第二章:新たなる血
狼の民への報復戦から数日後、俺たちカエサル直属の軍団は、確保した食料と共にサマロブリウァの司令部へと帰還した。
冬営地は、かつての飢えと絶望が嘘のように、活気に満ち溢れていた。
俺たちだけでなく、東へ向かったラビエヌス様の軍団、西へ向かったクィントゥス・アトリウス様の軍団も、それぞれの任務を完遂し、続々と帰還していたのだ。
彼らが引き連れてきた、おびただしい数の家畜の群れと、荷馬車に満載された穀物が、この同時掃討作戦の圧倒的な成功を物語っていた。
兵士たちの腹は満たされ、士気は天を衝くほどに高まっている。誰もが、次なる軍事行動への期待に胸を膨らませていた。
その熱狂のさなか、ガリアの冬を揺るがす、もう一つの大きな動きがあった。
南のローマから、二つの巨大な流れが、ガリアの大地へと注ぎ込んできたのだ。
一つは、カエサルが自らの権限でガリア・キサルピナで徴募した、二個軍団の新兵たち。
そしてもう一つは、ポンペイウスとの政治的取引によって派遣された、一個軍団のベテラン兵。合わせて三万近い、新たなる血。
サビヌスとコッタの軍団壊滅によって失われた兵力を、カエサルはわずか数ヶ月で、倍にして取り戻したのだ。
その日、俺は副将として、新しく到着した指揮官たちの顔ぶれを司令部の天幕で確認していた。
「私がマルクス・アントニウスだ。このガリアで、我が名を轟かせるために来た」
最初に名乗りを上げたのは、ひときわ異彩を放つ、若く野心的な男だった。その鎧はこれみよがしに磨き上げられ、自信に満ちた、しかしどこか傲岸な光がその瞳に宿っている。
彼の野心的な態度に、ラビエヌス様やトレボニウス様がわずかに眉をひそめるのを、俺は見逃さなかった。
続いて、他の新しい副官たちも紹介された。
状況判断に優れ、時流を読むのが得意だというルキウス・ムナティウス・プランクス。四十代前半であろうその顔には、戦場と政治の世界を渡り歩いてきた者特有の、老獪な光が宿っている。
カエサルに忠実に仕えるガイウス・トレボニウス・シラヌスは、まだ二十代後半と若いが、その眼差しは揺るぎない忠誠心で満ちていた。
そして、粘り強い防衛戦を得意とするベテランのティトゥス・セクスティウス。その顔に刻まれた深い皺は、四十代前半という年齢以上に、数多の防衛戦を耐え抜いてきた証のようだった。
いずれも、ローマの政界でカエサルを支持する者たちが送り込んできた、有能な男たちだった。
この軍団が、もはや単なるガリア遠征軍ではなく、ローマの政治そのものを動かす巨大な力となっていることを、改めて実感させられた。
俺は、彼ら新しい指揮官たちに、ライバル意識のようなものは感じなかった。
ただ、自らの計算が、この複雑化する人間関係という新たな変数によって、より困難なものになるだろうという、いつもの面倒事への予感だけがあった。
だが、不思議と、以前のような厭世的な気分はなかった。この巨大で複雑な機械を、俺の計算で動かしてみたい。副将という立場は、俺の中に、そんな新しい欲求を芽生えさせていた。
兵力の回復という、最後のピースが埋まったのを待っていたかのように、カエサルは次の命令を下した。
「全軍、ルテティアへ向かう。かの地で、『ガリア全部族会議』を招集する」
その言葉が、ガリア全土に、次なる嵐の到来を告げる号砲となった。
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