第三章:パリの評定
セーヌ川の中洲に浮かぶ街、パリ。かつてはパリシイ族の慎ましい街だったその場所は、その春、ガリア全土の政治の中心地と化していた。
共和国の支配を潔しとしないエルフの王族。山砦に籠るドワーフの長老。大平原を駆る獣人の族長。
そして、共和国に忠誠を誓うことで生き残ろうとする、打算的な人間の指導者たち。
ガリアのありとあらゆる部族の長たちが、それぞれの思惑を胸に、この小さな島へと集結していたのだ。
彼らが纏う豪奢な毛皮や、磨き上げられた装飾品は、互いへの牽制であり、虚勢の表れでもあった。
会議は、街の中央に設営された、巨大な野外会議場で執り行われた。
その中央に、カエサルが立つ。彼の背後には、副司令官のラビエヌス様、そして俺、レビルスをはじめとする副将たちが、共和国の威光を示すように、ずらりと並んでいる。
カエサルの声は、静かだった。だが、その静けさは、集まった数百の部族長たちのざわめきを、まるで潮が引くように静まり返らせた。
「ガリアの同胞諸君。この会議は、戦のためではない。平和のために開かれた」
穏やかな口調で始まった演説は、しかし、すぐにその本性を現した。
カエサルはまず、この場にいない者たちの罪を問い始めた。
「だが、この平和への招きを、自らの反逆の意志をもって踏みにじった者たちがいる。肥沃な大地に驕る**『麦穂の民(セノネス族)』。ドルイドの森に隠れて陰謀を巡らす『聖地の民(カルヌテス族)』。そして、昨冬の裏切りを未だ悔いることのない『幻影の民(トレウェリ族)』**。彼らは、この会議への不参加という形で、共和国への反逆を明確にした。彼らは、もはや我々の同胞ではない。ただ、討伐されるべき敵だ」
その、あまりに一方的な断罪に、会議場は恐怖に凍りついた。カエサルは、この場に来なかった者たちを見せしめとすることで、この場にいる者たちに、逃げ場はないという事実を突きつけたのだ。
次に、カエサルは昨年の反乱に加担した部族長たちを、次々と名指ししていく。その度に、トレボニウス様が収集した密書や証言といった「事実」という名の刃が、彼らの弁明をことごとく粉砕していった。
部族長たちの顔から、血の気が引いていく。彼らは、互いに顔を見合わせ、その目に、あからさまな不信と、裏切り者を探すような疑心暗鬼の色を浮かべ始めた。
俺は、その光景を、副将の席から、ただ呆然と見つめていた。
これは、裁判ではない。
これは、言葉を武器とした、一方的な殲滅戦だ。
カエサルは、彼らの罪を暴くことで、彼らの間にあったはずの脆弱な結束を、内側から完璧に破壊している。恐怖と、疑心暗鬼という名の毒を、ガリア全土の指導者たちの心に、巧みに植え付けているのだ。
その時、俺は気づいた。
糾弾される部族長たちを、冷たい、しかし一切の動揺を見せない瞳で見つめている一団がいることに。ガリア中央部に座する、最も気高いとされる**『王家のエルフ氏族(アルウェルニ族)』**。
彼らは、この会議の間、一言も発しない。
ただ、カエサルの手法と、それに怯える他の部族長たちの醜態を、静かに、そして侮蔑的に観察している。彼らこそが、このガリアに残された、最後の、そして最大の火種だった。
俺の仕事は、戦場で兵士の損耗率を計算することだった。
だが、カエサルが今やっているのは、国家と民族の信頼関係という、目に見えない資産の損耗率を計算し、それを意図的にゼロに近づける、という作業だ。
その、あまりに巨大で、そしてあまりに冷徹な計算の前では、俺がこれまで行ってきた軍事計算など、子供の遊びに等しい。
会議の終わり、カエサルは、静かに、しかし絶対的な権威をもって、その判決を言い渡した。
反乱に加担した者たちへの、過酷な賠償金の要求。人質の増員。そして、共和国への絶対的な忠誠の、再度の誓約。
誰も、それに逆らうことはできなかった。
会議が終わり、疲れ果てた表情で自らの天幕へと戻っていく部族長たちの背中を見送りながら、俺は、これから始まる、新たな戦いのことを考えていた。
それは、剣も槍も交えることのない、しかし、より厄介で、より複雑な戦い。
統治という名の、終わりの見えない戦争の始まりだった。
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