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ガリア戦記異聞 とある計算屋の活躍  作者: 奪胎院
第六部:報復と新たなる血

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第四幕:再び、ラインの向こう側へ

パリでの評定は、ガリア諸部族の心に、恐怖と疑心暗鬼という名の楔を深く打ち込んで終わった。


会議を終えたカエサルは、休む間もなく軍団を東へと進めた。

その一方で、ライン川へ向かわない軍団は、ガリア本土に残る反乱の芽を摘むため、それぞれの任地へと散っていった。


ラビエヌス様は東へ、トレボニウス様は中央ガリアの森深くへ。


彼らは、俺たちがガリアの外で戦っている間、この広大な占領地を内側から固めるという、地味だが重要な任務についていた。


俺たちが属するカエサル直属の遠征軍の目的は、ただ一つ。ライン川の向こう側だ。


「昨年の反乱の首謀者、毒蛇の民の王アンビオリクスが、ラインの向こう、ゲルマンの地へ逃げ込んだとの情報がある。共和国に牙を剥いた罪人を、地の果てまで追い、その首を挙げる。それが、我々の大義だ!」


アンビオリクス追跡。その大義名分に、兵士たちは納得したように頷いた。だが、俺には分かっていた。


あの男が、たった一人の罪人のために、これほどの大軍を動かすはずがない。

これは、先の部族会議で恐怖に震えたガリアの民と、そしてラインの向こうで不穏な動きを見せるゲルマンの魔族たちに対する、壮大な示威行動なのだ。


「レビルス副将。再び、橋を架ける。前回の経験を活かし、工兵部隊を指揮せよ。前回よりも、より早く、より強固な橋をだ」


「御意に」


俺は、即座にボルグ百人隊長を呼び寄せ、新たな架橋計画の策定に取り掛かった。

副将としての俺の仕事は、もはや現場で図面を引くことではない。

全体の工程を計算し、最適な人員と資材を割り当て、計画が滞りなく進むよう管理することだ。


ライン川の岸辺は、再び巨大な建設現場と化した。


一度奇跡を成し遂げたという自信が、兵士たちの動きを驚くほど効率的にしていた。


俺の計算と、ボルグの現場指導、そして兵士たちの経験。

全てが噛み合い、巨大な橋は、前回の半分以下の日数で、その威容を現した。


再び、ゲルマンの地に足を踏み入れる。


進軍して数日後、斥候のシルウァヌスが、血相を変えて駆け込んできた。


「敵襲! ゲルマンの**『狂戦士の民(スガンブリ族)』**です!」


森の奥から、鬨の声とも獣の咆哮ともつかない絶叫と共に、巨大な魔族が、巨大な戦斧を振り回しながら姿を現した。


「陣形を組め! 投槍用意!」


新任の副将アントニウスが、勇ましく号令を飛ばす。


だが、奴らの戦い方は、俺たちの常識を遥かに超えていた。


彼らは、陣形など組まない。


ただ、個々人が、死を恐れず、傷つくことさえも厭わずに、一直線に突撃してくる。

その圧倒的な個の暴力は、こちらの鉄壁のはずの盾の壁に、いとも簡単に亀裂を生じさせた。


(…これだ。アリオウィストゥスとの戦いで経験した、ゲルマンの戦い方)


俺は、後方で指揮を執りながら、冷静に分析していた。


(奴らの戦い方は知っている。理屈や恐怖が通用しない、純粋な暴力の塊だ。こちらの陣形が完成する前に、個の力でこじ開けようとする。実に非効率だが、それゆえに強力だ。こちらの規律と連携で、個の暴力をいかに受け流し、削いでいくか…対応は、極めて難しい)


小競り合いは、多大な犠牲を払って、なんとか退けることに成功した。

だが、兵士たちの顔には、これまでにない種類の疲労と、得体の知れない敵への恐怖が刻まれていた。


さらに数日後、我々は共和国の同盟者である**『境界の民(ウビイ族)』**の領地を訪れたが、彼らの態度は冷ややかだった。


理念ではない。ただ、「力と実利」のみが支配する世界。それが、このラインの向こう側の現実だった。


カエサルは、ゲルマンの地で数週間を過ごし、いくつかの村を焼き払うという示威行動を終えると、アンビオリクスが見つからなかったことを理由に、全軍にガリアへの帰還を命じた。


ライン川に架かる橋を渡り終えた直後、俺は工兵部隊の指揮官たちを集めた。


「これより、この橋の解体作業に入る。だが、全てを壊すな」


俺は、ボルグ百人隊長や他の工兵将校たちに、新たな設計図を示した。


「ゲルマン側の橋桁、二百歩分だけを破壊する。そして、こちらガリア側の岸辺には、四層からなる、強固な監視塔を建設せよ」


若い工兵将校の一人が、訝しげに尋ねた。


「…副将殿。なぜ、全てを破壊しないのですか? 奴らが渡ってくる危険が残ります」


「その通りだ」と、俺は答えた。


「この監視塔は、奴らにとっては『いつでも渡れるぞ』という、共和国からの無言の脅威の象徴となる。そして、我々にとっては、次なる遠征への『門』となるのだ。総司令官の戦場は、目の前の敵だけではない。敵の心の中にもあるのだと、忘れるな」


将校たちは、その言葉に、カエサルの戦略の、そのあまりの深遠さに気づき、畏敬の念に打たれたように頷いた。


俺は、建設が始まった監視塔を見上げながら、この先に待つ、さらに巨大で、そして面倒な戦いの予感に、静かに身を震わせていた。

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