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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第六部:報復と新たなる血

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第五幕:執着と、焦土作戦

第二次ゲルマニア遠征は、多大な労力と犠牲を払ったにもかかわらず、空虚な成果しか生まなかった。


反乱の首謀者アンビオリクスは、狡猾な狐のように我々の追跡をかわし、一度は渡ったゲルマンの地から、再びガリアの心臓部、アルデンヌの深い森の奥へと逃げ込んだ。


ガリアへと帰還した軍団には、得体の知れない敵と戦った疲労と、目的を果たせなかった徒労感が、重くのしかかっていた。


だが、カエサルの心は、折れていなかった。それどころか、その内側では、静かで、しかし常軌を逸した執念の炎が燃え盛っていた。


「奴は、まだガリアのどこかにいる」


司令部の天幕で、カエサルは巨大な地図を睨みつけながら、誰に言うでもなく呟いた。その声は、総司令官としての冷静さを欠き、獲物を取り逃がした狩人のような、個人的な憎悪の色を帯びていた。


「奴が潜むのは、**毒蛇の民(エブロネス族)**の本拠地、アルデンヌの森。ならば、森ごと焼き尽くすまでだ」


その言葉と共に、共和国軍始まって以来、最も非情で、そして最も大規模な焦土作戦の幕が切って落とされた。


「レビルス副将」


カエサルの声が、俺を現実へと引き戻す。


「この作戦の、兵站と実行計画の全てを、お前に任せる。全ての村、全ての畑、全ての井戸を、地図の上から完全に消し去るための、最も効率的な手順を計算せよ」


それは、命令だった。だが、俺の耳には、悪魔の囁きのように聞こえた。


これまで俺が立ててきた計算は、常に「勝利」と「生存」を目的としていた。

いかに損害を少なくし、いかに効率的に敵を打ち破るか。


だが、今、俺に求められているのは、その真逆。いかに効率的に、敵の生存基盤そのものを、根絶やしにするかという計算だった。


俺は、副将として、その命令を拒否することはできなかった。


俺の天幕は、再び巨大な計算室と化した。だが、そこに描かれていくのは、勝利の方程式ではない。

破壊と、飢餓と、絶望を、最も効率的に生み出すための、死の数式だった。


「第一軍団は、この地域の全ての村を焼き払え。第二軍団は、全ての畑に塩を撒き、今後十年、草木一本育たぬようにせよ。第三軍団は、全ての井戸に毒を投げ込み、奴らの飲み水を奪え」


俺の指先から生み出されていく計画は、完璧であればあるほど、その非人道性を増していった。


作戦が実行に移されると、アルデンヌの森は、地獄へと姿を変えた。


空は、村々から立ち上る黒い煙で覆われ、昼なお暗い。


大地には、塩を撒かれた畑の、不毛な白色だけが広がる。


兵士たちは、もはや戦士ではなく、ただ命令に従って破壊を繰り返す、無感情な機械と化していた。

彼らの目から光は消え、その顔には、自らが犯す罪の重さに、魂がすり減っていくような、深い疲労の色だけが浮かんでいた。


その日の夕暮れ、俺は、自らが計画した破壊の跡を、小高い丘の上から見下ろしていた。


「…見事なもんですな、副将殿」


背後から、皮肉に満ちた声がした。古参兵のセクンドゥスだった。

彼は、今やボルグ百人隊長の片腕として、部隊のまとめ役となっている。


「あんたの計算にかかれば、一つの部族が、地図の上から綺麗さっぱり消えちまう。大したもんだ」


その言葉には、侮蔑はなかった。ただ、この狂気の作戦に対する、どうしようもない諦観だけがあった。


「…俺の仕事だ」


俺は、そう答えるのが精一杯だった。


その夜、ボルグが俺の天幕を訪れた。彼は、黙って、一杯の水を俺の前に置いた。


「…故郷を焼かれる痛みは、俺が一番よく知っている」


ドワーフの百人隊長は、静かに、しかし重々しく言った。


「だがな、レビルス。あんたが今やっていることは、復讐ですらない。ただの、無感情な作業だ。あんたの魂は、その計算と引き換えに、何を失っている?」


俺は、何も答えられなかった。


アンビオリクス個人への執着が生んだ、この狂気の焦土作戦。

それは、ガリアの民の心に、決して消えることのない共和国への憎悪を刻み込むと同時に、俺たち自身の魂をも、深く蝕んでいた。


そして、俺たちはまだ気づいていなかった。


主力部隊がこの無意味な破壊に没頭している隙に、我々の背後、手薄になった補給拠点に、全く新しい脅威が、静かに、しかし確実に、忍び寄っていることを。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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