ローマの政治という、より深く、より暗い森を見据えていた。彼の脳裏に、先日届いたばかりの、もう一つの凶報がよぎる。


「…惜しい男を、東の砂漠で亡くした」


カエサルの声に、初めて個人的な痛みの色が混じった。


「クラッススが、パルティアで戦死した。父の無謀な遠征の犠牲になったと。あやつが生きていれば、十年後には共和国を背負う柱の一つになっていただろうに…」


若き獅子の死。それは、カエサルの軍団にとって、そしてローマの未来にとっても、計り知れない損失だった。


「だからこそ、俺は帰る」カエサルは、感情を振り払うように言った。「この冬、ガリア・キサルピナ(北イタリア)へ。奴らの土俵で、存分に戦ってやろうではないか」


「では、このガリアは…」


「お前に任せる、ラビエヌス」


カエサルの声には、絶対的な信頼が宿っていた。


「お前が、俺の不在を預かる、ガリアの王だ。この冬、いかなる反乱の火種も見逃すな。春には、俺も戻る。それまで、この地を死守せよ」


ラビエヌスは、その重責を、一分の揺らぎもなく受け入れた。


「御意に」


二人の王の密議は、静かに終わった。


だが、その決定は、ガリアの運命だけでなく、ローマという巨大な共和国そのものの未来をも左右する、新たな戦いの始まりを告げていた。

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